少年院の一件が一段落し、悠仁は五条の勧めにより、少年院の任務で死んだという形で報告書に書かれた。上層部の謀略を未然に阻止する名目だ。
しかし、今回の件は上層部の思惑を裏切る形で事態を悪化させた。それは……。
「悠香の警戒心が高まっちゃったじゃーん!」
「……ハァ……」
口の端がピクピクする五条に、夜蛾は胃薬に手を伸ばした。
二人が頭を悩ませているのは、悠香の呪術界に対する不信感が強まってしまったことだ。
虎杖悠香は呪物の受肉体でもなければ、呪詛師の疑いをかけられるような行動をしたわけでもない。ただ、上層部の憶測だけで死刑宣告された身だ。良く言えば思慮深く、悪く言えば猜疑心が強い性格で、高専に対しては好感を抱いていない。
さすがに伏黒と釘崎まで敵と見なしている様子はないが、今後の上層部の動き次第では、あの二人も腐ったミカンに与すると判断される可能性がある。せっかくの若者の青春がギリギリの緊張感に包まれる日々になるなど、五条にとって百害あって一利なしだ。
それに拍車をかけるのが、悠香と宿儺の関係性だ。
「……五条、宿儺と悠香はどういう関係だ」
「まあ、間違いなく悠香を気に入ってる節がありますね」
五条は思い返す。
悠仁や伏黒から証言を聞いたが、天上天下唯我独尊な宿儺は、虎杖悠香に強い興味を持っている。それも一方的なものではなく、言葉を交わし交流を持つことを楽しんでおり、呪術全盛の頃から恐れられた呪いの王のイメージを見事にぶち壊している。思わずどこかで別の誰かと間違えられて記録されてるんじゃないかと、わざわざ実家に戻って両面宿儺に関する過去の文献を掘り起こして熟読した程だ。
悠香も悠香で、宿儺に対しては担任である自分よりも丁寧な言葉遣いで接しており、かなり気を許している。生徒なんだから担任に気を許すべきだと五条は憤慨するが、実はよくよく考えればそうなったのも五条に責任があったりする。
「肝心の悠香との会話の内容は?」
「これが意外なことに、食べ物に関するネタがほとんどなんですよ」
「はぁ!?」
夜蛾は素っ頓狂な声を上げた。
実は宿儺と悠香は、趣味と嗜好が共通しているのだ。食べることを最大の喜びとする宿儺に対し、食べ歩きを趣味とする悠香――世代どころか千年の時を超えた「類友」が爆誕したのだ。
悠仁曰く、最初はよくある自己紹介で質問していると、食べ物の話題になった瞬間に互いの知識が飛び交い始めたという。勉強に力を入れるタイプの弟は、趣味にも全力投球だったようで、それがより宿儺の興味を引き付けた可能性がある。
「この際、悠香に宿儺の面倒見させましょうよ。相性よさそうですし、僕も楽ですし」
「お前は今まで何をしていたんだ、バカ者!!」
東京校が抱える最大の地雷を受け持つ生徒に丸投げしようとする五条に、夜蛾校長の拳骨が炸裂したのだった。
*
ところ変わって、虎杖兄弟はお昼ご飯を食べていた。
一応高専には食堂があるのだが、悠香が頑なに利用を拒否するため、悠香の料理をいつも食べているのだ。趣味が食べ歩きであるだけあり、料理は一年生の生徒の中でも断トツで上手なので、悠仁は文句ないのだが。
今日はおにぎり弁当。梅と昆布を二つずつの渋めなチョイス、そして昨日の夕飯の残り物を詰め込んだテンプレである。
「悠香の握るおにぎりって、何でこんなに美味いん?」
「勉強してるから」
「そこは俺への愛情を込めてるとかじゃね!?」
「いくら愛情込めてもレシピをガン無視して作っちゃダメでしょ」
正論で返され悠仁が口ごもる。
ふと、悠香は視線に気がついた。兄の目元にある切れ目から、かの王の眼差しが目に入った。
「……よかったら食べます?」
「頂こう」
刹那、ニュッと悠仁の左手の甲に宿儺の口が現れた。
頬で開いている目はそのままのようだ。
「悠香、宿儺ってわかってて食わせるん!?」
「喧しいぞ小僧。虎杖悠香が俺に献上の意思を示しているというのに」
「そうそう、器の小さい男は嫌われるよ。ケツとタッパのデカい女が趣味なのにねー」
「やめてーーーー!!」
好みのタイプを宿儺の前で暴露され、絶叫する悠仁。
器を弄ぶネタが増えたからか、宿儺の口がニヤリと歪んでいる。
「虎杖悠香、手に持っているそれはなんだ」
「これはおにぎり……
「ほう」
宿儺が目を細めるのを感じ、悠仁は唖然とした。
何で宿儺と仲良いの? ってか屯食って何?
そんな疑問が湧く中、悠香は梅おにぎりを宿儺の口へ運び、それを宿儺は頬張った。パリッと海苔が切れるいい音が鳴り、黙々と食す。
「裏梅さんのような料理人じゃありませんので、そこらへんは勘弁してください」
「悪くはない。米自体は旨くなっているな。しかし海苔までも庶民が食せるようになったとはな……」
「今の時代、誰でも白米や海苔を食べれるんですよ。平安時代は特権階級限定でしたからね」
(全然ついていけねェ……)
宿儺と悠香の会話に、悠仁はチンプンカンプンだ。
呪いの王が弟と良好な関係を築いているのは、良いことなのか悪いことなのか……。
「虎杖悠香、お前達は日に三度も飯を食っているのはなぜだ? 朝と夕で十分ではないか」
「えっ? 何でそんな当たり前なこと尋ねるん?」
「昔の日本は一日二食が基本だから、常識に違いがあるんだよ兄さん」
悠香は宿儺の疑問に律儀に回答した。
古代の日本では夜明け前に起きて仕事をし、気温が上がる10時くらいに家に戻って、そこで朝と昼をかねた食事をするのが習わし。政権が貴族から武士に移った鎌倉時代から朝廷や公家社会で一日三食の風習が始まったが、あくまでも上流階級の話であり、一日三食の風習が上流階級から庶民の間に広がったのは江戸時代からだ。
これは当時高価であった照明用の菜種油が大量生産の技術が確立したことで価格が下がり、夜に照明をつけられるために人々の活動時間が長くなり、朝食と夕食だけでは足りなくなったからとされるのが主な理由である。また、同時期に10万人が焼死する大火災「明暦の大火」が発生し、焼き尽くされた町の復興に駆り出された職人に昼食を出したところ、これが広まっていったことも理由の一つだという。
その知識量に、悠仁は思わずパチパチと拍手した。
「さすが悠香、勉強好きなだけあるわ」
「勉強は義務じゃなくて権利。勉強で人は大きな力を得ることができ、知識は格上の相手と渡り合う武器にもなるんだよ。無知は罪ってよく言うでしょ」
感嘆とする兄に、淡々と返事をする弟。
さすがに宿儺には劣るが、一般教養における知識量は一年生で断トツ。しかも案外わかりやすい。
性格も起因しているのだろうか。
「酒が欲しいな。虎杖悠香よ、酒はないのか」
「宿儺さん、今の時代の元服は20歳なので16歳の俺達は酒を買えません」
キッパリ告げる悠香に、宿儺の口があんぐりと空いた。
――あ、こいつマジでビックリしてやがんの!
悠仁は何だかちょっとドヤ顔をしたくなった。
「まあ、裏で高専と交渉しますよ。なるべく早く取り寄せます」
「ケヒッ! それでこそ俺が認めた男よ」
宿儺の小間使いみたいなポジションに落ち着いている悠香に、悠仁は遠い目で天を仰ぐのだった。
*
翌日、悠香は一人で東京の街に出かけた。
今日は休日。高専も一般の高校と同じように土日祝日は休みになっているため、呪術界絡みのストレスを発散できる悠香の天国だ。食べ歩きや買い物に没頭できるからだ。
しかし、今回は少し事情が異なる。宿儺から〝おつかい〟を頼まれたからだ。平たく言えば体のいいパシリである。
「それにしても、意外な注文をするもんだなぁ」
悠香は今朝の宿儺の要求を思い返す。
――今の人間達には「
「……今思うと、スゴい抽象的だよなぁ」
悠香は思わず呟いた。
呪術全盛の平安時代に猛威を振るい、死してなお亡骸の一部を消し去ることができない、文字通りの意志を持つ災い――それが呪術師達が語る両面宿儺だ。
しかし悠香から見た両面宿儺は、感性は邪悪だが妙に人間臭い一面が強い〝古代の傑人〟である。彼は純粋に強大な力であるがゆえに傲岸不遜だが、話自体は唯我独尊の割には聞く耳を立てるし、丁寧に接すれば五条よりも真面に見える。
百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。
「……スナック菓子じゃあアレだろうから、ちょいと奮発しよっかな」
やっぱり食べるなら和菓子だよなぁ、と目的地を決めようとした時だった。
立派な着物を着用した、赤が混ざった白髪のおかっぱ頭が特徴の人物とすれ違った。
「あれ……? あの人……」
悠香はふと思い出す。
かの呪いの王が唯一傍に置いた料理人・裏梅の特徴についてだ。
――ちなみに宿儺さん、裏梅さんってどんな人だったんで?
――氷を顕現させる術式の使い手でな、雪のような白い短髪の小柄だが、俺の知る限りでは腕のいい料理人だ。術式は冷たいが意外にも激情家だったぞ?
――何だかんだあなたも恵まれてますね。しかも腕も立って器量もあるなんて。
(……宿儺さんとのやり取りで聞いた情報と一致する。もしかしたら……)
悠香はそっと尾行した。
息を殺し、一定の距離を保ちながら行方を追うが、やはりと言うべきか見失ってしまった。
「……やっちゃった」
かなり目立つ風貌なのに、行方をくらませたおかっぱ頭。
次会うのは相当困難だろうなと思った時だった。
「貴様か、私を追っていたのは。呪術師だな?」
「!」
後ろから聞こえた声に顔を振り向くと、何と追っていた当人が絶対零度の眼差しでこちらを睨んでいた。
殺す気満々であるが、悠香は切り札を持っている。相手の怒りを買わないよう、慎重に言葉を選びながら自己紹介する。
「呪術高専一年生の虎杖悠香です。訳あってあなたを追いました。このことは高専側には伝えてないです。むしろ今バレたくないので……」
「虎杖……? まさか、貴様の兄は宿儺様の!?」
「そこまでわかれば話が早い。お時間頂けますか? 裏梅さん」
頭を下げる悠香に、おかっぱ頭――裏梅は「場所を変えるぞ」と静かに告げた。
都内、某公園。
悠香と裏梅はベンチに座りながら言葉を交わしていた。
「私の名前まで知っているとは……誰からだ」
「宿儺さんです。色々と気が合いまして……あなたのことを腕のいい料理人とおっしゃってましたよ?」
「~~~~っ!!」
宿儺との会話のことを告げると、裏梅は両手で顔を覆い隠した。褒められたのが非常に嬉しいらしい。
結構感情豊かだな、と暢気に思いつつ、悠香は単刀直入に切り込んだ。
「率直に言います。……裏梅さん、俺達兄弟の味方になりませんか?」
「何だと?」
「宿儺さんと兄は秘匿死刑を告げられた身。俺もとばっちりで宣告されてます。五条先生が一応庇ってはいますが、いつ上層部や周りの人間に殺されそうになってもおかしくない。高専や上層部につかず、かと言って他の面倒な連中にも与しない、絶対的な味方が欲しい。宿儺さんの為にも」
「呪術師め……!!」
自分達が置かれている状況を説明すると、裏梅は不快さどころか怒りを滲ませた。
悠香はそれを踏まえ、裏梅が自分達に付くことのメリットを教える。
「俺達に付いてくれれば、宿儺さんと過ごせる時間を確保できます。まず間違いなく」
「……」
「それと俺達はあくまでも東京の高専の人間です。東京校には五条悟という上層部へのわがままが通じるネームブランドがある。「両面宿儺を牽制できる」という建前に属せば、宿儺さんに関する要望も筋が通れば検討してくれる」
東京の人間は上層部とイマイチ関係が悪いが、校風がある程度自由なので多少の融通は利く。
宿儺を御せる人間という名目で軍門に下れば、裏梅自身の立場も安泰だ。
強要ではなく、あくまでも提案のスタンスで行く悠香に、裏梅は……。
「……自由な肉体を得た宿儺様を私の前に呼べれば、乗ってやろう」
目の前の若造を嘲笑し、一蹴した。
しかし悠香は食い下がり、裏梅に詰め寄った。
「その言葉、二言はないですね?」
「やれるものならやってみるがいい」
裏梅は悪辣な笑みを浮かべながら、その場を去っていった。
「……電話番号教えればよかったな」
連絡先の交換を忘れたことを反省しつつ、本来の目的を達成すべく、悠香は銀座へと向かうのだった。
なお、この後悠香は虎屋の小型羊羹を買って帰り、補助監督の人や職員にも渡してます。
とってもおいしかったので、宿儺の悠香に対する評価は「とぼけた小僧」から「裏梅を思い出す」にランクアップしました。
次回はナナミンが満を持して登場。
パパ黒は順平の後かな……。