吉原での決戦から10日後。
蝶屋敷の庭で、悠香は雨に打たれながら静かに木刀で素振りしていた。
「……悠香君、風邪を引きますよ」
「……」
蝶屋敷の主人――蟲柱・胡蝶しのぶは、悠香を呼ぶが反応は無い。
無惨の一件が、かなり心に影を落とす結果になってるらしい。
「……君の身に起きた事には同情します。ですが鬼舞辻無惨がいる限り、鬼の悲劇は終わらない。――それだけは理解してください」
「……ずっと、思ってたんだ。永遠がどれ程までに怖いのかを知らないと」
突然の言葉に、しのぶは目を見開く。
「だから知ってくれれば、考えを改めてくれるんじゃないかって。あいつだって、本当は傍にいてくれる理解者を欲しがってるはずなんだ」
力なく俯く悠香に、しのぶは何と声を掛けるべきかわからなかった。
落ち着き払った様子に反して警戒心が強く気性も荒いが、性根はやはり善人なのか、彼なりの平和的解決を模索しているようだ。
「自分の声が届かないのが、こんなにも辛いものだなんて思わなかった…」
「悠香君……」
「俺は、ただ身の丈に合った幸と不幸を噛みしめて死ねればそれでいいのに……無惨さんもきっと、そのはずなのに……」
不死身となったために「正しい死」を迎えられない不安と恐怖に苦しむ少年の慟哭に、しのぶは何も言えなかった。
翌日、しのぶは悠香の件をお館様――産屋敷耀哉に報告した。
「…そうか…難儀なものだね……」
「ええ…もしかしたら、悠香君は鬼舞辻が「自分の未来の姿」だと受け取ってるのかもしれません……いや、受け取ってるんでしょう。家族も友人も見送り、自分だけずっと生き続け、孤独に負けた成れの果てだと……」
しのぶの言葉に、耀哉は目を細める。
あの場での心中を図ることは、到底できない。だが少なくとも、二人の間に憎しみや悪意はなく、本気で殺そうとは考えていなかった。滅茶苦茶な主張も、彼らなりの善意のぶつかり合いだった。
たとえ心にもない言葉を突きつけても、必ず二人はまた顔を合わせることになる。完全なる決別を示唆しても、本当に殺したいとは考えていないからだ。
「呪われた運命を背負ったという点は私と悠香は同じだ。しかし鬼舞辻を倒せば解ける可能性がある私たち一族と違い、彼自身が背負った〝呪い〟は、二度と解けないかもしれない」
「悠香君は、鬼舞辻に人間に戻るよう説得してたと聞いてます。もしかすると……」
「自分と同じ末路を辿ってほしくない……そういうことなのかもしれないね」
人間は皆、生まれたときから寿命を刻まれているのだ。誰一人例外はない。その理を超えることは許されない。
永遠を生きるということは、自分以外の全てが滅んでいく光景をただ眺め続けることに他ならないのだ。
「〝孤独〟には勝てない……悠香君は、鬼舞辻にそう言ったそうです」
「そして永遠を夢見ているであろう鬼舞辻が、永遠を恐れる悠香に「目を背けるな」と言った……そして炭治郎の言う通りなら……」
――鬼舞辻も悠香も、互いに傷心状態になっているのかもしれない。
敬慕する産屋敷家当主の言葉を、しのぶは否定することができなかった。
*
異空間「無限城」。
空間が歪み、上下左右や重力の概念が無茶苦茶な状態となっているこの奇怪な世界で、鬼舞辻無惨は執務机に両肘を乗せ手で頭を抱えていた。
「黒死牟殿、無惨様は一体……」
主君のただならぬ様子に、壺と肉体が繋がっている異形の鬼は、六つの目を持つ異貌の武士に問いかける。
〝上弦の伍〟
「…私にも…わからぬ…未だかつて…このような事は、なかった…」
黒死牟もまた、主君の様子に困惑していた。
普段の無惨なら不甲斐ない自分たちを叱責して発破をかけるが、今の無惨はただ頭を抱え黙りこくっている。数百年〝上弦の鬼〟として仕えてきたが、このような出来事は初めてであり、彼らも内心困惑していた。
そんな主君の異変に戸惑っていると、上弦の鬼が全員揃い、その中でも「陸」の数字を持つ妓夫太郎・堕姫兄妹はどこか落ち着かない様子だ。
「無惨様…我ら上弦、揃いました…」
「……御命令を」
「…虎杖悠香を探し出せ」
頭を垂れながら口を開く黒死牟と猗窩座に、無惨はどこか震えた声で命じた。
産屋敷家と青い彼岸花は継続し、新たに虎杖悠香なる人物を探せというのだ。
「探し物が多いですなぁ」
『!!』
不意に、血をかぶったかのような赤黒い模様が頭頂部に浮かぶ好青年――〝上弦の弐〟
これはマズいと感じたのか、額に角と大きなコブを持つ小柄な鬼の老人――〝上弦の肆〟半天狗は引き攣った声を上げた。
「無惨様! ご心配なく、貴方様の望みに一歩近づくための情報を私は掴みました!!」
玉壺は無惨に、敵である鬼殺隊の重要な情報を得たと報告を始めるが……。
「ほんの今しがた…」
「産屋敷一族と青い彼岸花は後にして構わん」
無惨の言葉に、上弦の鬼たちはおろか、遠くから見守っていた側近である琵琶を持つ鬼・
何百年と必死に見つけ出そうとしているモノを、今は捨て置けと言うのだ。
無惨らしからぬ言動に、上弦の鬼たちは困惑を隠せない。
「……見つけ次第、私に伝えろ」
「…御意…」
上弦を代表して黒死牟が頭を垂れると、琵琶の音が鳴り響き、彼以外の上弦は姿を消した。
その場には、無惨と黒死牟だけが残った。
「……黒死牟…私が好むのは不変――完璧な状態で永遠に変わらないことだ」
「…承知しております…」
「だが先日、私の前に
無惨の独白に、黒死牟は息を呑んだ。
永遠を理解しながら、限りなく永遠に近い存在になったことを恐れ拒絶しようとする生物が、無惨の目の前に現れたというのだ。
それがおそらく、探すように命じた虎杖悠香なのだろう。
「私の言うこと為すことが絶対であり、全てであるはずだ」
「……」
まるで自問自答するかのように呟く無惨に、黒死牟は相槌することもできず黙って聞いている。
「……私は……私は間違ってないはずだ……」
千年に及ぶ鬼の生の中で初めて生じた、鬼の始祖の迷い。
己の選択を疑い始めた無惨に、黒死牟はどう言い返せばいいかわからなくなった…。
というわけで、前回の吉原の一件で悠香君と無惨は傷心状態になってます。
悠香君は、自分のような末路を辿ってほしくないという善意から必死に訴えたのにもかかわらず、一生懸命拒む無惨に「分からず屋」「次会ったら部下もお前も叩き潰す」と言ってしまったことを後悔していて、ちいかわの「わァ…あ…」に限りなく近い状態に陥ってます。
炭治郎的に例えると「自己嫌悪と後悔の匂いが強い」、善逸的に例えると「泣きたくなるくらいに寂しく哀しい音がする」感じです。
一方の無惨は悠香君という己の理想をほぼ体現した存在が「完璧な状態で永遠に変わらないこと」にひどく恐怖を覚えて不安になっていることに凄いショックを受けていて、刀鍛冶の里編の第一話でやっていた例のよくわからない実験が一切できなくなるどころか、パワハラも癇癪も起こせないくらい落ち込んでます。
童磨でも「あ、これ変に話しかけちゃダメかもしんない…」と感じちゃうぐらいにどんよりとした空気纏ってます。
互いに相手への憎しみがない分、心のしんどさを強く感じるのかもしれません。