悠香の手で魔改造され、難易度が極端に増した空中要塞。
その牙は容赦なく襲い掛かり、挑戦者を悉く蹴散らしていった。
《あーっと、真希先輩も進化したバーティカルリミテッドに耐え切れず落水!!》
《やっぱりみんなバーチで脱落なんだよなぁ……》
実況席で秋篠は熱弁し、悠香は暢気に眺める。
空中要塞では、バーティカルリミテッドの自重で回転するギミックが猛威を振るい、空中庭園を制覇した者が次々と脱落。1級呪術師も特級呪術師も氷水の餌食となり、特設された湯船に全員浸かっている。
無理もない。何せあの呪いの王と天与の暴君すらも振るい落としたのだから。
《兄さんに七海さん、九十九さんに東堂さん、乙骨先輩に真希先輩……あとは万さんと五条さんと敗者復活枠だけか》
「もうほぼ壊滅じゃないの!!」
「そもそも宿儺と親父も振るい落とすステージ、誰もクリアできねぇだろ!!」
《挑戦者は誰も文句言ってないんですから、外野は静かにしてくださいよ》
釘崎と伏黒が苦情を言うが、悠香はバッサリ切り捨てる。
そして続いての挑戦者は……。
《次の挑戦者は会津が生んだストーカーの女帝・万さんだ!!》
「殺されたいの!?」
「ノリのいい時のシノは肝っ玉超据わってるからね」
万は顔中に青筋を浮かべるが、すぐさま切り替えて突起に指をかける。
ギミックの無い、せいぜい段差があるだけのエリアだが、クリフはクリフ。初っ端から指の負担が凄まじい。
それでも、彼女は物凄い顔で耐えながらクリフを両方とも突破した。
「テンション上がってきたぁ!!」
《万さん、クリフを二つともクリア!! パワーアップした神去のバーティカルリミテッドの手前に到達!!》
万がクリフをクリアしたことで、会場は熱狂した。
《ここからが本番だね……さぁどうする?》
《くっ、よりにもよってか……!!》
悠香が注目する中、宿儺は苦い顔をした。
もしこれで万がクリアすれば、非常に面倒臭くなる。初見殺しもいいところな最狂エリアを突破した瞬間、万は呪術師史上初どころか人類史上初という肩書きがつき、自分よりも優れた存在ということになってしまうのだ。
要するに、彼女がクリアすれば「愛は下らん」とか言えなくなるし、足を向けて寝られなくなるのだ。万の強さは認めているが、それはそれであるのだ。
「行くわよ!! この空中要塞を制覇すれば、私が宿儺の正妻に!!」
意気込む万が、わずか1センチの突起に手を伸ばす。
《さあ、人類史上初の空中要塞完全制覇なるか!? そして両面宿儺さんとの婚約は成就するのか!?》
《シノ、あんまり煽んないで。宿儺さん凄い顔してるから》
実況席が不穏な空気に包まれる中、万がバーティカルリミテッドに挑む。
1本目の回転を腕力で押さえ、2本目と3本目の突起を移動していく。
すでに腕力と握力は限界に近いはずだが、執念で体を動かしている。
そして、4本目に掴まって回転を押さえつけようとするが……。
ズルッ
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
万、健闘むなしく落水。
会場で見守っていた面々は頭を抱えて悔しがるが、実況席の宿儺はホッとしていた。
やはりあの女だけは自分の上に立つと困るようだ。
《万さん、あと一歩というところで落水!! 無念のリタイアです!!》
《うん、あの回転を耐えてたら間違いなくクリアしてたね。惜しいなぁ……》
《フゥ……無様だな》
宿儺の安堵の息をマイクが拾ったが、悠香と秋篠は口にしないことにした。
とはいえ、状況的にはかなり厳しい。残る挑戦者は五条と敗者復活枠だが、肝心の敗者復活枠があのメロンパンを仕留めた者なので、五条が仕留めた場合は彼が最後の一人になってしまうのだ。
《え? それで五条先生やらかしたらどうするの? 悠香君》
《まぁ、誰もクリアできなかったらそれまでだし……もしもう一度やりたいってなったら、本家のルールに則って皆また来年だよね》
『来年!?』
悠香の言葉に、脱落者たちは驚く。
しかし、それが絶対のルールだ。大会におけるプレイヤーの挑戦権は各エリア一回だけで、運営側の不備以外での再挑戦はどんなに悔しくても惜しい結果でも認められない。
だからこそ、全てのプレイヤーが死力を尽くして神の領域に挑むのだ。
(……それにしても遅いな。かれこれ三時間……他の皆さんも行ってるから、袋叩きですぐ終わると思ったんだけどな……)
悠香は会場の外を見やる。
羂索一人に対して五条を含めた強者曲者だ、早々に
悠香はそう考えながら、次の挑戦者が来るまでの時間稼ぎを考えるのだった。
一方その頃……。
「ゲホッ! ……全く…あの子には、してやられたよ……」
「色々あって一番反抗的だけど、僕の教え子なんだ。見くびっちゃ困るね」
瀕死の重傷を負った羂索を、五条は見下ろす。
さすがの彼も、現代最強と過去の強豪呪術師を相手に逃げきれなかったようだ。
「せっかく、怪物として覚醒したのに……その行きつく先を…特異点を見れないのは残念だよ……」
「……」
「渋谷事変の時のあの子は、最高だった……自壊してもおかしくない程の呪力量に…天与呪縛…異常な再生能力…何より、宿儺の術式…!! アレは私でも予測できなかった……!! あの子は第二の両面宿儺…いや、宿儺を超える〝呪いの皇帝〟だ……!! もし宿儺が完全復活しても、あの子を殺せない……!! 呪力に関する無限の可能性を示唆する福音だよ……!!!」
「……皮肉だな、メロンパン。自分が弄んだ子供に全てを無に還されるなんてな」
口元に笑みを浮かべる羂索を、五条は冷笑した。
悠香は両面宿儺と良好な関係を築き、彼のお気に入りになったことで呪術界を守り、復活あるいは受肉した過去の存在を囲い込むことに成功した。渋谷事変では命懸けで呪いに立ち向かい、身も心も魂も凌辱されながら平定に尽力した。そして羂索が仕掛けた殺し合いを、無血で人類史上初の称号を得られる鋼鉄の魔城に誘導した。これらの功績を称賛しないわけがない。
いや……もしかすれば、悠香が生まれた時点で羂索の計画は破綻していたのかもしれない。悠香という〝楔〟がなければ、世界が呪いの天下となっていた可能性すらある。
最強を謳う自分よりも英雄的功績を上げている少年に、もはや笑うしかない。
「……私の夢、を…彼に託すべき…だった、のかも…しれないな……」
「心配することはないよ。あの子はドライだから、親の夢を子供に押し付けるなって反抗するよ」
「……フフ……かも、ね……」
羂索は笑みを浮かべると、その瞳からは光が消えていき、二度と起き上がることはなかった。(……ようやく終わったよ、傑)
五条は思いを馳せる。
親友の肉体を奪い、その尊厳を破壊しながら呪いを振りまいた男をこの手で倒した。いいようにされてきた親友の仇を取れたような気分に、彼はほんの少しだけ浸る。
「……何だ、随分と黄昏てんな」
「……
「あー……なるほどな」
五条の事情を察し、鹿紫雲はそれ以上は触れないことにした。
それよりも成し遂げたいことがあるのだ。
「それより、早くこいつの首持ち帰って空中要塞だ!! 皆で討ち取ったって言えば、全員参加できるしな!!」
「お、賢いなお前!!」
「確かに、たった一人とは言ってなかったものね」
鹿紫雲の言葉に石流と烏鷺が同意し、その他大勢も頷く。
空中要塞は、それほどの難易度を誇り、同時に取り憑かれるような魅力がある。
あれが非術師の世界が創り出した神の領域と考えると、挑まずにいられない。何より、自分たちが強者として恐れられてきた手前、このまま引き下がるのは意地とプライドが絶対に許さない。
びしょ濡れの脱落者のままなど、言語道断だ。
「あのガキに一泡吹かせてやろうぜ!!」
「ああ!! 宿儺の寵児だかお気に入りだか知らねぇが、俺たちは甘くねぇぜ!!」
「どこの馬の骨か知らないけど、このままじゃ終われないしね」
士気を高める受肉者たち。
これも全て悠香の頭の中で描いたシナリオ通りだというのなら、恐ろしい限りだ。
「……呪いの皇帝……」
五条は羂索が遺した言葉を繰り返す。
自身が教師になって多くの優秀な人材を輩出したが、確かにポテンシャルで言えば悠香は今までの生徒とは比べ物にならない。気性が荒い一方で強い警戒心と頭の良さを併せ持ち、万人を惹きつける兄とは別ベクトルの人たらしだ。その気になれば宿儺という巨大戦力を動かし、呪術界をいつでも滅茶苦茶にできる。
だが、彼は自身への仕打ちを許さないスタンスでありながら、どこか非情になりきれない一面が強い。交流戦での真依との一件も、絶対に償わせると言いつつも、彼女の命を奪う様子は見られなかった。
能力だけで見れば災厄に等しいが、実兄のような根っからの善人ではなくても人並みの善性があり、ドライで凶暴な一面もあるが他人に対する甘さも残っている――それが虎杖悠香という人間なのだ。
「さて……これからまた忙しくなりそうだ」
五条はそうボヤく。
黒幕は死んだ。しかし、このまま復活した術師たちを野放しにすれば絶対に呪術界の秩序は乱れる。
それを未然に防ぐためにも、やるべきことがたくさんある。その為にはやはり……。
「悠香は悪人に受けがいい。悠仁と日置先生には申し訳ないけど、あの子はもう少し僕がこき使うよ」
どこか悪戯っ子のような笑みを浮かべ、五条は呟いた。
その後、五条は会場に戻って皆の期待を背負って空中要塞に挑むのだが…進化したバーティカルリミテッドの自重で回転するギミックにまんまとハマり、あえなく落水してしまったのは言うまでもない。
ヤバイ、思ったより早く進めちゃったせいでもうちょっとで最終話になりそう!!
……まぁ、次回作考えてるからいいけど。