俺の異世界冒険譚 作:勢いでやりました
「ふっ!」
「くっ!」
まだ太陽が登っていない夜中とも呼べるくらいの時間帯。
原作でベル君とアイズ・ヴァレンシュタインが鍛練していたオラリオを囲む市壁の上で、金属がぶつかり合う音が響く。
限られた範囲で縦横無尽に二つの影が駆け抜ける。
影が交差する度に静寂の空間に金属音が鳴り響き、火花が散る。
(やっぱり強い!)
セレナの剣撃を何とか弾きながらそう実感する。
彼女と手合わせして早一時間。俺は既に体力の限界に達していた。それなのに彼女は汗一つ流さず涼しい顔で剣を振るうどころかさらに鋭さが増している気さえする。
昨日約束した通り今日から俺はセレナに剣術を教えてもらっていた。
最初の頃は取り敢えず素振りからやろうかとなり、二人で剣を振っていたのだが、微妙な時間が流れ、セレナが「戦おう」と提案して来た。思わずどこの剣姫だよと言いかけた。
セレナが高速の速さで斬撃を繰り出す。
右、左、右、上、下、左、四方八方から迫り来る斬撃を何とか捌く。万が一が無い用に剣の刃の部分は潰してあるが、直撃すれば絶対痛いので、当たらないように必死になる。
(これが人間に出せる速度なのか!?恩恵を貰う前なら絶対見えないぞ!)
速過ぎて目が追いつかない。
反撃に移ろうとしてもその前にセレナの剣撃が俺を斬り裂こうと襲ってくる。
手加減してくれているのか一撃一撃が軽いのにそれでも速いから弾くだけで精一杯だ。
俺は心の中で愚痴りながら必死に彼女の剣を追いかける。
「はぁ……はぁ……」
だが、そろそろ限界だ。手も痺れ、足が震えてきたし息も苦しい。
(一度距離を取って息を整えないと)
後ろへ跳んで剣戟から抜けようとする。
だが、セレナはその挙動を見た瞬間に大地を踏み締めて一気に間を詰めるように跳んだ。
「あ、グアッ!」
俺の持っていた剣はセレナの剣によって遠くへ飛ばされ、横腹に剣の腹で強烈な一撃を叩き込まれた。
俺は横へ吹っ飛び、ゴロゴロと石畳の上に転がる。
思っていた通り尋常じゃないほど痛い。
「今の状況で後に下がるのは良くないよ。避けるなら横に跳んだほうが良いし、後に跳ぶなら相手に隙を作らなきゃ。後は少し焦りすぎ、格上相手でも冷静さを失っちゃダメ。他にも腰が引けてた。あれじゃ剣もまともに振れないし、相手の膂力が強かったら押し切られちゃう」
「ご、ごめんなさい」
セレナの容赦ない指摘にに俺は素直に謝罪した。
痛い、辛い、苦しい。でもそれ以上に弱い自分に落ち込む。
「……立てる?」
「っ!」
セレナが俺を心配して手を差し伸べる。
前はその事に嬉しく思ったが、今はとても悔しかった。
ジンジンと痛む横腹を無視して、ゆっくりだけれど、一人で立ち上がる。
数メートル先に飛ばされた剣を拾って俺は再び剣を構え、セレナに対峙した。
「……行くよ」
セレナは戦闘時の鋭い表情でチーターのように地を駆ける。
初手は胴を狙った左下からの切り上げ、それを軌道上に剣を添えて防ぐ。
防がれた瞬間、セレナは直ぐに腹を狙った右からの横薙ぎに切り替える。
「しっ!」
何とかギリギリ攻撃を見極める俺は剣を動かしてそれを防ぐが、セレナは次の瞬間には回転して回し蹴りを俺の顔面に放っていた。
「ぎぃっ!!!」
またもや石畳と熱い抱擁を交わす俺はぶるぶると震える手で立ち上がろうと地面に手を付く。
ポタッ、ポタッ、と鼻から血が流れ、地面に赤い斑点模様を描く。
「剣ばかり見てちゃダメ。相手を見なきゃ予想外の攻撃に対処できないよ」
「……はいっ!」
鼻血を流しながら痛みに震え、それでも渾身の力を振り絞って、剣を取り、緩慢な動きで立ち上がる。
「……」
セレナが何も言わず駆け出す。
上から振りかぶろうとする剣だけじゃなく、相手の全身をしっかり視界に捉える。
落ちてくる剣に向かって俺も剣を振る。
互いに剣を弾かれ、俺はそのままの勢いでセレナにやられたように回し蹴りを放った。
だが、俺の回し蹴りは空を切り、セレナは
「何をやろうとしてるのか見え見えだった。最初からバレてる作戦なんて敵に利用されるだけ。光一には技とか、駆け引きが足りない」
「……!」
俺は短剣を突きつけられながらセレナの長い髪が頬に当たるほど顔面が近づいている。
普段の俺ならば恥ずかしがって頬を染める所だっただろうが、今は心に渦巻く表現し難い苦しさに泣きそうになる。
「技は私が教えるし、駆け引きは戦い続ければ身につく。……まだ立てる?」
だが、こんなにも弱い自分と真っ直ぐ向き合ってくれる彼女がいるのにみっともなく泣く訳にはいかない。
俺の為に時間を使って剣を教えてくれる彼女の気持ちに応えるためにも一秒だって無駄になんかできない。
「っ!お願いします!」
俺は折れそうになる心を無理矢理奮い立たせ、剣を取った。
●
太陽がある程度登り、鍛練を終えて、流石に体力の限界だった俺はフラフラと足取りが覚束ないまま【ヘスティア・ファミリア】のホームへと戻って来た。
一応ポーションで傷は治したが、傷だらけのライトアーマーに、破れて血だらけの服を着ていた俺はここに来るまでに周囲の人達からギョッとした目で見られていた。
教会の地下の隠し部屋の扉を開いて中へと入る。
「おかえり〜って何だいその格好は!?」
満身創痍の俺の姿を見てヘスティア様は目を大きく見開き驚愕した。
「こんなに血だらけになってどこに行ってたんだい!?怪我は?意識はちゃんとあるかい?」
ヘスティアは血相を変えて光一にせまり、変わり果てた光一の身体をペタペタと触って何処か怪我はないか確かめて来る。
「すいません。ちょっと鍛錬してて」
「ちょっと!?これが!?」
ヘスティアは光一の身体に怪我がない事に安堵すると同時に、どうしてそんなことになったのかと困惑しながら聞き返す。
「少しだけ頑張り過ぎて」
「頑張り過ぎた!馬鹿っ!……どうしてこんな無茶をしたんだい?昨日まではこんなに酷い事にはなって無かったじゃないか?」
「……強くなりたくて」
「〜〜〜っ!!!」
ヘスティアは光一の真剣な目と言葉に何も言えなくなる。
叱りつけようとしていた気も失せてヘスティアは「……はぁ」と小さくため息を吐いた。
「疲れているだろう?今はベットで寝るといい」
「すいません。ありがとうございます」
バタンッと必死に繋いでいた意識を落として、自由落下に任せてベットに倒れ込む。
寝る前にライトアーマーだけは外していたが、ボロボロの服はそのままだったのでベットが少し汚れてしまった。
しかし、ヘスティアはそんな事は気にしていなかった。
こんな風になるまで頑張って来た少年の姿にヘスティアは目頭が熱くなっていた。
(つい数日前まで戦いとは無縁の生活を送っていたのに、こんなにも努力して……)
ヘスティアは正直舐めていた。
初めての眷属で優しい彼は大好きではあったが、モンスターと殺し合う事を続けるのは無理だと思っていた。
優しすぎる彼はモンスターを傷つけるだけで気分を悪くし、初めて殺した時はトイレで何度も胃の中のものを吐き出していた。
きっと彼は数日もすれば冒険者を止めて普通の一般市民のように働いたりするんだろうと勝手に思っていた。
だが、彼は半月以上経った今でもダンジョンに潜り続け頑張っていた。そして、今日もとんでも無い冒険をしてボロボロになって帰って来た。
自分の想定が間違っていた。
(ごめんよ光一君。ボクは……ボクは君のことを全力で支えるから。だから、死なないでおくれ……)
ヘスティアは目を閉じぐっすりと眠っている少年の頭を撫でて覚悟を決めた。