鬼殺隊&虎杖悠香と上弦の陸の死闘は、苛烈を極めていた。
並の隊士では即死する程の猛毒を操る妓夫太郎に、容易く人間や家屋などを損壊させる鋭さを有する帯を操る堕姫。兄妹双方の頸を斬らないと倒せないという非常に厄介な特性を持つ二人の連携を前に、宇髄たちは消耗し始めていた。
しかし、苦戦しているという点では妓夫太郎と堕姫も同様だ。なぜなら、虎杖悠香という少年が想像を超える強さだったからだ。
「おりゃああ!!」
木刀を振るい、呪力の衝撃波を妓夫太郎に叩きつける悠香。
その重い一撃は、彼の
(クソ…あの四ツ目のガキ、何つ-攻撃仕掛けやがる……!! 本当に人間かぁあ…!?)
瓦礫の中から這い出た妓夫太郎は、憎々しげに悠香を睨む。
剣技というより、まるで巨大な金槌でぶん殴るような、それこそ砲撃かと錯覚するような攻撃。しかも容赦なく連発し、吉原ごと吹き飛ばす勢いで攻めている。
柱よりも、こいつを仕留めなければ――妓夫太郎は悠香を優先して狙う事に決め、一騎打ちを仕掛けた。
「お前さえ消せば、俺達の勝ちなんだよぉおお!」
「そう簡単に
妓夫太郎は両手の血鎌を構え、悠香へ猛攻を加える。
普通ならば瞬殺レベルの攻撃だが、悠香はギリギリで渡り合う。隙を見て反撃に転じようとするが、妓夫太郎は巧みに距離を取りつつ毒を撒き散らすので、思うように攻撃ができない。
厄介な衝撃波攻撃を封じ込めることに成功した妓夫太郎だが、それを補うように炭治郎と宇髄が頸を狙って斬りかかる。
「っ!! ダメだ、逃げろ!!」
「
妓夫太郎は凶悪な笑みを浮かべると、〝
同時に、別方向から轟音が響き渡る。どうやら他の鬼狩り――善逸と伊之助――を相手取っていた
鬼狩りの面々は皆瀕死か行動不能という悪夢のような状況下で、妓夫太郎は勝利を確信したが……。
「っ! ……いい加減、くだばれよなぁあ…!!」
意識を取り戻すどころか、唯一立ち上がる悠香に不快感と怒りを露にする。
壮絶な戦いの中で、唯一木刀を得物とする悠香だけが崩せない。彼だけがこの戦場で〝異常〟な存在だからだ。
「ねえ、お兄ちゃん!! そいつ何なの!?」
「鬼に近い人間…そうとしか言えねぇだろぉお…」
上弦の陸を以てしても、悠香についてそう語ることしかできない。
血鎌や帯の斬撃を食らっても傷がものの数秒で再生し、しつこく急所を貫いてもなお立ち上がって食らいついてくる姿は、まさに化け物と呼ぶにふさわしい。
(何なんだ、こいつは…)
かつてない焦燥を感じる中、悠香は血反吐を吐きながら妓夫太郎たちを四ツ目で睨む。
「ハァ……ハァ……」
「……何だ、毒はちゃんと効くようだなぁああ」
「ハッ!! 結局強がりじゃない!!
肩で息をする悠香に、上弦の陸は嗤う。
そこが鬼との違いだ。上弦にもなればその毒を分解し無害化するのも容易いが、悠香はそうはいかない。自然界の毒ならば大丈夫かもしれないが、並の人間はおろか柱でも致命傷に繋がる猛毒を即座に分解できるわけもない。
それでも、一番毒を食らっておきながらまだ意識を保っているのは異常すぎるのだが。
「そう言えば…お前の頸は落としたことねぇなぁああ…!! 頸落としたら流石に死ぬよなぁああ!?」
「ゲホ、ゴホ……!! やら、れだごと…ないがら……」
ゆっくり近寄る妓夫太郎を前に、悠香は呼吸を整える。
すると、上がっていた息が徐々に安定し始めた。
(っ!! あのガキ、やっぱりな!!)
身体が毒に慣れ始めているのを察し、妓夫太郎は悠香にとどめを刺そうと急接近。懐に飛び込み、頸を刎ねようとする。
それが、上弦の陸である二人の運命を変えることとなる。
「……そろそろ起きろよ」
――ヴォオオオオオオッ!!
「あっ…があああああ!!」
「うあぁああ!!」
悠香は〝呪力の咆哮〟を轟かせた。
激しく音割れした、生物とは思えない非常に禍々しい咆哮。その〝圧〟は強烈なもので、至近距離で食らった妓夫太郎とすぐ近くの屋根にいた堕姫は、脳を揺さぶられるような感覚に陥り思わず膝をつく。
その隙を狙い、悠香は捨て身で飛び掛かった。
「っ…堕姫ぃい!!」
「死ね、この化け物!!」
血の斬撃と帯の斬撃が無慈悲に襲い来る中、必死に避けながら距離を詰めて木刀に呪力を限界まで込める。
「〝
ドォン!!
出力を上げた衝撃波攻撃で、先に堕姫を攻撃。
妹が吹き飛ばされたことに妓夫太郎は怒り、血鎌で胸を貫くが、それでも悠香は止まらず、木刀を振るった。
「がああああああっ!!」
ドォン!!
悠香が木刀を振るった瞬間、黒い火花が散り、妓夫太郎の身体に強烈な衝撃を走らせた。
打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間に発生する「現象」――〝黒閃〟だ。その威力は平均で通常時の2.5乗とされ、発動すれば一発で相手を戦闘不能に追い込める会心の一撃だ。
そしてそれを皮切りに、悠香の猛攻が始まった。
ドォン!! ドゴォオン!! ドゴン!! ドォン!!
上半身を振りながらその遠心力と反動を利用し、起死回生の滅多打ちを叩き込む。
一撃一撃が黒閃を誘発する一歩手前という威力、しかも反撃の隙すら与えない速さのため、攻撃は全てクリーンヒットだ。
「うぉおおおおお!!」
「こ、のガキぃいいいいい!!」
血鎌と木刀が激突すると、そのまま凄まじい剣戟が繰り広げられる。
鬼気迫る表情で戦う二人だが、それが時間稼ぎとして功を奏したのか、意識を覚醒させた炭治郎と宇髄が復活した。
(クソォ!! 死にかけの鬼狩りが再起しやがった!!)
「悠香!! ありがとう!!」
「感謝するぞ虎杖ぃ!!」
今一度立ち上がった二人は、日輪刀を振るって悠香を上手く躱して妓夫太郎の頸を捉えた。
それを見た悠香は攻撃を中断。そのまま離脱して、堕姫が吹き飛んだ方向へと向かう。
(まずい!! 斬られる!! 畜生、あいつと戦ってから身体が妙に重くなった!! 何をしやがった!?)
頸を捉えた二人を薙ぎ倒そうとするも、身体が異様に重く感じることに危機感を抱く妓夫太郎。
無理もない。悠香の血は強力な呪詛を撒き散らす、ある意味似た者同士の「毒の血」。死に至ることはないが、長時間浴びると体調不良を起こす。そして戦場での体調不良は、致命的なミスに繋がる。
妓夫太郎が自らの不利を悟ったその時、すでに決着の兆候は見え始めていた。
「「うおおおお!!」」
刃が少しずつ食い込んでいく。
あと少しで上弦の陸の頸を刎ねる――そう思った時だった。
ドゴォン!!
『!?』
突如、後方で爆音と共に土煙が上がった。
それと共に、とてつもない圧迫感が吉原を襲った。
「――何をしている、妓夫太郎、堕姫」
『!!!』
その声を聞き、誰もが震え上がった。
凄まじすぎる威圧感に本能が警鐘を鳴らすと同時に、冷や汗が止まらなくなる。
まさか、この場にあの男が来るとは――
「無惨様…!?」
炭治郎たちを薙ぎ払い、頭を垂れる妓夫太郎。
彼の傍に堕姫も並び、平伏する。
「……貴様らの戦いは全て見ていた。鬼狩り如きに何を手間取っている」
「「っ……」」
そう叱責する、小洒落た黒い洋服を着込んで白い帽子を被り、黒髪をオールバックに纏めた美青年――鬼の始祖・鬼舞辻無惨。
しかし怒気はすぐに収まり、彼は再び口を開いた。
「まぁ、それはいい。私は気分がいいから、この程度にしておこう」
普段なら容赦なく罵倒するが、あっさりと怒りの矛を収めた無惨。
あまりにも寛大な対応に戸惑う中、彼は震えながらも日輪刀を構える炭治郎たちを見向きもせず、一人の少年に目を向けた。
「私はお前に用があったのだ。虎杖悠香」
*
鬼舞辻無惨、吉原に出現。
その報せはすぐさま他の柱たちに伝わり、全員が一斉に戦場と化した吉原を目指した。
「よもやよもやだ!! 無事でいてくれ!!」
「炭治郎、宇髄…!!」
杏寿郎と義勇は、炭治郎たちの身を案じる。
「伊黒さん!! 早くしないと!!」
「わかってる……!!」
「まさか鬼舞辻が現れるなんて…!!」
伊黒と甘露寺、しのぶは一筋の汗を流す。
「不死川さん!!」
「ああ!! 必ずその頸捩じ斬ってやらァ!!」
無一郎と実弥は鬼舞辻を討ち取らんと士気を高める。
(やはりお館様のおっしゃる通りであった……!! 虎杖悠香、彼は鬼にとっても……!!)
最年長にして最強の柱――悲鳴嶼は、別世界から来た呪術師の存在が人喰い鬼にとっても異端であることを改めて実感する。
「悲鳴嶼さん、早く行きましょう!!」
「……ああ」
*
一方の吉原では、怪物同士の一騎打ちが勃発していた。
「何が永遠を生きるだ!! 1000年生き続けて、まだ不死身の肉体の恐ろしさを気づいてないのか!?」
「私こそ理解に苦しむ!! なぜ貴様は完璧に近い肉体を持ちながら、それを後ろめたく思っている!? この世界に仇もいなければ、鬼狩りに与する理由もないだろうに!!」
呪力を込めた木刀を振るう悠香と、血液を無数の有刺鉄線に類似した黒い触手に変化させて振るう無惨は、激しく衝突する。
しかし互いに繰り出す攻撃は致命傷に至らず、というよりも殺すことを避けている節にも見えた。
それこそ、殺し合いというよりも喧嘩に近い、意地と意地のぶつかり合いだ。
「不老不死は死より恐ろしいことなんだ!! 人類の見果てぬ夢として必ず上がる話だけど、それは肉体だけの話!!
「っ!!」
「正直、俺は人並みに死ねるのかがわからない!! それが怖い!! 兄さんも、大事な仲間も先立って、自分一人が残されるのは嫌なんだ!!!」
心の内を暴露しながら攻撃の速度を上げていく悠香に対し、無惨は苛立つように叫んだ。
「人を喰わずとも人と同じ物を食らい、人と同じように活動でき、それでいて鬼に匹敵以上の肉体を持つ……!! あらゆる死をものともしない完璧な生物……それが私の悲願!! そしてお前は私の理想に最も近いのだぞ!!! よく自分を見るのだ、虎杖悠香!!! 目を背けるな!!!」
無惨は悠香を弾き飛ばし、触手を束ねて何度も殴りつける。
二人の戦いを前に、炭治郎たちはどうにか加勢したいが、すでに身体は限界を迎えていて動けない。毒の方は途中で起きた禰豆子が血鬼術で消したが、疲労までは消せないため、悠香を助けることができない。
それは善逸や伊之助、宇髄も同様で、一人の外様の少年に運命を委ねるしかない状況にもどかしく感じていた。
(悠香だけじゃあ、鬼舞辻には敵わない……でも、もうどうにも……!!)
「ゲホ…ゴホ……もう、十分誰よりも長く生きたじゃないか…!! これ以上虚しく生きるのをやめろよ…!! あなたが人間に戻れば、全て丸く収まるかもしれないんだ……!!」
「っ!?」
「俺はあなたが昔、どんな仕打ちを受けてきたかは知らないし、想像もつかない…!! でもどんなに心身が強靭でも〝孤独〟には勝てない!! だから猗窩座さんみたいな人を傍に置くようにしたんだろ!? 共に生きてくれる存在が傍にいてほしくて!!! 自分一人がよければいいなら、仲間を作る必要はないんだから!!!」
まるで説得するような悠香の言葉に、無惨は「知った口を…!!!」と頭を抱えた。
自分は一度たりとも、他の鬼たちを同胞や仲間だと思ったことはないし、どこまでいっても手駒でしかない…はずだ。
だが、目の前の四ツ目の少年の叫びを聞けば聞く程、胸が苦しくなる覚えがして不快だった。
「…私があいつらを鬼にしたのは…!! 手駒を増やすと同時に、陽光を克服できる稀有な特異体質の鬼を探すためでしかない!! 増やしたくもない同類だっ!!!」
「っ――この、分からず屋がぁああ!!!」
悠香は呪力を込め、木刀を振るって最大出力の〝
渾身の一撃をモロに食らい、鬼の始祖は全身から血を流し吐血して倒れた。
「「無惨様っ!!」」
自分たちの主君が目の前で仰向けに倒れ、堕姫と妓夫太郎は驚愕の表情を浮かべる。
無惨は傷を再生させてすぐさま立ち上がるが、手を出すなと言わんばかりに二人を一瞥し、睨み殺す勢いで悠香を見る。
一方の悠香は、悔しさを滲ませながら声高に突きつけた。
「交渉決裂だ!!! 次会った時はお前ら全員叩き潰してやる!!!」
「当然だ!!! 私が〝餌〟の言うことなど聞くか!!! 産屋敷も鬼狩りも殺し尽くす!!!」
その心にもない言葉を最後に、夜明けが近づいたことで撤退する無惨一味。
炭治郎たちは上弦の陸をあと一歩まで追い詰めたが、ここで逃がすことになり、他の柱たちが到着した頃には全てが終わっていた。
後日、炭治郎は宇髄と共に産屋敷邸で吉原の件を報告したが、その時の無惨の様子についてこう語ったという。
――悠香に拒絶された時の無惨は悲しみの匂いで満ち、上弦の陸を連れてその場を去った時の背中もどこか弱々しく思えました。
悠香君が暴れたことで、まさかの無惨様が降臨。しかし無惨様らしからぬ対応。
これは悠香君が無惨に殺意と殺気を向けてないこと、無惨も悠香君を殺す気がないがために生じた〝異常〟です。
そして本編で語られなかった悠香君の心の内。
彼は自分で心配を掛けさせまいと何でも背負い込むタイプなので、不死身になったことへの恐怖心を兄の悠仁はおろか宿儺や恩師の日置にも明かしませんでした。無惨に明かしたのは、そんな未来を辿ってほしくないという彼の善意からです。
また、本作の無惨様は悠香君に対して警戒心だけでなく羨望の念を抱いており、捕食するのは非常にもったいないと考えているので「鬼への勧誘」という形でコンタクトを取りました。
ですが悠香君は「不変=完璧な不死が残酷な未来をもたらす」のだと主張していて、彼が訴えた「不変の弊害」から目を背けたくてあのような言動になってます。
出会いが違えば、悠香君と無惨は唯一無二の親友となってたでしょう。