本作では悠香君がかき乱します。悠香君のモットーは「最低限の
呪いの王・両面宿儺は、己の思うまま行動できない歯痒さを抱えながら悠仁の中で過ごしている。
受肉した身体の中で自我を確立させ、領域を構築できたのはいいが、領域内で思案を燻らせることはできても行動自体は制限を受けている。器としての才覚が特化した相手に受肉したのは、宿儺としても憎らしい限りだ。人の肉をそろそろ口にしたいし、女子供の悲鳴も聞きたいが、それもできないのでストレスが溜まるのである。
だが、ここ最近はそのストレスを見事に解消できることが確立した。器の小僧の実の弟、虎杖悠香の存在である。
「ハァ……ハァ……」
「ほう、まだ立つか」
息も絶え絶えで満身創痍になりながら、根性で拳を握り締めて立ち上がる悠香に、宿儺は感心する。
悠香を生得領域に呼べることがわかって以来、宿儺は度々彼を呼び寄せて遊んでいる。当初はとりあえず弱者を蹂躙したいという欲求を満たすためだったが、今では悠香が強大な力を前にどう戦うかを楽しむ意味合いの方が強い。
一度悠仁を生得領域に呼んで同じように遊んでみたが、非常に腹立たしかった。百歩譲って痛みに喚き散らすのはともかく、指を差して「少しは手加減しろバカ」「人の痛みをわかれよ」と一丁前に文句を言ってくるのだ。これが宿儺の嫌悪感を煽ってくるので、正直呼んだのを後悔した。
「まあ、初めての時よりかは様になったな。まだまだ弱者だが」
「……しょ、精進……し、ます……」
「殊勝な心掛けだな。頑張れ頑張れ」
宿儺がそう笑いかけると、悠香は糸が切れた人形のように倒れた。
その体は凄まじい数の斬撃を食らったため、切り傷まみれだ。
(やはり虎杖悠香の天与呪縛は、呪術を扱う全ての有象無象の脅威となり得る。だが小僧がいるせいで完全な無効化ではなく、ダメージは蓄積されるようだ。常人よりはるかに止血が早いのは、元々の体質か?)
宿儺は悠香を見下ろし、顎に手を当てる。
最初は弄ぶ程度だったが、ついつい熱が入って術式を使い、視認不可能の斬撃〝
これにより、悠香は呪力量に左右されず、術式そのものに耐性を持っていることが発覚。呪術を扱う者にとって天敵となると知り、宿儺は笑わずにはいられなかった。この事実は五条悟ですら知らないのだから。
「小僧も呪術師共も、誰が死んでも心底どうでもいいが……お前だけは死んではならんぞ」
「……兄さんや五条先生が、余計なマネしなきゃ大丈夫かと……」
どうにか仰向けになり、宿儺の二対の眼を見る。
みっともなく倒れる自分に、彼は好奇の眼差しで笑みを浮かべている。
少なくとも、彼が自分に意識を向けている間は、兄は見向きされないだろう。兄は呪いの王と真っ向から向き合うつもりがない。ならば弟が代わりに向き合い、彼の退屈を埋めねばならない。
「……さて、本題はここからだ。お前に協力してほしいことがある」
宿儺は反転術式で悠香を起き上がれる程度に治癒すると、重大な話を持ち掛けた。
よっこいしょ、と起き上がると、悠香は胡坐を掻いて眉をひそめた。
「俺とですか……? そういうのは器である兄にも話を通すべきでは?」
「小僧は身に余る私益を要求するのが明白だ。分を弁えてるお前だからこそ持ち掛けたのだ」
暗に悠香を認めてることを示唆しつつ、宿儺は条件を突きつける。
「俺は今、指を三本取り込んでいる。お前が言っていた分身体を作るには十分だが、その為にお前には働いてほしいことがある。分身体を作るための〝核〟を、小僧から奪える状況を作ることだ」
「その核とやらは……?」
「心臓だな。当然、その際には反転術式をかけて元通りにする」
「……」
悠香は宿儺の要求を噛み砕き、頭をフル回転させる。
要は兄が宿儺の力を借りなければならない状況、それも五条や他の呪術師がいない状況を作らねばならないということだ。となれば、兄が宿儺に協力を求める際に肉体の主導権を渡し、心臓を抜き取ることに対する口実が必要だ。呪いの影響で身体機能を奪われるとか、毒を注入されたとか、荒療治だがそれ以外の選択肢がない状況がいいだろう。
問題は、そういう場面を見つけられるかどうかだ。
「飲むのであれば、お前の求める対価に応えよう」
「うーん……まあ、不要な殺しを控えていただければ特に何も言いませんよ」
「ほう、誰も殺さず傷つけるなとは言わんのか」
「ええ。宿儺さん、そんなに大勢の人を殺していないと思うので」
呪術師として絶対にあり得ない言葉を口にした悠香に、宿儺は思わず目を見開いた。
――虎杖悠香は、何を思っている?
そんな疑問が湧いて、宿儺は怪訝そうに目を細めた。
「おかしいと思ってたんです、ずっと。本当に宿儺さんが鏖殺の限りを尽くしたのなら、表の歴史に影響するはずなんです。現に平安京の前にあった長岡京は、早良親王の件のゴタゴタで10年で遷されるハメになってますから」
「……」
「当然、呪術界が必死でもみ消した可能性も残ってますけど、あなたのような規格外な猛者の所業を歴史の闇に
悠香は真摯に宿儺の抱いた疑問に答えた。
悠仁も然り、大抵の呪術師は宿儺の生前については「大勢の人間を殺し、呪いの王として君臨した」で完結するだろう。なぜ殺したのか、どれ程の人間を殺したのか、それは歴史に影響を及ぼさなかったのか――そう言った疑問が湧いても、「宿儺=邪悪」としてスルーする。
だが、悠香は違う。そういった湧いてきた疑問は一つずつちゃんと解決するタイプだ。知識量も相まって、周囲とは見方や考え方が異なる。だからこそ、宿儺の生前の行いそのものにも懐疑的になれる。感性や性格が邪悪でも、相応の理由や事情があるのではと考えることができるのだ。
「両面宿儺は邪悪か否かなんて、そんなことは心底どうでもいいんです。俺が気にしてるのは、今の宿儺さんが〝人間の歩み〟をどうする気なのかということだけ」
「フン……弱者の歩みなど心底どうでもいい。そんな些事になぜ俺が首を突っ込まねばならん?」
「――それはよかった」
そう微笑んだ瞬間、ドクンという鼓動のような音が響き、悠香は暗闇へと引きずり込まれた。
悠香の意識が覚醒したと悟った宿儺は、玉座に座り込む。
「……縛りを忘れてしまったな」
ふと思い出し、してやられたなと溜め息を吐く。
一連の流れが縛りの保留を目的としてたのなら、悠香は中々の策士だ。
珍しく迂闊な宿儺だったが、その顔には悠香への苛立ちはなく、むしろ嬉々としているように見えた。
*
少年院の件からしばらく経った夏頃。
虎杖兄弟は別行動でいる時間が増えた。悠仁は呪力操作がからっきしなので、五条の指導を受ける形で修行に没頭させるためで、悠香は実力を鑑みて呪術師として任務に参加することとなった。
現在の悠香の等級は一番下の4級で、どっかの誰かさんの意向でも働いてるのか命懸けの割に薄給であるので、しっかり金を貰わないと宿儺への献上品がストップしてしまう。そうなれば彼の不快度が急上昇、最悪の場合は鏖殺解禁である。それだけは避けねばならない。
「……やっぱり呪霊をボコるとスカッとするね」
「お前、本当いい性格!」
フワァ~……と欠伸をする悠香に、釘崎はこめかみに青筋を浮かべた。
今回は釘崎と共に蒲田の廃墟に巣食う呪霊を祓うことになったのだが……悠香が先手必勝とばかりに膨大な呪力を纏った木刀で滅多打ちにしたため、釘崎は何の出番もなく任務が終わったのだ。
等級としては六本木の件よりも上なので、その分狡猾と思われたが、その手段を取られる前に呪霊は殲滅された。嬉しいことではあるのだが、勝気な釘崎はどこか癪に障り、その感情をぶつける呪霊も全部祓われたので、不完全燃焼だ。
「……とりあえず解散ですかね。書類とかは俺がやっときましょうか?」
「そこまでされたら立つ瀬がないわよ! 私だって祓いたかったのに!」
「……それで?」
「アンタが全部やりなさい! それがケジメよ、ケジメ!」
完全に不貞腐れてる様子の釘崎に、悠香は困ったように頭を掻いた。
その時、「お疲れサマンサ~」と暢気に現代最強の術師が姿を現した。
「スゴいじゃん、悠香。一人で全部祓っちゃったんだ」
「仕事は早く終わらせるに限りますから」
木刀を竹刀袋に仕舞い、背負っていたリュックから愛飲のコーヒー飲料――500mlのペットボトル――を取り出して一口。
某小説の主人公に「人生は苦いから、コーヒーくらいは甘くていい……」という名言があるが、呪霊を片付けた後に甘いコーヒーは身体にしみる。力仕事や肉体労働の後の甘いコーヒーは格別だ。
「……で、何しに来たのよ?」
「うん、悠香に用があってね。今すぐ川崎に行ってくれない?」
神奈川県川崎市。
悠香は五条に催促され、兄の任務である映画館で高校生三人が謎の変死を遂げた事件の調査に加わった。
「1級呪術師の
「呪術高専東京校一年の虎杖悠香です」
「二人共、事務的だなぁ」
手短な自己紹介に、悠仁は苦笑いした。
しわひとつないスーツに身を包み、七三分けでセッティングした、独特な形の眼鏡を押し上げる男性。名は
そう、今回の任務は七海と共に遂行することになったのだ。
「これはお兄さんの方にも言いましたが……まず、私と五条さんが同じ考えとは思わないでください。上のやり口は嫌いですが、私はあくまで規定側です。それを忘れないでください」
「自己申告してくれるとはありがたい」
(……これは、今の言い回しはマズかったか……?)
七海は冷徹な雰囲気のままだが、内心では少し焦りを覚えていた。
あくまで規定側だと言った瞬間、悠香の警戒心が一気に高まったのだ。
先日の少年院の件も然り、彼は呪術高専に入学した時点で呪術界をかなり警戒するようになったとは聞いていたが、ここまでともなれば呪術師を名乗る全ての人間を疑うことになる。しかも彼は五条の情報通りなら、両面宿儺の気に召されているときた。
最悪の事態だけは、何としても回避しなければならない――七海はそう決心したのだった。
それがほぼ手遅れに近いことも知らず。
「うーん、じゃあとりあえず整理するか」
悠香は伊地知がまとめた報告書を見る。
「……監視カメラには何も映ってなかったんだよね?」
「おう。被害者以外に一人だけで、犯人は呪霊かもしんない」
「じゃあ、これは?」
悠香は一枚の写真を手にした。
それは、悠仁と七海が遭遇した、異形化された人間の亡骸だ。
「人間……いや、元人間です。映画館で亡くなった被害者と同じで、呪術で身体の形を無理やり変えられてます。家入さんによると、脳幹のあたりに弄られた形跡があるそうで、死因はショック死だと」
(いわゆる改造人間ってやつか。どうせなら戦隊シリーズや仮面ライダーのようにしてほしかったな)
まるで粘土細工のように頭部が異形となった被害者。
どういったカラクリで肉体改造ができるかは不明だが、警戒するに越したことはない。術式であるのは確定だが、発動条件がわからない以上は予測を立てるしかない。
「脳幹のあたりに弄られた形跡があるってことは、直接触る必要性があるってことだよね? そうなると敵は人型、あるいは触手を持っているかに絞られる」
「確かに……」
「それにこんなに証拠があるのはおかしい。その気になれば痕跡一つ残さずに現場を立ち去れるはず。明らかに誘い込まれてるね」
「ええ、私もそう読んでます」
悠香の推理力に感心しつつ、七海は被害者を改造人間に変える術式は呪霊のものと推測。
それに関する調査を続けると告げ、虎杖兄弟には別件の調査を依頼した。
「映画館にいた少年、
七海は右目を隠した弱気そうな少年の写真を見せる。
監視カメラの映像と佇まいからして、彼が呪詛師――非術師を呪い、殺害するために力を行使する者達――である可能性は低いと当初は考えていたが、被害者の関係者となれば話は別。被害者との関係性次第では、排除しなければならないからだ。
「じゃあ現状であり得るのは三つですね」
悠香は、話の流れをまとめて三つの可能性を提示した。
一つ目は、呪霊の単独犯であること。
二つ目は、吉野順平が犯人であること。
三つ目は、呪霊と吉野順平がグルであること。
悠香は三つ目の可能性が一番高いと踏んでおり、その根拠もあるという。
「その気になれば消せる痕跡をわざわざ残す……これ、推理小説とかでよくある展開なんです」
「犯人が複数いる場合ですね」
「そう。つまりどちらかが囮で、本命は非術師を殺しまくることじゃない可能性も出てくる。そう考えると、自然と狙いも見えてくるでしょ」
「……宿儺か?」
悠仁の呟きに、七海と伊地知は瞠目する。
今回の事件は、呪霊の仕業とするなら相当な知性を持ち合わせている。そして、呪霊としては宿儺の顕現は人間を排除するにうってつけではないか。
そういう思惑があるのであれば、自然と囮となる存在は必要となる。
「……宿儺が「はいわかりました」ってOKサイン出すとは到底思えないけど」
「そこは俺も同感。他者の下に付けるタイプの性格じゃないからね、宿儺さんは。まあ今回のホシが見積もり甘い奴なら、そう考えてもおかしくない」
悠香はコーヒー飲料を飲み干すと、悠仁に提案した。
「ここは二手に分かれよう。兄さんは直接コンタクトを取って。俺は別ルートで行く」
「別ルート?」
「情報収集は広い視野でやるのが定石だからね」
きょとんとする悠仁に対し、悠香は不敵に笑うのだった。
ちなみに領域展開と漏瑚フルボッコのところは、宿儺が悠香で遊んでいる間に起きてます。
そして宿儺の要求に、悠香はどう応えるのか?
次回は順平君が本格的に出ます。