俺の異世界冒険譚 作:勢いでやりました
【ヘスティア・ファミリア】ホーム。
完全に日が沈み、路地裏は街灯もなく真っ暗闇だ。今日は月のない新月の日。闇夜を照らす月の光は消え去り、数多の星の輝きだけが空を光らせる。
「ただいま」
今日もボロボロになって帰って来た。
服や鎧に泥や血が付くのは当たり前となり、毎日洗剤を入れた水で洗って鎧は一夜で干している。
明かりを付けて今日もヘスティア様が帰ってきてないことを確認する。
そろそろ本気で心配になって来た。
連絡も寄越さず何処に行ってしまったのだろう?明日は鍛練を中止してヘスティア様を探しに行くべきだろうか?きっとセレナに事情を伝えれば承諾してくれるだろう。
俺は慣れた手付きでライトアーマーを外して、後で洗うために扉の近くに置いておく。剣はここに来る前に付着した血を拭っておいたからそのまま壁に立てかける。
「まずはシャワーだな」
俺は一直線にシャワー室に向かい、汚れた衣服を脱いで洗濯用の籠の中に入れる。
そして、テキパキと身体を洗浄し、水滴を全て乾かしたら新しい服に着替える。
キッチンに行き、喉が渇いていた俺は冷蔵庫から冷えた水を取り出してコップに注いで一気に飲み干す。
そして、ようやく落ち着いた俺はベッドに座り込む。
(ヘスティア様……)
前までは毎日が騒がしかった筈なのに、ヘスティア様がいないと、ここは薄暗くてとても寂しい場所になる。
静かな時を過ごすのも好きだが、ここまで何の音もしないとヘスティア様の声が恋しくなる。
「ヘスティア様……」
ポツリと呟いた。
「光一くぅぅぅううううううん!!!」
「ヘスティア様!?」
バタンッ!と勢いよく隠し部屋の扉が開いて、鉄砲玉のようにヘスティア様が俺に向かって飛び出してきた。
突然の出来事に驚いた俺は朝の鍛練やダンジョンでの経験のせいで身体が勝手に動き、ヘスティア様をサッと避けてしまった。
「ふぎゅっ!?」
「あっ」
幸いベットの上だったこともあり、顔面を硬い地面に打ち付けることはなかったが、顔面をベットに沈ませて、尻を突き出した間抜けなポーズになってしまった。
僅かな沈黙が流れた。
「ぷはっ!何で避けるんだよ!」
「ご、ごめんなさい」
バッと顔を上げて、両腕をバタバタさせて、頬を膨らませ、プンプンと怒るヘスティア様。
俺は反射的に謝った。
「まったくもう!ボクがどれだけ光一君のことを懸想していたことか!毎日毎日熱い炉の前で立たされるボクがずっと我慢して、やっとの思いで帰ってきたのに!」
「えっと……ヘスティア様は何処に行かれてたんですか?」
「ヘファイストスの所さ。ヘファイストスったらボクが炉の女神だからってずっと炎の近くに立たせてるんだよ!?いくらボクでも熱いに決まってるじゃないか!」
プンプンと怒っていたヘスティア様が今度は涙目で怒り始めた。
俺は未だに状況が理解できていなかったが、取り敢えずヘスティア様が満足するまで喋らせて上げる事にした。
「満足できる作品が作れるまで何度も何度もやり直しして、ボクをていのいい助手だと思ってあっちこっち走らせたりもするんだ!」
「はぁ」
「何度もやり直すせいで、毎回ボクが
ヘスティア様の愚痴は全然止まる気配が無かった。ヘスティア様の指には絆創膏が何枚も貼られて、何度も血を流したことが伺える。
「ようやく剣が完成したら今度は鞘を作るからボクにやれって命令するんだ!そんなもの作ったことないボクはこれまた何度もやり直しさせられて疲労困憊だよ」
「はぁ……って、剣?」
ヘスティア様の愚痴の中に気になる単語が出て来た。俺は思わず聞き返してしまう。
すると、ヘスティア様は目をキラリと光らせて俺に詰め寄った。
「そうさ!見てくれ光一君!」
そう言ってヘスティア様は入ってきた時から持っていたラッピングされた長細い箱を差し出した。
俺はラッピングされた青い紐を解いて箱を開ける。
中には鞘に収まった漆黒の剣。
「これって……」
「ヘスティアソードさ。受け取ってくれ光一君」
ヘスティア様は慈愛に満ちた瞳で俺を見つめる。
俺はその漆黒の剣を……手に取らなかった。
「駄目です。だってこれは……」
これはベル君が貰うべきものだ。原作でヘスティア様がシルバーバックに戦いを挑もうとするベル君に与える筈だった『
原作を知る俺に取ってベル君は何度もヘスティアナイフに救われている場面があった。これがないと越えられない冒険だってある。
偶然この世界に迷い込んでしまった俺なんかが貰って良いものではない。
俺は折角造ってくれたヘスティアソードをヘスティア様に返そうと差し出した。
しかし、ヘスティア様は受け取らず、じっと俺の顔を見つめた。
「光一君。ボクは何度だって言うよ。君が
「お、俺は……」
ヘスティア様の言葉が俺の胸に響き渡る。
原作を知っている俺にはベル君にこの剣を渡すのは義務だと感じていた。だけど、ヘスティア様は俺に使って欲しいと願っている。
だが、それでも俺の中の迷いは無くならない。
「それとも君は
ヘスティア様は不安そうに目尻を下げてそう聞いてくる。
俺はそんなヘスティア様の顔を見て、胸が締め付けられる気分になった。
「俺は………………本音を言えば凄く嬉しいです。こんなに良い武器を俺なんかのために用意してくれて」
「……」
「でも、俺はこれを貰っても何も返せないんです。俺は普通の人間なんです。何か特別な生まれでも無ければ、特別な背景もない。特別なスキルも特別な魔法もなくて、特別な才能もありません。そんな俺がこんな特別な剣を貰ってもヘスティア様に何かしてあげられるわけじゃ無い。俺なんかが受け取るべきじゃない。これは相応しい人が持つべきです」
本当は凄く嬉しかった。俺の為に作ったって言ってくれて嬉しくないわけが無かった。でも、俺はベル君みたいに飛躍的に成長できるスキルもないし、神々や人々から注目を浴びるような器じゃない。
異世界から迷い込んで来たただの一般人である俺に特別な要素はどこにもないのだ。
俺はヘスティア様に物悲しげに微笑んだ。
「君は特別だよ」
「え?」
ヘスティア様の言った一言に俺は虚をつかれた。
特別?俺が?と俺の頭の中で反芻したが、そんなわけがないと直ぐに切り捨てる。
だが、ヘスティア様は真剣な表情でまっすぐ俺の瞳を見て来る。
「ボクにとって君は初めての眷属で、優しい子で、毎日一緒にご飯を食べてくれて、毎日一緒に寝て、毎日一緒に起きる。一緒に騒いで、笑って、怒って、泣いて、まだ一ヶ月も経ってないけど、ボクにとって君は誰より特別な子共なんだ」
「ヘスティア様……」
「君は信じられないかも知れない。けれどボクは君信じるまで何度だって言うよ。君は特別な子だ」
そう力強く言ったヘスティア様はそっと俺の頬に両手を添えて顔を近づけて、少し頭を動かせば当たってしまいそうなくらいの距離まで詰める。
「これから先、君が何度卑屈になったってその度にボクは君に伝えよう。君は特別だって」
「ヘスティア、様……」
ヘスティア様の言葉一つ一つが俺の胸に染み渡る。俺はとうとう我慢できずに目尻から涙が流れてしまう。
そして、そんな俺を見てヘスティア様は優しく微笑むとゆっくりと顔を近づけて……額同士をコツンと合わせた。
俺を見つめる女神の瞳はとても澄んでいて嘘を見抜けるわけでもない俺でも偽りがないことが分かった。
「光一君、これを受け取って欲しい」
スッと俺から離れてもう一度
俺はそれを静かに受け取り、何よりも大切な宝物を扱うように優しく撫でた。
剣に刻まれた
「……俺、この剣に誓います。必ずこの剣に相応しい使い手になるって」
ヘスティア様を信じて俺は新たに覚悟を決めた。この剣に見合う様な男になるって。
「そして、【ヘスティア・ファミリア】をオラリオ一、世界一のファミリアにしてみせます」
その言葉を聞いてヘスティア様は一瞬驚いて、心の底から嬉しそうに笑った。
「君なら絶対できるよ。ボクが保証する!」
「はいっ!」
「そして、あの憎きロキを越えて一緒に嘲笑ってやろうじゃないか!あーはっはっはっは!」
「へ、ヘスティア様……」
途中までかなりいい雰囲気だったのに最後で台無しになったヘスティア様を見て、俺は思わず苦笑いを浮かべる。
楽しそうに笑うヘスティア様、今日の教会の隠し部屋はいつも以上に賑わっていた。