そういえば宿儺って、奪うことはしてきたけど与えることってしてきたのかな…?
第34話:大荒れの呪術界
呪詛師・夏油傑もとい羂索によって引き起こされた、大規模呪術テロ「渋谷事変」。
その結末は、成功とも失敗とも言い難い微妙な結果であった。
羂索側としては「五条悟の封印」という当初の目的こそ成し遂げたが、彼を閉じ込めた肝心の特級呪物・獄門彊を高専側に奪い取られてしまった。その上自身に与していた特級呪霊は取り込んだ真人を除いて全滅し、自らが解放した呪霊も悠香の暴走に巻き込まれて祓われてしまうという大損害を被った。
高専側は五条を封印させられ非術師も数百名亡くなるという大打撃を受けたが、宿儺が特級呪霊の中でも一番強さも危険度もずば抜けていた漏瑚を瞬殺、呪詛師達も甚爾や万らの手で壊滅し、呪術師側の死者を一人も出さず封印された五条も取り返すことに成功。しかし悠香の暴走で壊滅手前に追い詰められるという、畳み掛けてくる訳のわからない展開に翻弄されるハメとなった。
渋谷区自体も半壊に近く、倒壊に巻き込まれる可能性が高い理由で区内の一部は立ち入り禁止区域、区内全域が避難命令区域に設定された。
しかし高専側が予想した最悪の事態――東京23区壊滅や首都機能停止には至らず、政治的空白の発生も起きなかった。政府中枢は呪霊の存在の公表を検討していたが、渋谷区だけで被害が済んでいた為にすぐ取り止めた。
人も呪いも引き攣った笑みを浮かべているであろう状況で、日本は夜明けを迎えたのだ。
渋谷事変から五日後、都内のとある公園。
特級呪術師・乙骨憂太はベンチに座りながら盛大に溜め息を吐いていた。
「ハァ~~……やっちゃったよぉ…何で二つ返事で応じちゃったんだよ僕…」
「大丈夫う? 憂太ぁぁ」
乙骨の背後から、エイリアンを彷佛とさせる風貌の禍々しい怪物・リカが現れる。
リカは祈本里香という乙骨に将来の結婚を約束した美少女が特級呪霊へと転じ、その後成仏する際に「外付けの術式」として託された、言わば里香と似た呪霊・式神のような存在。五条を上回る圧倒的な呪力量を誇り、並大抵の呪霊なら一捻りで殺す強さを持っている。
「リカちゃん…今回、大丈夫じゃないかも…」
「憂太ぁぁ…」
いつになく弱気な乙骨に、リカも不安げだ。
なぜ乙骨が弱音を吐いてるのかと言うと、一時間前の総監部とのやり取りが全ての原因である。
――五条悟の封印に携わった虎杖悠香の死刑執行を速やかに行う。その処刑人に特級呪術師・乙骨憂太を任命する。
それが、彼に下された命令だ。
いや、命令を下されたところまではよかった。問題は、上層部が見せた映像で判明した悠香の能力である。
あの九十九を一撃で地面深く叩きつけて真希達を黒幕ごと巻き込み、激しい音割れが入り混じった〝呪力の咆哮〟で狗巻達を吹き飛ばす暴走ぶり。宿儺の従者である裏梅を凍りつかせた、〝
ただの裏切者の処刑かと思っていたが、蓋を開ければ高校生の姿をしたゴジラを討伐しろという、あまりにも滅茶苦茶な任務。しかも事情を隠して悠香のことを夜蛾に電話で訊いたところ、警戒心が強く兄とかつての恩師以外に疑念を抱いており、過去に一度京都校によって息の根を止められているという耳を疑う情報も判明。
――今のタイミングは特にいかん。顔を出しに行けば、自分と兄を殺しに来た刺客と思われかねん。俺から連絡するまで高専に来るな。
真剣な声色で夜蛾に電話でそう言われた乙骨は、現在進行形で任務を請け負ったことを後悔し始め、今に至るのだ。
「アレが反転術式じゃなくて純粋な肉体の再生力だなんて、反則だよ……!!」
「せやから言うたやん。あの子の息の根確実に止めれんの核兵器ぐらいやって」
そして乙骨の隣で消極的に、というどころかやる気なさげにボヤくのは、偶然彼と鉢合わせた禪院直哉。
彼も彼なりの事情を抱え、東京に足を踏み入れたのだ。
「あの映像見せられた以上、手出しできないよ…仮にやれても呪いの王の逆鱗に触れるなんて……」
「そうそう。命惜しいなら諦めた方が利口やで、特級呪術師様」
直哉は柄にもなく諭すような声色で乙骨に言う。
そもそも直哉は悠香の死刑執行には反対どころか、殺せば
だが乙骨は不運にも貧乏くじを引いてしまった。いつもなら盛大に煽り散らしてやりたいが、内容が内容なので全く嗤えない。
「……そういうあなたこそ、何で東京に?」
「あ? 決まっとるやろ、実家と揉めて出奔したんや」
「ハァ!?」
まさかの言葉に、乙骨は驚愕する。
直哉の生家は名家中の名家の禪院家で、彼は確か次期当主のはず。しかし直哉は、その次期当主の座から降りたというのだ。
降ろされたのではなく、自ら降りた。それがどれだけ異常なことか。
「嘘でしょ、このタイミングで御家騒動!? あなた何やらかしたんですか!?」
「人聞き悪いこと言うなや。あんなん甚爾君をついでに死刑にしろって総監部に申し入れた実家が悪いんや」
直哉は悪びれずに言う。
事の発端は、虎杖悠香の死刑執行の通達。禪院家の面々はそれを口実に、共犯者として紆余曲折を経て蘇った甚爾を亡き者にしようとしたのだ。この動きに直哉は「甚爾に会えなくなる」というかなりの個人的な事情の為に猛反対し、渋谷事変で悠香の恐ろしさと甚爾の健在ぶりを目の当たりにしていた直毘人もそれを容認。
次期当主と現当主が揃って反対したために事態は沈静化したが、直毘人が呪詛師に襲われて重症となったことで事態は悪化したという。
「甚爾君の強さを未だ理解できとらん実家に未練なんかあらへん。……それよりも悠香君どうするん? どうしても
「どうもこうもしないですよ……僕、下手に手出ししたら殺されますって」
「せやろなぁ」
果てしなく落ち込む乙骨に、直哉は天を仰ぐのだった。
時同じくして、呪術高専東京校。
全ての渦中にいる悠香は、寮で傷を癒し終えていたが苛立ってもいた。
「……で、皆さんはこの怪物の首をどうするつもりで?」
『何もしません!!!』
四つになった眼で睨みつける悠香に、パンダたちは即答した。
先程上層部から送られた通達は、せっかく誰一人欠けずに渋谷事変を生き残った全ての者を死地に追いやるような内容だった。
悠香の死刑執行、それを行うのは乙骨という、あまりにも理不尽な命令。しかも執行に協力した者には莫大な報酬が約束され、悠仁に至っては恩赦として死刑を取り消すという卑劣極まりないものだ。
「呪術界マジありえねーんだけど!?」
「まぁ、予測できたことだけどね」
こめかみに浮かび上がった血管が破裂しそうな様子の真希に、悠香はどこか達観した様子で言う。
「今までのツケを他人に払わせようってことでしょ。乙骨さんって人、とんだ貧乏くじ引いたね」
「……あんた、どうする気なの?」
「向こう次第だよ、釘崎さん。老い先短い蛆虫の安寧の為に死んでたまるか。こうなったら全面戦争だ、全面戦争」
「どうしよう、昔より気性が荒くなってる!!」
親友の気性が荒みきっていることに、秋篠は頭を抱える。
小学生の頃から祖父譲りの気性の荒さだったが、色々と呪いに翻弄されたせいでグレにグレている。
冷静さを貫いているのが、余計に恐怖を煽っている。
「……少し、寝る」
「あ、うん…どうぞ…」
悠香は立ち上がると、そのまま自分の部屋へと戻っていった。
「悠香……」
「今はそっとしておけ……少し自分の時間を与えろ」
家入の言葉に、悠仁は「そうっすね…」と頷いた。
悠香は呪いに関わり過ぎ、日に日に〝ヒト〟を離れ〝バケモノ〟に成っていく。常人ならもう心が壊れてもおかしくない状態であり、そうなっていないのが奇跡だ。
彼が身も心も魂も弄ばれてなお、懸命に今を生きようとしているのは、きっと……。
(……私らじゃあ、あいつを救えないんだ)
家入は心の中で呟きながら、煙草を吹かすのだった。
*
その日の夜、高専内にある懸造りの建物の舞台。
悠香の元担任である日置は、風に当たりながら一服していた。
「ここにいたか、日置正人」
「! あなたは確か……」
「ケヒッ…宿儺だ。立場上、今の悠香の面倒を見ている者だ」
突然現れた宿儺に日置は驚くが、悠香の関係者と知りすぐに落ち着きを取り戻す。
四つの眼からは邪悪さが滲み出てるが、警戒心の強い悠香が関係を持っている事実から、少なくとも教え子の敵ではないと日置は認識した。
「悠香と悠仁君の保護者の方でしたか。これは失敬……」
「構わん。……成程、そういう立ち回りも悠香は貴様から習ったのか」
「いえ、別に教えたつもりはないですよ……あいつは賢いから、大人の私の言動から処世術を身に着けたんでしょう」
日置は笑いながらそう答えるも、宿儺は「悠仁の保護者」という言葉に不愉快そうに顔を歪めた。
「聞いたぞ? 近い内にこの学び舎で教鞭を振るうと」
「……色々と根回しされて逃げられなくなっただけですよ」
愉快そうに笑う宿儺に、日置は困ったように笑う。
実は日置は、呪術高専東京校の教師陣に先の事変で悠香を救ったことに感謝され、彼の精神安定も兼ねて高専で教鞭を取ることを打診されたのだ。
最初は自身が受け持っている現職場のことがあるので断ったが、なぜか色んな所から囲うように打診が舞い込み、日置は根負けして引き受ける羽目になったのだ。
「今の職場にもいつの間にか話が通っていてビックリしたもんだ……」
「ケヒヒヒ!! それぐらい期待されてるということだろう」
宿儺の言葉に、日置は「だといいですがね…」と返す。
「……それで、何か私に用事でも?」
「貴様に訊きたいことがある。悠香の親についてだ」
「!」
宿儺の一言に、日置は目を細めた。
悠香の親――虎杖仁と虎杖香織について、日置は詳しいことを知らない。ただ、悠香が物心がつく前に他界したと聞かされているだけだ。
「……それを知ってどうするんです?」
「一つ確かめたいことがあってな。奴の出生に関わるやもしれん」
宿儺は四つの眼で真っ直ぐ見据える。
日置は彼の言葉に嘘偽りはないと判断した上で告げた。
「お断りします」
「ほう?」
宿儺は目を細め、不機嫌そうな声色で言う。
「何故だ? 貴様ら蛆虫の言う「守秘義務」とやらか?」
「それもありますが……逆に一つこちらから質問します」
日置は目つきを鋭くさせ、呪いの王を質した。
「あなたは生まれてから、誰かに分け与えることをしてきましたか?」
「!」
その言葉に虚を衝かれたのか、宿儺は目を大きく見開いた。
それを皮切りに、日置の口調は強くなる。
「あんたのことは五条さんから聞かされている。生前の悪行も含めてな」
「……」
「人間は変わる生き物だ…あの人一倍警戒心の強い悠香が信用してるなら、今のあんたについて俺はとやかく言わない。だがな…」
日置は厳しい表情で、宿儺に言い放った。
「奪うことしかやってこなかった人間に教え子の未来を任せる程、俺は無責任な大人になった覚えはない」
「……ケヒッ」
煙草を携帯灰皿で揉み消す日置に、宿儺は面白そうに、そしてどこか納得したように笑った。
「この俺にそこまで言ってのけた蛆虫は、呪術師も含めて貴様が初めてだ。なぜ悠香が信頼しているか、少し理解できた」
「腐っても教師だからな」
日置は不敵に笑って言うと、宿儺は踵を返して忠告した。
「小僧と悠香は、少し根が深いやもしれん。命が惜しいなら、分を弁えることだな」
「はっ…あんたこそ、悠香に見限られないようにするんだな」
日置は鼻で笑いながら、宿儺の背中を見送るのだった。
しばらくすると、宿儺の下に裏梅がやって来て跪く。
「宿儺様、あの男…!」
「手は出すな」
短く告げる宿儺に、裏梅は「御意」と頭を下げた。
すると、彼は続けて言葉を紡いだ。
「裏梅、俺は力の序列が全てだと思っている。今もな。だが……」
「宿儺様…?」
「1000年も経つと、序列の在り方も強者の概念も変わるようだ」
強さを絶対的な基準とする呪いの王らしからぬ言葉に、裏梅は驚愕するのだった。
ちなみに死滅回遊は鋼鉄の魔城を舞台とします。