虎杖弟の地獄旅   作:悪魔さん

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鬼滅の刃×虎杖弟 第三章その2

 吉原の一件を皮切りに、鬼の被害が異常なまでに鎮静化し、千年に及ぶ鬼との歴史の中で初めての「不気味なまでの静けさ」が訪れていた。

 情報戦か、それとも全ての力を殲滅に振るう為の静観か。鬼の始祖・鬼舞辻無惨と呪術師・虎杖悠香の大喧嘩の影響は、千年の均衡に大きすぎる亀裂を入れたのだ。

「信じられない……!! あの生き汚い臆病者の、鬼舞辻の心を揺るがしたなんて……!!」

 産屋敷邸で緊急柱合会議に特別に参加した美麗な女医は、その報告に思わず口を手で覆った。

 

 彼女の名は、(たま)()。非常に高度な医術を修め、自分を鬼にした無惨の抹殺を図る〝逃れ者〟の鬼だ。

 

「無惨の理想を体現した少年が、永遠に対する恐怖と不安に駆られていた……その彼の不死身の原因が、愛を与えてくれるはずの母のせいで怪物にさせられるなんて…残酷すぎる……!」

「珠世様…」

 珠世の隣に居座る書生姿の鬼・愈史郎は、悠香を憐れむ彼女にどう声を掛ければいいかわからなくなった。

 本人は母親の件はもう死んだからと割り切っている様子らしいのだが、それはある種の諦観であり、孤独によって「心の寿命」が尽きて生ける屍になるカウントダウンが始まっているに等しい。

 そんな生き地獄と言える状態でも懸命に人間らしく生きようとする彼は、同じ目に遭ってほしくないからと嬉々として接触を図った無惨を人間に戻るよう説得した。結果的には交渉決裂だったが、あの無惨が一人の少年に本音を晒したのは正直信じられない事実だった。

「…たとえ我々鬼殺隊と敵対する形になっても、虎杖悠香は鬼舞辻無惨を救おうと考えている…」

「自分自身がどういう状況に置かれてるのかを考えてるとは思えんがな」

「そもそもそんなんで納得も理解もできねェがなァ」

 無惨の滅殺を遂行したい柱としては、悠香の行動と考えは決して相容れないものであった。

 それは珠世も同然であり、彼女としても悠香には翻意してもらいたいところだが……。

「以前、私がお館様に伝えましたが…悠香君は鬼舞辻が「自分の未来の姿」だと受け取ってると思います。生き続けた末に孤独に負けた成れの果て、として」

「もどかしい限りです…彼の心の傷の理解者が、あの男だけだと思うと…」

 しのぶの言葉に、珠世は苦悩する。

 まだ16歳であるにも関わらずどの鬼殺隊士よりも壮絶な道を歩んでいる少年が、全てを敵に回してでも自分たちの怨敵を救おうとしている。

 そして彼が負った生涯癒えぬ見えない傷を、無惨だけが見えている。彼が悠香に目を背けるなと言ったのは、歪んでるが無惨の中に残ったほんの僅かな人間性ゆえなのかもしれない。

「……これは私の勘なんだけどね……無惨のことは悠香に任せた方がいい気がするんだ」

『お館様!!?』

 会議の締め括りにとんでもないことを言った耀哉に、柱は仰天する。

「お館様、それだけはお考え直し下さいッ!!」

「そうです!! いくら真っ向から戦えるからって、勝てる見込みはありません!!」

「それに、もし喰われて吸収されたら、それこそ本当に勝ち目はありません!!」

「皆の危惧も当然のことだ。ただ私個人として、そうすべきだと思っている」

 柱たちの言い分を正論としつつも、自身の直感が強く訴えていると告げる。

 産屋敷家の人間は代々、未来予知と言える程の勘――先見の明を持っており、産屋敷家はその能力を使って代々莫大な財産を築き、家や鬼殺隊の危機を幾度となく回避してきた。特に当代の当主の耀哉はその能力が一際強く、その力を以て鬼殺隊の指針を決定してきた。

 その先見の明が、前代未聞の訴えをしている。普通に考えればあまりにも無謀な賭けだろうが、両者本気ではなかったものの悠香は無惨とほぼ互角に渡り合った上、残虐非道な暴君の心を動かしたのは事実。これを利用しない手はない。少なくとも耀哉はそう判断したのだ。

「しかし……これではまるで悠香君を捨て石にするようなものです。それでも……?」

「うん、そうだね。だから最後の手段として――」

「最善の手段にしてほしいですけどね、俺としては」

 その声に、一同は振り返る。

 視線の先には、鋭い眼差しの悠香が立っていた。

「言っときますけど、俺だって最低限の殺す覚悟くらいはできてますからね」

「……それでも、賭けてみたいんだね?」

「俺だって、納得の行く未来ぐらい掴み取りたいんですよ。全てが俺の力量次第なんですから」

 何の迷いもない目で見据える悠香に、耀哉は「そうか」と静かに笑った。

「俺からの話はそれだけです。産屋敷さん、別邸ぐらいありますよね? そこに避難して下さい、今の内に。人間に戻れる薬ができたら教えてください、そこから先は俺がやりますんで」

「ま、待ってください!」

 一方的に告げてその場を去ろうとする悠香に、珠世は咄嗟に呼び止めた。

「あなたは……なぜ、そこまでして鬼舞辻を救おうと……」

「……無惨さんが、俺以外の連中をあの場で殺し始めてたら、敵として死に物狂いで殺しに行けたさ。それに……」

「それに…?」

「先生から教わったんだ。人間は変わる生き物だって」

 悠香は背を向けたまま、静かに告げて立ち去った。

 

 

           *

 

 

 鬼の被害の極端な現象に、鬼殺隊との決戦に臨む可能性があるとして、産屋敷一族は正式に全体的な組織力強化を図る修練を行う「柱稽古」を実施。万が一に備えての特別訓練が実施された。

 その中でも、一応は夜の最低限の警戒は行われ、隊士達にも割り振られたのだが……。

「なぜお前がいるんだ!! 猗窩座!!」

「騒ぐな、竈門炭治郎。……お前たちに用は無い」

 稽古の最中に巡回の担当となった炭治郎たちの前に、上弦の参・猗窩座が再び現れた。

 しかし、全回の無限列車の時のような闘争本能全開ではなく、どこか張り詰めたような雰囲気を醸し出していた。

「俺が探してるのは、虎杖悠香だ。お前たちを殺すことも、産屋敷一族を抹殺することも命ぜられてない」

「っ……」

「そ、そんなこと信じられるわけねぇだろうが!! ギョロギョロ目玉も()ろうとしたじゃねぇか!!」

 伊之助から罵倒されても、猗窩座は一切動じず冷めた目を向け続ける。

 しかし、自分たちに対する殺意がないのは事実だし、何より炭治郎の嗅覚が「猗窩座は嘘をついていない」と告げている。

 それでも、彼を信じられるかと言われると、先の一件もあって完全に信用できないのが彼にとっての難点だろう。

「っ……」

「話にならないな……他を当たる。邪魔をしたな」

「待て!! そうはさせない!!」

「た、炭治郎……」

 有益な情報を得られないと判断してその場を去ろうとする猗窩座だが、鬼殺隊として見過ごすわけに行かないと炭治郎に止められる。

 柱のいない状況下では、今いるのは同期の善逸と伊之助、そして新たに合流した不死川玄弥(しなずがわげんや)のみ。上弦の強さを知ってる分、本当に戦闘となれば生きて帰れる確率は低いが、足止めくらいはできるだろう。

 そんな炭治郎に、猗窩座は向き直って苛立つように拳を構えたが……。

「何をしている…猗窩座…」

『!!?』

 刹那、凄まじい威圧感が襲い掛かった。

 現れたのは、猗窩座以上の猛者――無惨配下の鬼の中で数百年も最強の座に君臨する〝上弦の壱〟黒死牟だった。

(……上弦が二体……最悪だ……!!)

 炭治郎たちは、一気に絶望に陥ってしまう。

 相手は二人共、柱を簡単に屠ってしまう強さを持つ最高位の鬼。対するこちら側は、柱とは程遠い階級の平隊士しかいない。

 あまりの絶望的状況に、誰もが顔面蒼白になる。

「黒死牟……!!」

「虎杖悠香は…柱よりも警戒心が強い…無用な殺しは、より警戒を強める…」

「っ…」

 黒死牟はそう告げると、炭治郎たちに目を向けた。

 ふと、一度炭治郎の耳飾りを見て六つの目全てを見開くが、それも一瞬のこと。戦慄する四人に、話をし始めた。

「上弦の陸と…お前たち鬼狩りが戦ったことは…知っている…。だが…その日を境に…無惨様は変わってしまった…」

「無惨が…変わった……!?」

 黒死牟曰く。

 遊郭で悠香と出会い、衝突してから、無惨は上弦の鬼たちですら不安になる程に様変わりしたという。

 日々取り組んでいる研究も、人間の世界での情報収集も、非願成就の為にしてきた活動を一切やめ、机の上で頭を抱える時間が圧倒的に多くなったと言うのだ。部下の失言にすらも意にも介さず、ただひたすらに「このまま目指しても意味はあるのか」と悩み苦しんでいる……俄かに信じ難いが、わざわざ主君の現状を晒すあたり、悠香にどうしても会いたいのだろう。

(一体、どうすれば……)

 この状況をどう切り抜けるか、炭治郎は必死に考える。

 上弦の壱と参が目の前にいて、どちらも今は自分たちに対して敵意が無い状態だ。しかし、ここで下手に断ったりすれば、さっきまで穏やかだった態度が突如豹変すると直感している。

 仲間を売るわけにはいかないが、善逸たちも死なせるわけには行かない。しかし、時間を稼いだところで柱が来てくれるかはわからないし、悠香の居場所を晒すわけにもいかない。

 頭を悩ませる炭治郎に、善逸たちが何かを伝えようと口を開こうとした時……。

「次会ったら叩き潰すって、伝わってませんでしたか?」

 突然、第三者の声が聞こえた。

 聞き覚えのあるその声に反応して振り返ると、そこには隊服を着た悠香が不機嫌そうに近づいてきたではないか。

「悠香…!! ダメだ、今は――」

「そうは言ってられないでしょ、炭治郎君……ここは俺の出番だ。全員、武器下ろして」

 彼はそう言うと、両者の前に出て立ち止まった。

「無惨さんが俺に対して何をどう思ってるかは知りません。……そんなに気になるんなら、腹を括って直接たった一人で来てください。俺もたった一人で応じますから」

「…分を弁えよ…虎杖悠香…全ての決定権は無惨様にある…」

「――〝(カミノ)〟」

 黒死牟の牽制の言葉を聞き、悠香は一言唱える。

 すると、彼の手に凄まじい業火が宿った。その熱気に炭治郎たちは思わず下がると、悠香はそのまま弓を引くように右腕を引き、そのまま構えた。

「貴様、まだ隠してたのか……!?」

「っ……!!」

 炎を操れることを知った猗窩座と黒死牟は、顔色を変えた。

 あの業火はまともに受ければ、こちらも無事では済まないと本能的に悟ったのだ。

「……この技は俺自身の肉体も焼いちゃう諸刃の剣ですけど……本気で放てばここら一帯消し飛ばせます」

『!!』

「俺を怒らせて上弦二体が一撃で返り討ちなんて、恰好つかないでしょ?」

 四つの目を細めて遠回しに脅す悠香に、黒死牟は考えた。

 距離的に言えば、すぐにでも懐に潜り込んで頸を刎ねることは十分に可能。しかし構えたままの業火がもし暴発すれば、そこから先はどうなるかはわからない。それまでに撤退が間に合う保障もない。何より、悠香との再会を無惨は望んでいる。

 様々な思惑を考え抜いた末、黒死牟は結論を出した。

「……よかろう」

「!!」

「ただし…無惨様が貴様への用事が済み次第…我ら上弦も総出で鬼狩りの殲滅を始める…その異論は認めぬ…」

「いいよ、俺もそれで。それまでは互いに手出し無用としましょう、破った瞬間全面戦争で」

 かなり危険だが交渉の末に無惨と悠香の邂逅が決まり、それが終わるまでは手出ししないという結果に終わった。

 その時、ふと悠香は気づいた。

「……あれ? 猗窩座さんは?」

「すでに…動いている…しばらく待て…」

 黒死牟の言い回しから無惨に通達しに行ったと悠香は判断し、とりあえず〝竈〟を解除した。

 その数秒後、猗窩座が再来した。

「猗窩座…無惨様は…?」

「三日以内に産屋敷の居場所を教えれば応える、との事だ」

「てめぇでここまで言いに来ればいいだろうが」

「伊之助君、この状況でそれは禁句だ。俺も思ったけど」

 正直に思ったことを言った伊之助を諫めつつ、悠香は鬼側の要求を呑んだ。

「いいでしょう。そうですね…場所は吉原遊郭でどうでしょうか? そこで一度俺とそちらの使いの者で諸事情を確認してから、話を進めましょう」

「…委細承知…私も…他の鬼が約束を反故にせぬよう…目を光らせよう……」

 その言葉を最後に、黒死牟と猗窩座は瞬間移動したかのようにその場から消えた。

 一気に緊張が解けた炭治郎たちは一斉に腰を抜かした。

「ハァ…ハァ…」

「……し、死ぬかと思った……」

「アレが、上弦の壱……十二鬼月最強……」

 威厳すら感じる重厚な威圧感から解放された炭治郎たちは、それを最も近い場所から浴びてなお平然と立つ悠香に驚愕していた。

「まぁ、ひとまずの休戦協定は成立した。あとはうまく時間稼ぎするだけだね」

「ゆ、悠香……」

「悪いね、炭治郎君……こればっかりは譲れないんだ。無惨さんも、俺との決着を望んでるようだしね」

 惚ける炭治郎たちに、悠香は微笑を浮かべた。

 千年にも及ぶ人間と鬼の戦いの均衡を崩し、全ての渦中にいるのは悠香だった。

 人間が勝つか、鬼が勝つか。世界の行く末と未来が、たった一人の少年の力量次第で決まる。

 少なくとも、異なる世界線の未来から来た虎杖悠香という存在は、まだ必要とされていた。それぞれの未来を決定づける程のチカラを、未だ持っているのだから。




あと二・三話で終わりにしようと思います。
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