ロクでなし魔術講師と呪術師の廻戦   作:嫉妬憤怒強欲

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気づいたらお気に入り者数が一気に増えていたことに驚きました。ありがとうございます。
張り切って今回はかなり長いです。
それではどうぞ。


受肉

「うん。必要な書類はこれで全部」

「ウッス。お世話になりました」

 

 翌朝。病院の仮眠室で一夜を明かしたユージは、祖父の死亡通知書などの書類の記入を終えた。

 

「ユージ君。本当に大丈夫?」

「そーっスね。こういうの初めてなんでまだ実感が湧かないかな…………」

 

 昨夜十分泣いたのか、ユージの目元は赤く腫れていた。

 

「でも、いつまでもメソメソしてっと爺ちゃんにキレられるし、後は笑ってこんがり焼きます」

「こら言い方……」

 

 アルザーノ帝国では土葬が基本だが、ユージの祖父は「自分の肉体がじわじわ腐っていくのは御免だ」という理由で東方式の火葬を希望していたため、ユージは祖父の希望に従って、火葬を選んだ。

 葬儀(家族葬)をやるにも手続きが必要だ。

 病院を出て、ニ、三日学院を休もうかと考えていると声をかけられた。

 

「ユージ=タイラーだな?」

「そうだけど…誰?」

 

 自分と同い年くらいの黒髪の少年だった。 

 

「祓魔局のフシグロだ。少し話がしたい。今」

 

 

♢♦♢

 

 本日から五日間、アルザーノ帝国魔術学院は休校である。学院の講師や教授たちは帝都で開催される帝国総合魔術学会へ参加するため学院からいなくなり、守衛を残して学院は蛻の殻になるはずであったが、一ヶ月前に退職したヒューイ=ルイセンによって授業が遅延していた二組はこの五日間も授業が入っている。

 今日も今日とて教室は一杯。席に空きがないため立ち見の生徒が教室後方に集まっており、人口密度が凄まじいことになっている。全員が全員、グレンの授業目当てでここに集っていた。

 しかし生徒達が待ち望んでいる講師の姿はない。授業開始時刻から既に二十分経過しているのにも関わらず、非常勤講師が現れる気配はなかった。

 

「……遅い!少しは見直してやったのに、これなんだから、もう!」

 

 システィーナがぶるぶると怒りで体を震わせてそう叫んだ。

 

「でも、珍しいよね?最近、グレン先生、ずっと遅刻しないで頑張っていたのに」

 

 ルミアがその隣で首を傾げながら言った。

 

「あいつ、まさか今日が休校日だと勘違いしてるんじゃないでしょうね?」

「さ、流石にグレン先生でもそんなことは……ない、よね?」

 

と、苦笑いで完全否定できない様子だった。

 

「それにユージもいないし……」

「どうしたんだろうね?」

「昨日ちゃんと授業があること伝えたのに、もう忘れたんじゃないでしょうね……」

 

 ユージの祖父が亡くなったことは未だ学院には伝えられていない。

 なにも知らないシスティーナは、来たら二人ともお説教してやろうと思った。

 教室の扉が無造作に開かれたのはその直後だった。 

 

 一言言ってやろうと意気込んでいたシスティーナは扉が開くと、例によっていつもの如く説教を飛ばそうとしたが、ずかずかと無遠慮に入ってきたチンピラ風の男とダークコートの男を認めて硬直する。

 

「あー、ここかー。いやいや皆さん、勉強熱心なことでゴクローサマー! 応援してるぞ若者よ!」

 

 巫山戯た口調でそんなことを宣うチンピラに教室内がどよめく。誰が見ても怪しい不審人物二人組。何故このような輩が学院内に侵入しているのか、疑念を抱きながら正義感の強いシスティーナが立ち上がる。

 

「ちょっと貴方達、ここがアルザーノ帝国魔術学院だと理解してますか? 部外者は立ち入り禁止ですよ? そもそもどうやって入ってきたんですか。門は守衛の方が立っているはずですよね?」

「あ〜、あの弱っちいのね。悪いけど、サクッとブッ殺しちゃったわ」 

「は、あ……?」

 

 チンピラ男の軽い殺人宣言にシスティーナは言葉を失いかけるが、すぐに肩を怒らせて言い返す。

 

「ふざけないで下さい! 真面目に答えて!」

「大マジなんだけどなぁ〜。まぁ、いいや。面倒だから取り敢えず──」 

 

 すっと指先を構える男。ニタリと嫌悪感を掻き立てる笑みを浮かべて男が呪文を紡ぐ。

 

「《ズドン》」

 

 ヒュン! と空気が切り裂かれる音が響く。刹那の時間に一条の閃光がシスティーナの頬を掠め、背後の壁に小さな穴が穿たれた。

 

 呆けるシスティーナに男は三度魔術を放つ。それぞれ首、腰、肩を掠めて三つの閃光が駆け抜けた。目にも留まらぬ雷光の線。背後の壁に穿たれた四つの小さな穴。それら全てが男の使用した魔術の正体を物語っている。 

 

「そんな……い、今のは……【ライトニング・ピアス】!?」

「へへっ よく知ってんじゃーんお前ら坊ちゃん嬢ちゃんは生で見た事ねーだろ?」

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】。学生が手習う汎用魔術ではない、軍用の攻性呪文であり、殺傷性の高い危険な術だ。しかも巫山戯た言動の癖して男の詠唱は恐ろしく短く、術行使の技量の高さが窺えた。

 今まで目にする機会もなかった危険な魔術を間近で放たれたシスティーナは先の勢いは完全に萎み、恐怖のあまりその場に座り込んでしまった。

 

「さーて、煩いのが静かになったところで自己紹介しよっか。オレ達は俗に言うテロリストでーす。この学院はオレ達が占拠したのでー、今から君達は人質ね。大人しくしててねー? 逆らったら容赦なくブッ殺してくから」

 

 物騒な脅迫に教室内は静まり返る。突然の展開に理解が追いついていないのだ。だが時間が経てば嫌でも理解する。理解すれば必然、生徒達は一斉にパニックに陥り騒ぎ出す。 

 

「うるせぇ、黙れガキ共。殺すぞ」

 

 指先を頭上に向けて詠唱、放たれた一発の雷光が天井に穴を開ける。殺気を合わせた威嚇に生徒達は強制的に沈黙して恐怖に震え始めた。

 

「よーしよし、良い子だ。良い子ついでに訊きたいことがあるんだけどさ、こんなかでルミアちゃんって女の子いるかな?いたら返事してー?もしくは知ってる人は教えてー?」

 

 すると学院の生徒達は何故『ルミア』がここで出てきたのか全く分からなかった。

 

「んー……どれがルミアちゃんだ?」

 

 チンピラ男は面白そうに笑いながら学院の生徒達を眺めていた。

 

「君かな?」

 

 男が声を掛けた生徒は、眼鏡を掛けた少女、リンだった。

 

「ち…違います…」

「あっそ、じゃどの子がルミアちゃんか知ってる?」

「…し…知りま…せん」

「ホント?俺ウソつき嫌いだよ?」

 

 男はリンに顔を近づけながら威圧をかけていると

 

「貴方達…ルミアって子をどうするつもりなの?」

 

 システィーナは男達に質問していた。

 

「おお さっきの。何?お前ルミアちゃんを知ってるの?」 

「私の質問に答えなさい‼︎貴方達の目的は一体――――」

 

 システィーナは男達の目的を聞き出そうとすると、チンピラ男がそんなシスティーナに苛立ったのかシスティーナに指差しながら

 

「ウゼェよ、お前」

「え――」

「《ズド――」

 

 男が一節詠唱を唱えようとすると

 

「やめて下さい‼︎」

 

 集められた生徒達の中から大きな声が聞こえた。

 

「私がルミアです。他の生徒達に手を出すのはやめて下さい!」

「へえ……君がルミアちゃんなんだ。うん実は知ってた。最初から名乗り出るか我が身可愛さで教える奴が出るまで関係ない奴を一人ずつ殺ってくゲームだったんだけどね。いやぁークリアが早すぎだよつまんないなー」

 

 ルミアは男の物言いに絶句する。この男は狂っていた。

 

「遊びはその辺にしておけ」

 

 これまで黙っていたダークコートの男が突然口を開いた。

 

「私はその娘をあの男の元へ送り届ける。お前は第二段階へ移れ」

「へいへい」

 

 それからの展開は、ルミアはダークコートの男により教室から連れ出され、生徒達は全員拘束と【スペル・シール】を掛けられて教室に閉じ込められてしまった。これで彼らは魔術を封じられ、一切の反抗ができない。

 そして唯一システィーナだけがチンピラ男により連れ出され、魔術実験室へと連れ込まれた。

 

 

 

 この時誰も気付かなかった。

 システィーナの制服のポケットに入っている物から禍々しい気が溢れていることに。

 

 

♢♦♢

 

 学院にテロリストが侵入する数十分前。

 ユージはフシグロと名乗る黒髪の少年と相対していた。

 

「あの、喪中なんすけど」

「悪いが時間がない。お前が持ってる呪物はとても危険なものだ。今すぐこっちに渡せ」

「じゅぶつ?」

「これだ。持ってるだろ?」

 

 そう言ってフシグロが見せた写真に、刻印が刻まれた護符でぐるぐる巻きにされた棒状の物体が写っていた。それはユージが地下迷宮の入り口で見つけたものだった。

 

「あーはいはい。拾ったわ。俺は別にいいんだけどさ。クラスの友達が気に入ってんだよね。もしかしたら魔法遺産じゃねえかって」

「は?残念だが魔法遺産じゃねえ。ウチが保有していた呪物の一つだ」

「だからそのじゅぶつってなに?危険ってどういうことよ?」

 

 一度ため息を吐いたフシグロは説明を始める。

 

「……近年増え続けているアルザーノ帝国内での怪死者・行方不明者。外道魔術師や呪詛師達の仕業とされているうちの6割が、人間から流れ出た負の感情”呪い”による被害だ」

「呪いって人間の感情だったの?」

「そんなことも知らねえのか?」

「いや、その……」

 

 学院では座学がいまいちの成績だったユージであった。

 

「………続けるぞ。特に病院や学院のような大勢の思い出が残る場所には呪いが吹き溜まりやすい。辛酸・後悔・恥辱……人間が記憶を反芻するたびその感情の受け皿となるからな。だから大きな学び舎には大抵魔除けとして呪物が置いてあった。お前が拾ったのもそれだ」

「魔除けならむしろありがたいんじゃないの??」

「最後まで聞け。魔除けと言えば聞こえはいいが、より邪悪な呪物を置くことで他の呪いを寄せ付けない。毒で毒を制す悪習だ。現に長い年月が経ち、封印が緩んで呪いが転じた。今や呪いを呼び寄せ肥えさせる餌。その中でもお前の学院に置かれていたのは特級に分類される危険度の高いものだ。人死にが出ないうちに渡せ」

「だから俺はいいんだって。クラスの友達に言えよ」

 

 そう言ってユージは小さな木箱をフシグロにヒョイと投げ渡す。パシッと片手で受取ったフシグロが木箱の蓋を開けるのだが

 

――――空!?俺が追ってたのは箱にこびり付いた残穢だったのか……!!

 

 焦りだしたフシグロはユージの胸倉を掴んだ。

 

「中身は!?」

「だぁから、クラスメイトが持ってるって!!」

「そいつの家は!?」

「詳しくは知らねえよ。貴族だから東地区の…………あっ」

「なんだ?」

「そういや、あいついつも学院の実験室でアレのお札の解呪をやっていて、今日ぐらいに剝がせそうって言ってたな」

「なっ…」

 

 驚愕で目を大きく見開いたフシグロは半歩下がり、ユージの胸倉を掴んでいた手を離した。

 

「え…………もしかしてヤバい?」

「ヤバいなんてもんじゃない」

 

 

 

――――そいつ、死ぬぞ。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

「ほら、こっちだ。早くしろよ」

「きゃあっ!?」

 

 魔術実験室に連れてこられたシスティーナは突き飛ばされ、硬く冷たい床に倒れ伏した。 

 

「な、何するのよっ!?」

 

 システィーナの両手は背中で、黒魔【マジック・ローブ】によって生み出された魔力の紐によって縛り上げられている。そのため一度倒れてしまえば立つこともままならない。

 システィーナは床に寝そべったまま、顔だけ動かしてチンピラ風の男――ジンをにらみ上げる

 

「ククク、せっかくなかなかの上玉を見つけたんだ。暇な時間に食っとかねーと勿体ねーよな」

「…………っ!!」

 

 ジンは舌をペロリと舐めながら、システィーナに近づいていく。

 

「ふ…ふざけないで私はフィーベル家の娘!?私に手を出すとお父様が黙ってないんだから‼︎」

「はァ?フィーベル家ってナニ?偉いの?ソレ」

 

 まったく意に介さないジンはシスティーナを組み敷いた。身動きは封じられ、悔しいが何一つ抵抗できない。

 

「ルミアちゃんみてーなタイプはさー嬲っても面白くねーのよ。ありゃか弱そうだが辱めや苦痛じゃ絶対心が折れない人種だ。その点お前は一見強がっているが自分の弱さに仮面をつけて隠しているだけのお子様さ。そーいうチョロい女を壊すのが一番楽しんだ」

「……私を慰み者にしたいなら好きにすればいいわけれどフィーベル家の名にかけて貴方だけはいずれ地の果てまで追いかけて殺してやるわ覚悟しなさい!!必ずこの屈辱を――…」

「はいはい、じゃー、どこまで保つかなー?」

 

 ばり、と。ジンは何の迷いもなくシスティーナの着る制服の胸元に手をかけ、それを引き裂いた。白い下着に包まれた胸と肌が露になる。

 

「…………ぅ、ぁ」

「ひゅーッ! 胸は謙虚だが綺麗な肌じゃん!うわ、やっべ勃ってきた……おや?どうしたのー?なんか急に押し黙っちゃってさー、元気ないよ?」

 

 掠れた声がシスティーナの喉奥から絞り出される。肌がひやりとした外気にさらされ、いよいよこれから自分がどのような末路を辿ることになるのか、強く実感する。

 じわりと。だが、もう誤魔化し様もなく致命的な恐怖と嫌悪が心の中で醸造される。

 

「……あ、あの……」

「ん?何?」

「……やめて……ください……」

 

 システィーナは涙をぼろぼろとあふれさせ、身体を震わせていた。

 

「ぎゃははははは!お前落ちんの早すぎだろ!」

「いや…お父様…お母様…誰でも良いから助けて……」

「いやぁ、ほんとお前最高だな!てな訳でいただきまぁぁす!」

「嫌……嫌ぁあああああああーーッ!」

 

 ジンの手が必死に身じろぎするシスティーナの肌に伸びようとしたその時、

 

 パキン

 

 何かが砕けるような音がした。

 

「あ?」

 

 ジンは手を止めて音の発生した方を向くと、破けたシスティーナの制服の傍に呪符で巻かれた小さな棒状の物があった。

 

「なんだこりゃ?」

 

 ジンがそれを拾い上げると、呪符が真っ黒に染まり、ボロボロと崩れ散る。そして巻かれていた物があらわになった。

 

「人間の…………指……?」

 

 それはシスティーナが思っていたような魔法遺産の類ではなく、木乃伊の指と思われる禍々しい物体が一本、姿を現した。

 

 

 その直後、突然実験室内の戸棚の方から立ったガタンという物音が、二人の耳朶を震わせた。

 

「あ?なんだ。おい、誰かいんの、か――?」

 

 ジンは音がした戸棚の方を向いた途端、言葉は続かなかった。

 

 戸棚の隙間から黒い泥のようなものが大量に流れ出て、粘り気を持ってるかの様にゆっくりと床に滴り落ちる。

 その滴り落ちてできた粘着質の泥の水溜りの中を無数の何かが蠢いており、ぎょろッと無数の目玉が二人を見ていた。

 

 

♢♦♢

 

 

「………なんだよ。これ」

「むごいな」

 

 ユージとフシグロが学院まで大急ぎで疾走していると、街の広場でとんでもないものを見つけた。

 そこには全裸にひん剥かれボコボコにされた男が気絶した状態で亀甲縛りで縛られて転がっていた。股間には男には不名誉な張り紙が貼られている。

 

「フシグロ、これも呪いの仕業なのかっ………!?」

「いや違ぇよ」

 

 シリアスな空気が崩れそうになった。

 

「呪いにやられたらこんなんじゃすまねえ。おおかたどこぞの変態にでもやられて―――」

 

 男の身体に彫られた刺青がフシグロの目に留まった。

 

「おい噓だろ――」

「?どうした?」

「こいつの刺青を見ろ」

「?蛇が短剣にからみついてるみたいな感じだけど?」

「この刺青は、天の智慧研究会のシンボルだ」

「はぁ!?」

 

 『天の智慧研究会』

 有史以前から存在し、現在も政府と敵対するアルザーノ帝国最古の魔術結社。

 魔術を極めるためならば何でもするような外道魔術師の集まりで、組織に所属する優れた人間こそが世界を導くべきでそれ以外の人間は家畜にすぎないという考えを持つ、魔術師の醜い面を形にしたかのような狂った至上主義の温床。

 

「刺青彫ってるってことは、こいつはその構成員なんだろ」

「なんでそいつがここにいんだよ!?」 

「知らねえよ。だが学院の近くにいるのは偶然とは思えねえ。急ぐぞ」

「ちょっ、こいつは!?」

「警備官に任せろ。どうせそいつは身動きがとれねえ」

「お、おう」

 

 ユージとフシグロは再び学院に向かって駆け出す。

 学院の正門前に辿り着くと、そこには見知った顔がいた。

 

「グレン先生!?」

「え!?ユージ!?お前なんでまだ外に!?」

「いろいろあったんだよ。それより大変なんだよ先生!なんかじゅぶつっていうヤバいもんが――――」

 

 グレンに呪物のことを説明しようとしたが、

 

「え?」

 

 グレンの側に男の警備員が仰向けで血を流して倒れているのを見て固まった。

 

「なんだよ、これ?ひょっとして、死んでる?」

「ッ――、ああ」

 

 警備員の左胸部に小さく穿たれた跡。服を貫通し、見えるはずの肌は黒色になっていた。顔は目を見開き、恐怖に怯えるように表情を引きつらせていた。彼が何を思っていたのか、その死相から読み取れた。

 

「胸を一撃だな。こいつは軍用魔術【ライトニング・ピアス】でできる傷だ。天の智慧研究会は学院に用があるらしい」

 

 ユージとグレンが絶句している中、フシグロは死体の様子を冷静に分析していた。

 

「って、お前誰?」

「祓魔局のフシグロだ」

「!?呪術師がなんで学院に!?」

「呪い関連だ。時間がない。入らせてもら――――」

 

 フシグロがグレンを素通りしようとするが――――

 

 バチッ!

 

「なっ!?」

 

 アーチ型の正門をくぐろうとしたところで、見えない壁のようなものに弾かれた。これは学院側から登録されていない者や、立ち入り許可を受けていない者の進入を阻む結界だった。フシグロが学院に入った時は正規の手続きを取って特別に入れるようになっていたが

 

「っ!連中、学院の魔導セキュリティを乗っ取ったのか!面倒なことを!」

「どいてろ」

 

 グレンが結界の前に立ち、ポケットから符を取り出し呪文を唱える。

 ガラスが砕けるような音を立てて門を覆っていた見えない壁がなくなった。

 

「今のは?」

「さっき返り討ちにした小男が持ってたんだよ。使い捨てだから中に入れることは出来ても、一度使えば黒幕を倒すまで学院から出ることはできねえ」

「天の智慧研究会の奴を返り討ちに?あの下品なデコレートはあんたの仕業だったのか」

「下品となんだ失礼な」

 

 フシグロのグレンを見る視線には呆れが籠っていた。

 

「まあいい。よくやった」

「……お前年下なのになんで上から目線なの?」

「そんなことより入らせてもらう」

「ちょ、ちょっと待て!敵の戦力は未知数。その中に飛び込むなんて自殺行為以外何物でもねえぞ。勝手に動くことは危――――」

 

 

パキン!

 

「「「!?」」」

 

 

 グレンが説明してるところで、どこからか何かが砕けるような音がした。

 それと同時に、学院の校舎から途轍もない圧を三人は感じ取った。

 

「なんだ、これ…?」

 

 見た目はいつもと変わらない学院の校舎だ。しかしこの濃密な”死”の気配。これ以上足を踏み入れてはいけない、ユージの本能がそう叫ぶ。

 じり、と後ずさりをするユージとグレンに対して、フシグロは一歩前へ進む。

 

「チッ、呪いが放たれたか!!相変わらず気配がめちゃくちゃだ!」

 

 舌打ちしたフシグロは左手の中指と薬指の間を空けて、右手を重ね、両手の親指、右手の4本指で犬の影絵を表現すると、詠唱を開始する。

 

「《玉犬》」

 

 フシグロが作った犬の影絵が鳴動を開始する。するとすぐに影が物理法則を無視して二次元的なものが三次元的になる。そして、大きな二匹の白い犬と黒い犬が形を象ると同時に遠吠えを行った。

 

「召喚術…いや、影を媒介にしてるのか?」

「式神だ………俺は行くぞ」

「っ!待てフシグロ!俺も――」

 

行くとユージが言いかけるが

 

「ここにいろ」

 

 即却下された。

 

「いや待てよ!やばいんだろ!?学院にはクラスの皆がいんだ。放っとけねえって――――」

「ここにいろ」

 

 有無を言わさない、突き放すような言葉を言い放ち、フシグロは犬を連れて正門をくぐった。結界が閉じかけた時にグレンが「──だあああッ!!!ちくしょう!ニート万歳!」と叫びながら結界内に飛び込み、正門前にはユージだけが取り残された。

 

 

 

『ギャキャ!』

『い、いま、なんじですかぁ?』

『せき、せき、に、に、つきなさぁい』

『べんきょう、つらい、ぶんぽう、いみ、わかんない』

 

「ひぃっ!《ズドドドドドドドドドドドドドドドドドド》ッ!」

 

 実験室を出たジンは恐怖で顔を引きつらせながら【ライトニング・ピアス】を高速連唱していく。

 指先から迸る雷光が飛ぶ先には、グロテスクな形状をした醜い異形の怪物達が廊下を埋め尽くしていた。

 

 乱射された雷光が怪物達の身体を貫いていく。

 

 だが――――

 

「くそっ!なんで、なんで死なねえんだよ!?」

 

 どれだけ魔術で攻撃を当てても、怪物達の身体がすぐに修復されていき、ジンに迫る速度を変えないでいた。

 

「この、いい加減に消えろよ!《ズドン》ッ!《ズドン》ッ!《ズドン》ッ!」

『ちゅーしようよ?』

「あ?」

 

 後ろを振り返ると、ジンの背を超えるほどの大きさはある巨大な芋虫がいた。その口は、人間のたらこ唇のような形状をしている。

 

『ねえ、ちゅーしようよ』

「ひぃ!やめろ…こっちくんな!くんなぁああああ!」

 

 ぶちゅううううううううううう!

 

 距離を取ろうとしたジンの顔に、芋虫の唇が吸い付く。

 

「は、はなぁ――――」

 

 途轍もない吸引力で顔の皮が引っ張られる痛みにジンは悶えながら抵抗する。

 だが詠唱もできず、雷光を放つ指に人間のと同じ前歯を持ったバッタが喰らい付き、引きちぎった。

 

「ぎゃあああああああ!!痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ――――!」

 

 悲鳴をあげるジンに次々と異形が群がって来た。

 

 天の智慧研究会に加入したジンは下種だ。

 一流になることを捨て、三流に留まることで自己の快楽を優先するという選択。プロ意識は低く、魔術の技量自体は優れているが弱者をいたぶることしかしてこなかった。

 これからもそうあり続けると信じて疑わなかった彼の心は恐怖で埋め尽くされていた。 

 

 

「やぁだぁぁあああああ!やめてぇえええ!あぁ!いやだああああ!いやあああああ!」

 

 

 子供のように泣きじゃくるジンの断末魔の叫びと、手足をばたつかせる彼の身体を貪り喰う怪物達の咀嚼音が廊下で木霊す中、システィーナは物陰に隠れていた。

 

 自身の口元を手で覆い、悲鳴を上げそうになるのを必死に堪える。

 

(なにあのバケモノ…!魔物!?)

 

 魔物。

 生物が霊脈の関係で進化した魔獣とは異なり、魔物は生物ではない。

 カテゴリは妖精や精霊と同じ概念存在だが、自然の触覚である妖精や精霊とは異なり、人間の負の感情が呪いと化し、具現化し意思を持った異形の存在。人語を話す個体がいるが、うわ言の様に言うだけで意思疎通はできない。

 東方では呪いの霊――通称『呪霊』とも呼ばれている。

 それらが現れないように街に特殊な結界が貼られていると授業で説明を受けたが――――。

 

(今はそんなことより、ここから逃げなきゃ――――)

『いま、なんじですかぁ?』

「え?」

 

 システィーナのすぐ真横に、カジカに人間の手足を生やしたような怪物がいた。

 

『みぢかいはりはあ、じゅういちいぃ』

「ひぃ!?」

 

 近づかれたことに気付けなかったシスティーナはに頭が白くなり顔が引き攣る。

 

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 

(助けて。誰か助けて)

 

 逃げようとしても、両手が縛られている上に、恐怖で腰が抜けて立つことができずに身をよじるのが精一杯。

 

 怪物は人語をうわ言のように呟きながら、緩慢とした動作でシスティーナに手を伸ばしだす。

 

『いま、なんじですかぁ?』

「ひっ、いや、来ないでっ……」

『ながいはりはあ、しぃちぃちいぃ』

「来ないでええええ!」

 

 怪物の腕がシスティーナの顔に触れようとした時――――

 

「おらあああああ!」

『ごほぉ!?』

 

 グレンが間に割って入り、上段回し蹴りを怪物へと叩き込む。

 猛烈に蹴り倒された怪物は床を派手に転がっていった。

 

「グレン……先生?」

「白猫!大丈夫……じゃなさそうだな」

 

 システィーナがあられもない姿になっているのを見かねて、グレンは自分のシャツを彼女の肩にかけた。

 

「怖かったろ。怪我はないか?」

「私は大丈夫……先生が助けてくれたから」

「そうか。間に合ってよかった。今、その【マジック・ロープ】を解いて――――」

「!先生!後ろ!」

「あ?」

『いま、なんじですかぁあああああああああ』

 

 振り返ると、先程グレンのキックで転げまわったカジカの怪物が俊敏な速さで向かってきた。

 

「っ!」

 

 反応が遅れてしまったグレンは拳を振るおうとするが間に合わない。

 カジカの大きな口が目の前まで迫った時、

 

「ガウッ!」

 

 真横から白い毛並みの大型犬がカジカに頭突きをして吹き飛ばした。

 

「い、犬?」

「喰っていいぞ」

「ガウっ!」

 

 ご主人の許可が出て、白い大型犬はカジカに飛びつき喰らい始めた。

 

「呪いがうろついてるのに気を抜いてんじゃねえよ。素人が」

「う、うるせ。こっちは鈍ってんだよ」

 

 黒い大型犬を連れたフシグロがグレンのところまで近づいてきて文句を言う。

 

「先生、この人は?」

「あー……魔導省直轄の局にいる人間だ」

「お前がシスティーナ=フィーベルだな。説明してる時間は無い。指がどこにあるか教えろ」

 

 フシグロは戸惑うシスティーナに直球で質問する。

 

「ゆ、指?」

「呪符で巻かれていた人間のミイラの指だ。今呪霊どもが活発に動いてるのはそれの封印が解けたからだ」

「!そ、そんな」

 

 魔法遺産だと思って必死に呪符の封印を解いていたのだが、それがこんな事態を招くなってなんて思ってもみなかった。

 

「私、知らなくて……!」

「嘆くのは後にしろ。指の確保が最優先だ。どこにある?」

「そ、それなら実験室に!」

 

 システィーナが指差した方向を見ると、怪物達が指を求めて取り合いをしていた。しかもその数は大小を含めて二十匹はいる。

 

「まだ喰われてねえな…………あれを回収する。お前ら少し手伝え」

「はか!!?いやいや、呪術師ならあいつらは魔術じゃ倒せねえことくらい知ってるだろ!?テロリストもいるってのに―――」

「悪いが後にしろ。今は目の前のこと優先だ。あれが取り込まれるともっと厄介なことになるぞ」

「く……」

 

 確かにそうだ。

 ただでさえ混沌としている状況で、目の前の問題をどうにかしないことにはどうにもならない。

 

「倒せなくても怯ませるだけでいい。止めは俺達の方でやる」

「……それくらいなら俺でもできそうだな」

 

 冷静になったグレンはシスティーナの腕を縛りつけていた【マジック・ロープ】と【スペル・シール】を解呪する。腕が自由になったシスティーナはグレンのシャツに腕を通し、ボタンを留めた。

 

「白猫、お前はしばらくの間どっかに隠れ――――」

「そんなの意味ねえぞ。元は人間の感情から生まれた存在故に恐怖に敏感なんだ。隠れてもすぐに見つかって喰われるのがオチだ」

「っ、そうだった。しゃあねえ。白猫、余裕ができたらでいい。何が起こったか説明してくれ。それと怖い思いをしたばかりだってのに悪い。力を貸してくれ」

「――!はい!」

 

 いつもとは違ってまっすぐな目で頼んできたグレンに、システィーナはその頼みに答えた。

 

「決まりだな。行くぞ!」

 

 

 

♢♦♢

 

 

「何、言うとおりにしてんだ、俺は」

 

 あいつに言われた通り待つだけなのか?俺は何にビビってる?

 

『そいつ、死ぬぞ』

 

 そうだな、この校舎からは死の予感がする。

 

 死ぬのは怖い。

 爺ちゃんも死ぬのは怖かったかな。

 そんな感じは全然しなかったな。

 俺も泣いたけど、怖かったからじゃない。少し寂しかったんだ。

 

 今目の前にある「死」と爺ちゃんの「死」、何が違う?

 

『オマエは強いから人を助けろ』 

 

 爺ちゃんはそう言って死んだ。

 

 短期で頑固者。見舞いなんて俺以外来やしねぇ。

 

「俺みたいになるな」?

 

 確かにね。

 

 でもさ、

 

 爺ちゃんは正しく死ねたと思うよ。

 

 こっちは間違った「死」だ!

 

 

♢♦♢

 

 呪霊達を蹴散らし、指を確保したグレン達は廊下を全力疾走していた。

 

「――ふ!」

『ぺぎょっ!』

 

 グレンの右ストレートが一閃する。

 立ちはだかった呪霊が吹き飛んだ。

 

「《大いなる風よ》ッ!」

 

 システィーナが【ゲイル・ブロウ】の呪文を唱える。

 両手から巻き起こる突風が背後に迫る呪霊達を吹き散らす。

 

「邪魔だ!」

 

 フシグロの式神である玉犬の白と黒が嚙み千切っていく。

 フシグロも手刀を振るう。ただしグレンとシスティーナ、ジンの時と違い、フシグロと玉犬達の攻撃を受けた呪霊は復活せずに塵と化した。

 

「こっちだ!」

「はい!」

 

 廊下の端に到達し、続く階段を駆け上がる。

 呪霊の群れがしつこく三人の後を追う。

 

「くそ!どんだけいるんだよこいつら!次から次へとわいて来やがる!」

「学院の生徒と教員分の呪いが年単位で溜まっていたんだ。加えて特級呪物の影響で厄介のが引き寄せられちまってる」

 

 フシグロがちらりとグレンの手に握られている指を見やる。

 

「いいか。取り込まれたら厄介だから絶対に捕まったり落としたりするなよ。絶対だからな」

「念押ししなくてもわかってるわ。とはいえ、じり貧だぞ」

 

 フシグロの白兵戦で対応するには敵の数が多すぎる。魔力強化されたグレンの拳闘とシスティーナの知る魔術では時間稼ぎにはなるが決定打は与えられない。

 それゆえに、どうしても逃げるしかない。

 システィーナの魔力も無限じゃない。先ほどから間断なく魔術を行使し続けている。気丈にも表情には出さないが相当消耗しているはずだ。魔術適正評価によればシスティーナの魔力容量は生まれながらにずば抜けているが、連続行使は辛いだろう。

 

(どうする!こうなったらマナ欠乏症覚悟で【イクスティンクション・レイ】を――――)

 

 

『ちゅーしようよおおぉぉぉ』

「なっ―――」

 

 グレンは失念した。

 思考を巡らせて周囲への注意を怠ってしまった故に、巨大な芋虫状の呪霊が廊下の天井に貼り付いていることに気づけなかった。

 

「しまっ――――」

 

 壁を這いながらグレン目掛けて突進してくる。グレンごと指を喰らうつもりのようだ。

 

「先生ぇ!?」

「くっ、間に合わねえ!」

 

 フシグロとシスティーナも真上からの奇襲に反応が遅れてしまい、グレンを助けようと動こうとするが間に合わない。

 

 芋虫の巨大なたらこ唇がグレンの顔に迫る――その時である。

 

 

 パリーン!

 

 突如グレンの側の廊下の窓ガラスが割れ――――

 

「ユージ!?」

「ここ四階だぞ!?」

 

 正門前で待っていたはずのユージが飛び蹴りで窓を割って入ってきた。

 

「《チェストオォォ》!」

 

 ダイナミックに入ってきたユージは、勢いを殺さないまま芋虫の顔面に右ストレートを叩きこんだ。その瞬間、右の拳にのせた魔力が一気にインパクトを起こし、芋虫の頭部を爆散させた。

 

「な、何!?今の!?」

「まさか、今の魔闘術(ブラック・アーツ)か?………って白猫!後ろ後ろ!」

「えっ!?」

 

 グレンは間一髪で助かったが、後方から呪霊達が追いかけてきている状況は変わっていなかった。

 

「あれが呪いって奴か。任せろぉ!」

 

 無数の呪霊を視認したユージの行動は早かった。

 芋虫の呪霊が動き出す前に胴体を両手で掴み、持ち前の怪力でやすやすと迫ってくる呪霊達の方へとぶん投げた。

 

 巨大な芋虫はカーブを描きながら群れの中へと落下し、小型や中型のものを下敷きにした。

 

「なんつー馬鹿力だよ……」

「っ、今だ!《鵺》!」

 

 団子状態になっているのをチャンスと見たフシグロは両手を交差させて鳥の影絵を作り出し詠唱。するとフシグロの影から、顔面に髑髏を模したような仮面をつけた大きな怪鳥が出現する。

 

「うおっ!?なんか変なの出てきた!」

「まとめて蹴散らせ!」

『――ッ』

 

 フシグロの指示の下、羽ばたく怪鳥はバチバチと派手な音を立てながら全身に電気を帯びて、団子状態の呪霊達へと体当たりをする。

 

『『『■■■■■■■■――ッ!!!?』』』

 

 いつぞやのグレンのように派手に感電した呪霊達の形が崩れ、僅かな塵を残して消え去った。

 廊下はしんと静まり返り、全部倒したと安堵する。

 

「なんで来たと言いたいところだが、良くやった」

「フシグロはなんで偉そうなの?」

「ホントよくやってくれたよユージ。危うく不細工な芋虫に俺の大事なファーストキス奪われるところだったぜ」

「それだけじゃすまなかったと思うんだけど……あっ、システィーナ無事だったか。って、なんで先生のシャツ着てるの?彼シャツ?」

「か、カレ…こ、こっちはいろいろあったのよ!ていうかユージ、あなたこそどうして時間通りに来なかったのよ!」

「こっちもいろいろあったんだよ」

「つーかユージ、お前どうやって中に入ったんだ?お前結界の外いただろ」

「あー……結界を思いっきりぶん殴って穴開けた。時間かかっちまったけど」

「ぶん殴ってって…マジかよ」

 

 帝国公的機関の魔導セキュリティをぶち破るほどのユージの規格外ぶりにグレンはドン引きだ。

 

「あっ、ちなみにバクバク喰ってんのは?」

 

 ユージが指をさした先で、鵺と玉犬達が呪霊の残骸を食い漁っていた。

 

「俺の式神だ」

「シキガミって、東方の陰陽師が使う使い魔のこと?」

「まあそんなところだ。というか見えてんだな」

「?」

「呪いってのは普通街の中じゃ見えねぇんだよ。死に際とかこういう特殊な場では別だがな」

「あぁ確かに。俺今まで幽霊とか見たことないしな」

 

 ユージの淡白な反応にフシグロは目を細める。

 

「…………お前怖くないんだな」

「いやまぁ怖かったんだけどさ。知ってた?人ってマジで死ぬんだよ。だったらせめて自分が知ってる人くらいは正しく死んで欲しいって思うんだ」

「……ユージ?」

 

 いつもと違い暗い表情を浮かべるユージを見てシスティーナとグレンを違和感を覚える。

 

「ところでずっと気になってたんだけどさ。グレン先生が手に持ってるそれが?」

「あぁ。特級呪物”両面宿儺”の指だ。食われなかったのは奇跡だな」

「食ってどうすんだ?美味いのか?」

「バカ言うな。より強い呪力を得るためだ」

「じゅりょく?」

「言ってもわかんねえだろ。それは俺が持っておく。さっさとテロリストどもの方を何とかするぞ」

「あっ、そうだった!先生、ルミアがあいつらに連れていかれたんです!」

「は?ルミアが?」

 

 システィーナは一連の出来事を説明した。いきなりテロリストを名乗る二人の魔術師が教室にやって来たこと、教室の生徒達が拘束されて閉じ込められていること。テロリストの狙いがルミアだったこと。

 

「なんでアイツが?」

「わかりません」

「理由がなんであれ、早く助けないといけないことには変わりないだろ」

 

 ユージはパキパキと指を鳴しながら歩を進める。

 

「おいどこへ行く気だ?ユージ」

 

 グレンはとっさに肩をつかんで引き止める。

 

「ルミアを助けに行くに決まってんだろ」

「まだ相手の正確な人数や力量もわかんねんだぞ!」

「その時になんとかすりゃあいいだろ」

「行き当たりばったりが通用する相手じゃねえんだよ天の智慧研究会は!」

「じゃあこのままなにもせずにルミアを見捨てろってのか!?」

「そうは言ってねえだろ!ここは宮廷魔導士団が来るのを待って――――」

「来る前に手遅れになったらどうすんだよ!」

「うっ、た、確かにそうだが、その時は俺がなんとか――――」

 

 グレンとユージの行く行くなの言い合いが長々と続き、イライラしたフシグロは遂にブチギレた

 

「おい、いい加減にしろよお前ら」

 

 額に血管を浮かび上がらせたフシグロのドスの効いた声にユージとグレンがピタッと止まった。

 

「こんなところで時間を無駄にすんじゃねえ。そのティンジェルって奴を助けるのに手を貸してやる。だからいい加減指をこっちに寄越せ。また呪霊が寄ってきたらどうすんだ?」

「お、おう…すまん」

 

 フシグロのブチキレ具合に怖気づいてしまったグレンは、素直にスクナの指を彼に渡そうとした瞬間。

 

『『バウ!』』

 

 玉犬が2体同時に吠えた。次の瞬間、天井の空間が波紋のように揺らぎ、その揺らぎから出てきた巨大な腕がグレンへと伸びた。

 

「逃げろ!」

「うおっ!?」

 

 フシグロは咄嗟にグレンをドンッと突き飛ばす。

 グレンがいた場所に立ったフシグロを巨腕が掴み上げた。

 

「フシグロ!?」

 

 ユージ達が上を見上げる。

 

「なっー!?」

「ひっ!」

「な、なんつーデカさだよ!?」

 

 天井にいたそれにユージ達は固まってしまった。

 

『おおおおおおおおおおおお』

 

 ホウライエソに2対の赤い複眼と3対の人間の腕を生やしたような呪霊が天井に張り付いていた。その巨体は天井を覆うほど。

 

「くっ、鵺やれ――――がっ!」

 

 鵺に命令を送る前にフシグロは壁へと叩きつけられる。

 背中からの強い衝撃で肺の中の空気が一気に口の外へ出たような感覚に襲われた。それにより術式が途切れてしまい、玉犬達と鵺の形が崩れてフシグロの影に戻った。

 

『おおおおおおおおおおおお』

 

 呪霊は追い打ちをかけるように、ブンッとフシグロを窓へと力一杯投げつける。

 

 派手に窓ガラスが割れ、校舎の外へとフシグロは放り出される。

 全身を包む無重力と共に、四階もの高さから落下していく。

 

「フシグロ!」

 

 咄嗟にユージは割れた窓から飛び出し、落下中のフシグロを掴まえ地面に着地する。

 

「ナイスキャッチ!」

「先生達もこっちへ!」

「おう!白猫!俺達も外に逃げるぞ!」

「あ…………あ…………」

「白猫!」

「っ!は、はい!」

 

 グレンの大声で放心状態から抜け出せたシスティーナはグレンと共に窓から飛び出す。

 落下中にシスティーナが【ゲイル・ブロウ】を唱え、突風で落下速度を相殺した

 グレンの方は近くに生えていた木へと突っ込み地面への落下を防ぐ。

 

「先生!急いで木から降りて!」

「そんなことわかって『おおおおおおおおおおおお』やばっ!」

 

 指に引き寄せられている呪霊が壁を突き破ってグレンの方へ迫ってくる。

 木ごと呪霊の口の中に呑み込まれる寸前に、グレンは木から勢い良く飛び降りた。

 

 地面に着地したグレンはシスティーナと共にユージとフシグロの方へと駆ける。

 

「おい!大丈夫か!?」

「いつつ、これが大丈夫に見えるか……?」

 

 フシグロは意識を失っていないようだったが、頭からは血が流れ出ており、苦しそうに顔を歪めていた。

 

「さっき壁に叩きつけられた時…………肋骨何本かイったみてぇだ…………」

「今治療するわ!《慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・救いの御手を》」

 

 システィーナは怪我を治す白魔【ライフ・アップ】の呪文でフシグロの傷を癒そうとする。しかし、システィーナは運動とエネルギーを扱う黒魔術や、物資と元素を扱う錬金術は得意だが、【ライフ・アップ】のような肉体と精神を扱う白魔術はそれほどでもない。これだけの傷を癒すのにどれだけの時間と魔力が必要になるのか見当もつかない。

 

「馬鹿、やっている場合か…」

 

 フシグロの視線の先では、呑み込んだ木を吐き出してこちらに向かってきている呪霊の姿が。

 

「………お前ら俺を置いて逃げろ。ここは俺が……………」

 

 フシグロはそう言って両手を前に突き出して詠唱しようとするが、激痛で精神状態が安定しない。

 

「ボロボロの癖に格好つけてんじゃねえよ」

「ここで帰ったら夢見が悪ぃだろ」

 

 システィーナとフシグロを庇うようにグレンとユージが前に出る。

 

「それにな――――」

 

 

 

『人を助けろ』

 

 

 

「こっちはこっちで面倒な呪いがかかってんだわ!」

 

 地面を強く蹴り、迫ってくる呪霊の方へと弾かれたように飛び出すユージ。

 並外れた身体能力の持ち主であるがゆえに突進していく様はまるで猛獣の如し。

 

 

 

「せいっ!」

 

 呪霊の振り回す巨腕を回避しながら呪霊の真下へ移動し、高く跳躍しながらその顎に右アッパーを振り上げる。

 

「《おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらぁ》っ!」

 

 怯んだ隙に追い打ちをかけるように、連続で魔力を込めたパンチをお見舞いしていく。

 素のパワーと当たった時の衝撃波で呪霊の身体の表面がどんどん抉れていく。

 

「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吠え狂え》!」

 

 攪乱のために遠距離攻撃に徹することにしたグレンは、黒魔【ブレイズ・バースト】を唱える。

 グレンの左手に赤い火球が現れ、周囲に熱をばら撒く。

 

「ユージ!離れろぉ!」

「!」

 

 ユージが呪霊から離れたのを確認し、グレンは呪霊へと火球を全力で投げ込む。

 

高速で弧を描き、着弾。

爆音と共に爆裂し、強烈な炎と熱、光が辺りを包み込む。

直撃を受けた生物は爆散して終わるのだが……。

 

『おおおおおおおおおおおお』

「がっ!」

 

 土煙の中から巨腕が出てきてユージを殴りつけた。

 勢い良く吹っ飛んだユージは地面を何度もバウンドする。

 

「ユージ!」

 

 グレンがユージを受け止めようようとするが、勢いを殺せずに一緒に転がっていく。

 

「先生!ユージ!」

「だ、大丈夫だ」

「な、なんとか」

 

 ユージとグレンに受けたはずの呪霊の傷がみるみるうちに治っていく。

 

「なんで効かねえんだよ」

「…………無理だ。呪いは呪いでしか祓えない。いくら強くても魔術師のお前らじゃ勝てないんだ」

「それもっと早く言ってくんない?」

 

 呪いについて詳しくなかったユージはフシグロへと非難の眼差しを向ける。

 

「何度も逃げろつったろ」

「ちょっ、ちょっと!?まだ治癒が終わってないわよ!?」

「もう十分だ」

 

 フシグロが頭から伝う血を拭って無理矢理立ち上がる。その膝は笑っていた。

 

「さっき正門に穴を開けたって言ってたよな?なら今監禁されてる生徒達やティンジェルって奴を解放して逃げられんのはお前らだけだ。さっさとしろ。このままだと全員死ぬぞ。呪力のねえお前らがいても意味ねーんだよ」

(どっちみちお前は死ぬ気じゃねーか……!)

 

 グレンも、システィーナも、ルミアも、フシグロも、学院にいる生徒全員も助ける。

 誰も死なせるつもりがないユージは、なにかこの絶望的な状況を打開する方法がないか考え込む。

 すると、自分の足元に指が転がっているのに気付き、ある言葉を思い出した。

 

『食ってどうすんだ?美味いのか?』

『バカ言うな。より強い呪力を得るためだ』

 

「あるじゃねえか。皆が助かる方法が…………」

「え?」

 

 ユージが何をする気なのか、それを聞く前にユージは指を拾い、呪霊の方へと駆け出した。

 

「ユージ!?」

「お、おい!?何する気だ!?」

「さっき言ったよな?呪力のねえと意味ねえって、なら俺に呪力があればいいんだろフシグロ!」

「なっ、まさか……よせ、やめろ…やめろぉ!」

 

 何をするつもりか分かったフシグロの叫びも虚しく、ユージは躊躇せずに”宿儺の指”を口に入れ、飲み込んだ。

 

 ゴクンッ

 

 

『■□△▼!』 

 

 指を奪おうと呪霊の6本の腕がユージに向かって殺到する。

その速度はグレン、システィーナ、フシグロの3人が反応できないほどの速さだった。しかし、フシグロはユージが危ない、という思いとは別の事を考えていた。

 

 

(両面宿儺の指…特級呪物だぞ!?猛毒だ。確実に死ぬ。だが万が一…万が一…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケヒッ」

 

 ユージが笑い、左腕を少し振るう。

 たった、それだけ。

 それだけで呪霊の6本の腕が弾け、その肉片と紫色の血が地面に飛び散った。

 

『おおおおおおおおおおおお』

 

 全ての腕を失った呪霊は蛇の様に地面の上を蛇行しながらユージへと突進するのだが――――

 

 

 ザシュッ!

 

 

 ユージが右腕を大きく振り上げただけで、呪霊の姿は跡形もなく消え去った。

 

 

 

「あれを……一瞬で?」

「噓…………」

 

 呪霊が瞬殺されたことにここは素直に喜ぶところだろうが、一同はユージの様子がおかしいことに気付いた。

 

 

 曇天が割れ、隙間から差した光がユージを照らす。

 彼の相貌には黒い線が浮かびあがっており、目元に新たに一対の目があった。

 

「ユー……ジ?」

 

 

 

「フッフッフッフッフ…」

 

 

 

 

「フハハハハハハハッ、アハハハハハッ!アハハハハッ!」

 

 システィーナからの呼びかけが聞こえないかのように、ゲラゲラとユージは笑う、嗤う。狂ったように笑う。

 

「ああぁやはり!!光は生で感じるに限るな!!」

 

 歓喜の声を上げながらユージは上の服をビリビリに引き裂いていく。

 露わになった上半身には刻印のような黒い線が浮かび上がっていた。

 

 

 

「ユージじゃ…………ない?」

「なんなんだよ。何がいったいどうなってんだよ?」

「最悪だ…………最悪の万が一が出た…………」

「おいフシグロ……なにか知ってんのなら教えてくれ」

 

 状況が呑み込めていないグレンはフシグロに問いかける。

 

「特級呪物が………受肉しやがった!」

「なっ、はぁ!?」

 

 

 

「呪霊の肉などつまらん!人は!女はどこだ!!」

 

 そう言い、ユージの肉体に宿ったそれは天空の城を視界に捉えると、高く跳躍して屋上に上がり、あたりを見渡す。

 

「あの城があるということは、あれから長い年月が経ったという事か…良い時代になったものだなぁ。女も子供も蛆のようにわいている。」

 

 それはフェジテの街に住む人々の気配を感じ取っており、楽しそうに口角を歪める。

 

「素晴らしい!鏖殺だ!アハハハハハ!――――あぁ?」

 

 高笑いをしていたそれは突然自分の首を右腕で抑える。

 

「人の体で何やってんだよ、返せ」

「お前、なんで動ける?」

「いや、俺の体だし」

 

 聞こえてきた声、イオンやグレン、システィーナも確かに聞いた。あの声は間違いなくユージの声だと感じた。

 

(抑え込まれる──)

 

 それは表層意識から内側に引きずり込まれていくのを感じた。

 

 

 

 

「――――動くな」

 

 大分回復したフシグロが跳躍して屋上に辿り着くと、ユージに向かってそう命令する。

 

「お前はもう人間じゃない」

「は?」

 

 

「帝国法の規定に基づき、ユージ=タイラー。オマエを――――」

 

 

 

 

 

「呪いとして、祓う(ころす)!」

 




今回出番のなかったグレンの【愚者の世界】
ある意味簡易領域ですね。

この話の設定では魔力と呪力は別物としています。
魔力:取り込んだマナを魂で変換したもの。魔術で使われるエネルギー。魔力への変換は一部に限られる。魔力干渉で精霊種は倒せる。
呪力:人間の魂から漏れ出ている負の感情が源となって発生するエネルギー。呪術師はこの呪力を体内で作りだすことで、身体能力を上げたり、術式を発動することができる。ただし術式は生まれながらに身体に刻まれているもので、限られた人物でしか使用する事ができない。固有魔術に近い。
 魔力と呪力の両方を扱える人間はかなり希少。

 長い年月とともに汎用魔術などが出てきたり選民思想云々で、呪術は時代遅れのものとされている。
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