その頃、渋谷駅構内。
天与の暴君・伏黒甚爾は五条悟と合流していた。
「え? お前パチンコ行ってたの?」
「ああ、そうだよ。悪いか」
「悪いに決まってんだろ。今どういう状況かわかってんの?」
「知るかよ」
煙草の紫煙を燻らせ、竹刀袋を背負う甚爾は五条と共に構内を下っていく。
かつては敵対し、本気の殺し合いを繰り広げた間柄。しかし今は協力関係にある。
相容れないはずの二人を仲立ちをしたのは、高専一の問題児である悠香に他ならない。
「そう言えばよ、五条の坊」
「何だよ」
「社長の元担任、道玄坂にいたぞ」
「ハァ!? 日置先生いんの!? ヤバいじゃん!! 早く言えよそれ!!」
五条は甚爾の報告に驚愕した。
日置は悠香が最も信頼し、心を許した大人。彼の身に万が一のことがあれば、悠香が呪術高専から離反――下手をすれば呪術界を脅かすこととなるかもしれない。それ程までに日置正人という男は、悠香という人間に
「うわー、マジかー……」
「無事に離れることを信じるしかねぇだろ」
「それな~……」
思わず頭を押さえる五条に、甚爾は呆れながらも内心同意する。
だが次の瞬間、二人の空気は一変する。
「……坊」
「うん、この下だね」
強大な呪力を感じ取った二人は、吹き抜けを飛び降りてホームから線路上へと降り立つ。
両者の視線の先には、二体の特級呪霊と一人の呪詛師が待ち構えていた。
かと思えば、先程飛び降りた吹き抜けが木の幹に覆われた。特級呪霊の能力の一つだろう。
「んなことしなくたって逃げないよ。僕が逃げたらお前らここの人間全員殺すだろ?」
「いや、そうじゃねぇな」
「甚爾?」
甚爾は竹刀袋から一振りの木刀を取り出しながら、敵の目論見を推察した。
「大よその見当はつく。非術師で周囲を固めて、お前の呪力の出力に制限かけるってトコか」
「あー、さっき出口塞いだのは、向こう側に人間がいるかわからなくするためのブラインドみたいなもんか」
「っ! 貴様…〝術師殺し〟か」
漏瑚は、五条の隣に立つ男が夏油から告げられた「厄介者」と知り、警戒を顕わにする。
対する甚爾は、肩を竦めて返した。
「ハッ、よく知ってんな。随分と前にくたばったんだが」
「
漏瑚は呪力を込め、術式の発動準備に入る。
が、その時には甚爾が木刀を振るって肉薄していた。
「ぐっ!?」
漏瑚がギリギリで反応するも、甚爾の木刀がその身体を袈裟に斬り裂いた。
二撃目が来る前に距離を取ると、漏瑚と交代するように眼球があるべき穴からは角のように2本の枝が伸びた呪霊・花御が動く。
呪力を籠めた木枝の束で貫かんとするが、甚爾は木刀を目にも止まらぬ速さで振るい、枝の全てを斬り裂いた。
「花御!」
《くっ!》
漏瑚は花御の援護に向かう。
(見誤った!! この場で真に危険なのは伏黒甚爾だ!!)
苦虫を嚙み潰したよう表情で漏瑚は、自身の術式を発動する。
非術師を巻き込まずに使うのはほぼ不可能という状況を作った以上、五条は自らの術式を有効な出力まで上げることはできず、ただ守りに徹するしかない。彼の領域〝無量空処〟も、その影響を受けないのは本人と自身が触れている者だけで、仮に漏瑚達だけを領域内に閉じ込める技量があったとしてもかなりの数の非術師が無量空処と帳の間で圧死するため、五条悟は領域を展開しない。その流れは完璧に成立した。
しかし、甚爾は違った。天与呪縛のフィジカルギフテッドは、呪霊達の想像を絶する身体能力で制圧しにかかった。非術師の肉の壁を難なく突破し、特級呪霊達に迫っていく。
「ハッ、なまっちょろいぜお前ら」
「チッ!」
花御は木枝の束を全方位に放つも、甚爾の身体に掠り傷一つ付けられない。それどころか袈裟斬りにされる始末だ。
すかさず漏瑚が拳から火炎を放射せんとするが、五条が割って入り腕をねじ切った。
「五条悟!!」
「この程度で
目隠しを外して獰猛に笑う五条に、漏瑚は瞬時に距離を置く。
その時、頭部に凄まじい衝撃が走り、壁が抉れる程の勢いで叩きつけられた。
「がっ……!?」
「俺もいるんだぜ、ハゲ」
漏瑚は単眼を大きく見開いた。
何と同志である花御が、眼窩の枝を引き抜かれた状態で体をボコボコに変形されて倒れていたのだ。
「いやぁ、この木刀はスゲーな。社長の呪力が染み込んでるから、特級呪具と大差ねぇ破壊力だ」
「なん…だと…!?」
「おいハゲ、お前んトコにツギハギ野郎いるだろ? あいつの術で社長はエラーに次ぐエラーを起こしちまったそうだ。その副産物がこれだ」
そう言って木刀を肩に担ぐ甚爾は、木刀の先を漏瑚に突き付ける。
「社長は術式そのものに対する耐性が滅茶苦茶高いからな。これを持ってる限り、俺も術式の影響を受けづらくなるかもな。受ける前に片ぁ付けちまうけど」
「真人め……あの小僧をなぜ仕留めきれなかった……!!」
負け惜しみに等しい言葉を吐く漏瑚に、甚爾が嘲笑う。
すると、よろよろと花御が立ち上がり、背後から奇襲をかけてきた。
が、完全に動きを読まれてしまい、拳を振るう直前に身を翻して躱した甚爾が木刀で花御を上段から両断。とどめと言わんばかりに五条が無下限呪術の圧砕で追撃。花御は完全に祓われた。
「…花御……」
絶対的強者二人によって屠られた同志を目の当たりにし、漏瑚は悔しさに顔を歪ませる。
しかし、今は二人の目を欺き離脱する術を考える方が先決だ。
(花御の死を無駄にはせん!!)
漏瑚は逃げに徹する。
それを見た五条と甚爾は、互いに顔を見合わせる。
「坊。呪霊は俺がやるか?」
「奇遇じゃん、僕も頼もうと思ってた。傑の皮被ったゴミクズをぶっ殺したいから」
「ヘマすんなよな、向こうの手の内わかってねぇんだからよ」
「大丈夫だって。
不敵に笑う五条に、甚爾も肩を竦めながらホームへ戻る。
すると、その数秒後に電車が入線。ドアが開くと同時に無数の改造人間達が構内になだれ込む。
「チッ……ったく、面倒なマネしやがって。あとで社長に
甚爾は舌打ちをしながら木刀を振るい、改造人間達を次々と薙ぎ倒し、肉塊へと変えていく。
改造人間はまるで津波のように構内に押し寄せてくるが、甚爾は見事に立ち回る。
さらに運のいいことに、呪霊が見えない一般人達が二人を避け始めた。このまま人が減り続けスペースができれば、五条が大技を決められるだろう。
「漏瑚~」
「真人、遅いわ!!」
「いやいや、予定通りじゃんか。それにしても空気が美味しいね。恐怖が満ちてる。やっぱり人間少しは残そうよ」
「そんなこと言ってられる状況ではない!! 花御は死に、五条悟と禪院甚爾は全くの無傷だ!!」
漏瑚の言葉に、真人は目を丸くして「マジで…?」と漏瑚を見る。
「坊、領域展開はしねぇのか?」
「なるべく温存はしときたいんだ」
「了解」
五条と甚爾は、攻撃をさらに苛烈なものとする。
二人は地下5階におり、そのフロアには真人によって改造人間がおよそ1000体放たれているのだが…何と時間にして僅か4分弱で鏖殺。
その圧倒的な強さに、呪霊達は冷や汗を掻いて怯んだ。
「……どーしよ、これ」
「ハァ……これは参ったね」
不意に、五条と甚爾は聞き覚えのある声を耳にした。
二人の前に姿を現したのは、夏油だった。
「やあ。久しいね悟」
「……お前、悠香の言っていたクソ野郎か」
「…………成程、やっぱりあの子か」
五条の言い回しからして、自らの真の正体を薄々勘づかれてることに気づき、夏油は溜め息をついた。
「漏瑚、真人。ここは私に任せてほしい」
「はいは~い」
「言われなくてもそのつもりだ!!」
特級呪霊二体は一時撤退。
この場に残ったのは五条と甚爾、そして夏油のみ。
「さて……これは参ったな。あの子にしてやられたよ。星漿体・天内理子の一件で殺し合った二人が共闘だなんて」
「まぁ……色々あったんだよ」
「お前も化けの皮剥いだら? 傑の身体使って何を企んでやがる」
一触即発の空気の中、夏油は額の縫い目の抜糸を始めた。
そして糸を全て解くと、頭をパカッと割るような形で白い人間の歯が前頭葉の部分にくっついた血の気がない脳を露出させたまま、夏油はニイッと口端を吊り上げる。
「私は
「そうかよ。じゃあ思いっきりお前を殺せるってわけだ。……甚爾、これは僕がケジメつけるから」
「はいはい、俺は上でゴミ掃除してくるよ」
この場は任せろと、甚爾を下がらせる五条。
地上へ向かう彼を一瞥し、改めてかつての親友の身体を弄ぶ諸悪の根源を睨む。
「いいのかい? 彼との共闘ならここで私を仕留められるかもしれないんだよ?」
「そうしたいのは山々だけど、あいつの手を借りる程落ちぶれちゃいないよ」
「この姿で君の動揺を誘うのは失敗のようだね」
「ハッ、その程度で僕が動揺すると思ってんの? だとしたら最強も見くびられたもんだね」
殺気立つ五条に、羂索は両手を広げた。
「本当に参った。これも全て出来損ないの計画の内だと思うとゾッとする。
「――は?」
その言葉に、五条は完全にフリーズした。
同時に、彼の脳裏に悠香に関する記憶が思い返される。
――額に縫い目がある、こいつの母親に気をつけろ。俺はそいつに細工されてこうなっている。
かつて藤枝晴登は、自らにそう忠告した。
額の縫い目、母親、虎杖……それらの要素から、一つの悍ましい真実に辿り着いた瞬間。
「獄門彊開門」
「!?」
突如として、五条は拘束された。
気づけば、巨大な眼が中心にあるアメーバのような形状の呪物に囚われていた。
呪力を感じられず、体に力も入らない。五条は詰んでしまった。
「…… だめじゃないか悟。戦闘中に考えごとなんて」
「っ……てめぇ……!! 悠仁と悠香に何しやがった!?」
「ああ、辿り着いちゃったか。君の思い描いた最悪の仮説がその答えだよ」
そう嘲る羂索に、五条の怒りは頂点に達した。
「でも出来損ないの悠香も、思った以上に成果を発揮したね。まさか肉体も天与呪縛もエラーに次ぐエラーを起こし、生物として完全に一線を画した。あの子の身体の研究を進めれば、私の計画も大きく進む。いや、予測不能の現象を起こせる」
「っ!!」
「この国の未来は明るいね、悟」
「その顔で語るんじゃねぇよ!!」
親友の皮を被った諸悪の根源に、五条は吠える。
こいつはどこまで人をバカにすれば気が済むのか。どこまで嘲笑えば気が済むのか。
だが、今は為す術もない。
「さて、私はそろそろ失礼するよ。心配しなくても封印はその内解くさ。100年、いや1000年後くらいにね。私の目的に邪魔なの」
そう語る羂索を、五条は鼻で笑った。
「悠香は〝凶犬〟と呼ばれた子で、宿儺の寵愛を受けてる。僕をどうにかできても宿儺がどうだか…」
「確かにそうだね。でもまぁ、あの子の弱みである〝彼〟を掴めればこっちのものさ」
「っ!!」
「おやすみ五条悟。新しい世界でまた会おう」
目を見開く五条に、羂索は目を細めて餞別の言葉を送ったのだった。