ここは都内のとあるマンション。
そのとある一室の扉を、ツギハギの不気味な男が開け放とうとしていた。
「ただいま」
ガチャ、と開け放たれた扉。
その先に広がるのは白い砂浜青い海、燦々と照りつけるつ太陽、白いベンチにパラソル。
まるで南国のビーチのようなその空間は、現在海でパチャパチャと泳いでいるタコのような姿の呪霊、陀艮の生得領域だ。
そこには現在他に二人の呪霊の姿があった。
歯を剥き出しにした髑髏が目に枝を生やしたような姿をした呪霊、花御。
花御は南国の木々や泳ぐ陀艮を眺め、穏やかに佇んでいた。
そして火山のような頭で1つ目の呪霊、漏瑚。
ただ漏瑚の体は頭に比べて異様に小さく、違和感が残る姿だった。
そんな漏瑚は悲鳴をあげるパイプを燻らせ(?)ふぅ、と小さく息を漏らした。
「あれ、漏瑚大分治ってきたね。もう一息かな」
「ああ……どうにかな。今でも油断すれば醤油を吐きそうだ」
苦々しい顔で言う漏瑚に、ツギハギの男…呪霊、真人はきょとんとした顔で問い掛ける。
「そんなヤバイの?その禪院とかいう奴」
「強くはない」
ピシャリと放たれた言葉に、真人の頭に疑問符が浮かぶ。
「何それ」
「儂は見た瞬間、奴は弱いと思ったし、奴も逃げ腰であった。故に問題ないと焼き付くそうとした。だが、領域勝負に持ち込まれ、押し込まれた時……儂は大豆になってた」
「……え?」
「厳密に言えば『醤油』という調味料を作る過程を、材料目線で追体験させられたのだ。苦痛はなく、ただただじっくりと数年かけて醤油にさせられた…自分は醤油なのだと刷り込まれていくのだ」
「うぇ……何それ、自己喪失させられるって事?」
気味悪そうな顔を浮かべた真人の言葉に、漏瑚はこくりと頷いた。
「醤油だと思い込んでしまった儂の体は醤油となり、首だけとなった儂は譫言のように『儂は醤油だ』と呟いていたらしい。……100年後の荒野で笑う存在が呪いであれば、儂である必要はないと思ってはいたが……醤油となってかき消えるのは流石にな……」
「それは俺も嫌かも。趣味悪いね、そいつ」
へらへらと笑う真人は、そのままビーチチェアに腰掛ける。
頭の後ろで手を組んで、空を見上げた。
「ま、どうにかなるでしょ、例えば反応出来ないようにさっさと殺すとかさ。んべぇ……でもなかなか良いインスピレーションだ、圧縮、変形……」
真人は口から手の平大の肌色の塊を吐き出す。
小さく震えるそれは、その辺で捕まえた人間を真人の術式で圧縮変形させ、生きたまま口に入れておいた物だ。
その負担により数刻と生きられないが、色々と試そうと持ち帰っていた。
「変換……か」
ぷるぷるぷると震えが大きくなるそれは、やがて真人の手の中で崩れ、赤い血と肉の塊となる。
手の中でギュルギュルと回転し、赤黒いボールのようになったそれを真人はじっと見つめる。
「ふふふ、漏瑚、ありがと。まだ形には出来ないけど、面白い事が出来そうな気がするよ」
「そうか……障害が多すぎる今、貴様の成長に儂達の悲願が叶うかどうかがかっておると儂は思う。真人、期待しているぞ」
「オッケー、任せてよ。……陀艮ー!これあげるー食べていーよ!」
真人はその手にあるかつて人間だった赤黒いボールを、海で泳ぐ陀艮目掛けて放り投げた。
「…!ぱくっ」
それを見事に口でキャッチした陀艮は、もごもごと口を動かした後、キラキラとした目を真人へと向けた。
「ぶふー!ぶぶふー!」
「あはは、美味しかったみたい、良かったね」
笑う真人はおげ、と口から同じようにした人間を新たに取り出す。
ぅぎぃ、と小さく鳴いたそれは、真人の手によりまたその形を変えられていく。
「さて、次はどうしてみるかな」
任務を終えた夢乃空は、個人的に借りた一軒家、そこでお腹を抱えて正座で座り込んでいた。
顔は苦痛に歪み、顔には脂汗が浮かんでいる。
『空、大丈夫かい』
文字通り脳から響く声に、空は小さく笑う。
「ふ、ふふふ、全然大丈夫…禪院家で過ごした日々に比べたら、屁でもないよ」
空の下腹部、天与呪縛により産まれた時から空洞なそこで、ドクン、と鼓動が鳴った。
「あ、は、ボクの願いが叶う……あは、あははは、嬉しいな……っぐぅあっ!?」
ビクン、と震えた空の背が反り、倒れそうな体を腹から離した手で支える。
目を見開き歯を食い縛る空の、突きだされた腹が不気味に蠢いた。
ずぼっ
「あがっああががあ」
盛り上がった腹を突き破り、血塗れの手が現れる。
わきわきと手を開いたり閉じたりするその手は、空の腹から飛び出し、その先を少しずつ露にしていく。
肘まで出てきたそれは、床をがしり、と掴む。
「ぐっぅぷ……」
それを見た空は、口から血を吐きビクビクと体を震わせていた。
けれどその目は爛々と輝き、恍惚とした表情をしていた。
頬を染め、まるで、想い人を待ち望んでいた少女のように。
「あはっ……いいよ、一気に、出ておいで……!ボクの」
バキバキバキッ!
ブチチチッ!
「がはっ、あは、あはは、あははははっ!」
自分の体を壊しながら腹を突き破って出てきた存在に、空は血の塊を吐きながら笑う。
血塗れで、床に倒れこんだそれは、空より体の大きな成人男性の姿をしていた。
ぽっかりと開けられた腹と、砕かれたあばら骨、引きちぎられた内臓。
だらだらと流れていく血に、空の脳内に声が響く。
『笑ってないで、さっさと治さないと死ぬよ?』
「あは、そう、だね、ふひははっ」
笑い続けながらも、空は自身に反転術式を使う。
みるみるうちに治っていく空のお腹。
しかし、治ってもなお火傷や醜い傷がお腹を覆い尽くしていた。
やがて、空の目の前で踞っていた成人男性は、血塗れの顔を軽くぬぐうと、空へとその顔を向けた。
鼻の部分に横一直線に線のような傷が走っている男性は、その半目を空へと向けた。
「お前は……誰だ、何を、した?」
「あはははっ!もう喋れるんだね!大丈夫、心配しないで。ボクは夢乃空」
空は警戒してる様子の男性に向けて、その恍惚とした表情のまま、両手を広げて高らかに言い放った。
「君達のお母さんだよ!」
感極まり体を反ったその弾みでか、その額が露になる。
その額に刻まれた縫い目に男性、呪胎盤九相図一番、脹相は目を見開く。
微かに残る記憶、母を苦しめ弄んだ憎むべき敵。
「加茂憲倫ぃ!」
脹相は憎しみに満ちた声をあげ、直ぐ様膝立ちになり、その両の手を伸ばして真っ直ぐ重ねた。
その手の先から勢いよく放たれた血、赤血操術穿血を、空は首を横に少しズラすだけでかわす。
背後の壁が勢いよくはぜた。
『ふむ、ほらね、こんな普通すぎる子達を、君がわざわざ命をかけて受肉させる意味なんてなかったろう?その恩も忘れて君に攻撃しているんだよ?』
「ふふ、反抗期みたいなものだよ。そもそも君がちゃんと親をやらなかったからでしょ?君の昔の名前を叫んでいるし」
『耳が痛いね、耳はないけれど』
「何をゴチャゴチャと……!何故今になって俺を受肉させた!何をするつもりだ!弟達を使うつもりならば……許さんぞ!」
そう言って睨み付けてくる脹相に、空は笑顔のまま手を向ける。
「ふふ、親子喧嘩かぁ、これも憧れてたんだよ。なんて親孝行な子なんだろう……後でよしよししてあげるからね」
キンッ
空の手に巨大な鍵が握られ、それは真っ直ぐ脹相へと向けられていた。
その宣言に脹相はギリ、と歯を噛み締め、その穿血を放とうとする手に力が入る。
「術式反転……【LOCK】」
ガチッ
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脹相の脳内に溢れだした、存在しない記憶。
自分は誰かの膝の上に乗っていて、全幅の信頼をその人に置いていて。
穏やかな縁側で日向ぼっこをしているのだ。
自分は幼い姿で、見上げれば慈愛の笑みを浮かべたその人が、見つめている。
その人が優しく頭を撫でれば自分はその暖かさと心地よさに目をとろんとさせる。
そしてその人はクスリと笑う。
「おねむかな?脹相…それじゃ、一緒にお昼寝しようか」
目を擦る自分は、それにコクリと頷き、お腹に回された腕にしがみついた。
暖かな陽気に、こくりこくり槽をこぐ自分は、夢見心地で呟く。
「んんー……母さん、俺、立派なお兄ちゃんになる……」
それにその人は破顔して、満面の笑みとなって自分に頬擦りをしてくれる。
「ふふ、絶対立派なお兄ちゃんになれるよ」
茶髪の穏やかな中性的な人が笑った。
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「ふー、ふー……はい、脹相、あーん」
「あー……ちゅるん」
テーブルに大人しく座る脹相は、空が息を吹き掛けて冷ましたうどんを口にいれて咀嚼する。
味噌の甘い香りが鼻を抜け、煮込まれた麺が柔らかく、暖かいうどんに、脹相の頬がつり上がる。
「美味い……」
「そう?良かったあ。味噌煮込みうどん、ボクの得意料理なんだよ、気に入ってくれて良かった。次、あげるからね」
満面の笑みで、またうどんに息を吹き掛け始めた空を眺める脹相は、穏やかな気分だった。
ちらりと見える額の縫い目に思う事はある。
張本人が実際に脳の中にいると聞かせられた時は、殺意を抑えるのに必死だった。
けれどもこの人は自分を心から慈しんでくれた。
自分の肉体を使い、呪霊で補強し、自らを受肉させてくれた。
まともな人間とは決して言えない、呪いでもあるそんな体でも、脹相は嬉しかった。
しかも、弟達も順次似たような形で受肉させてくれるという。
これ以上があるだろうか?
「あーん」
「あー……ちゅるる」
暖かい……心も、体も。
満たされる……あの空虚な時間もかき消えるようだ。
弟達に会いたいのもあるが、早くこの暖かな時間を共有したい…。
この人の、母さんの元でなら、俺達は穏やかに暮らすことが出来る。
皆で幸せになろう、弟達よ……。
「……母さん」
「ん?」
「俺は、立派なお兄ちゃんになる」
「んふふ、脹相ならなれるよ」
元からね、空に脹相に対して味噌煮込みうどんふーふーして貰う予定だったんですよ?
まさかアニメでスパゲッティあーんさせると思わないじゃないですか。
というかタイミングもタイムリー……。
これからの話
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このままストーリー継続
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もっと飯中心にまったり進行
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そもそも過去に何が?