俺の異世界冒険譚 作:勢いでやりました
「君を助けに来た」
それを聞いて私が初めに思ったことはどうして?という単純な疑問だった。
あの時もそうだったが、私はどうして光一が来たのか分からなかった。
それも、そんな泥や血に塗れ、汗を濁流のように流した姿で。
私と光一の関係は最近のものだ。偶然ダンジョンで出会い、同じ夢を持ち、鍛練をするだけの関係。
彼が『一緒に英雄になろう』と私の手を取ってくれたのは覚えてる。
けれど、それはただの口約束、簡単に反故できるものでしか無い。
こんな死にかけみたいなボロボロの姿で助けに来る必要なんてどこにもない。
視点が定まらない中、彼は私を縛る縄を切り、猿轡になっていた布を外した。
「今のうちに、逃げよう」
光一は倒れるギュリオスを一見し、私の手を掴んで立たせようとする。けれど、私は光一の手を振り解いた。
「何で来たの?」
「何でって、セレナを助けたいからに決まってるだろ!」
「私は一言も助けてなんて言ってない!」
違う。私はこんな事がしたいわけじゃない。
私を助けたいと答える光一に向かって私は怒声を放つ。今まで生きてきた中で初めてこんなに怒った声を出した。
「私はもう死ぬ覚悟はできてた!貴方が助けに来る必要なんて無かった!」
嘘だ。死ぬのは怖いし、未練だってある。心の奥底ではいつだって誰かに助けを求めていた。だから彼が『君を助けに来た』って言ってくれた時、疑問と共に嬉しいって感情が少しだけあった。
息を呑む彼の前で私は声をぶつけ続ける。
「お母さんが死んで、お父さんもおかしくなって!毎日生きるので精一杯で、英雄の夢も叶えられない!」
七年前からずっとだ。諦めなければきっと幸せはやって来るって信じてた。でも、現実は何一つ変わらなかった。
そう思っていたんだ。彼が現れるまでは……
「疲れたんだよ。もう、疲れたの!」
私の心は既に疲れ切っていた。だから怖くても、まだ未練が残っていたとしても、死を受け入れようと思った。
でも、あの時私の手を取ってくれた時はもうちょっと頑張ってみたいと思ってしまった。
「帰って、貴方には生きて私の……私達の夢を叶えて欲しい。いつか物語に出てくる英雄みたいになって欲しい」
本心だ。光一には英雄になって欲しい。強大な怪物を倒し、万人から讃えられるような、私の憧れた
その為に私の七年間で培った戦い方を教えた。まだ、未熟なところもあるけど、光一ならあっという間に強くなって必ず私を越えてくれるって思ってる。
あの恐ろしいギュリオスにだって時間さえあれば倒せるほど成長できる。
私には無理でも光一ならできるって思ったから全部託したんだ。
「お願いだから帰って」
私は彼を突き放した。
●
ドンッとセレナの細腕で軽く突き飛ばされた俺は数歩後ろに下がって止まった。
俺はどこにでも居る一般人だ。
朝同じ時間に起きて、高校に通い、勉強し、家に帰り、ご飯を食べ、風呂に入り、眠る。そんな生活を歯車のように何度も繰り返してきた。
しかし、ある日突然劇的な変化が訪れた。
異世界にやってきて、ヘスティア様と出会い、モンスターと戦うようになった。
初めてのことばかりで何度も戸惑ったが、日本にいた頃よりも生き生きしていた気がする。
そして、あの日、セレナに助けてもらった時も俺にとって忘れられない劇的な変化であった。
馬鹿みたいな一目惚れをして、彼女の夢を聞いて、約束を誓い合い、強くなるために努力して、彼女の闇を知った。
セレナと出会ってまだ一週間くらいしか経ってない。けれど、俺の中でセレナの存在はとても大きなものに変わっていた。
目の前で女の子が泣いてる。
こんな時、ヘスティア様なら、ベル・クラネルなら、アルゴノゥトならどうしただろう。
きっと皆やり方は違ってもその子の涙を拭ってあげるだろう。
俺は英雄じゃない。
だけど、今だけは彼女の英雄になりたい。
「……決めた。逃げるのは無しだ」
「え?」
俺を剣先を怒りの形相で立ち上がるギュリオスに向ける。
「あいつを倒して君を無理矢理にでも連れてく」
「何を!」
「じゃなきゃ君はまた泣いてしまう」
セレナにとって恐怖の象徴であるギュリオスを倒さない限り、彼女を助けるなんて無理な話だったのだ。
ならば、
「何で!?どうしてそこまで!」
「好きだから」
「え?」
ここに来て初めてセレナが怒り泣く表情から呆気に取られたものへ変わった。
「君のことが好きだから助けたいんだ!これは俺のエゴだ!君の意志は関係ない!」
俺はセレナへの想いをぶつけた。そうさ、どれだけ取り繕ってカッコつけようが、これが俺の本心だ。
初めからそうだ。俺がセレナを助けたいのはセレナのことが好きだから。物語の英雄のような崇高な理由じゃない。ただ、俺が君を助けたいって思ったから助けるんだ。
「テメェ……このクソガキがっ!」
頭に血管を浮き彫りにし、噴火間近の火山のように顔を赤くしたギュリオスが鋭くなった目で俺を凝視する。
「お前を倒す!」
「クソ生意気なガキがっ!雑魚のくせにいっちょ前に魔剣なんか持ちやがって!」
ギュリオスの体は雷の魔剣によって放たれた雷光によって服が破れ、腹に焦げ跡が残っていた。
「……友からの贈り物だ」
ここまでこれたのは手助けしてくれたオルドのお陰だ。例え彼が悪い泥棒だとしても俺は彼を友だと言うし、感謝する。また泥棒をするなら俺が責任を持って【ガネーシャ・ファミリア】に謝り、彼を捕まえる。だから、ここであいつに負ける訳にはいかない。
「ふざけんなっ!テメェも、そこの雑魚も、俺様が仲良くミンチに変えてやるよ!」
ギュリオスがバトルアックスを構える。一撃でもまともに喰らえばギュリオスの言う通りミンチになってしまうだろう。
当たれば死。そんな事実を突きつけられても俺は一切怯むことは無かった。
右手にヘスティアソードを、左手に雷の魔剣を。
両者の間にある空気はピリピリとひりつき、きっかけ一つですぐにでも動き出すだろう。
これは英雄譚の始まりでも、ましてや誰かに語るほどの戦いではない。これは少女を助けたい青年と二人を殺そうとする男の命を賭けた、ただの決闘だ。
「勝負だッ!」
汗が一つ地面に落ちた瞬間に俺は地面を蹴り、二振りの剣を持ち、ギュリオスに向かって駆け出した。
「うおおおおおおおおおおおおッ!!」
「クソガキッ!!」
ヘスティアソードとバトルアックスが衝突し、火花が散る。
拮抗することはなかった。
当たり前だ。力の差がありすぎる。
ギュリオスはバトルアックスを振り抜き、俺は勢い良く後ろへ飛ぶ。
なんとか着地することができた俺は、まるで獰猛な闘牛のように突進するギュリオスに向かって雷の魔剣を振る。
再び雷が走る。
「グッ!クソがッ!」
ギュリオスは身体を捻ってそれを避けようとするが、雷の方が幾分か速い。直撃こそ避けたが、掠って、身体が痺れる。
動きが鈍くなったギュリオスに向かってヘスティアソードを振るう。
「ガアッ!?」
ギュリオスの左肩から右腰にかけて斜めに振るわれたヘスティアソードは苦悶の声を上げるギュリオスに浅く傷をつけた。
「チッ!」
反撃にバトルアックスを振り下ろすギュリオスから距離を取り、俺は舌打ちした。
力一杯に攻撃したはずなのに、傷が浅すぎる。俺の『力』がギュリオスの『耐久』を突破できてないのだ。
「グゥウウウウウウウッ!!」
「くそッ!」
モンスターのように唸り、烈火の如く怒るギュリオスは痺れる身体を無理矢理動かして両刃斧を俺に向かって振り下ろす。
それを前方に飛び込んで回避する。
ギュリオスの動きが鈍いからこそ見切れるが、万全の状態だったら今ので挽き肉にされている。
「ふっ!」
「ウグッ!?」
すれ違いざまに左足を斬りつける。
僅かな血飛沫を上げるが、この程度の傷なら冒険者なら日常茶飯だ。致命傷には程遠い。
「クソがぁあああああああああッ!!」
「-------ッ!」
ギュリオスがなりふり構わずバトルアックスを振る。
右へ左へと目茶苦茶に振るわれ、ダンジョンの地面や壁を傷つける。
だが、その血眼はただ一人を睨みつけ、殺気を叩きつける。
走り、転がり、全力で逃げる俺は冒険者とも呼べない滑稽な姿だった。しかし、そんな事を気にしている余裕はない。必死こいて避けるしか怒れる獣から逃げることはできなかった。
「雷の魔剣ッ!」
「巫山戯んなッ!グオオオオオオオオオオオオオッ!!?」
魔剣がいつ砕けるか分からない以上何度も使う事はしたくない。魔剣が砕ければ切り札を一つ失い俺は絶対絶命に陥るだろう。魔剣を失うことは敗北と同義と思っても良い。
本当に使わなければいけない時まで取っておく必要がある。
俺は魔剣をこれ以上使わないために腰に戻した。
白雷によって吹き飛ばされたギュリオスはまたもやダンジョンの壁へ叩きつけられる。が、今度は不意打ちではなかったお陰でバトルアックスを自分の身体との間に挟み、防御を取ることができた。
しかし、これまで杜撰に扱って来たバトルアックスは刃に罅が入り、限界を迎えようとしていた。
「殺すッ!」
目を充血させ、顔を歪めるギュリオスは唾を撒き散らし殺害宣告する。
「……ふぅ」
見たこともないような形相に冷や汗が出るが、絶対に冷静さを失わないように、自分を心の中で叱咤して息を吐く。
「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
「はああああああああああああああッ!!!」
ギュリオスの動きは単調だ。セレナのように目線で誘導したり、足の動きで惑わしたり、技と技を繋げて連撃してくることもない。
兎に角力でゴリ押すのがギュリオスの戦い方だった。
それが怒りや身体の痺れで更に単純なものに変わり、俺でも先読みして攻撃を当てることは容易になった。
振り下ろしなら左か右に避けてそれぞれの足を少しでも切り裂く。
薙ぎ払いなら屈んで腕を切り裂く。
ギュリオスは基本その二つの技しか使わず、殴ったり、蹴ったりとした体術は使ってこなかった。恐らくバトルアックスを握ると武器で攻撃することが当たり前と考えて、技を混ぜるなんてことは思いついて無いのだろう。
こいつが強いのはステイタスが高いだけで技術は圧倒的にセレナのほうが勝ってる。
「はっ!」
「ガアッ!?」
ギュリオスの『力』は俺を一撃で殺すほどの威力を秘めている。まともに受ければ一瞬で勝負は決まり、掠っただけでも戦闘に支障が出るほどの重症を負うだろう。
それでも俺は攻める動きを止めない。
ギュリオスの攻撃を回避し、一撃当てる。それを何度も繰り返し、ついにはギュリオスの身体は斬撃の跡で血まみれになっていた。
「ありえねぇだろ!この俺様がクソガキ如きにやられる筈がねぇ!」
ギュリオスは血走った目で俺を睨みつけ、バトルアックスを握る。
俺はヘスティアソードをギュリオスに向けながら、警戒を怠らない。依然としてギュリオスが強い事には変わりない。
どれだけ攻撃を当てようが俺がダメージを受けたら即アウト。正直、今も無傷なのは奇跡か何かだと思ってる。
だが、この奇跡も長くは続かない。
「はぁ……はぁ……」
俺はもう息切れ寸前だった。牢獄から脱獄した後からずっと全力で走ってここまで来て、休憩するタイミングもなく、直ぐに死闘が始まり、もう体力の限界だった。
「クソクソクソクソクソクソクソクソッ!!!俺様は負けねぇ!ガキなんかに負けてたまるか!雑魚なんかに負けるわけがねぇ!」
「はぁ……はぁ……」
ギュリオスは未だ怒声を上げるほどの体力が残ってるが、対して俺は息切れして声すら出す余裕がなかった。
思考が定まらない。落ち着け、冷静になれ、と自分に言い聞かせるが、急いで決着をつけないとと焦る声も聞こえてくる。
(雷の魔剣……ここで使うしかない)
完全に冷静さを失う前に決着を付けるために俺は腰につけた雷の魔剣の柄を握りしめる。
もう時間が無い。これで決める。
「終わりだぁあああああああああああッ!!!」
「-------ッ!?」
雷の魔剣を振り抜いた。雷光が轟き、直撃した。
四度目の使用で雷の魔剣が砕け散り、そして、ダンジョンの壁に寄りかかって倒れ伏すギュリオス。
俺は勝利を確信した。
「勝った……俺の勝ちだッ!」
勝利を確信した俺は大声で叫んだ。
俺は呆然とこちらを見るセレナの下へとゆっくりと歩を進める。
俺がギュリオスに勝ったことを信じられないのだろう。セレナは口を半開きにして目を見開いたまま固まっている。
これで漸く言ってあってあげられる。
もう大丈夫って言って安心させてあげないとっ-------
「アガッ!?……ヴゥッ!ゴッ!」
突然横からやって来たの衝撃に弾丸のように吹っ飛び、地面を数回バウンドする。
今ので骨が何本か折れてしまった。激痛で思考が支配され、叫び声を上げることもままならない。
「オエッ!?」
口から血を吐いて、咳き込む。
何があった?
何で俺は吹っ飛んだ?
何で俺は血を吐いたんだ?
疑問を解くために俺が居た場所に視線を向ければ、血塗れの猪人が腕を振り抜いた姿で立っていた。
「誰が勝っただと?」
「ギュ、ギュリオス……!」
ギュリオスは依然として健在だった。