ロクでなし魔術講師と呪術師の廻戦   作:嫉妬憤怒強欲

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アニメでのナナミンのブチギレ具合半端なかったですね。
声優さんの演技が上手いと凄みがありますね。


ほんのわずかなやる気

 決闘騒ぎから三日が経った。

 本日もロクでなし講師のグレンは、やる気なさげに授業を行っている。

 変わったことと言えば、グレンがシスティーナに負けたにも関わらず約束を反故にしたことから、今までは一応授業を聞いていた生徒たちもほとんどが耳を貸さなくなったくらいだ。各々が自由に自習を行い、グレンはそれに対して何一つ言わない。そんな冷戦のような不文律が出来上がっていた。

 そんな二年次二組でも、グレンの授業から何かを学ぼうとする健気な女子生徒が居た。

 

「あの、先生…今の説明に対して質問があるんですけど…」

 

 メガネをかけた小柄で小動物を思わせるような少女、リンはおずおずと手を挙げてグレンに質問する。

 

「んだよ、しゃーねぇなぁ。で、何?」

「え…えっと……このページなんですけど……」

「無駄よ、リン」

 

 だが、質問をしている最中にシスティーナが割って入る。

 

「その男に聞くことなんて何もないわ」

 

 事実、リンの質問にグレンは面倒くさそうな態度を隠そうとしていなかった。

 俺もわからんから自分で調べろと言われるのは目に見えて明らかだ。

 

「何せそいつは、魔術の崇高さも偉大さも何一つ理解してないんだから」

「で、でも………………」

「大丈夫よ、私が教えてあげるから。一緒に頑張りましょう? あんな男は放っておいていつか一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」

 

 システィーナがうろたえているリンを安心させるように、笑いかけたその時だ。

一体、何がその男の気に障ったのか。 

 

「魔術って…………………そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 ぼそり、とグレンが誰ともなくこぼした。

 

「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう? もっとも、貴方のような人には理解できないでしょうけど」

 

 鼻で笑い、刺々しい物言いでばっさりとシスティーナは切り捨てた。

 

「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

「…………………え?」

「魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ?それを聞いている」

「そ、それは……」

「ほら。知ってるなら教えてくれ」

 

 即答できない自分にシスティーナは苛立った。確かに魔術は偉大だ崇高だとは周りを取り巻く人間がそう連呼するから、そういうものだと認識していた節もある。

 だが、決してそれだけでもない。呼吸を置いて言葉をまとめ、自信をもって返答する。

 

「魔術は―――」

「長くなりそうだからやっぱいいや」

「聞いたんだから最後まで言わせなさいよ!」

「お前どうせあれだろ?魔術とは世界の真理を探究し人をより高次元の存在に近づけるとか、神に近づく尊い学問なのよとか言うんだろ?」

「え、ええ……そうよ」

「…で?それが何の役に立つんだ?人をより高次元の存在に近づける?そんな事して一体どうするんだ?」

 

 グレンの思わぬ返しにシスティーナが言葉を詰まらせる。

 

「例えば医術は人を病から救うよな。農耕術、建築術……人が生きる上で必要な技術は多い。だが魔術は?まともに生きてりゃ一般人は見る事もなく人生が終わっちまう。そんな魔術が何の役に立つのか疑問に思うのは俺だけか?」

「ま、魔術は……人の役に立つとか…そういう次元の話じゃなく……その……」

「人の役に立たないのであればそれはただ趣味、娯楽の一種にすぎねえだろ?」

「っ……」

 

 言い負かされているシスティーナが歯噛みしていると、突然グレンが掌を返す。

 

「悪かった、嘘だよ。魔術は立派に人の役に立っているさ」

「……え?」

 

 論戦の様子を固唾を飲んで見ていた生徒達も目を丸くしている。

 

「魔術は凄ぇ役に立つさ……人殺しにな

 

その瞬間、教室全体に緊張が走る。酷薄に細められたその暗い瞳、薄ら寒く歪められた口から紡がれたその言葉は、クラス中の生徒達を心胆から凍てつかせた。

 

「実際、魔術ほど人殺しに優れた術は他にないんだぜ? 剣術が人を一人殺している間に魔術は何十人も殺せる。戦術で統率された一個師団を魔導士の一個小隊は戦術ごと焼き尽くす。ほら、立派に役に立つだろ?」

「ち……違うわ!魔術はそんな……」

「違わねぇよ」

 

 グレンの目は冷たい。魔術そのものをどこまでも見下げ果てているような……魔術の根本をどこまでも理解してるような、そんな有無を言わさない暗い光がシスティーナを射抜いている

 

「このアルザーノ帝国が他国から魔導大国と呼ばれる意味は何だ?“帝国宮廷魔道士団”なんて物騒な連中がいる理由は?」

「そ、それは――」

「お前の大好きな決闘にルールができたのはなんのためだ? お前らが手習う汎用の初等魔術の多くがなぜか攻性系の魔術だった意味はなんだ?」

「――それは」

「お前らの大好きな魔術が、二百年前の『魔導大戦』、四十年前の『奉神戦争』で一体、何をやらかした?近年、この帝国で外道魔術師や呪詛師達が起こす凶悪犯罪の年間件数と、そのおぞましい内容を知ってるか?」

 

 システィーナが堪らず反論しようとするが、グレンは現実を突き付け続ける。

 

「今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。なぜかって?他でもない魔術が人を殺すことで進化・発展してきたロクでもない技術だからだ!まったく俺はお前らの気が知れねーよ。こんな人殺し以外、何の役にも立たん術にせこせこと勉強するなんてな。こんな下らないことに人生費やすなら他にもっとマシな――」

「てい」

「ぶべらぁ!?」

 

 そこまで言いかけたグレンの目の前にユージが急に現れ、グレンの頬にビンタをかました。

 バチンという鈍い音と共にグレンの身体が宙で三回転しながら黒板に激突した。

 

「あのさ先生、さっきから大人げないぞ」

「ちょっ、ユージ君!?」

 

 思わぬ乱入者にクラスはざわつき始める。涙を流していたシスティーナも目を丸くして固まっていた。

 

「いつつ・・・・・なにすんだお前!今の滅茶苦茶痛かったぞ!」

 

 起き上がったグレンは非難めいた目でユージの顔を見る。

 

「いや、なんかムカついたから」

「ムカついたって……」

「先生がどんな経験したか知らねえ。だけど、八つ当たりするみてえに皆のことを馬鹿にするのは筋違いだろ?つうか、いい歳こいて大人げなく女の子を泣かしてんじゃねえよ。滅茶苦茶ダサいぞ」

「……っ」

 

 ユージの正論にグレンは押し黙り、バツが悪そうに舌打ちをしながら教室を後にした。

 

「ありがとう………ユージ」

 

 システィーナは涙を拭い、ユージに対して感謝の言葉を述べたが、

 

「ん?なにが?」

「私の代わりにあんなやつを叩いていてくれて」

「あー……そういう。いや、別に先生の言ったことを全面的に否定したわけじゃねえぞ」

『え?』

 

 呆気なく答えるユージの言葉に全員が反応した。

 

「ど、どういう意味よ……?」

 

 裏切られたかのようにショックを受けるシスティーナ。

 

「魔術で人を殺すのも真理を探究するのも使う人次第って話だろ?そんなに難しく考える必要は無くね?魔術で人が大勢死んでるって言ってたけど、実際人を殺してるのって、魔術を使ってる人間じゃん」

「そう、なのかな……?」

「実際に経験したことなんだけどさ。俺、三年くらい前に女の子がガラの悪い連中に拐われているところにたまたま居合わせてさ。止めに入ったらそいつら魔術を使って俺を殺そうとしたんだよ」

「えぇっ!?」

「まあ全員ボコってやったけど」

「ぼ、ぼこったって…えぇ」

 

 ユージの規格外ぶりにクラスはドン引きである。

 

「で、その後爺ちゃんに言われたんだよ。”魔術は偉大なものなんて答える奴がいるが、答えなんてあるようでねえ。なら魔術を学んで、どう使うのかなんてのは自分で決めろ”てさ。システィーナが魔術を学ぶ理由って空に浮かぶ城の謎を解くのだっけ?」

「え、ええ。亡くなったお爺様との約束で」

「じゃあそれで十分じゃね?」

「あっ……」

 

 そこまで言ってユージは板挟みになっていたリンに席に戻ることを促し、自分の席に戻った。

 

(ん?三年前?)

 

 ユージの話で三年前という単語にシスティーナは引っかかった。

 

(そういえば家に来たばかりのルミアが誘拐されたのもちょうど三年前だったような…………)

 

 親友の方に視線を向けると、顔を俯かせたまま耳を赤くしているルミアの姿が。

 

(えっ……ひょっとして、そういう(・・・・)こと?)

 

 

♢♦♢

 

 翌日の予鈴前、驚くべきことが起きた

 

「昨日はすまなかった」

「え?」

 

 グレンがシスティーナにわずかに頭を下げて謝っているのだ。

 

「まぁ、その、なんだ……大事な物は人それぞれ……だよな?俺は魔術が大嫌いだが……その、お前のことをどうこう言うのは、筋が違うっつーか、やり過ぎっつーか、大人げねぇっつーか、その……まぁ、ええと、結局、なんだ、あれだ。……悪かった」

 

 それだけ言うと、照れくさそうに振り向き教壇の方に向かってしまう。

 

「じゃ、授業を始める」

 

 グレンのその一言により、一旦静まり返り、しばらく経つとざわめきが教室中を震わせた。

 

「なんだよ……?何が起きてるんだよ……?」

「どういう風の吹き回しだ……?」

「変なもんでも拾い食いしたか?」

 

 教室がどよめいた。昨日まで教卓を寝床としていたのに、今日はその態度を一変し、授業を行うと言い出した。

 

「えー……始める前に全員に言っとく事がある。お前らって、本っっっっっっっっっっっっっ当に馬鹿だよな」

 

 同時に講師らしくない言葉もぶっ放した。

 クラス中のこめかみに青筋が立つ。

 ユージもさすがに今のはイラっと来たので、少し発言することにした。

 

「先生、言いたいことがあるんだけど」

「あ?なんだ言ってみ」

 

 珍しく反論するユージの姿に、クラスメイトは『おうおう、言ったれ言ったれ!!』という空気が蔓延し始める。

 

「先生ぇ、馬鹿って言ったほうが馬鹿なんすよ」

(((いや、そっちじゃねぇよ!)))

「その理屈で言ったら、お前も馬鹿ってことだろ?今俺のこと馬鹿って言ったし」

「じゃあグレン先生も馬鹿じゃないすか。バァカ」

「うっせぇ、講師に向かって馬鹿とはなんだ。馬鹿」

「今までのこと振り返れ馬鹿」

「「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」」

「やめなさい、馬鹿!」

「あいた!?」

 

 馬鹿な2人がお互いを馬鹿と罵り合う馬鹿馬鹿しい光景を止めるためにシスティーナが投げた教科書がユージの顔に当たる。

 

「先生もムキにならないでください!!」

「はっ、俺大人だからムキになんてなってねぇし」

「大人っぽいところを一つも見たことないんですけど……」

 

 強いて挙げればさきほど自分の非を素直に認めて謝罪したくらいだ。

 

 グレンはゴホンと咳払いをして、クラス中の生徒たちを見回す。

 

「さて、昨日までの十一日間、お前らの授業態度見てて分かったよ。お前らって魔術のこと、なぁ〜んにもわかっちゃねーんだな。わかってなら呪文の共通語訳を教えろなんて間抜けな質問出てくるわけないし、魔術の勉強と称して魔術式の書き取りやるなんていうアホな真似するわけないもんな」

 

 今まで学んできたことを一蹴。馬鹿だアホだ、言いたい放題。生徒の中でイラッと来たのも居る。

 

「ショックボルト程度の1節詠唱すらできない貴方に言われたくないですね」

 

 両手を上げてお手上げと態度をとる彼に、ギイブルは軽視するように反論する。

 今まで学園でやってきたことが、今の自分達を形成していることに変わりはない。だが、それを自分より下の、1節詠唱ができない人に蔑まれる覚えはない。

 

 グレンは肩を竦める。

 

「ま、正直、それを言われると耳が痛い。残念ながら、俺は男に生まれたわりには、魔力操作の感覚と、あと、略式詠唱のセンスが致命的なまでになくてね。学生時代は大分苦労したぜ。だがな……誰か知らんが今、【ショック・ボルト】『程度』とか言った奴。残念ながらお前やっぱ馬鹿だわ。ははっ、自分で証明してやんの」

 

 教室中に、あっという間に苛立ちが蔓延していく。

 

 

「まぁ、いい。じゃ、今日はその件の【ショック・ボルト】について話そうか。お前のレベルなら、これでちょうどいいだろ」

 

「今さら、【ショック・ボルト】なんて初等呪文を説明されても……」

 

「やれやれ、僕達は【ショック・ボルト】なんてとっくの昔に究めているんですが?」

 

「はいはーい、これが、黒魔【ショック・ボルト】の呪文書でーす。ご覧下さい、なんか思春期の恥ずかしい詩みたいな文章や、数式や幾何学図形がルーン語でみっしり書いてありますねー、これ魔術式って言います」

 

 生徒達の不平不満を完全無視し、グレンは本を掲げて話し始めた。

 

「お前ら、コイツの一節詠唱ができるくらいだから、基礎的な魔力操作や発生術、呼吸法、マナ・バイオリズム調節に精神防御、記憶術……魔術の基本技能は一通りできると前提するぞ?魔力容量も意識容量も魔術師として問題ない水準にあると仮定する。てなわけで、この術式を完璧に暗記して、そして設定された呪文を唱えれば、あら不思議。魔術が発動しちゃいまーす。これが、あれです。俗に言う『呪文を覚えた』っていう奴でーす」

 

 そして、グレンは壁を向いて左手を突き出し、呪文を唱える。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

 左手から紫電が迸り、壁を叩いた。

 

「ま、これが【ショック・ボルト】の基本的な呪文だ」

 

 だが、特にクラスメイトは驚いた様子はない。こんなのは当たり前のことだ。

 

「やっぱり三節詠唱……」

「とっくに究めたっての、【ショック・ボルト】なんて」

 

 むしろ、グレンが三節詠唱をしたことに嘲笑すら上がる始末。

 しかしそんなことは気にせず、グレンはチョークで黒板に【ショック・ボルト】の呪文を書き記した。

 

「アホ……いや、馬鹿なお前らはこれを省略する事ばっか考えてるみてーだが……じゃあ問題だ」

 

 アホをわざわざ馬鹿と言い直した真意がとても気になった信一だが、あえてそこは聞き流す。

 

 グレンは黒板に書かれた呪文、

《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》を《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》と四節に区切った。

 

「さて、これを唱えるとどうなる?」

「その呪文はまともに起動しません。必ず何らかの形で失敗しますよ」

 

 メガネを掛けた少年———ギイブルが即座に答える。

 このギイブル、クラスではシスティーナに次ぐ成績の持ち主で言うまでもなく優秀な生徒だ。

 

「んな事分かったんだよバカ。その失敗がどういう形で現れるのか聞いてんだ」

「何が起きるかなんてわかりませんわ!そんなのランダムに決まってます!」 

 

 そこで茶髪にツインテールの少女、ギイブルの次に成績上位者のウェンディがそれに反論する。

 

「ブフーッ!?ラ・ン・ダ・ム!?お、お前、このクソ簡単な術式捕まえて、ここまで詳細な条件を与えられておいて、ランダム!? お前らこの術、極めたんじゃないの!? 俺の腹の皮をよじり殺す気かぎゃはははははははははは―――ゲホッ、むせた!ゲホッ!」 

 

 ひたすら人を小馬鹿にするように大笑いし続けるグレンの態度に、プライドの高い成績上位者は青筋を立てている。それはシスティーナも例外ではなく、口の端がひくひくと引きつっていた。

 

「さてと、次は………よし、ユージ!答えてみな?答えられなかったら一カ月間の昼飯はお前の奢りだからな?」

「えぇ……大人げねぇ」

「うるせぇ!昨日殴ったお返しだ!」

 

 グレンの横暴な態度に呆れて大人気ないと思いながらも、システィーナ達はユージに同情をしていたのだが…………

 

「あー……右に曲がる……だったっけ?」

「へ?」

 

 グレンはすっとぼけた声を出していた。どうやらこの展開は誰も予想は出来なかったみたいだった。

 

「ど、どうしてそう思ったんだ?」

「いや。前に詠唱中にクシャミしちゃって、区切ったまま発動したら曲がったんだけど………なんか間違えた?」

「い、いや……正解だ……」

「「「へ?」」」

 

 ユージがまさか答えを言い当てるなんて思っていなかったのか、グレンだけでなくシスティーナ達も口を開けてポカーンとしていた。

 

「チィ!、なんだよ面白くねぇな!空気読めよな!」

「……なんで俺正解したのに罵倒されなきゃいけねえの?」

「じゃあ、今から手本で呪文を四節にして唱えますね〜」

「無視かよ」

 

 グレンはそんなユージからのツッコミを無視しながらも四節になった呪文を唱えた。グレンの宣言通り、狙った場所へ直進するはずの力線は大きく弧を描くように右に曲がって壁へと着弾した。

 

「バ、バカな……」

「ありえませんわ!」

 

 クラスのみんなも信じられないと言うような表情だった。

 

「じゃ、次はここに……」

 

 それからグレンが呪文を更に区切ったり、一部を消したりして実演してみる。どの呪文方法もグレンの宣言通りに起こってるのを見て、クラス中はもう呆然だった。

 

「ま、究めたっていうならこれくらいは知らないとな」

 

 チョークを片手にウザったい顔で言い放つ。けど、誰もグレンに文句をいう者はいなかった。

 

「そもそもさ。お前ら、なんでこんな意味不明な本を覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議な現象が起こるかわかってんの?だって、常識で考えておかしいだろ?」

「そ、それは、術式が世界の法則に干渉して────」

 

 ほぼ脊髄反射で出たギイブルの発言を、グレンは即座に拾う。

 

「とか言うんだろ?わかってる。じゃ、魔術式ってなんだ?式ってのは人が理解できる、人が作った言葉や数式の羅列なんだぜ?魔術式が仮に世界の法則に干渉するとして、なんでそんなもの、が世界の法則に干渉できるんだ?おまけになんでそれを覚えなきゃいけないんだ?で、魔術式みたいな一見なんの関係もない呪文を唱えただけで魔術が起動するのはなんでだ?おかしいと思ったことはねーのか?ま、ねーんだろうな。それがこの世界の当たり前だからな」

 

 まさに、グレンの指摘通り。魔術式を覚えれば、魔術が発動する。それが当たり前。

 だから誰も気に留めない。

 

「だから、今からお前らにまず魔術ってのが何なのかを教えてやる」

 

 それからグレンはまず等価対応の法則から始めた。

 昔から唱えられてきた〈古典魔術理論〉の一つ。

 世界が人に与える影響、人が世界に与える影響。それらが相互に相関関係にあるということ。

 

 占星術が星の動きを観察して、人の運命を読む。つまり、世界の影響が人に及ぼす影響を計算する術。

 魔術はその逆だ。

 魔術式とは何か? それは世界に影響を与えるものではない。人に影響を与えるものだ。人の深層意識を変革させ、それに対応する世界法則に結果として介入する、それが魔術式の正体だ。

 

「要するに魔術式ってのは超高度な自己暗示っつーことだ。だから、お前らが魔術は世界の真理を求めて〜なんてカッコイイことよく言うけど、そりゃ間違いだ。魔術は人の心を突き詰めるもんなんだよ」

 

 首をかしげながらユージが手を挙げて質問する。

 

「えー……と、自己暗示ってことは思い込みみたいなもの?」

「まあ言い方を変えればそうだな」

「おっ、当たった」

 

 ルーン語を連想して行使する魔術は〝催眠術〟に近いのだろう。

 だが、静かに話を聞いている他の生徒達はいまいち納得していない。ただ連想して唱えれば魔術が発動する、そう認識していたからこそこの話を聞いたところで腑に落ちないところがある。

 その雰囲気を察してか。

 

「ま、口だけの説明で言葉ごときが世界に介入するなんて分かりにくいか。じゃあそうだな……おい、白猫」

「んなッ!?」

 

 グレンはシスティーナに近付きながら変なあだ名を付けて近づいていく。

 

「白猫って私のこと!?私にはシスティーナにっていうちゃんとした名前が……」

「愛してる。一目見た時から———お前に惚れていた」

「ふえっ!?」

 

 まさかのカミングアウトにシスティーナの顔が真っ赤に染まった。

 しかし、

 

「はい注目ー。白猫の顔が真っ赤になりましたね。見事言葉ごときがこいつの意識に影響を与えたワケだ」

 

 グレンはしれっとした顔で講義の続きを行う。残ったのは哀れにも騙されて照れたシスティーナだけ。

 

「言葉で世界に影響を与える。これが魔術の……うがっ!?」

 

 直後、グレンを教科書の雨が襲った。もちろん犯人はシスティーナ。

 

「おい馬鹿!教科書投げんな!」

「馬鹿はあんたよ!馬鹿馬鹿馬鹿ー!!」

「あらあらカッシュさん、今の聞きましたー?レーダスさんところのグレン先生、自分の生徒に告白したみたいですよー?」

「ええ聞きましたともユージさんや。本当いやですねー先生と生徒の禁断の関係とか倫理的に問題があるでしょうに」

「しかも相手の生徒さんも実はまんざらでもなかったみたいで。優等生が風紀を乱すとはけしからんですな~」

「あんたらうるさいわよ!」

「「おっと危ね」」

 

 後ろの席で近所のおばちゃん口調で漫才をやるユージとカッシュに一冊だけ手元に残った教科書をユージに投げつけるが、読んでいた二人は上体を反らすだけ回避する。

「ごめんあそばせ~おほほほ」と笑う二人があまりにもウザく、【ゲイル・ブロウ】をぶちかまそうとするも、ルミアに「まあまあ」と宥められる。

 

「いてて……。と、とにかくだ。魔術にも文法と公式があるんだよ。深層意識を自分の望む形に変革させる為のな。それが分かりゃあ例えば……」 

 

 再度グレンは左手を伸ばし、右手の指で何かを考えるように頭をトントンする。そして、まとまったように右手を降ろすと唱えた。

 

「《まぁ・とにかく・痺れろ》」

 

 その瞬間、左手から紫電が放たれる。それは間違いなく【ショック・ボルト】だ。

 ザワザワと教室にざわめきが広がりだした。今までの自分たちの常識では、決められた呪文を唱えなければ魔術は起動しないとされていたのだから当然だ。しかし、グレンが唱えたのは誰がどう聞いてもテキトーな呪文。

 

 この非常勤講師は自分たちの常識を真っ向から覆してみせた。 

 

「簡単に言っちまえば、魔術なんて連想ゲームと一緒なんだ。【ショック・ボルト】なら相手を痺れさせる。だからそれが連想できるキーワードを言えば、それが呪文になる」

「え?てことは教科書のを丸暗記しなくても、それに近いワードで発動するってこと?」

「ああ。大抵精度落ちるからお勧めしないがな。なんだよユージ。お前成績不振にしちゃあ滅茶苦茶吞み込み早いじゃねーか。実はさっき答えれなかった成績上位陣よりも優秀なんじゃねえか?」

「え~?そうかなぁ~?」

 

 授業で初めて褒められて、ユージはテレを隠し切れず頬を掻く。

 

「自信持っていいぜ。ちゃんと基礎を理解しちまえばお前でも極めることができる。なのにそのド基礎をすっ飛ばしてこのクソ教科書で『とにかく覚えろ』と言わんばかりに呪文を書き取りだの翻訳だの……」

 

 グレンは自分の教科書をみんなに見えるよう掲げ、

 

「はっ!アホかと」

 

 ゴミのようにポイと投げ捨てた。

 

「今のお前らは単に魔術を上手く使えるだけの『魔術使い』に過ぎん。『魔術師』を名乗りたいなら自分に足りん物は何かよく考えとけ」

 

 もはや、グレン=レーダスに対するクラスの眼差しに侮蔑はない。11日間のグレンに対するイメージは、この短時間でほとんど払拭されていた。

 この非常勤講師は何者なのか。この非常勤講師が教えてくれる『本物』の魔術とは何か。それを知るため、全員がグレンの言葉に耳を傾ける。

 

「じゃあ今からド基礎を教えてやるよ。興味ない奴は寝てな」

 

 無論興味のない者など、いるはずはなかった。

 

 

「あれ?でもグレン先生って結局一節詠唱できないの?」

「おいユージ、そういうことは言わない方がいいぞ。本人気にしてるかもしれないし」

「…………別に気にしてねーし」

「あっ、聞こえてた」

 

 

♢♦♢

 

 ダメ講師グレン=レーダス、覚醒。

 その報せは学院を震撼させた。

 グレンの授業は非常に分かりやすく、造詣の深いものであった。

 理路整然とした話術。その話術から繰り出される講義の内容は、問いを作り次にその問いの原因を探り、最後に答えを教えるという基本の体系。しかし、結果に行き着く過程すら理解を深めるためのスパイスになっているという特徴があった。

 そんなグレンの噂はすぐに学院中に広まり、別のクラスや他学年、果ては若手の講師すら拝聴しにくる始末。数日間二組のクラスは混雑し、立ち見がいるという少し奇妙な光景すら出来ていた。

 

「あ、先生待って!まだ消さないで下さい。私、まだ板書取ってないんです!」

「ふはははははははは――ッ!もう半分近く消えたぞぉ!? ザマミロ!?」

「子供ですか!?貴方はッ!」

 

 グレンがろくでなしであることには変わりないが。

 

「今日もグレン先生の授業すごかったな」

「そうだな、今まで聞いた授業の中で一番すごかったな。すごくわかりやすかったし」

 

 グレンが珍しくやる気を見せた授業が本日も終わり、放課後。

 変える支度をしながら二組の生徒たちは本日もグレンの授業内容の感想を語り合う。

 

「でもあの性格はなんとかならないかなぁ」

「まったくよ。魔術講師としては本当に凄い奴だけど、人間としては最悪よ」

「あ、あはは」

 

 その中でシスティーナは自身の頭を抱えて悔しそうに机に突っ伏していた。隣の席に座っているルミアは苦笑いしている。

 

「システィーナの奴、グレン先生のこと嫌ってんな」

「さっき板書を取りきってない内に黒板消されたのまだ根に持ってんだろ。そういえばユージは板書取ったのか?」

「ふふん。舐めてもらっちゃ困るなカッシュ。今までの俺とはひと味違うぜ」

 

 そう言ってユージは得意気に自身のノートを開いてカッシュに見せる。

 

「おお。ちゃんと書けてるな。相変わらず字は汚いけど」

「言うなよなーそれ。先生の授業のおかげで呪文の使い方とか術式の組み方とか色々わかってきたし」

「良かったじゃん。もう落ちこぼれなんて呼ばれねえな」

「ふふん。まあ、先生が言うには?実は俺、優秀?みたいだしぃ?」

「調子に乗るな馬鹿」

「いたっ」

 

 得意げなユージの態度にイラッとしてカッシュの軽いチョップが炸裂した。

 

「あれ?ノートの隅になんか色々式が書いてあるけどなんだこれ?」

「ん?ああ、先生の授業を受けてからアイデアが湯水のように湧き出してさ。俺なりの必殺技を考えてるところ」

「へぇー」 

「……そんな湯水枯れちゃえばいいのに」

「俺、システィーナに何かしたっけ!?」

 

 システィーナがユージに辛辣なのはいつものことだった。

 

「あっ、そういえばシスティーナ。例のあれどうなった?」

「え?ああ、あれね。かなり苦労したけど、明日くらいには解呪できそうよ」

「?なんだよ。あれって?」

 

 ユージとシスティーナだけで会話が成立していて、気になったカッシュが二人に聞く。

 

「ほら。前に俺学院のバイトで地下迷宮入り口付近の清掃作業してた時に変な物見つけたって言ってただろ?」

「ああ、あれか。なんか石畳の裏に小さいのが隠されてたんだっけ?」

「そうそれよ。で、ユージに見せられて確認したら、かなり複雑な術式が刻まれた護符で厳重に封印されてたの。しかも古代遺跡のところに隠されてたのよ?きっと古代遺産の類の物に違いないわ!」

 

 急に上機嫌になるシスティーナ。

 システィーナの体内を巡るメルガリアンの血(?)が騒いでいた。

 

「もし古代遺産だったらとんでもない大発見よ。あのフォーゼル教授を見返すチャンスだわ!」

「システィーナはあの教授のことも嫌ってんな」

「この前提出した魔導考古学の論文ロクに読んでもらえなかったことまだ根に持ってるんだろ」

「あれ?でも明日は帝都である学会の関係で学院は休みじゃなかったっけ?」

「何言ってんのよ。二組だけは登校よ」

「え!?なんで!?」

「聞いてなかったの?ヒューイが突然辞めて授業時間に穴が空いたからその穴埋めよ」

「えー?休日は家でぐーたらできると思ってたのにぃ……」

「あはは……なんかグレン先生も同じこと言いそうだね」

「確かに」

 

 ぐでぇ〜とどこまでもやる気なさそうに机に突っ伏すユージをシスティーナは呆れた目で、ルミアは微笑ましい目でそれぞれ眺めていた。

 

「あっ!」

「ちょっ、どうしたの?いきなり声を上げて」

「今日は爺ちゃんの面会の日だった!」

「えっ!?じゃあ急いで行かないと!」

「ああ、じゃあ俺もう行くから!」

 

 鞄を持ったユージは駆け足で教室から出た。

 

 

 

 

 

 

 

(…………ったく、面倒な事になって来たな)

 

 数分前。

 黒髪の少年が学院の校舎内を歩き回っていた。

 彼は地下迷宮の入り口に置かれていたはずのヤバい代物を回収しに来たのに無かったのでそれを探しに学院中を散策していた。しかし、人目につくのを避けるために誰もいない時間帯に探してもなかなか見つからない。校舎内のそこら中に痕跡が残ってるのにだ。

 

 なら教員か生徒のどちらかが所持してるのかもしれない。

 

 そう推測した少年は思い切って放課後の時間帯に学院に再び足を踏み入れたわけだが…………。

 

 

 

(なんだこの校舎………死体でも隠されてんのか?)

 

 

おおおおおおおお

い、いま、なんじですかぁ?

せき、せき、に、に、つきなさぁい

 

 少年の視界には、醜悪な異形達がそこら中を徘徊している様子が映った。

 だが、下校をしている生徒達は近くに怪物がいることにまったく気付いていない。

 

(例の呪物の影響か?さっさと回収しないとな………クソッ!気配がデカすぎる)

 

 

 それから漏れ出す気配はあまりに大きく、すぐ隣にあるようで遥か遠くにあってもおかしくない。

 

(気が進まないが、全部祓った後に学院側に全面協力を仰いで生徒と教員の持ち物を改めるしか………)

 

「じゃあ俺もう行くから!またな!」

 

 一人の生徒が少年の横を通り過ぎたその時――――

 

 

 バチイイイン!

 

 

 少年の肌を静電気が奔ったような錯覚とともに、背筋が凍るほどの途轍もなく禍々しい気配を感じ取った。

 

――――呪物の気配!明らかに強くなった!

 

 

「おいオマエ!――――って速すぎんだろ!」

 

 少年が振り返って呼び止めようとするが、その生徒は途轍もない速度で駆けて行ってしまい少年の声は届いていなかった。

 

「あれ?誰だろあの男子?」

「あんな子学院にいたっけ?」

「あっ、よく見たらカッコイイかも」

 

 教室から出てきた生徒が少年の存在に気づいた。

 

「くそっ――――」

 

 少年はすぐに走り去った生徒を追いかけることにした。

 

 

♢♦♢

 

 学院を出たユージは途中で見舞いの花を買い、フェジテにある病院に来ていた。

 

「来んなっつったろ。花とかもいちいち買ってんじゃねえ。貯金しろ」

「爺ちゃんにじゃねえよ。看護婦さんに買ってんだ」

「尚更だ馬鹿。つーかバイトはどうしたよ。こんな消毒くせえところでサボってんじゃねえ」

「うるせえなあ。今日はバイトのシフト入ってねえんだよ。俺だって暇じゃなきゃいちいち見舞いなんてこねーよ」

 

 病室のベッドで寝たきりになっているユージの祖父は、孫が見舞いに来たというのにあまり喜んでいないようだった。

 気性の荒い人物で、そのことが原因で周囲から人付き合いは少ない。実際、見舞いに来てるのは孫のユージだけだ。

 家で勉強しろなどと言われようと、ユージはバイトがない日は欠かさず親代わりである祖父の見舞いを欠かさないでいた。

 

「………ユージ」

「んー?」

 

 窓際に置いてあった花瓶に花を入れるユージに対し、どこか悲しいような、緊張しているような顔で祖父が語る。

 

「…最後に言っておくことがある。オマエの両親のことだが」

「いいよ興味ねーから」

「…」

 

 祖父が前々から決めていた遺言を伝えようとするがユージはばっさりと切り捨てた。

 

「オマエの!両親の!ことだが!」

「だから興味ねーって、爺ちゃんさぁ死ぬ前にかっこつけようとすんのやめてくんない?いいよいつも通りで」

「オ、オマエ…」

 

 ユージのあっさりとした態度に祖父は怒りに震え、爆発する。

 

「男はかっこつけて死にてぇんだよ!空気読め!!」

 

 祖父の様子にあきれて物も言えないユージ。

 

「いちいちキレんなよ。いつも通りでいいって」

「ったく……」

 

 祖父は寝返りを打ち、ユージに背を向けたまま話す。

 

「…ユージ。オマエは強いから人を助けろ」

「え?」

 

 いつもとはずいぶんと違う雰囲気にユージは戸惑い……。

 

「手の届く範囲でいい、救える奴は救っとけ。迷っても感謝されなくても、とにかく助けてやれ。オマエは大勢に囲まれて死ね。俺みたいにはなるなよ」

「──爺ちゃん?」

 

 

 

――――それがユージが聞いた祖父の最後の言葉となった。

 




この作品では魔物イコール呪霊で、精霊や悪魔と同じ概念存在の一種という設定ですね。型月設定が混じってますが。

精霊種:自然の触覚。抑止力の一つ。人のイメージを元に具現化する霊。吸血鬼の真相は精霊種にあてはまるが、人のイメージの介在なしに存在。ただし人間から吸血鬼になった者はこれに当てはまらない。

呪霊(魔物):人間の負の感情が具現化し意思を持った異形の存在。悪魔は宗教に結びつけられたもの。特級仮想怨霊の上位という立ち位置。
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