長かったなぁ。
悠香が夏油の支配下に置かれるという、最悪の事態に陥った呪術師達。
その圧倒的な強さは、同期と家族と仲間達に容赦なく牙を剥いた。
「悠香……!! ゲホ、ゴホ……!!」
「
悠仁の悲痛な声に、東堂は苦々しい顔で吐き捨てる。
悠香は、もはや人間ではない。この呪術テロに関わった全ての特級呪霊が生易しく思える、全ての生けるものを脅かす怪物だ。
宿儺の暴走を押さえ続けた少年が、宿儺に酷似した存在として暴走するとは、何という皮肉だろうか。
「ひとまず、奴の息の根を止めるしかないな」
「それが無理だからヤバいんだよ、ジジイ!!」
真希の叫びに、誰もが息を呑む。
悠香は度重なる魂の干渉で、肉体も天与呪縛もエラーに次ぐエラーを起こした末、生物としておかしい自己再生力を得るに至った。しかも下手に傷をつければ、飛び散った血肉が呪力を放出して周囲を汚染していく。つまり、戦えば戦う程に自分達が追い詰められるのだ。
そんな少年の姿をした災厄は、祓うことも殺すこともできない。あくまで支配下に置かれているので自我を取り戻せれば、望みはあるかもしれないが……。
「悠香を解放するなんてマネ、させてくれると思っているのか?」
夏油は術式で無数の呪霊を放つ。
まさに絶体絶命だ。
「これは……流石にマズいですね……」
「どうすりゃいいってのよ…!!」
「んなもん、やるに決まってんだろ!!」
七海が困惑し、釘崎が吐き捨てる中、悠仁は拳に呪力を帯びさせ悠香に殴りかかった。
渾身のパンチは見事に鳩尾にヒットしたが、悠香は呻き声一つあげず、それどころかカウンターで拳を繰り出してきた。
「がああああっ!!」
「うおっ!!」
紙一重で回避する悠仁に、悠香が四つに増えた眼を血走らせ、狙いを定めたように飛びかかる。
呪力を纏った拳を何度も振るい、時には蹴りも交えて、悠仁を追い詰めていく。
しかし、完全に意識が実兄に向いているせいで周囲を疎かにしている。攻め時は今しかない。
そう判断した東堂は、悠香の背後から殴りかかったが……。
ドガッ!
「ぐがっ!?」
何と悠香は、両手を地面につき体を前傾させ、足を後方側に跳ね上げるように下段から蹴り上げた。
呪力を込めた一撃で東堂の巨躯を容易く吹っ飛ばし、呆気に取られる伏黒たちを睨んだ。
マズい、狙われた――そう思った時、一人の女が駆けつけてきた。
「……アレが噂の悠香君か。思ってたのと状況が違うけど……彼の仕業だね」
「
現れたのは、五条と同じ特級呪術師である女術師・九十九由基だった。
思わぬ増援に、呪術師たちの顔色が明るくなる。
「……えっと、君が悠仁君だね? 真人とかいう呪霊がいただろう? 魂に干渉できる術式を持ったの」
「……さっきアイツが取り込んで、多分そのせいで悠香が……」
「マジんガ~!?」
まさかの言葉に思わず素っ頓狂な叫び声を上げる九十九。
その直後、悠香が肉薄して彼女の腕を掴み、空中へ高々と放り出した。
九十九は空中で何とか体勢を立て直し、着地しようとしたが、その時には悠香に顔を鷲掴みにされてた。
「むぐっ!?」
刹那、禍々しい呪力が九十九の身体に流れ始め、次第に全身を包み込んだ。
明らかな大技を仕掛ける気配に、血の気が引いた。
「があああああっ!!」
ドガァン!!
『うわああああーーーーーっ!!!』
悠香は〝降虎雷〟を発動。
九十九を真下に放り投げて地面へ垂直に叩きつけると、彼女を覆っていた呪力が激突と同時に爆発。呪力の衝撃波で敵も味方も吹っ飛ばした。
事実上の爆心地となった九十九は、激突寸前に呪力を全身に纏ったためにある程度の威力は殺せたが、勢いは殺しきれずに十数メートル地面に減り込んでいった。
「…………」
「いたた……女性に対して随分なスキンシップだね……!!」
地面に着地すると同時に、穴から這い出た九十九が青筋を浮かべながら立ち上がる。
その姿を確認した悠香は、呪力の出力を上げる。
「いってぇ……伏黒、皆……!!」
「おい…こんなのアリかよ……!!」
「フザけんじゃないわよ、どうやって勝てって言うのよ!!」
一方の高専の面々は、どうにか一命を取り留めたが壊滅一歩手前という甚大な損害を受けていた。
しかし、それはどうも呪術師だけの問題ではないようで……。
「いやぁ…やってくれたね。さっきの余波で召喚した呪霊が全部祓われちゃったよ…全部出さなくてよかった」
「いや、お前もかい!!」
瓦礫の山から夏油が姿を現す。
どうやら、彼もさっきの衝撃波で吹っ飛ばされた上、放出した呪霊も全滅したようである。
しかし、このまま手を打たない状況が続けば、悠香によって国が滅びることになる。どうにかして止めねばならないが、決定打となる策が思いつかない。
(クソ、どうすれば悠香を……)
「〝氷凝呪法 霜凪〟」
不意に、強烈な冷気が通って悠香の身体を凍りつかせていた。
この術式を使うのは、ただ一人――
「裏梅ちゃん!!」
「全く、何という体たらくだ呪術師共……あと、ちゃん付けで私を呼ぶな虎杖悠仁!」
現れたのは、宿儺の従者である裏梅だった。
彼女は氷漬けになった悠香を一瞥して舌打ちしつつ、夏油に目を向けた。
「夏油……いや、
「へぇ…あの子をそんなに気に入っているのか、宿儺は」
裏梅は氷のような眼差しで夏油もとい羂索を睨む。
「羂索…?」
「奴は他人の身体を乗っ取る術式を持つ。夏油という男も、死後に遺体を回収して乗っ取っている」
「五条君……」
裏梅の言葉を聞き、九十九は事情を察して頭を抱えた。
「あんな真似をして、黙ってると思うのか」
「知ったことじゃないな。宿儺が呪術師に与する以上、私は彼を慮る気はない」
羂索がそう告げると、悠香が氷塊を破壊して脱出。裏梅の前に立ち塞がった。
彼は項垂れたままボソボソと何かを呟くと……。
「――〝
ボッ!!
「何っ!?」
悠香の手が発火したかと思えば、そのまま弓矢でいるような構えを取った。
裏梅は我が目を疑った。
俄かには信じ難い。だが、あの技は間違いなく……!
「宿儺様の術式!?」
『!?』
裏梅の言葉に、一同が目を剥いた。
驚異的な自己再生力に加え、宿儺の技を再現した。あまりにも規格外過ぎる。
「素晴らしい…!! やはり、君は私の理想の「混沌」だ…!!」
自分の目に狂いはなかったと、羂索は歓喜に打ち震える。
しかし、その歓喜は刹那に掻き消された。
悠香が矢を射るように呪力の籠った炎を発射しようとしたが、凄まじい斬撃が襲い掛かり未遂に終わらせたのだ。
「……お前はつくづく飽きさせんな、悠香」
「宿儺様……!!」
呪いの王が降臨し、裏梅は頭を垂れる。
一方の悠香は、宿儺を視界に捉えると、構えを解きつつも警戒心を剥き出しにする。
「宿儺……」
「許可なく見上げるな、小僧。……アレはどういうことだ」
「魂を弄られて、ああなっちまったとしか言えねぇよ…!!」
悠仁の言葉に、宿儺は顎に手を当てて考え込む。
今まで術式を持ってない悠香が、威力こそ劣るが自分と同じ技を使える。その上、自分と同じように目が四つある。
この二つの情報からある仮説に辿り着いた宿儺は、目を細めながら「気色悪いマネを」とボヤいた。
「おや、気づいたのかい?」
「貴様の所業には呆れて何も言えん」
クツクツと嗤う羂索に、宿儺は呆れ果てたように吐き捨てた。
「……宿儺、君も悠香を助けに来たのかい?」
「なぜ俺がこいつを助けねばならん」
羂索の問いかけに素っ気なく返す宿儺に、悠仁達は苦い顔をした。
やはり宿儺は、悠香が敵の手に落ちるような奴ならばその程度と見限っているのか……。
そう思われたが、宿儺の真意は全く違っていた。
「俺ではなく奴が助けたがってるんでなぁ……」
「……?」
ガッ……ガッ……
宿儺がそう告げると、羂索の背後から木で地面を突くような音が響き渡った。
振り返ると、そこには血塗れの黒スーツを着た男が、息も絶え絶えに木刀を杖代わりにしながら足を進めている。
悠香のかつての担任――日置だ。
「……まさかあなたが来るとは」
「ハァ……ハァ……」
日置が肩で息をしながら羂索に近づくと、数メートル手前で木刀を振り上げた。
満身創痍の彼を嗤いながら、「私を倒せば、1000万体近くの呪霊が解き放たれるよ」と告げる。
「……あんた、何が狙いだ……他人の教え子を、手に……!」
「……〝呪力の最適化〟の為さ」
いつでも殺せる相手だと判断しつつ、色々と思うところのある相手なので、羂索は嬉々として語り出す。
「呪術の力で新たな世界を創造する。私が創るべきは、私の手から離れた混沌だ。呪術全盛、平安の世をもう一度興すのさ。そして悠香は、たった一人で私の理想とする世界を作る為の礎になる」
日置は羂索の野望を聞き、「平安の、世……」と呟く。
呪術師たちはどうにかして彼を助けたいが、悠香を制圧しない限り不可能だという状況ゆえ、何もできずにいた。しかも日置は、悠香の最後のストッパーと言える存在。もし彼の身にもしもの事があれば、悠香の暴走を止める手立てがなくなる。
宿儺も助ける気がない今、詰んでしまったかと思われた時だった。
「夏油傑……」
「ん?」
「――あんた、つまんねぇな!!!」
「!?」
日置の言葉に、羂索は愕然とした。
呪力の可能性の探求を、呪力が人類の進化をもたらすことへの期待を、つまらないと一蹴したのだ。教育者が、未知への知的好奇心を否定したのだ。
(つまんない? 呪力の最適化が、つまらないだと!?)
それが、彼に生じた一瞬の隙だった。
「覚悟しやがれぇぇ!!!」
木刀を振り下ろしてくる日置に、羂索はハッとなって「悠香!!」と叫んだ。
悠香は一瞬で羂索の前に立ち、彼を庇いながら拳を構えたが……。
「起きんかーーーーっ!!!」
ドクンッ
「っ!!」
渾身の怒声に、悠香の動きが一瞬止まった。
その隙に日置は羂索を叩きのめそうと木刀を振り下ろしたが、間一髪で躱されてしまう。
「おっとっと、危な――」
ドッ!
「がはっ……!?」
鳩尾を貫いた衝撃に、羂索は大量の血を吐いた。
気づけば、悠香が木刀を手にして自分の腹を貫いていたのだ。
「まさ、か…!!」
「――ごめん、先生。ありがとう」
「フンッ……言ったろ、大事な教え子を救い導くのが教師の務めだと」
日置は不敵に笑う。
悠香が、自我を取り戻したのだ。
「兄さん、皆、迷惑かけた」
「悠香!!」
「このまま引導渡してやる……〝
悠香は唱えると、羂索の腹を貫いている呪力を帯びた木刀が発火。
羂索は本能的に危険な技と察し、無為転変で魂の破壊しようと手を伸ばしたが……。
「――ツケは払わなきゃな」
ドゴォン!!
その前に悠香が決めた。
爆炎が二人を包み込み、凄まじい熱風が辺りを吹き抜けた。
そして、炎が晴れると……。
「ハァ…ハァ…」
「悠香!! 大丈夫…か……?」
「息はあるよ…」
必死に駆けつける悠仁は、身体の大半が真っ黒こげの悠香に何とも言い難い表情を浮かべる。
ぐじゅぐじゅと音を立てて再生はしているが、熱攻撃は細胞を死滅させるからか、完全に再生するには時間がかかるようだ。
しかし、悠香は悠仁に微笑みかけた。まるで、心配ないと告げるように。
「……終わった、のか?」
「っ……先生、ダメだ!」
「そう怯えるな。見てくれが変わろうとも、俺の教え子には変わらんさ」
日置はそう言いながら悠香の頭を撫でる。
悠香はくすぐったそうに、それでいて嬉しそうに目を細めた。
しかし、その空気をぶち壊すように羂索が口を開いた。
「……やって、くれたね……」
「っ!!」
「今回は、ここで引くとしよう……これ以上の戦闘は無益、だからね……また会おう悠仁、悠香。君たち兄弟には期待しているよ…!」
まるで敗北を認めるような発言をすると、羂索はそのまま姿を消した。
自我を取り戻した悠香に加え、自分のおもちゃを勝手に弄られて内心腸が煮えくり返っているであろう宿儺を相手取るのは、いくら何でも厳しすぎると判断したのだろう。
何はともあれ、彼が仕掛けた呪術テロは、これで完全に終結したのだ。
「……何よ、私の出張るまくじゃなかったの? せっかく用意したのに」
「そう言うなよ、しつこい女は嫌われるぞ?」
「うっさいわね!!」
「……いるなら加勢しろよ、お前ら」
言い合っている実の父と義姉と瓜二つの術師に、伏黒はジト目で睨んだ。
「んなことよりもよ、五条の坊はどうした?」
「大丈夫、ここにある」
悠香はそう言うと、先程の特攻に等しい大技で羂索が手放した獄門疆を見せる。
それを見た術師たちは、さすがだと笑いながら五条奪還の成功を喜んだ。
ようやく渋谷事変が終わりました。
さて、悠香君がなぜ日置先生の怒声で自我を取り戻せたのと言うと、魂の構造が不安定だったからです。
悠香君はメロンパンの全力の改造のせいで自我を失い、いつ肉体が崩壊してもおかしくない危険な状態だったんです。ですが記憶が肉体に残ってたので、日置先生の声と姿が決定打となり、自我を取り戻して魂の構造が安定した……という流れです。
一見はご都合主義かもしれませんが、日置先生がいなければ悠香は暴走を続け、メロンパンの手に負えなくなるか肉体が崩壊して呪力が拡散・東京を汚染して呪霊も寄らない危険地帯と化す可能性があったので…。
そして今回の件で、悠香君は「竈」を使えるようになりました。原作で悠仁が「解」「撥」を会得しましたし、兄が斬撃なら弟は……というノリで決定しました。悠香君の場合は「一撃必殺の強大な火力と引き換えに、自分自身も焼いてしまう諸刃の刃」であるので、実質切り札です。
次回はお待ちかねの死滅回遊…の前に呪術界の混乱をお届けします。
上層部の決定事項と、それに関するキャラの反応集です。