カフェとかバハムートとか   作:ドリベンタス

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ジェシュイ: バースデーエピソード

 

 

 

 

 その日は午前中から空に雲が掛かり、昼過ぎには雨が降り始めた。最初はポツポツと細かく降り注いでいた水滴も、今では大粒だ。

 

「わー、めっちゃ降ってるじゃん」

「どうしよ〜アタシ傘持ってきてないんだよねぇ」

 

 駅の近くにあるここは、調理師育成の専門学校の4階調理スペース。私からすれば、調理実習は日常茶飯事。カリキュラムの一つだ。女友達二人が窓の外を眺めてボヤいているのを、私はふと目で追ってしまう。せっかくの17歳の誕生日がこんな大雨なんて。

 

「シュイち〜、傘貸してぇ〜」

「絶対嫌だ」

「えぇ〜、じゃあせめて相合傘で!」

「なんで"らむち"とイチャコラしなきゃいけないの」

「シュイちゃんは、照れ屋さんかな?」

「は?違うし(笑)。どうやったらそう解釈出来るわけ?」

 

 "らむち"こと、真屯らむ(ますみ らむ)がいつものようにダル絡みしてくる。"シュイちゃん"と呼んでくるのは、瀬本冠(せもと かむり)。私とらむちは、彼女のことを"ぷりち"と呼んでいる。

 

「ぷりち〜、今日のシュイは低気圧のためかいつもよりブラックだよ〜」

「お砂糖持ってくる?それともミルク淹れて、カフェオレにする?」

「二人とも訳わかんない事言ってないで、早く自分の作ったら?」

 

 そうこうしているうちに、私はテーブルに課題のフルコースメニューを並べていく。オードブル、スープ、ポワソン、ソルベ、ヴィアンド、デセール、カフェ。気分で最初に用意したアミューズは、先生から加点が貰えるかもと踏んで、メニューとは無関係のありあわせの食材で作ってみた。デセールまでは出来たので、後はカフェか。

 

「うーん」

 

 ブラックコーヒーで締めれば完璧だ。だが、今は調理学校の実習。これだけ飾り付けられたフルコースメニューの最後がネ○カフェのインスタントコーヒーだと、少し物足りない気もする。

 

「シュイちゃん、真面目に考えなくても、そこまで出来れば満点だよ」

「それはそうだけど……」

「シュイち〜、傘〜」

 

 冷蔵庫や調味料の棚を漁る。インスタントの袋しか見当たらない。こんなところまでこだわる学生など想定していないのだろう。だとすると、"調達"するしかない。

 

「らむち、傘貸すよ」

「えぇっ、マジ!?」

「その代わり、ちょっとパシられてくれる?」

「うぇ〜いラッキ…………今なんて?」

「らむちのお気にの喫茶店で、コーヒー豆買ってきて。あそこの豆すっごく良いやつだから、欲しい」

「…………」

「らむちゃんの調理、どうするの?」

「コースメニューはBでしょ?残りは私が作る。ここまですれば満足?」

「あざっす!!!」

 

 ウーバーらむちは超特急で調理室を出て行った。さて、らむちのメニューはあとどれくらい残っているのか……うわスープすら出来てない。今まで何やってたんだか。

 

「シュイちゃん、何だかんだで世話焼きさんだよね」

「何か言った?」

「なんでも」

 

 らむちには気分の波がある。本気出せば先生も唸る料理を出せるのに、少し勿体無い。対照的に、ぷりちはレシピ通りに作る努力家。ぷりちの手帳(中身は数ページしか見せてもらえたことがない)には、レシピの言葉・表記と分量の正確な数値の関係性がびっしりと書かれている。初めて見た時は少し引いた。

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 

「100点満点で言うと90点です」

 

 先生の採点タイム。高得点っぽく見えるが、私は納得がいかない。

 

「残りの10点は?」

「見栄えも味も全体的に文句ありません。アミューズも加点に値します。しかし、こだわるあまり用意されたコーヒー豆を勝手に変えるというのは、貴方のために食材を用意した方々に対して失礼です」

「げっ」

 

 バレたか…………。

 

「全ての食材を貴方が自分で調達したのなら問題ありませんが、提供して頂いた食材を存分に活かしてこそ、料理人として高い評価を受けるべきでしょう。インスタントコーヒーで貴方の選んだ豆の風味を出すことは難しくても、淹れ方の工夫次第でインスタントの豆独自の風味を引き出す事が可能です。そういった点を加味して、90点です」

 

 ぐうの音も出ない。その通りだ。今回のフルコースメニューの食材は私が選んだのではなく、学生達の羽ばたく未来を期待している先生や先輩方が一生懸命選んだのだ。もっと用意してもらった食材に敬意を払わなければ…………。

 

「あと、真屯さんを呼んできてください。もう一度作り直させます」

「本当に申し訳ありませんでした…………」

 

 ごめん、らむち。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、私とらむちとぷりちの3人が帰路に着く頃には、雨も止み、日は沈んでいた。スマホの画面を見ると、18:00を過ぎていた。母の個人チャットに、「遅くなってごめん。今から帰る」とメッセを送る。

 

「シュイちゃん、はい」

「これは?」

 

 ぷりちから、四角い箱を手渡された。中身を見ると、耐熱性のマグカップのようだった。

 

「誕生日おめでと。昨日、らむちゃんと一緒に選んだんだよ」

「シュイちぃ〜、おめでとぉ〜!」

 

 二人の友人からの細やかなプレゼント。決して高価な品物ではないが、この世のどんなマグカップよりも価値がある。

 

「ありがと、二人とも。一生大切にする」

「えっ、いっ、一生ぉ!?!?」

「大袈裟だよ、シュイちゃん」

「大袈裟じゃないよ。言葉通り、ちゃんと一生大切にするね」

 

 私は、マグカップの入った小さな箱を、そっとバッグに仕舞う。いつまでも手にしていたら、何かの拍子に落としそうだ。バッグの中には、雨に濡れたらむちを拭いたタオルが入っているから、クッションになってくれるだろう。

 

「次はらむちだっけ?」

「そうだよぉ〜。お返し何が良いかなぁ〜」

「らむちゃんは、ガチャガチャで良いかな?」

「プレミアムなやつが良い〜。めっちゃリアルなトカゲのフィギュア」

「あれ、1個2000円とかするよね?」

「高いねー」

 

 黒く濡れたアスファルトを、笑いながら歩く3人。傘なんて要らない。私は、大好きな両親と食卓を囲み、大好きな友人達と学校生活を送る、今の生活が何よりも大切なんだ。

 

「シュイち、この後帰ったら超豪華ビュッフェでしょ?良いなぁ〜」

 

 そうだよ、と答えて、ふとスマホを開いてみる。メッセを送ってから結構経ったが、既読が付いていない。

 

「めっちゃ気合い入れて作ってるっぽい」

「良いねー。うちは誕生日いつも家で一人だから」

「「ええええええええええ!?!?!?」」

 

 私とらむちは驚きのあまり、叫んだ。

 

「ぷりちの誕生日パーティー、決定ぃ!!」

「何かリクエストある?作るよ」

「いやいや、まだ結構先だから」

 

 ぷりちの誕生日って、確か2月だったはず。ぷりちの好きなものと2月の旬の食材は……と思考を巡らせていると、目の前で一台のパトカーが停止した。

 

「やっば。アタシら叫び過ぎた」

「えっ?ねぇ、ぷりち。私達、そんな近所迷惑だった?」

「そういうのじゃ、なさそう……」

 

 私達が話してる間に、パトカーから警官が出てきて、私達の方に駆け寄ってきた。

 

「ジェシュイさん、でよろしいですか?」

「…………はい」

 

 うわ。何これ。人生初の職質?なんかヤバい事したかな?ここ数日の記憶を振り返る。思い当たらない。たぶん。

 

「ジェシュイさんのお宅で少しトラブルが起きました。これから、安全な教会で身柄を保護します」

「──────」

 

 頭が、真っ白になった。

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 

 

 「教会」と言われたが、案内されたのは礼拝堂ではなく、近くの小部屋だった。救護室だろうか。だが、そんな事をいちいち気にしている余裕は無かった。身柄が保護されるレベルのトラブルって何だ?私の両親に何があった?警官の話した内容と今の状況が明らかに矛盾している。鼓動が激しい。変な汗が出てきた。誰か教えて……。

 

「失礼します」

 

 ノックをして入ってきたのは、この教会の神父を名乗る人物だった。かなり高齢なようで、背筋は曲がり、頭部は髪も髭も真っ白だ。

 

「ジェシュイ殿が安全に過ごせるよう、神の御加護が在らんことを」

「それより、私の両親について聞きたいんだけど」

 

 自分でも、声が震えているのが分かった。

 

「ジェシュイ殿、どうか落ち着きなさい。神が貴方の身を必ずやお守り下さいますでしょう」

「いやだから、私の両親に何があったのか」

「それ以上は話せません!!」

 

 神父が急に声を荒げて、びくっとする。

 

「ジェシュイ殿。今は待ちなさい。神は、今貴方が知るべきでないと判断しております」

「…………」

 

 ダメだ。この人は話が通じない。よく考えれば、この教会の神父は町中でも評判が悪い事で有名だった。もう歳なのだろう。早く天国に行ってくれ。そんなことを考えていると、スマホに通知が入った。

 

「神からのお告げでございます」

「そんな訳ないでしょ」

 

 私は、チャットアプリを開く。メッセは、らむちから来てた。

 

『ジェシュイの家、野良リバイバーに襲われたって』

 

 手が震える。呼吸が早い。何それ。知らない。何でそんなことに。パパは?ママは?

 

「クソジ……神父様。さっき礼拝堂の方に参拝者が通っていくのが見えました」

「おぉ。今日は迷える子羊が多くて敵いませんな」

 

 クソジジイ、もとい老害神父を上手いこと部屋から追い出し、私は窓から外に出た。らむちには、『今からそっち向かう。今いる場所教えて』とメッセを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家があるこの町は、山に隣接しており、時折野良リバイバーが徘徊して騒ぎになる事があった。それでも、すぐさま発見・討伐されてしまうから、私達住民は特に怖がる事も無かった。

 

 教会から少し離れた人気の無い公園で、噂話を耳にしたというらむちとぷりちの話を聞いて、私は膝から崩れ落ちた。何で私のパパとママがこんな酷い目に遭わなければならないのだろう。らむちとぷりちは、一緒に泣いてくれた。らむちは私のことを強く抱きしめた。

 

「シュイちのこと、絶対守るから」

「シュイちゃん、ずっとそばにいるね」

 

 二人の優しさが、私のどうしようもない気持ちを、ほんの少し受け止めてくれる。それが唯一の救いだった。この二人が居なかったら、私は今頃おかしくなっていただろう。この二人が居たから、私はまだ、動ける。

 

「…………野良リバイバー、どんな奴だった?」

「えぇ……」

「シュイちゃん」

 

 二人は、私の手を握った。

 

「シュイちゃんが心配しなくても、ソイツはきっと機動隊がやっつけてくれるよ」

「でも私は許せない」

「シュイち…………」

 

 こんなところで泣いていられない。私から幸せを奪った"ソイツ"が許せない。涙で未だ視界がぼやける中、私は立ち上がってフラフラと歩き出す。

 

「絶対に許さない」

 

 命に代えても、殺す。

 

「絶対に許さないっ!!」

 

 命を賭けても、葬る。

 

「シュイち!!!」

 

 らむちの声が聞こえる。私を呼び止めようとしてくれたのだろう。優しい友達だ。でも、ごめん。らむち。私は、どうしても許せないんだ。

 

「…………………………………………は?」

 

 その瞬間、私は強く突き飛ばされた。左腕に上半身の体重が掛かり、痛い。顔を上げると、黒い影が眼前を覆っていた。

 

「──────」

 

 誰かの悲鳴が聞こえる。黒い影が視界で暴れ回る。足元には、らむちが倒れていた。あ。ああ。

 

「──────」

 

 嫌。

 

「──────」

 

 もう嫌。

 

「──────」

 

 しにたい。

 

「シュイちゃんっっっ!!!!!逃げてっっっ!!!!!」

 

 ぷりちの声で、我に返る。黒い影の向こうから、必死で叫ぶ声が聞こえた。私は、一目散に走り出した。逃げ出すしか無かった。それしか出来なかった。ただひたすら、息が切れそうになっても、足を動かし続けるしか無かった。

 

 

 

 

「…………」

 

 目の前に、執事なような男が居た。

 

「輝いております。先代"カフェ"のバリオンのメダルが」

 

 手元に、光るメダルがあった。

 

「彼女の遺志を、継いで頂けますか?調理学校所属の貴方なら、皆歓迎するでしょう」

 

 もう、何でも良い。

 

「では、ご武運を」

 

 そこからの記憶は、無い。だが、一つだけ覚えてる事はある。それは、執事のような男とのやり取りだ。

 

「可食部位がかなり残りましたな。持ち帰って皆で分けましょう」

「調理は……私にやらせてください」

「では、お任せします」

 

 リバイバーを食すという流れは、自然と受け入れた。私にとって、"コイツ"は猛獣だ。親と友人を殺し、私から大切な居場所を奪った。だから、これは当然の報いである、と。血の一滴まで残さず、食い物にしてやった。体内から人間の遺体が全く出てこなかったが、理由はすぐに分かった。捕食ではなく、殺戮目的だったのだ。私は、腹の虫が治まらなかった。

 

 食べたのはほんの少し。味見程度だ。「無花果の会」と呼ばれる組織の人達の何人かが腹を空かしていたので、彼らに全部提供した。いつの間にか幹部の座を受け取ったその日から、体重が減っていった。消化吸収が上手くいってないことに気付いたのは、無花果の会所属から数日後だった。空腹なのに、食欲が無い。居場所が欲しい。無花果の会の人達は皆優しく私を受け入れてくれる。それが何よりも救いだった。

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 10/1はコーヒーの日。誰かがそう決めた。こういう食材や料理の記念日は、決まって食文化について考えさせる機会を提供するためのPRだ。そういえば、10/1は食文化の日でもあったな。でも、不思議と悪い感じはしない。私はこの日に生まれて、幸せだ。

 

「うん、美味しいね。豆からこだわってるのが分かるよ」

 

 ウルウコさんが私に向かって優しく微笑んだ。ああ、この笑顔を見るために、私は生きてるんだと実感する。無花果の会さえあれば、私は笑顔でいられる。彼女が部屋を出て行った後、私は彼女のマグカップを洗い、水気を拭き取って棚に戻した。棚の奥に、あの日貰った誕プレのマグカップが見えた。らむちとぷりち、友人の顔が思い浮かぶ。あの日の楽しかった事、嬉しかった事、辛かった事、苦しかった事、痛かった事、全部思い出す。私は、過呼吸でふらふらになりながら、誕プレのマグカップを燃えないゴミの箱に投げ捨てた。今の私の居場所は、無花果の会≪ここ≫だけだ。

 

椅子に座る。枯れた涙はもう出ない。もし出たとしたら、きっとコーヒーの味がするだろう。

 

はっぴーばーすでー、私。

 

 

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