虎杖弟の地獄旅   作:悪魔さん

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皆さん、お久しぶりです。

本編連載終了して約4ヶ月が経ちました。
実は先程、無限城編第一章を観にいきまして。超感動したので熱が冷めないうちにクロスオーバー作品を急遽連載することにしました。といっても、昔やろうとしたけど色々あってボツになった案を今更やるだけですけど。

時系列は本作の第42話から最終話の間で、ある任務を単独で遂行した悠香君の不思議な物語。



特別連載 鬼滅の刃×虎杖弟
鬼滅の刃×虎杖弟 第一章その1


 その日、虎杖悠香はある単独任務で呪詛師を討ち取っていた。

 呪術界において、呪詛師は殺されても文句が言えない立場。そして悠香は実兄・虎杖悠仁と違って敵を殺すことに躊躇しない。

「野良の呪詛師じゃ、こんなもんか…」

 フワァ~…と欠伸をしながら、木刀を手にした悠香は背伸びをした。

 数多の猛者中の猛者に指南した彼の強さは、かの呪術的大災害〝渋谷事変〟の黒幕にして主犯である呪詛師・羂索から「呪力に関する無限の可能性を示唆する福音」と称され、自身の特異体質も相まって潜在能力は特級術師並みだ。

 そんな彼にとって、野良の呪詛師など到底脅威にすらならなかったのだ。

「今日はラーメン屋に寄ってから帰るかな」

 頭を掻きながら、悠香は後始末を任せるべく補助監督に連絡しようとした。

 その時、虫の息の呪詛師が最期の力を振り絞り、自身の呪力を全て使って悠香に呪いをかけた。

「秘術……〝異界追放〟!!」

「!?」

 その言葉と共に、悠香は浮遊感を覚えた。

 何と自分の地面が――足場が、ぽっかりと底の見えない穴に変わっていたのだ。

「しね…呪術師…!」

 そう言って呪詛師は息絶えた。

 そして悠香は、そのまま奈落の闇へと落ちていった。

 

 

          *

 

 

 ――……すか!? …てください!!

「……ん…んん……?」

 自身を呼ぶ声がして、悠香はゆっくりと目を開いた。

 視界に入ったのは、市松模様の羽織を袖に通した傷だらけの黒い詰襟姿の少年と、なぜか竹を咥えた少女。少年の方は花札の耳飾りを付けており、その表情は困惑と驚愕に満ちていた。

「う……気絶…してたみたいだね…起こしてくれてありがとう」

「あ、いえ……あの……あなたって、鬼ですか?」

「…? 何言ってんの、俺はれっきとした等身大の人間……あっ」

 少年に問われたことを理解し、悠香は自分の今の姿が人外染みていることにハッとなった。

 悠香は先の渋谷事変で、紆余曲折を経て〝呪いの王〟両面宿儺のように目が四つある異貌になったのだ。身内や仲間は了承してるし、一般人にはボディペイントや魔除けの化粧だと言って誤魔化してるが、どうやら彼はその手の類は通用しないらしい。

 そりゃあ鬼にも見えるかと納得しつつ、目の前の少年の様子を伺う。

「……あの……あなたは?」

「俺は虎杖悠香。ちょっと訳あって常人と違う。……君らこそ名前は? それとここはどこ? 今の年号は?」

「……俺は鬼殺隊・癸、竈門炭治郎です。こっちは妹の禰豆子。それとここは那田蜘蛛山で、今は大正ですけど…」

「那田蜘蛛山……鬼殺隊……ん? 大正?」

 聞いた事のない単語に加え、平成ではない年号に悠香は首を傾げた。

 それと共に、何だか嫌な予感がしてきた。

(これ……もしかして、過去か別世界の日本に飛ばされた?)

 悠香は自分が仕留めた呪詛師の能力を思い返すと、ゆっくりと立ち上がって「ちょっと待って、今考える」と炭治郎に告げた。

(あー……こりゃあ参ったな。でも術式である以上、解除する条件はあるはず。まずは彼に頼るしかないか)

 頭をフル回転させ、現状把握をしていく。

 まず自身は現在進行形で息絶えた呪詛師の術中にあること。これは間違いない。次に、呪詛師の能力は対象を別世界へと飛ばすというもので、おそらく息絶える直前に「縛り」を設けていたことが推測される。そして一番の問題点……元の世界への戻り方が不明ということだ。

 ひとまずは身寄りがないので、あの竈門炭治郎という少年に頼る他はないだろう。幸い彼からは邪気や悪意が感じられない。

「……よし、炭治郎君。取引と行こう。俺を一緒に連れてってくれるなら、君自身と君の大事なものを命懸けで守ろう。これでも喧嘩は強いんだ」

「えっ!? そんな、そこまでしなくても……」

「むー!」

「等価交換だ。俺は身の丈に合った生き方をして……っ!」

 不意に、鋭い殺気を感じた。

 悠香は咄嗟に木刀を構えると、一人の少女が日本刀を片手に斬りかかってきた。

 ――ギィン!

「……!?」

「見た目の割に、随分と行儀が悪いなぁ」

 悠香は木刀で少女の一太刀を受け止めると、強引に振り払って弾き飛ばす。

 大木に叩きつけられる少女を見つつ、炭治郎に尋ねた。

「炭治郎君、何かやらかした?」

「あっ! 実は、その……妹の禰豆子が、鬼になってて……でも…」

「……あ~、何となく読めた。そういうことね」

 悠香は事情を察すると、刀を構えてこちらを見つめる少女に向き直った。

 あの子は場数を重ねている。身体能力は兄が相手でもいい勝負ができそうだ。

「っ……」

 一方の少女――栗花落カナヲは、目の前の少年に対して冷や汗を流していた。

 自分の一太刀を木刀で受け止め弾いた技量。高い反射神経と隙のない構え。何より……鬼ではないのに、目が四つある異貌。

 あまりの情報過多で、動揺が隠せないでいた。

「鬼では……ない。でも、ただの人間でもない……あなたは、何者なの……?」

「虎杖悠香。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「……鬼では、ないのに……鬼のような……何者かわからないから、信用できない」

「それはもっともだけど、話の通じる相手ならまず様子を伺うべきだよ。我武者羅に突っ込めばいいってもんじゃない」

 やれやれと肩を竦める悠香は、四つの眼で見据える。

「それに俺は炭治郎君と約束してるんでね。ここをどくわけにはいかないな」

 木刀を構え、臨戦態勢を取る。

 殺気立つ少年にカナヲは反射的に刀を向けたが、そこへ一羽のカラスが現れた。

「伝令!! 伝令!! 炭治郎、鬼ノ禰豆子ヲ拘束!! 本部ヘ連レ帰レ!!」

「……喋るカラス…」

「虎杖悠香モ本部ヘ連レテケ!! 虎杖悠香、四ツノ目ヲ持ツ少年!!」

「ハァ……仕方ない。暴れてもいいけど、ここは大人しく捕まるとしますか」

 悠香はそう溜め息を吐くと、木刀を竹刀袋に収めて両手を挙げて恭順の意を示し、炭治郎と禰豆子もそれに倣って大人しくする。

 カナヲもまた、「上」の命令だと判断して刀を納めた。

「……また貧乏くじ引いちゃったなぁ」

 悠香の呟きが、深き森に響き渡った。

 

 

 産屋敷邸。

 鬼殺隊の本部が置かれた一族の館の庭で、連行された悠香は丸腰の状態で砂利の上で胡坐を掻いていた。

 その周りには只者ではない気配を醸し出す剣士たちが見下ろしてきており、好奇の目や警戒の眼差しが注がれる。

「本当に目が四つもあるのね……」

「鬼の気配はしねぇが、こりゃあどういうことだかね」

「服装も見たことが無いね…」

「うむ! 血鬼術の影響ではなさそうだな!」

 悠香を見た鬼殺隊最高位の剣士たち――「柱」の面々はそれぞれ口にする。

 そんな柱たちを悠香は大人しく静観しているが、その目は少年とは思えない程にギラつき、いつ誰が殺しに来ても対応できるように一挙一動を注意深く窺っている。

「虎杖悠香君…でしたっけ? そう怖い表情しなくていいですよ? ここは鬼から人を護る組織・鬼殺隊の本部。私たちは君の敵ではありません」

「――鬼の気配はしない、だけど正体がわからない以上は鬼かもしれないから、ここで殺した方がいいかも…って考えてるような顔で言われても困ります」

 即座の切り返しに、薄紫色に染まった毛先と後頭部に着用した蝶の髪飾りが特徴の美人――蟲柱・胡蝶しのぶは笑顔を引き攣らせて固まった。

 悠香も鬼の一種かもしれないと内心思っていた分、反論ができない。それは他の柱たちも例外ではなく、数名は顔をヒクつかせて明後日の方向を向く始末だ。

(俺一人でもどうにでもなるけど……確実にしっちゃかめっちゃかのぐっちゃんぐっちゃんにするには、炭治郎君が必要だ)

 そんなことを考えながら、悠香は牽制するように周囲を睨みつける。

 するとそこへ、黒子の出で立ちをした男性――鬼殺隊の事後処理部隊・隠の後藤が現れ、意識のない炭治郎を連れて庭へと入ってきた。黒子は柱全員に向けてお辞儀をし、胡坐を掻く悠香の隣に寝かせると、ゆすりながら声をかけて起こそうとする。

 しかし、初めて出会った時点で深手だった炭治郎だ。一向に起きる気配がない。それを見た悠香は、徐に声を掛けた。

「……黒子のお兄さん、炭治郎君の鼻をつまんでください」

「は? 鼻ぁ?」

「一発で起きますよ。俺の兄さんもそうだった」

 四ツ目の少年からの提案を、後藤はジト目になりながらも言われた通り炭治郎の鼻をつまむと……。

「ふぎゃっ!?」

 呼吸を妨げられて苦しかったのか、炭治郎は奇声を上げて起きた。

 何度ゆすっても起きなかったのだから、後藤も思わず「おお、起きた…」と声に出してしまうほどに呆気に取られた。

「鬼を連れた鬼殺隊員っつーから派手な奴を期待したんだが…やっぱそっちと比べると地味な野郎だな、おい」

「それは仕方あるまい、宇髄!」

「何だこの人…」

「いや、全くもっておっしゃる通り」

 炭治郎の思わず出た呟きに、悠香は腕を組んで頷いた。

 その反応に血の気が引いた後藤は、慌てながら怒鳴った。

「口を挟むな馬鹿野郎ども!! 誰の前にいると思ってるんだ!? 柱の前だぞ!!」

「いや、知らないから俺も炭治郎君も言ってるんじゃないんですか。それぐらい五歳児でもわかりますよ」

「お前黙ってろ!! この御方たちは鬼殺隊の中でも最も位の高い9名の剣士だぞ!!」

「あ、ちゃんと説明はするんだ」

 煽るような返答に怒りを禁じ得ない後藤が紹介しながら叫ぶ。

 そしてそれを聞き入れた悠香は、柱たちに目を配ると……。

「ここは鬼殺隊の本部です。あなたは今から裁判を受けるのですよ。竈門炭治郎君」

 しのぶがそう言った直後。

「裁判の必要などないだろう!! 鬼を庇うなど明らかな隊律違反!! 我らのみで対処可能!! 鬼もろとも斬首する!!」

「ならば俺が派手に首を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ」

「ああ…なんというみすぼらしい子供だ…可哀想に…生まれていたこと自体が可哀想だ」

 物騒なことを言い始める三人の柱。

 炭治郎の命が危ないと感じた悠香は、気を逸らすために声を発した。

「あの……それよりもあそこの半々羽織さん、何であんな遠いところに?」

「冨岡……」

「そう言えばそうだったな。拘束もしてない様に俺は頭痛がしてくるんだが、胡蝶めの話によると隊律違反は冨岡も同じだろう」

 柱たちの意識が、悠香の目論見通りに遠くで離れている剣士――水柱・冨岡義勇に向いた。

 すると炭治郎は思い出したように悠香に言った。

「あ…ゆ、悠香君! 禰豆子は!?」

「知らない。別嬪さんだから、この場にいない人に慰み者にされてないことを祈るしかないね」

「やめろ貴様ぁ!! 気持ち悪い事を言うな!! 俺たちがそんなことをするわけないだろう!! 鬼に欲情すると思うとはどういう脳味噌しているのかね!?」

「見ず知らずの女性を気持ち悪いって言う上、その情景を想像したあなたもあなただと思いますけどね」

 変な想像をして激昂した蛇柱・伊黒小芭内だが、言葉巧みな四ツ目の少年に揚げ足を取られる。

 普段の毒舌を更なる毒舌でやり込められたことで、小芭内はこめかみをピクピクさせて青筋を立てた。

「――まあ、包帯を口に巻いた人が変な想像したのはさておいて」

「貴様あとで覚えてろよ……!!」

「炭治郎君、君の妹さんの禰豆子さんだっけ? 鬼になったってどういう事ですか?」

 本題を催促されて、柱たちはハッとなった。

 完全に悠香のペースに乗せられてしまったが、今は裁判の真っ只中だ。

「炭治郎君、俺は君の味方をすると約束したけど全部は把握してないんだ。妹の禰豆子さんの件、ここで話せる?」

「おい、何でてめぇが仕切ってんだよ…」

「誰が仕切っても同じだからいいじゃないですか」

 ジト目で見てくる音柱・宇髄天元に冷たい態度を取りつつ、悠香は炭治郎に事情を説明するよう求めた。

「えっと…鬼は俺の妹なんです。俺が家を留守にしている時に襲われ帰ったらみんな死んでいて…妹は鬼になったけど人を喰ったことはないんです! 今までも! これからも! 人を傷つける事は絶対にしません!」

「はい、0点。やり直し」

「へ?」

 炭治郎の主張をバッサリと評価する悠香。

 味方と言った手前で切り捨てるような発言をしたことに、炭治郎も柱たちも呆気に取られた。

「とりあえずプレゼン能力が破壊的すぎるよ、炭治郎君」

「ぷ、ぷれぜん…?」

「自分の考えや情報を相手に効果的に伝えるチカラのこと。君は禰豆子さんを生かすことで発生する利点や可能性、この場で殺してしまうことで生じる不都合について主張することを怠っている。俺がいなかったら「身内なら庇って当たり前だ」で一刀両断、たとえ話を聞いてくれる人でも「人を喰ってないこと、これからも喰わないことを口先だけじゃなくこの場で証明しろ」って返されて手詰まりだよ」

「俺たちが言いたいことをズバリと言いやがった……」

 悠香の意見に炭治郎は勿論、柱たちも度肝を抜かれる。

 見かけによらず相当な切れ者だと、思わず認めるしかなかった。

「じゃあ、俺から少し質問。鬼になったのはいつ頃で?」

「に、2年前の冬に…」

「2年か……鬼という生物については道中で黒子の人から聞いている。普通に考えたら穴持たずのクマみたいに狂暴化してるはずだ、飢餓状態が長時間続いてるって意味だからね。でもそうはならなかった。それに鬼は寝ないって聞いたけど、禰豆子さんは違ったんだろ?」

「は、はい! 禰豆子は鬼になっても寝ていました!」

「となると、禰豆子さんは人喰いではなく睡眠で体力を回復するように体質を変化させたってことになるな……うん、理には適ってる」

 顎に手を当てて考察する悠香は、柱たちに口を出す隙を与えずに炭治郎から次々と有力な情報を引き出していく。

「見張り……見守りをした人は?」

「俺の師匠…鱗滝さんが狭霧山で修行中に見てくれてました。禰豆子は2年間ずっと寝てて、俺が最終選別に戻った時に起きたそうです」

「炭治郎君とその師匠が眠っている間に抜け出し、そこで人を襲い戻ってきて、口の周りの血を取ってまた眠る…っていう線は無理筋過ぎるね。そんなんなら寝ている炭治郎君たちを喰い殺してそのまま山を下りた方が手っ取り早い。それに周りで不可解な死亡事件があれば、鬼殺隊に情報が届くはずなのに、来てないってことは喰ってないって証明でもある…」

 悠香の鋭い指摘に、その場にいる全員が息を呑んだ。

 憶測だと言い切るにはあまりに理路整然としており、腑にも落ちる。俄かには信じ難いが、反論の余地もない理論武装として機能していた。

「うん……禰豆子さんが人を喰っていないことは、明確な根拠は乏しいけど、炭治郎君の言ってることが全部事実だと仮定すれば辻褄は合うし、これといった齟齬もないね」

「ゆ、悠香君……!!」

「っていうか、これぐらい言えるようにね。今回は特別に俺が噛み砕いてわかりやすくしたけど、次からは自分の口で説明できるようにすること」

「は、はい……」

 苦笑いする炭治郎を他所に、悠香は柱たちに目を向けた。

「――といった具合です。これでも嗤いますか?」

「まぁ、言いたいことを全部言われた上で筋の通った反論されちまうと、ぐうの音も出ねぇな」

「そうね…お館様がこの事を把握してないとは思えないですし…」

「ご理解いただけて何よりです」

「――オイオイ、何だか面白い事になってるなァ」

 そこへ、荒れた白髪に全身傷だらけの青年――風柱・不死川実弥が現れた。

 彼の左手には一つの箱――禰豆子が入った背負い箱がある。

「鬼を連れた馬鹿隊員はそいつかい? 一体全体どういうつもりだァ?」

「あの、スゴい申し上げにくいんですけど、その鬼を連れてきてる馬鹿隊員が今あなたになってますよ」

「あぁ!?」

「ウソだろ、お前この状況で噛みつくのかよ!?」

 実弥を挑発する悠香に、宇髄は目を剥いた。

 他の柱たちも「こいつ正気か」と言わんばかりに唖然としつつ、一触即発の雰囲気に生唾を飲み込む。

「お館様ってのは中々面白い方なんですね。人材採用はヤクザも対象とするんですか」

「誰がヤクザだ!! ブチ殺されてぇのかテメェ!!」

「いや、だって堅気の顔というには無理が……」

「ぷっ! ……すみません…」

 二人のやり取りがツボにはまったのか、恋柱・甘露寺蜜璃が噴き出した。すぐに謝罪したが。

「ん? 四ツ目のガキ……そうか、テメェがお館様の言っていた…」

「虎杖悠香です。堅気です」

「テメェこそ堅気は無理筋だろォ」

「これでもつい最近まで目は普通に二つだけだったんですがね」

 お互いに棘のある言葉を吐き捨てつつ、実弥は腰に差した刀を抜いた。

「…で、鬼が何だって? 坊主ゥ…鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ? そんなことはなァ、ありえねぇんだよ馬鹿がァ!!」

 叫ぶように言った実弥は、刀の切っ先を箱に向け、突き刺そうとした。

 しかし、そこへ人影が割って入り――

 

 ドスッ!

 

「がっ…」

「悠香君っ!!」

 なんと、悠香が身を挺して防いだのだ。

 刃は悠香の左胸の肺を貫いており、口から大量の血を吐き出した。あまりの光景に炭治郎は悲鳴をあげ、他の柱たちも動揺を隠せなかった。

「な…」

「不死川さん!! どいて下さい!!」

「きゃあ!! 隠の方、早く!! 今すぐ治療しないと!!」

「刀を抜くな!! 下手に抜いたら心臓が傷ついて失血死するぞ!!」

 産屋敷邸の庭は騒然となる。

 鬼殺隊と縁がない人間が柱の手で死んだ、それも鬼を斬る刀で刺されて死んだなど、決してあってはならない。事態は緊急を要していた。

 そこへ、追い打ちをかける出来事が。

「ぐっ……!!」

 何と悠香は、自身を貫いた刀を引き抜いたのだ。

 これでは出血が止まらなくなり、本当に死んでしまう。しのぶは血の気が引いた。

 

 ――ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅ!

 

『!?』

「げほ、ごほ…」

 誰もが目を疑った。

 悠香の左胸の傷が、まるで鬼の再生能力のように塞がっていくではないか!

「こ、これは……」

「よもや、鬼だったのか!?」

「いや、気配は間違いなく人間だ……だが何なんだ、あの再生能力……!?」

 その場が混乱する中、悠香は何事も無かったように口に溜まった血を吐く。

 着ているブレザーとパーカーが刀を突き刺されたことで穴が空いている以外、怪我らしい怪我が見当たらない。

「げほ……うぇっ…」

「……テメェ、何者だァ……!?」

「ごほ、ごほ……俺が一体何なのかは、話せば長くなりますよ?」

 咳が落ち着いてきたのか、いつもの調子に戻る悠香。

 するとそこへ、よく響く鈴のような少女の声が響き渡った。

「――お館様のお成りです!!」

 その声と共に奥座敷の襖が開き、顔の上半分が焼けただれたような痕が目立つ細身の男性が奥から出てきた。

 名は、産屋敷耀哉。鬼殺隊を統率する最高責任者たる産屋敷一族97代目当主であり、「お館様」と呼ばれ慕われている大人物だ。

「よく来たね、私の可愛い剣士たち」

 穏やかな声音で、優しく微笑みながら挨拶をする。

 その姿を見るや否や、柱たちは耀哉の正面で跪いた。

「おはよう皆、今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな」

(成程、病による……いや、これは呪いだな。その影響で身体が優れないのか)

 悠香はそんなことを思いながら、柱たちから数歩距離を取る。

 頭を垂れる気のない彼に気づいた恋柱・甘露寺蜜璃は、慌てて小声で注意を促す。

「ちょ、ちょっと悠香君!! お館様の前よ!?」

「申し訳ないですけど、俺は鬼殺隊の人間じゃないので。それぐらいはいいでしょう?」

「お前、お館様に!」

「いいよ、天元。私は気にしないよ」

 甘露寺に窘められるも、悠香はあくまでも余所者だと反論。

 彼の振る舞いに憤る者もいれば、冷静に様子を見守る者と様々だ。

「お館様におかれましてもご壮健で何よりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

「ありがとう、実弥」

「とてもそうには見えないけどね」

 へりくだって挨拶をする実弥に対し、悠香は直球すぎる言葉を呟いた。

 命知らずとも思える発言に、甘露寺たちはドン引き。実弥は目を血走らせながら悠香に迫った。

「テメェ!! 誰に向かって口利いてんだァァ!?」

「人をぶっ刺しといて詫びを一つも入れない、あなたのおためごかしよりマシですよ」

「何だとォ!?」

「実弥、待ちなさい」

 お館様――耀哉の制止で、実弥は歯軋りしながら引っ込んだ。

 すると彼は、クスクスと笑いながら悠香に声を掛けた。

「初めまして。私は鬼殺隊の当主、産屋敷耀哉という。どうやら実弥が君に迷惑をかけてしまったみたいだね。申し訳ない」

「虎杖悠香です。……気にしないで下さい、俺が勝手に割って入った結果ですし。まぁ…本音を言えば、あなたじゃなくて実弥さんの口から言ってほしかったんですけども。大事な子どもなら親としてしっかり躾けてくれると助かります」

「そうだね……実弥、あとでちゃんと謝っとくんだよ?」

「いえ、大丈夫ですよ。代わりにあなたが言って下さったんで、それでチャラにします。お互いに済んじゃった事をぐじぐじ掘り返すのはよくないでしょうし」

 黒い笑みを浮かべながら、実弥の面子を容赦なく潰す悠香。

 その腹が黒いとも悪魔的とも言える巧みな話術・駆け引きの上手さ・頭の回転の速さに、耀哉は内心で感嘆した。

「そういうわけなんで……裁判なんて茶番、とっとと終わらせましょうよ」

「ほう……というと?」

「白々しいことで…炭治郎君と禰豆子さんの件、すでに把握してるでしょうに。白洲の場での俺の推測も、確信を得るために盗み聞きしてたんじゃないんですか?」

 悠香は耀哉を挑発するように問い詰める。

 その指摘に彼は「恐れ入ったよ」と嬉しそうに返した。

「そう…炭治郎と禰豆子のことは私が容認していた。そして皆にも認めてほしいと思っている」

「……だそうですよ? 柱の皆さん。ちゃんと戦略面を考えた上での反論が求められますが」

「お前、結構いい性格してるな」

「褒め言葉と受け取ります」

 好き不好きで判断しないよう釘を刺す悠香に、宇髄は呆れたように呟いた。

 それに対し淡々と返し、再び耀哉へと視線を移す。

「……で、沈黙してるあたり、図星ですか」

「君の意見を聞いた手前でもあるからな!」

「ちゃんと聞いて下さって何よりです。ニ・三人は聞こえないフリするかと思ってたので」

「南無……流石に疑いすぎではないか……?」

「初対面で生まれていたこと自体が可哀想とか言うあなたも大概でしょう」

 岩柱・悲鳴嶼行冥の第一声を暴露する悠香。

 命知らずにも程がある。

「炭治郎を鍛えた鱗滝左近次から手紙を受け取っているんだけれども……読み上げた方がいいかな?」

「流石に腹切って詫びますとか書いてませんよね?」

「…………にちか、手紙を」

 意味深な間の後、耀哉は傍に控える子供・にちかに指示して手紙を読み上げた。

 

 ――炭治郎が鬼の妹と共にあることをどうか御許しください。

 禰豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過致しました。俄かには信じ難い状況ですが紛れもない事実です。

 もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は、竈門炭治郎及び鱗滝左近次・冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します。――

 

 柱たちが揃って沈黙する中、炭治郎は涙を流して冨岡を見上げた。

 兄弟子も禰豆子を信じてるのが、とても嬉しいのだ。

 しかし、それでも反対の声が上がる。

「切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保障にもなりはしません」

「――その言葉に自分の命懸けてますか? 不死川さんとやら」

「あぁ?」

 悠香の指摘に、実弥は怒りの形相で彼を睨んだ。

 だが彼は、物怖じすることなくさらに畳み掛ける。

「禰豆子さんが2年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、そのために三人分の命が懸けられている。それを否定するなら、否定する側もそれ以上のものを差し出すのが筋。……まさか自分たちだけ命懸けないで、安全圏から偉そうな口を利いてるんじゃないでしょうね?」

「……何が言いてェ」

「…一言一言に命を懸ける駆け引きが、そんなに怖いのかよ? これじゃあ柱の器量もたかが知れる」

 ついには鼻で笑い始める悠香。

 完全な挑発に実弥は目を血走らせて立ち上がるも、悲鳴嶼に「止せ……! お館様の前だぞ……」と制され、渋々座り直した。

 収拾不可能になるギリギリのラインを攻めつつ、この裁判の支配権を掌握しようと試みる悠香に、糾弾されている炭治郎も内心戦慄した。

「それに私の子供達に伝えておくことがある。この炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」

『!?』

 鬼殺隊総力を挙げて捜索しても、一切の足取りを掴めなかった宿敵・鬼舞辻無惨の情報。

 鬼殺隊にとって有益どころか、喉から手が出るほど欲しい情報だ。全員が驚愕の表情で目を見開き、炭治郎に注目が集まる。

「鬼舞辻はね、炭治郎に向けて追っ手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らくは禰豆子にも鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているのだと思うんだ」

「平たく言えば、二人をここで殺せば敵に塩を送ることになるね。……あーあ、柱ともあろう者が不俱戴天の仇に肩入れするとなると、先人たちも浮かばれないなぁ」

 肩を竦めながら悪い笑みを浮かべる悠香の呟きに、柱たちは唸る。

 鬼殺隊がどれだけの想いで戦い、どれだけの者が犠牲になっていったか。それを知っているからこそ、ここで二人を処刑するのが悪手だということを思い知らされる。

「…まぁそれでも構わないのなら、どうぞお好きに。所詮は俺は外様の人間。一切責任取りませんから。竈門兄妹を殺したせいで鬼殺隊が滅び、日本が鬼の天下になったとしてもね」

 悠香のとどめの一言に、一同は押し黙る。

 完全に裁判の空気を掌握され、反論されても切り返され言い返されるのが目に見えるからだ。

 もはや二人の処遇は決まったも同然だ。

「……お館様、一つよろしいでしょうか!」

「いいよ、杏寿郎。何か気になることでもあるのかい?」

「お館様がそう決断するなら、何も言いません! ですが、彼はどうするおつもりですか?」

 話はとうとう、悠香の処遇に移った。

「そうだね……虎杖悠香、君が何者なのかを教えてもらおうかな。君の望み通り、炭治郎と禰豆子はこちらの預かりとなったからね」

「そうですね…何から話すべきか…」

 悠香は四つの眼で耀哉を見据え、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺は呪術高専一年、虎杖悠香。――呪いと戦う者です」

 

 呪いという化け物を狩る呪術師・虎杖悠香は、鬼という化け物を狩る鬼殺隊に改めて自己紹介したのだった。




本編の設定と全く同じなので、悠香君は柱たちを前にしても普通に駆け引きできます。
いつも宿儺を相手してるので、言葉による命のやり取りも経験豊富なんです。(笑)
揚げ足を取るのも造作もないですし、そもそもあの禪院直哉を味方にできるくらい甘言にも長けた策士なので、はっきり言ってお館様と一対一で渡り合えます。
ある意味「母親」の才能を受け継いでますので。


現時点の小ネタ及び描写にない裏話

・悠香君は炭治郎と禰豆子の前に鎹鴉に見つかってます。なのでお館様に情報が届き、生きてれば連行するよう命じられてます。
・悠香君が鬼滅世界に落ちたタイミングは義勇としのぶが到着する前です。
・悠香君は一応単独任務用のリュックサックも所持しておりますが、隠に没収されてます。竹刀袋と木刀も同様です。
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