翌日、悠仁は順平を追跡する一方で、悠香は吉野家の前にいた。
母校である里桜高校に足を運び、「仙台から来た親戚」という設定で同級生達に家を聞き、辿り着いたのだ。
「兄さん、被疑者は?」
《被疑者って言い方ないだろ! ――順平は今追ってる》
「了解。見失ったら連絡してね」
《おう!》
電話を切り、玄関の前に立つ。
悠香の言っていた別ルート……それは「家族」だ。
順平のことを一番理解しているのは他でもない肉親である。彼自身が上手に隠している可能性も大いにあるが、肉親から得た情報は相応の信憑性がつく。ましてや不登校となった家族を放置するわけもなく、微々たる変化も気づいているかもしれない。
本人はひた隠しにするだろうが、家族はそうは行かないはずだ。
(まあ、ダメだったら別の手を考えればいいだけだし)
ピンポーン、とインターフォンを鳴らす。
すると、玄関ドアを開けて一人の女性が現れた。順平の母親だろうか。
「こんにちは、里桜高校に通ってる虎杖です。吉野順平君のお家で合ってます?」
「あら、もしかして順平の……!?」
「同じクラスなんです。今日は身内が救急搬送されたってことで早帰りを許されまして。事のついでに順平君の今の様子を聞いてきてほしいと。……で、彼は?」
ごく自然な流れで真っ赤なウソをつく。
理路整然と話しているからか、ビックリするぐらい怪しまれてない。
「順平は今、外出中なの」
「そっかー……参ったな……あの、じゃあまた来ます」
「ちょっと、せっかく心配してきてくれてるんだ。家で待ってなよ、あの子も喜ぶよ」
そう言われ、悠香は吉野家へ上がった。
リビングのテーブルで向かい合わせになると、女性――
「最近外にいる時間が増えててね。まあ、あの子なりの気分転換になってればいいんだけどさ。順平は映画鑑賞が好きだし」
(外出時間が長い……いい情報だね)
出してくれたオレンジジュースを口に含みながら、目を細める。
外出時間が長いということは、その間にワルい奴らと会っている可能性があるとも言える。この場合は、一連の事件を踏まえれば呪詛師あるいは呪霊とのコンタクト――何かしらの知識や技術を教わっていることもあり得る。
だが、確定ではない。あくまでもかなり黒に近い灰色で、白になる可能性を潰さねばならない。
「……映画鑑賞以外で、順平君が最近ハマってることは?」
「うーん……そういった様子は特に見られないけどねぇ」
「……通学するよう説得するのは長丁場になりそうですね。学校関係以外の知人との交流でもあれば、突破口になりそうでしたが」
「……そういえば!」
ここで凪が、最近の順平の小さな変化を思い出した。
曰く、外で恵まれた出会いがあったらしく、とても嬉しそうな笑みを浮かべている日があるという。
ただ、何者なのかわからない輩と接点を持つのはよくないと感じ、本当に良い人なのか訊いたところ、珍しく声を荒げたとのこと。
「
(いや、それ絶対アウトでしょ)
危機感を全く感じていないことに、悠香は思わずジト目になった。
だが、これはかなりの収穫だ。
「……ひとまず、順平君は健康に過ごしてると」
「そういうことになるね」
凪は吸っていた煙草を灰皿で擦ってもみ消した。
その直後、悠香のスマホに悠仁からの着信が入った。
「もしもし」
《悠香、そっちは何か進展あった?》
「うん、まあ結構な収穫。とりあえずこっちからまた電話する」
《おう!》
手短に通話を終えると、悠香は「急ぎの要件が来た」と凪にお暇することを伝えた。
「順平に何か伝えとこうか?」
「いや、何も伝えないでください。学校でゴタゴタがあったのは薄々感じてましたし。俺が来たことは言わない方が、今は順平君の為になると思います」
「器用な子だね」
「運は良い方なので」
己の素性を隠し通したまま、悠香は吉野家をあとにした。
*
夕方。
伊地知と合流した悠香は、兄と電話をしていた。
《悠香! 収穫って何なんだ?》
「その前に兄さん、今被疑者と一緒だったりする?」
《そういう言い方は止せって! 今マジで一緒なんだから!》
兄の焦った声が聞こえ、状況を瞬時に把握した悠香は「さすが兄さん」と笑った。
昔から会って間もない人間とすぐ打ち解けるようなコミュ力の塊だと思っていたが、ここまで来るともはや人誑しだ。
《……で、それがどうしたん?》
「兄さん、ドサマギで吉野家に行くことできる?」
《いや、今ちょうど順平の母ちゃんも一緒でさ。晩飯食いに行くトコ》
「えぇ!? 吉野順平の自宅で晩飯!?」
話を聞いていた伊地知は血相を変えた。
監督する立場として大失態ではないかと、一筋の汗を垂らした。
が、悠香はそれを良い兆候と見ており、話を続けた。
「はっきり言う。順平君はこの事件の加害者側……正確に言えば実行犯と何らかの関係を持っている。実行犯は真人って名前かもしれない。これ順平君と凪さんの前で言うのタブーね」
《は!? つーか、お前――》
「俺が凪さんに会っていたことと、兄さんと俺が兄弟であることも隠してね。追及されてもすっとぼけて。俺は里桜高校に通ってるってウソついてるから。そのおかげで結構な収穫できたんだけどさ。それにどこで真人が見てるかわからないから、一挙一動に気を付けて。それと
《……わかった!》
自宅で晩飯を食うだけなのだが、事態が思ったより大ごとになってると知り、悠仁は弟の思惑を尊重して快諾した。
ただ、最後の要望は少しおかしいことに気づいた。
《……いや、何でお前に言わなきゃなんないの? 夜道ぐらい大丈夫だって》
「これは俺の推測だけど……敵の目的って、兄さんに宿儺さん優位の縛りを科すことなんじゃないかな? 自分達にとって都合のいい状況を作るために、縛りで宿儺さんに協力を仰ぐみたいな」
《……その為に、順平を?》
「目的が兄さんと宿儺さんと仮定すると、順平君と凪さんはもう用済みなんだよ状況的に。引き当てた時点で流れはできてるし」
用済みということは、どこかで
このままでは、順平と凪は呪霊に殺されてしまうかもしれない。
暗に示された最悪の可能性に、電話越しで悠仁が生唾を飲み込む音が聞こえた。
「……まあ、順平君の地雷が凪さんとすれば、奴さんは凪さんを殺しに行くだろうね。俺がもし黒幕だったら、自分で
《っ……悠香、どうすりゃいいんだよ……?》
「もし俺の予測通りなら、相手は早くても今夜仕掛けるはず。兄さんが俺のことバラしてないなら、今夜みんなで張り込もう」
「えっ!?」
勝手に巻き込まれることが確定し、伊地知はギョッとした。
「……という訳で、ひとまずご飯楽しんでって」
《……頼む、悠香》
「任せて」
通話を切ると、悠香は伊地知に奇妙な要求をした。
「伊地知さん、百均行ってもいいですか? 今すぐに」
「え? 一体何の為に?」
「敵との知恵比べに勝つんですよ」
笑みを浮かべる悠香であったが、伊地知は笑わなかった。
悠香の瞳は、ここでない何かを見ている。細められた視線の先に何があるかは知る由もなかったが、伊地知は見られているそれを哀れに思った。
悠香の目は、16歳の少年とは思えない悪意に満ちていたのだから。
その日の深夜。
晩飯を堪能した悠仁が、言葉を交わして吉野家を出た。
そそくさと離れ、角を曲がったところで、路駐している一台の車に近寄った。
「兄さん、お疲れ」
「おう!」
車を降りて兄と再会した悠香は、カバンに入れているコーヒー飲料を投げ渡して労った。
「……どんな様子だった?」
「特に何も」
「だと思った……二人共、今から説明するから聞いて」
悠香は悠仁と伊地知に「吉野凪救出作戦」を語った。
自分の読み通りなら、順平を唆すために母親を殺しにいき、悠仁及び宿儺を狙っているとしたら指を置いて呪霊に殺させるはず。しかし順平は呪霊を知覚できるため、何らかの対処をされては不都合なので、順平が寝静まったところで襲う可能性が高い。
そこで考えたのは、順平が寝静まったところで吉野家に侵入し、
「その為に百均で大量の血のりを買ったんですか!」
「大量の血のりを撒き散らすだけで一人の命救えるんだ、安いもんでしょ」
「悠香が何かいい考えしてんなら、俺はそれでいいと思う。……で、どうやって入るんだよ?」
悠仁のもっともな質問に、伊地知も頷いた。
窓を割って入るわけにはいかないし、かと言って呪詛師との関係性を疑われる順平に悟られると面倒事が増える。ましてや、凪を殺そうとする輩に勘づかれないようにしなければならない。
その疑問を瞬時に解決できる方法をすでに持っていた悠香は、ニヤリと笑いながら一つの鍵を出した。
「吉野家の合鍵。昼間作ってもらった」
「ええっ!?」
「ちょ、おま……!?」
「合鍵って鍵そのものがなくても、純正キーに刻まれている鍵番号がわかれば複製できるんだよ。それに鍵屋さんにやってもらえば即日で安く済むトコもある」
文字通りの用意周到さに、二人は呆気に取られる。
すると、吉野家の二階の一室の明かりが落ちた。順平が横になり、寝始めたのだろう。
「時間だ……行ってくる」
「気をつけろよ……」
背負っていた竹刀袋から木刀を抜き、息を殺す。
物音一つ立てないように、静かに吉野家の玄関ドアの前に来ると、合鍵を刺し込んでゆっくり回す。
……カチャ
「……」
反応はない。順平は完全に寝ている。
おそるおそる玄関ドアを開け、音を立てずに閉めて靴を脱ぐ。
「……!」
ふと、視線の先に薄っすらと人影が見えた。
その人影からは、濃厚な呪力を感じ取れる。少年院の呪霊より強力な〝大物〟だ。
(もしかして、あれが真人?)
「……フフッ」
リビングのドアの向こうで、青年の声で愉快そうに笑うナニか。
あれが真人なる存在だろうか。
その時、真人の姿が一瞬で消え、代わりに凪の声がした。
「ん……んん! 悠仁君もう帰っちゃったかなぁ……げっ!! もうこんな時間!!」
(あ、これベロベロに飲んでたな)
愛煙家に加えて酒飲み。
健康診断は早めにした方がいいんじゃないかと暢気に思った、その時。
「……なに、これ? 指?」
「っ!!」
凪の言葉に、悠香は目を見開いた。
――やっぱりそう来たか……!!
木刀に呪力を纏わせ、素早くリビングのドアの前まで移動して開ける。
「悠香君!? 何でいきなり――」
「凪さん、伏せろ!」
いきなり乱入してきた客に戸惑うも、木刀で突きの構えをする悠香に、咄嗟に頭を下げる。
木刀は高速でしゃがんだ凪の上を通り、
「ギギャ……!」
そんな間抜けな断末魔と共に、呪霊は祓われる。
悠香は木刀を竹刀袋に入れると、凪が浅い呼吸を何度も繰り返しながら消滅する異形を凝視していた。
「……見えるようになっちゃいましたか」
「悠香君……君は何なの……?」
その時、物静かに悠仁と伊地知が現れた。
鍵を開けたままにしていたので、そのまま乗り込んできたのだ。
「悠仁君? それに……誰?」
「凪さん、手短に言います。あなたが今見たのは呪霊という化け物。そしてあなたの息子はその化物の一体に狙われている」
机の上に置かれていた宿儺の指を手にし、この指に宿る強大な呪いを利用して凪を亡き者にしようとする呪霊がおり、その者は順平を使って悪巧みをしようとしていると説明する。
言っていることは非現実的だが、悠香の木刀が化け物の眉間に突き刺さったところを目撃しているため、それが現実だと理解せざるを得ない。
「えげつないマネをしますよ。順平君に殺しをさせるつもりなんでしょうかね」
「そんな……!!」
「でもご心配なく。俺に策があります」
悠香はリュックサックから大量の血のりを取り出す。
「……凪さん、一旦死んでください。ハッピーエンドの為に」
翌日、吉野順平の自宅リビングから大量の血痕が見つかった。
現場には血塗れの女性用衣服が残されており、実母の吉野凪が宿儺の指によって寄せられた呪霊に襲われたとみられる。
しかし、肝心の遺体はどこにも見当たらなかった。
それもそのはず、彼女は生きているのだから。
(全て自分の掌だと思ってんだろうなぁ、黒幕……ホント詰めが甘いね。この程度じゃ兄さんは騙せても俺は騙せないよ)
愛飲のコーヒー飲料を飲みながら、口角を上げる。
伊地知から順平は里桜高校へ向かったという情報が入った。これであとは真人を呼び寄せて始末するだけだ。
(あとは宿儺さんの依頼の件だけど……まあ、何とかするか)
あらゆる思惑が交錯する中、突如として帳は降ろされるのだった。
ちなみに最後のあたり、悠香君は高校の敷地内にいるので帳に弾かれずに済みました。
次回は真人との本格バトル。悠香に無為転変が牙を……剥く……?