呪術高専へ足を踏み入れた虎杖兄弟は、学長の
「遅いぞ悟。8分遅刻だ。責める程でもないが遅刻する癖は直せと言ったハズだ」
(オッサンがカワイイを作っている)
(東城会の幹部みたいなのがいる)
二人の視線の先には、刈上げ頭で顎鬚を蓄え、サングラスを掛けた強面の男性。
呪術師というより極道である。
「責める程じゃないなら責めないでくださいよ。どーせ人形作ってんだからいいでしょ~、8分位」
「……学長先生、心労お察しします。こんな奴の相手するの大変でしょう」
「ちょっとそれどういう意味?」
「とりあえず兄さんからやれば? 何事も長男が先でしょ」
五条の抗議をガン無視して面談を進めようとする悠香。
夜蛾も同調し、まずは悠仁との面談を始めた。
「君が?」
「虎杖悠仁です! 好みのタイプはジェニファー・ローレンス! よろしくお願いしゃあす!」
「兄さん、一応あの人もこの場で俺達ぶっ殺す権限あるからさ、もっと緊張感持ってくんない?」
絶対零度の眼差しで苦言を呈する悠香に、夜蛾は「構わん、そのまま続けろ」と宥めた。
(虎杖悠香……兄と違って警戒心が強いな)
それも無理はないか、と夜蛾はサングラスを指で持ち上げた。
悠香が死刑対象になった件については、完全に呪術界側に非がある。しかし彼がストレス発散がてら呪霊を単独でシバきに行ったのであれば、万年人手不足の呪術界ではスカウト対象だ。
「何をしに来た、呪術高専に」
「呪術を習いに?」
「その先の話だ。呪いを学び呪いを祓う術を身に付け、その先に何を求める?」
(ああ、そういうことか)
夜蛾の質問の意味を悟り、溜め息を吐く悠香。
頭の鈍い兄ではすぐ最適解の答えが思いつくか、一気に不安になってきた。
「事件・事故・病気、君の知らない人間が日々死んでいくのは当たり前のことだ。それが呪いの被害となると看過できないというわけか?」
夜蛾の問いかけに、悠仁は強く言い返した。
「そういう遺言なんでね。細かいことはどうでもいいっす。俺はとにかく人を助けたい」
「兄さん、それじゃあ死刑だよ。じいちゃんに言われたからで納得しないって絶対」
「ええっ!? マジで!?」
「今時の面接試験は嫌らしいんだよ、パチンコ行ってないで勉強しなよ」
至極冷静に兄を罵倒する弟に、五条は腹を抱えて笑う。
対する夜蛾は悠香の聞き捨てならない言葉に一瞬天を仰いだが、気を取り直して悠仁に語った。
「さすがに理由が気に食わないだけで死刑にはさせん……私とて一端の教育者だからな。だが君の弟の言う通り、それでは不合格だ」
夜蛾は語る。
呪術師は常に死と隣り合わせであり、それも自分の死だけでなく、呪いに殺された人を横目に呪いの肉を切り裂かねばならんこともあると。
ゆえに、ある程度のイカれ具合と高いモチベーションが不可欠となると。
「死に際の心のありようを想像するのは難しい。だがこれだけは断言できる。今のままだと大好きな祖父を呪うことになるかもしれんぞ」
「……」
「今一度問う! 君はなぜ呪術高専に来た?」
悠仁は少しだけ考えると、「宿儺を食う」と答えた。
死刑から逃げられても、宿儺の器という使命から逃れたら、宿儺のせいで誰かが死んでるかもと思った時に「自分には関係ない」「自分のせいじゃない」と言い聞かせるのはできない。
長生きするか、早死にするか。自分が死ぬ時のことはわからない、けれども、生き様で後悔はしたくない。
そう答えた悠仁に、強面の顔を緩ませ、悠香に目を向けた。
「次は君だ。君はなぜ呪術高専に来た?」
「俺はアンタらの過失と兄さんの失言で、誰も呪っても殺してもいないのに死刑判決が下されましたんで、自己保身で来ました。平たく言えば死刑を先延ばすためです」
理路整然と、冷静に淡々と理由を述べる悠香。
当たり障りのない、身の丈に合った相応しい回答だと心の中で自画自賛したが、夜蛾が息を吞んだことに戸惑った。
「……あれ? これアウトでした?」
「いや……本当にそれだけなのか? 兄の方は祖父の遺言にこだわってたが」
「別に死人の言葉で生き方変える必要性が見当たらないので……」
困惑した様子の悠香に、悠仁だけでなく夜蛾と五条も困惑した。性格どころか価値観も兄とは正反対であるようだ。
「……学長先生、あなたは保釈された死刑囚を二人も抱えてるようなもんですから、とっとと始末したい思いも当然あるでしょうし、基本的人権すら与えられないのも覚悟してます。でもこうなった以上は
そう言って頭を下げる悠香に、夜蛾は沈痛な表情を浮かべた。
悠香は間違いなく呪術高専を信用しておらず、呪術界には敵しかいないと考えている。
確かに立場上、呪術界では疎まれるだろう。しかし味方となる高専の人間も疑ってるとなると、その距離を埋めるのは中々に骨が折れる。理由が理由である分、迂闊に踏み込めば警戒心を強めて悪化させる。虎杖兄弟と呪術高専による呪い合いだけは何としても避けねばならない。
(気づきを与えるのが教育だ。四面楚歌でも、二人の心の支えとなる人物がいると気づかせなければならない)
夜蛾はそう決意し、五条に寮の案内と説明をするよう命じて手を差し伸べた。
「二人共、合格だ。ようこそ呪術高専へ」
「悠香、やったな!!」
「まあ、こっからだけどね」
満面の笑みで夜蛾と握手する悠仁に対し、あくまでも警戒を解かない悠香。
とばっちりの死刑判決が、余程彼の呪術界及び呪術師に対する不信感を強めているようで、夜蛾は胸が苦しくなったあまりに悠香に謝罪した。
「今回の件はほぼほぼ事故だ。兄が指を飲み込むのも想定外で、君に至っては総監部の根拠に乏しい憶測で巻き込んでしまった……申し訳ない」
「学長先生、もう済んでしまったことですので、一々気に病まないでください。自分の死に際が早まっただけですから」
「っ……」
「じゃあ、僕が二人を案内しますんで。辛気臭い空気嫌いだから」
五条は二人を連れて寮へと向かった。
その時、夜蛾は振り返った悠香と目が合い、剣呑な眼差しに射抜かれて眉をひそめた。
*
その日の夜。
寮においては一緒の部屋の方がいいという五条の判断で、悠仁と悠香は共同で一室を借りることとなった。なお、隣の部屋は悠仁が最初に出会った呪術師・
夕飯を食べ終え、明日は4人目の1年生を迎えに行くのを楽しみにしている兄に、弟は「家族会議をしよう」と声を掛けた。
「家族会議かー……もう俺と悠香だけか」
「兄さん、宿儺さん呼べる?」
「は? アイツ……じゃなくて宿儺を?」
悠仁は試しに宿儺を呼んでみる。
すると、左頬に宿儺の口と目が現れた。
「何の用だ、虎杖悠香」
「少し耳に入れてほしくて。結構大事な話です」
真剣な表情の悠香に、悠仁は生唾を飲み込む。
そして一呼吸おいてから、衝撃的な言葉を口にした。
「はっきり言う。高専は多分近い内に俺達を殺しに来る」
「――ハァッ!?」
突然の言葉に悠仁は愕然とする。
面談では自分達兄弟を受け入れたのに、それでも弟は全く信用していない。いや、そもそもどこからそう思ったのか。
悠仁は頭を掻きむしる中、宿儺は口元を歪ませながら問う。
「なぜそう思う、虎杖悠香」
「兄さんの器としての能力の不透明さと、宿儺さんと兄さんの今の関係ですね」
悠香曰く。
呪術高専とその上の連中は、兄の自我がどこまで抑止力として機能するのかは不明なため、目的である指を手に入れても容易に喰わせる訳にはいかない上、器としての強度を図りかねている。ゆえに指を全て集めてから順次食わせるという方針だが、それを無視して抹殺に動く可能性がある。
それに拍車をかけるのが、宿儺との共生関係の現状。弟としては失言の件もあるので宿儺が兄を見下そうが嘲笑しようがどうでもいいが、肉体の主導権に関するネタは禁忌に近いくらい周囲がビクついているので、方針を無視して動く確率が爆発的に高まる。
これが呪術高専及び上層部の差し金による抹殺計画の早期実現につながるという。
「兄さんは指を二本取り込んでます。宿儺さんは本来、指が二十本。ここで兄さんを殺して指二本分を消せれば、仮に宿儺さんが兄さんの死後にすぐ別の人に受肉して他の指を全部取り戻しても、不完全の状態だから五条悟に押し付ければいい……っていう魂胆でしょう」
「……つくづく忌々しい連中だ」
宿儺は反吐が出ると言わんばかりに、不愉快そうに呟いた。
「じゃあ、夜蛾先生はウソついてるってのかよ……?」
「それはないと思う。少なくとも信用はできる人だ。問題なのはそれ以外の教師と生徒だよ」
悠香の言葉に、悠仁は「確かに……」と呟いた。
夜蛾や五条がいくら声を掛けても、宿儺の器という存在はやはり恐怖そのもので、制止を振り切ってでも殺さねばという強迫観念に駆られる可能性が残っている。そればかりはどうしようもないだろう。
「俺はこの部屋にいる者全員を殺した呪術界の喜ぶ顔がガチで見たくない。だから俺は身の丈に合った幸と不幸を噛み潰しながら、呪術界をしっちゃかめっちゃかのぐっちゃんぐっちゃんにしてやるつもり」
「それマジでダメなヤツじゃね!?」
「そもそも兄さんがあんなこと言わなきゃあ、身の丈に合った幸と不幸を噛み潰して生きるつもりだったんだよ」
ジト目で睨む悠香に、悠仁は泣きたくなった。
「俺、あれ以来マジで嫌われてる?」
「そう卑屈になんないでよ。愚かすぎて本気で殺意が湧く時あることもひっくるめて、俺は兄さんが大好きだから」
「それって褒めてんの? 貶めてんの?」
「両方。何事も飴と鞭の使い分けが大事」
兄さん愛してますぜー、と棒読みで言う悠香に、悠仁は呆れた笑みを浮かべた。
が、ここでとんでもない事実に気づいた。
「ハッ! お前、それって五条先生とも衝突するってことじゃね!?」
「最悪、俺達兄弟と呪術界との戦争も視野に入れないといけないよ。だから高専と上層部に付かない、かと言って面倒な連中にも懐かない、絶対的な味方が必要になる」
そう、本題はそこだ。
伏黒恵も弱みを握られれば上層部側に付くし、夜蛾も圧力をかけられれば苦渋の決断をするし、五条は五条で信用できない。呪術界全てが敵になるということを前提に考えると、自分達に味方してくれる人間はほとんどいない。
この状況を打破しなければならないのだ。
「……宿儺さん。宿儺さんって、側仕えやお弟子さんとかいました?」
「弟子なんぞ一人としていらなかったからな。だが側仕えなら
「え、お前メイドいたの!?」
「昔の日本なら女中はいて当然だよ、兄さん。しかし宿儺さんと同世代なら、受肉してるか否かを確認できないとマズいなァ……」
裏梅なる人物が宿儺の信任が厚いのであれば、この平成の世に顕現しているかを確認しないといけない。
それは五条や高専の目を搔い潜らねばならないが、裏梅の現在の立場次第ではこちらが不利になる。
理想的なのは相手からコンタクトを取ってくれればいいが、余程の偶然が重ならない限りは厳しいだろう。
「とりあえず、高専の動きを注視しつつ、味方を集めるのが先決」
「……お前やっぱ、生まれる前の記憶が……」
「あっ」
さらっと投下された、悠香絡みの爆弾。
またもや悠仁のうっかりに、悠香は呆れ返った。
一方の宿儺は、「呪力が濃密なのは、やはり前世の記憶の影響か」とどこか納得をしていた。
「ケヒッ! さぞ人を恨みに恨んだ最期だったんだろうなぁ」
「そりゃあ、支離滅裂なことを言いながら同級生がズタズタに刺してきたら恨みますって」
――俺は兄さんみたいな太陽属性の聖人君子じゃないし。
大きな欠伸をしながら答える悠香に、嗤っていた宿儺は「反応がつまらんな」と溜め息交じりに呟いた。
挑発に乗らないどころか、完全に開き直っている。ある意味では虎杖悠香という少年の強みと言えよう。
「まあ、少なくとも呪霊という存在はいなかった世界だから、宿儺さんにとっては退屈だろうなァ。何てったって呪術高専どころか呪術自体存在しないんだから」
「ほう、呪いの無い世界で生まれたのか?」
呪いの王にとって、呪いの無い世界の記憶を持つ人間は寝耳に水だろう。
悠香は「呪い自体はあったと思いますよ?」と律儀に返した。
「早良親王や菅原道真公の祟りの記録が残ってるし、人を呪わば穴二つって慣用句もあります。陰陽師も実在しましたし」
「どれ、この俺に教えてみよ。少し興味が湧いた」
「俺もせっかくだし、訊いていい?」
「まあ、答えられる範囲なら。前の世界の森羅万象を知ってる訳じゃないんで」
兄だけでなく宿儺の興味を惹きつけた悠香は、夜遅くまで呪いの王の質問攻めに付き合ったのだった。
次回は野薔薇様が登場する初任務の回です。
そこで悠香君の力をお見せしますので、どうぞお楽しみに。
パパ黒はどうする?
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敵
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味方