虎杖弟の地獄旅   作:悪魔さん

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久しぶりに悠香君と沙奈ちゃんの絡みができました。


第35話:今を生きろ

 悠香の死刑執行という特級呪術師も投げやりになる無茶ぶりが通達され、早一週間。

 再び総監部から、呪術高専東京校へ通達が下った。

「五条悟に渋谷事変共同正犯の疑いあり、潔白が証明されるまで呪術界より永久追放かつ封印を解く行為を罪と決定する…か」

「昨日の今日で手の平返しおって……これだから呪術師は……」

「いや、五条先生がとんでもない事になってんですけどぉ!?」

 ボヤく悠香と宿儺に、釘崎はツッコミを入れる。

「いいじゃんか、釘崎さん。あんなアオハルノッポ、居ても居なくても世の中そんな変わらないよ」

 悠香の呪術師としての問題発言に、釘崎たちは顔を引き攣らせる。

「命令が二転三転しているということは、今の上層部は一枚岩の状況とは程遠いのか…これが政治だったら内閣不信任案提出レベルだよ。超グダグダになってる」

「悠香の事で喜ぶべきか、五条先生の事で嘆くべきか……」

 頭を抱える悠仁に、宿儺は溜め息交じりにボヤいた。

「そんなもの前者が優先に決まっておろうが。小僧、それでも悠香の兄か」

「黙れ、両面宿儺!! 悠仁を困らせるな!!」

「いや、宿儺さんはものすごい正論を言ってると思うよ……」

 物凄い剣幕で怒る脹相を、順平が宥める。

 兄が弟を優先しなくてどうするという意味では、宿儺の言い分が正義だろう……。

「……夜蛾校長、これはどういう風の吹き回しで?」

「ああ…京都校の楽巌寺学長が、お前の死刑に反対したんだ」

 意外な名前が登場し、悠香は目を丸くした。

 京都校学長の楽巌寺は、保守派筆頭である呪術界の重鎮。そして交流会で悠香の抹殺を謀り、暗殺失敗どころか取り返しのつかない事態を引き起こした張本人である。悠香が怪物として覚醒した遠因とも言え、東京校の面々としてはあまり良い印象を持てない相手だ。そんな彼は悠香の抹殺を諦めていないどころか、死刑執行に異を唱えたというのだから驚きだ。

 いや…あの怪物ぶりを思い知ったからこそ、悠香の処刑を強行しようとする上層部の決定に反対したのかもしれない。

「楽巌寺学長は「驚異的な自己再生能力を有する悠香の抹殺は、たとえ五条悟でも不可能」と牽制した。そして「悠香のおかげで宿儺は大人しくしており、彼を処刑した暁には呪いの王が必ず報復する」とも言ったんだ。事実、その言葉で上層部のほとんどが楽巌寺学長に賛同した」

「あのおじいちゃん、悠香のこと気にかけてたんね!」

「どちらかと言うと敵対した場合を恐れたんだと思うぞ、悠仁……」

 悠仁の言葉に、夜蛾はジト目で呟く。

 今の悠香は、以前とは明らかに別の存在になっている。渋谷事変で魂を弄られたことで、藤枝の人格(たましい)が悠香の魂と完全に同一化し、藤枝の呪いの全てを引き継いだ。その結果、悠香は普通の呪術師なら身体が自壊しかねない程に膨大すぎる呪力をその身に宿すことになった。そんな強大なチカラが不死身に等しい肉体を有して牙を剥いたとしたら、五条抜きの呪術界では祓うどころか抑え込むのも不可能に近い。

 それならば、悠香を宿儺の人柱とした方が呪術界にとってまだマシ――そういう判断なのだ。

「それで交流会で俺を一度殺したツケの清算をしようってわけか……まぁ踏み倒すよりかはマシだけど……」

 不服そうな様子で呟く悠香に、夜蛾は溜め息交じりに言葉を紡ぐ。

「というわけで、ひとまず首の皮が一枚繋がった。悟の件は、俺がどうにかして解放を許可するよう交渉する」

「……じゃあ、俺たちのやることは一つだね、兄さん」

「おうっ!」

 五条の件を夜蛾が担う以上、自分たちのやることは一つ。

 黒幕を探し出し、前髪一本残らず祓うことだ。

「……と言っても、相手も中々尻尾を出さない以上、迂闊に動けませんね」

「ナナミン」

「七海さん……」

 一応は東京校に属することになった七海は、眼鏡を押し上げながら言う。

 狡猾に暗躍する羂索のことだ、根回しも周到に済ませていることだろうし、何かしらの策略をすでに巡らしている可能性は高い。

 しかし、一週間経っているのに未だに音沙汰が無いのだ。

「おそらくですが……羂索は次の計画を始動するにはまだ時間がかかる、あるいはすでに始動していても難航しているかのどちらかでしょう」

「まぁ、どっちにしろ手古摺ってるってこった」

「しゃけ」

 七海の推測に、真希と狗巻が同意する。

 それ程までに渋谷事変は、彼の満足できる結果とは言い難かったのだろう。

(向こうの目的が何言ってるかわからない以上、どうしても後手に回るからな……)

「それで? どうするんだこれから」

「とりあえず、力を蓄え戦力を整えるべきでしょ。連中との決戦に備えて」

 その言葉に、一同は顔を見合わせ深く頷いた。

 

 

           *

 

 

 その夜。

 高専敷地内にある懸造りの建物の舞台で、悠香は夜風に当たりながら缶コーヒーを傾けていた。

「……地獄旅行はまだまだ続きそうだなぁ」

 悠香は、缶コーヒー片手にそうボヤきながら、これまでのことを振り返った。

 仙台で呪霊狩りしながら平和な高校生活を送ろうとしたら、呪いの王が受肉したからと東京に移り、あらゆる勢力を相手取ることとなった。その果てに待っていたのは、自分が人間と怪物の中間のような存在と化す現実であった。本来なら絶望や憎悪に身を焦がし、この世の全てを呪い恨み続けながら破滅する道を選んでもおかしくない。

 しかし、それでも悠香は堕ちなかった。堕ちるわけにはいかなかった。それは日置の教えに反するからだ。今の自分がやるべきことは、中指を立てたくなるようなこの運命に抗い続けるのみなのだから。

「……で、何の用? 沙奈ちゃん」

「……」

 ゆっくりと柱の陰から、沙奈が出てきた。

 その顔は悲哀と後悔、恨み…そして罪悪感が入り混じっていた。

「……沙奈を置いて逝ったって、本当?」

 その一言に、悠香は表情を曇らせた。

 実を言うと交流会の件は、沙奈にだけは知らせてない。長年の親友である秋篠には悠香が直接話したが、それは彼も自分と同様に日置の教えを愚直に守り続けているからだ。

 だが沙奈は違う。日置の教えをわかってはいるが、一番の優先順位は常に悠香であり、悠香を第一に考えて行動する。ゆえに悠香の努力を踏み躙ったあの事件を知った暁には、彼女は間違いなく暴走する。

 化け物の身体となった悠香ですら、今もなお彼女の情念を恐れているのだから。

「……その話は掘り返したくないんだけど」

 悠香は缶コーヒーを飲み干し、沙奈に向き直る。

 すると彼女は静かに歩み寄り、彼の手をそっと包み込んでから口を開いた。

「……悠香君、あなたの指を一本頂戴。私が飲み込んであげるから」

「……」

「そうすれば悠香君は殺されることなく天寿を全うできるし、沙奈も悠香君の中で生き続けられる。沙奈のつまらない術式と人生も、それで役に立てられる。誰にも脅かされない…それこそ、あの男の玩具にならずに済むはずだから」

 沙奈はゾッとする笑みを浮かべた。

 彼女は自らを器に悠香を受肉させ、同化しようという狂気の考えに至ったのだ。悠香をこの世の全ての呪いから護るために、文字通りの人身御供として命も未来も捧げるつもりなのだ。もしこの場に悠仁たちがいれば、すぐにでも止めにかかり、日置が説教をかますことだろう。

 そんな沙奈の狂気に動じることなく、悠香は静かに口を開いた。

「……俺はこの化け物の身体のまま生きて死ぬ。新しくできた眼は、ボディペイントなりなんなり言っとけばはぐらかせるさ。今は多様性の尊重の時代だし」

「どうして…? どうして憎まないの!? 悠香君は自分を殺して尽くしてきたのに、あの人たちはそれを踏み躙った!! こんな目に遭わされて、どうして許せるの!?」

「……」

「沙奈は悠香君の復讐も報復も怨毒も肯定する!!! でも…奴らの罪を赦すのだけは絶対違う!!!」

 沙奈は、悠香に詰め寄って泣き叫んだ。

 受けた痛みと絶望を、のうのうと生きる腐ったミカンたちに味わわせるべきだと。

 しかし悠香は、静かに首を横に振った。

 

「一緒に教わったはずだろ、日置先生から。「今を生きろ」って」

 

 その言葉に、沙奈は押し黙った。

「っ……悠香君……」

最初(ハナ)から許すつもりはないさ……ただ、それに縛られ続けちゃ先に進めないだろ」

 悠香は縋る沙奈にそう告げる。

 身も心も魂も凌辱されようと、時間は無情にも進み続ける。だから悠香は、日置から教わった言葉を胸に前に進むのだ。

 それを悟ったのか、沙奈は涙を拭うと立ち上がった。

「……もう、あんな目に二度と遭わないで」

「それぐらい善処するさ、俺だって好きでやってるわけじゃないんだ」

 悠香は沙奈に約束する。

 すると彼は「言い忘れてたけど…」と言葉を続け……。

「沙奈ちゃんへの受肉、絶対無理だと思う。俺の魂、沙奈ちゃんの情念に勝てる気がしないもん」

「っ!!?」

「いや、心外って顔しないでよ」

 心底驚いた顔をする沙奈に、悠香はジト目になる。

 そして、その様子を陰から見ていた人物が居た。宿儺である。

「……どういう脳味噌をすればそんな考えに至れるんだ、あの小娘は……」

 宿儺は沙奈のぶっ飛んだ思考回路に、とうとう戦慄し始めていた。

 彼女が悠香に執着するのは以前より知っていたし、万と似た女だと勝手に解釈していた。だが、それは大きな誤りだった。

 自らを器とし、想い人を受肉させることであらゆる呪いから護るなど、常軌も善悪も逸脱したとんでもない思考回路だ。幸いなことに万は今のところ思いついていないが、沙奈と共鳴した際にはその考えに倣いかねない危うさがある。

 いつの時代も呪術師は厄介だと、宿儺は認識している。だがその中でも、沙奈という少女は他の術師とは()()()()()()()()()。勝手に神格として見なし、それを基準に勝手に人生を捧げてくるのだ。愛ほど歪んだ呪いはないと某特級呪術師は語ったが、沙奈はそんな生易しいものではない。純愛を拗らせた狂信者のそれだ。

「……日置正人よ、こんな奴らを教え子としてよく受け持つことができたな……」

 ――非術師にも油断ならない逸材が混じってるのか。

 復活した呪いの王は、現代人の闇に薄ら寒いものを感じるのだった……。




そろそろ過去の術師の皆様方を動かそうかなと思ってます。
ちなみにカッシーたち、もう受肉してます。
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