1話 忘れた世界
正門前のベンチでいつもの如く昔のことを思い出していた。頭を撫でてくれた先輩の記憶、励ましてくれた同期、指示を出すあの凛々しさやあの抱きしめてくれた時に感じたあの鼓動。全てが懐かしい。今はないその温もり。
「なーにしてんの?」
「ぽけー.......」
そのぼけーとした顔は声をかけられてもなお戻らない。それは彼女の体質が関係していることであって仕方ないことではある。
「おーい?蒼井?」
「っは!あ、茅森さん....どうかしたんですか?」
「いやー、可愛い顔が可愛くポケーとしてたもので」
「あはは....またしてましたか....」
話の流れで仲のいいことは周りにも伝わってくるほどだった。友達以上の何かで繋がっているような雰囲気がある程だ。
「何気に昔のことを思い出していると切ないのはそうなんですけど思い出も沢山あるなって!」
「ほほう?私だけでは飽き足らずそんな昔の女に固執するのか?」
「ふふっ.......でも....もう戻らないんですよね。」
「じゃあ私と再現して見よう!!」
そんな唐突なことを言い出す月歌にももう慣れたものだ。これがカリスマ性というものなのだろうか?ちゃんと考えがあっての発言であるのかもしれない。
「蒼井、君を愛してる....」
「ふ、ふぇえ?!///そ、そんな記憶ないです!!!」
「またまたぁそんなに可愛いなら1人や2人くらい....」
「まぁ、親友なら居ますけど....」
「いやぁー照れるなぁ....早く孫を見せておくれよ....」
「えっと.......彼氏もいないですし....第1、できるかどうかという問題があるというか」
「そうなったら優しく抱きしめて、たとえ塞ぎ込んでいても彼氏さんが助けてくれますので....」
「そう思ってますけど言ってないです!」
会話は弾んだ。このご時世には似つかない楽しげな雰囲気に包まれる。これが彼女らの強みなのかもしれないと思えるほど気の抜けた会話だった。
「.......ぽけー.......」
「おっ、まただ。イタズラしちゃお....にししっ」
途中から来た虎にも手伝ってもらったりといきなり忙しそうに動き始める。それに気づいていないかのようにぼーっとしている。
「....あっ、またやっちゃった」
不意に彼女からそんな声が上がった。
「今回は何を思い出してたの?」
「今はいない先輩や同期.......あと....」
そこで不意に言葉が止まる。ぼーっとしている時とは何か違うその姿に月歌は蒼井の顔を覗き込む。その顔は少し困ったような困惑しているようなそれだった。空気が変わった。
「あ、あれ?....」
「なになに?」
表情からはそんなに重要ではないような雰囲気だったからか少しおちゃらけながら月歌は言った。それが失策とまでは行かないが失敗だったのには気づけない。少しづつ蒼井の困惑の色は濃くなっていく。
「え、えっと.......え?そんなこと.......」
「えっと...大丈夫か?」
月歌は何も出来なかった。正しいことが分からなかったというのが正しいだろう。彼女が話してくれるのを待つしかない。それしか策がないと察していた。
「知らない....記憶が...........」
「え?」
「知らない記憶が、なんで?.......」
蒼井は普通の人よりも少し特殊だ。セラフが使えるとかよりももっと原始的な意味で特殊。
「忘れない....はずなのに、忘れていた?なんで....」
「知らない記憶?」
「いきなり頭に浮かんで....」
「人?愛しい?分からない.......この人は誰?いや、知ってる....?」
「どういうこと?なにがなんだかわからないよ。蒼井」
目の前で起こった珍事に気を取られていた月歌は外が騒がしくなっていることに気づいていなかった。
「すみません、そこのお2人!見ていたと思うのでお分かりかと思いますが少し手伝ってくださいませんか?!」
「ッ.......」
「ちょっと、こっちもそれどころじゃないんだよ!」
「.......いえ、行きましょう。きっと気のせいです。私は他の人とは違うので......」
困惑と不安が消えない顔でその一般兵について行く蒼井の後ろ姿を月歌は引き留めようとするがその手が届くことはなく椅子に落ちる。仕方なくついて行くことにした。
この後、蒼井がもっと困惑する事態に直面することは知らずに。
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ひときわ豪華な部屋。そこに佇む軍服の女性2人とスーツ姿の男性が対峙していた。
「あなた、制服を着てきなさい。」
「....なんで?」
「軍の規律よ。守ってもらわないと困るわ。」
「.......同じ生地だからいいだろ」
セラフ部隊の制服には特殊な生地が使われていてそれはキャンサーの攻撃にさえ破れず耐えるほどだ。
「同じ能力を有しているからといって許していたら秩序というものは存在しなくなるわ。」
「......用事は?」
「.......八土平地の新型キャンサーの討伐よ。」
「事前調査は?」
「中型である事や今までの形状で予測した攻撃方法から
あまりにも甘い考え。行動。司令官が腐っている。もちろんもう軍はダメだと言うほどではないがそれでも徐々にキャンサーを甘く見ていることは最上も感じている。だが事実、それを口にするのは....はばかられた。
原因は自身にある。自身の強さで司令部はあぐらをかき、そして以前までやっていた不安要素を取り除くという過程を講じずにいたのだ。彼の任務達成率が98%という時点でそれは想像に難く無いだろう。
そんな人材がいながらもまだ酷いと言うほどでは無い司令部は一重に彼女の貢献によるものが大きいと感じる。
「司令官も大変だな。」
「察してくれて助かるわ。」
「八土平地の調査。了解。今から向かうでいいのか?」
「やけに前向きね。何かあったのかしら」
やる気というものが感じられないその姿はそのまま性格にも反映されている。その最上が前向きな返答をするのは至って稀であった。
「....妹から次の任務頑張れって言われたからな。からかわれない程度の成果は出すさ。」
「....相変わらずね。まぁいいわ。」
司令官と呼ばれた女性は帽子の前後に手を添えて服装を正す。私語は終わりの合図だ。空気が変わりより一層厳しい顔つきになる。
「セラフ部隊筆頭、最上。以上の任に当たってちょうだい。」
「....はぁ、了解。七瀬、基本情報を頼む。」
そして彼女は頷いて部屋を出る。彼はそれに付随するように着いて行く。それが当たり前だった。
そして事件が起こった。
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「なんじゃこりゃ....」
辺り一面湖になっているこの異常な風景。以前来た時にはこんな事にはなっていなかったと記憶しているが事実、辺り一面水浸しになっておりその周りもぬかるんで足場が悪い。
「七瀬、最上だ。事前情報に無かった異常事態が起きてる。」
『こちら七瀬です。』
「八土平地のみならず、その周りが水没してる。」
『こちらでは確認済みですが衛星写真ではその様子を確認できません。』
「あ〜....皆まで言わないでいい。七瀬」
ある程度の推測は経った。事前にセラフ部隊が情報収集した時にはもう水没していた。だが何らかの原因で衛星はその水没したという事実が認識できず司令部は当初の予定通り新型を討伐するという無謀な強行突破を測ったのだ。
「七瀬、指示をくれ。じゃないと動けない。」
『水没しているならその周りに新型が移動している恐れがあります。奇襲に警戒しながら捜索を開始してください。見つけ次第討伐可能と判断したのであれば討伐して構いません。』
「はぁ.......司令部は腐ったな。俺でも無理だぞ。こんなの.......」
『....通信終わります。』
ピピッという音と共に声が聞こえなくなる。
「捜索か.......めんどくせぇ....ん?なんだあれ。」
赤く光るものが水の中に合った。人が残したものだろうか?それとも.......
そう考えているとその光は消えた。
「....やな予感がするな。」
それからというもの、いつものキャンサーを切っては投げ、走り、切って投げを繰り返した。鬼神に迫る勢いでキャンサーの勢いを削いでいくその姿は筆頭と呼ばれるにふさわしい動きであった。
そんな時だ。もうすぐ昼になるであろう日の高さに暑さを感じて小休憩を取っている時にふと背後にある湖から何かが飛び出してくる。セラフを振り抜き姿を確認する前に光の欠片となって塵になった。だが辛うじて手に入れた僅かな情報を元に推測を立てる。
「まじかよ.......おいおい、それはダメだろ。」
水生キャンサー、人類を絶望に突き落とすようなものだった。
現在、海や川、そして湖に生息するキャンサーは確認できていなかった。ほかの基地は分からないが少なくとも日本は海を背にすることで防衛する方向を限定して持ちこたえてきた。しかし、水の中にいるキャンサーが発見されたということは海にもいるかもしれないということだ。淡水と海水という違いはあれど人間で言う生命活動が全く確認されていないキャンサーにとってそれが問題かは別だ。
「これはやべぇな.......おい、七瀬。」
『はい。どうかしましたか?』
「今すぐ海の方向にセラフ部隊を調査に向かわせろ。半端な実力じゃダメだ。そうだな.......31Aに行かせろ。」
『一体何が?』
「さっき報告した湖の中にキャンサーがいた。飛び出て攻撃してきたということは水生だろう。もしかしたら陸上でも活動出来るかもしれない。」
『ッ?!し、司令官!』
報告と同時に湖畔に無数の赤い光が浮かんでくるのが見えた。1都市の面積くらいある湖に満遍なく赤く染る。数えるのが億劫になるくらいに今もその数を増やしていた。
「うっ....そだろ....七瀬!撤退の指示を!この数は俺も無理だッ!」
『手塚よ。そちらの状況を教えて。』
「んなこと言ってられるかッ!」
『撤退しながらでいいわ。貴方の判断を疑うことは無い。それよりも状況報告よ。31Aを海の方面へ向かわせたけど内容を伝えてないから早めに状況を判断したいのよ。』
こちらに飛んでくるキャンサーを裁きながら後退を始める。一撃が重い。セラフを飛んでくる軌道に置いておくだけで綺麗に切れるほどの威力だ。射程がどれくらいあるか分からない以上、際限なく下がるしかない。
「現在、新型と交戦中。当初の新型とは別。水生と報告したけどこりゃ水陸両用だな。ッと....クソッ....攻撃手段は水中から弾丸のように飛び出して体当たりのみ。陸に上がればよちよち歩くだけで攻撃手段は無いようだ。必要情報は以上ッ!」
『了解したわ。七瀬、今のを31Aに伝えなさい。』
そこまではギリギリ撃ち落とし切り落としで後退に成功していた最上だが遂に脇腹に一体当たる。
「ッ........デフレクターが3割削れた....これ、31Aは無理じゃねぇか?」
だが後悔してももう遅い。なぜならさらなる絶望が待っていたのだ。
「あはは.......おい....人類終わったぞ.......これ。」
目の前には湖の3分の1もの大きさのキャンサーが黒いモヤのようなものをまとって出てきた。腕をゆっくり持ち上げるだけでたってられないような衝撃波が出た。
「....司令官....いや、咲、七海。俺、終わったわ。」
『何を言ってッ....』
咲の焦った声と七瀬の息を飲む音が聞こえた。最上が発した終わったの一言。それだけで察したのだ。人類が勝ち得ない、立ち向かえないほどの強敵が出たという事実に。
「.......最後の報告だ。」
『最後....ッえぇ.......聞くわ。』
「勝てない敵が出た。31Aは即時に撤退を推奨する。海に手を出したら人類は滅ぶ。」
『....七瀬。』
七瀬は動けなかった。それは知らない最上は言葉を続ける。
「これはレベル5を飛び越えてレベル6相当だな.......ははっ....」
『ッ....最上さん。今までの働きで人類は1歩進みました。感謝を....』
「おいおい....愛する人のところに行くんだ。しんみりしてくれるなよ。....」
セラフを握り直す。こんなに長く喋れているのはキャンサーが飛び出してこなくなったことによるものだ。あの大型がハブなのはもう確定だろう。いや、大型というのもおこがましいほどの大きさだ。超大型とでも言おうか。
「なぁ、咲、七海....今までありがとうな。同じ部隊で戦えてよかったよ。」
『ッ....最上さん....いや、最上。ありがとう....』
『....』
七瀬の貴重なタメ口の口調。それを聞けるのは昔とこれだけ。黙っていることから手塚はなにかないかと必死に考えていることがわかる。
「俺を回収しに来るなよ?手塚。お前もやられちゃ人類は本当に終わりだ。」
『ッ.......えぇ....』
超大型のチャージが終わったのか、手を振り上げるキャンサー。それによる衝撃波を防ぐ動作もせずにただ清々しい気分と共に消える時を待つ。
「2人とも、いままでありが....」
言い終わる前に白い光が、騒音が辺り一面を覆い隠した。
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『2人とも、今までありが《ピーッガガッ》』
「ッ.......なんてこと....」
「.......電子軍人手帳からのバイタル喪失しました....最上さん....」
あまりにもショックが大きかった。今まで私情で精神にダメージを負っても軍人としての情でそれを隠してきた。逆も然りだ。しかし今回はセラフ部隊として一緒に戦ってきた仲間、数少ない心許せる仲間というのと、これ以上無いという兵を失った事実で心はもうズタボロだった。今までの経験で崩れ落ちないですんでいるが、七瀬はと言うと.......
「ッ........うっ....ひっく...........」
いきなりの別れに受け入れられないという様な様子で普段動かない表情は悲痛に歪み、静かに涙を流していた。
「.......31A、出撃を取り消します。速やかに帰還しなさい.......帰還した後、茅森さんは司令官室に出頭。以上....」
「.......司令官....いや、咲さん....」
「さすがに堪えるわね....」
最悪な結果として終わった今回の調査。彼が残した傷跡は深く、凄惨なものだった。
という、若干悲しい結果ですね。ここから明るくなるのでご容赦を。夢小説が好きな方やラノベが好きな方はこれからワクワクしてくる頃なんじゃないでしょうか。