細長い木の棒が積まれたタワーがぐらぐらと揺れる。
それをハラハラとした顔で血塗が見守る中、壊相は慎重にその中から棒を一つ選び、摘まんだ。
グラッ
「おぉおお……!」
揺れたタワーに、血塗が思わず声を出す。
けれど壊相は慌てず、騒がず、慎重にその木の棒を抜き取っていく。
ふるふると震えるタワー、手に汗握る血塗。
そして、その木の棒は見事にタワーから抜き取られていった。
「うぉおおおお!すごいぞ兄者!」
「ふぅ、なかなか緊張しますね」
ことり、とそのタワーの上にその棒が置かれ、ほんの少し揺れるもそのままそびえ立ち続けていた。
呪胎九相図の壊相と血塗は今、ジェンガ遊びに興じている。
……何故か食堂で。
いやまぁ、良いんだけどさ。別に誰か食ってる訳でもねぇし。
「よっしゃ、次は俺の番だな」
「悠仁ーこことか良いんじゃないかー?」
「いやいや、俺は攻めるね、ここを、抜く!」
「えー!そこ抜いたらその段一本だけになっちまうぞぉ!?」
「攻めますねぇ……」
ついでに悠仁も一緒に遊んでる。
まぁ、仲良くしてくれてるのは良いんだがなぁ。
何処か釈然としないのは、俺も術師としての常識に囚われてるからなのかもしれないな。
さて、そこは置いておこう。
今日はとある頼み事をする為に、とある人を食事に招待してんだ。
あまり有名じゃないが、仕込みに失敗すると全て台無しになるからな。
真面目にやるとしよう。
「うぉおおおおおおお!悠仁すごいぞぉ!」
「やりますね」
「へへへ、どんなもんだ」
食堂のテーブルではタワーが揺れてるものの、悠仁の手には確かにジェンガが摘ままれている。
見事に抜き取ったみたいだな。
楽しそうだなぁ……。
煮込みの段階になったら、俺も参加させて貰うとするかね……。
「……って、こんなグラグラしてるとこから抜くのかぁ!?き、厳しいぞ……」
「頑張れ血塗!この辺とかいけそうじゃないか?」
「貴方なら出来ますよ血塗」
「……よ、よし!行くぞぉ!」
そんな賑やかで楽しそうな声と。
ガシャァアアアン
「あぁああああああああ!」
血塗の悲鳴を聞きながら、本格的な仕込みに入るのだった。
「いらっしゃい、冥冥さん、憂憂くん」
「やっ、禪院くん」
「こんにちは」
俺が今回招待したのは、一級呪術師の冥冥さんだ。
斜め後ろには弟の憂憂くんの姿もある。
ちとこの人に頼み事があるんだよなぁ。
個人的な依頼って形だ。
「じゃあ早速話を……」
「いや、先に飯にしましょう。さっき完成したばっかなんで」
「そうかい?ならご馳走になろうかな」
にしても相変わらず美人だなぁ、スタイルも良いし。
一挙手一投足に気品があるっていうか。
これであのでっけぇ斧振り回して烏を特攻させて、無下限すらぐらつかせんだから、恐ろしい。
敵には回したくねぇが……この人金で動くからなぁ……。
交流会の時も、上層部に雇われてた疑惑あるし……。
まぁ、直接的に敵対するような事がない事を祈るだけだ。
さて、冥冥さんと憂憂くんは座ったし、早速この為に作った飯をよそって運ぶとするか。
鍋に入ったそれをお椀に注いで……と。
「誠一、かなり時間をかけて作っていたが、その料理はなんて言うんだ?」
「お、これか?」
そこで張相に声をかけられる。
まぁなかなか手間かけて作ってたし、気になるのも当然か。
張相は勤勉だから料理の手伝いの合間に料理本を読んだりしてるが、該当する料理もなかったろうからな。
「こいつは豚のスペアリブの醤油煮込み……
「パクテー?聞いたことのない料理だな」
「まぁそれも仕方ねえな、スペアリブっつったら焼くイメージが強いしな」
今回作ってたのはそう、
あまり日本人には馴染みのある料理ではない。
正直俺も全然知らなかったんだが……調べてみるとまあわりと日本人にはウケの良さそうな料理だった。
「豚の骨付き肉を、醤油仕立てのスープで香味野菜と一緒に煮込んだ料理だ。
白米にかけて食うのがオーソドックスらしい。
馴染みのある料理で近いのは角煮か?
それよかスパイシーというか、味も醤油ベースで角煮に比べればあっさり目だが」
「ふむ……美味そうだな」
「ああ、お前も食うか?」
「……いや、止めておこう。客人の邪魔をするのも悪い」
「そうか?気を使わせちまってるみたいで悪いな。
まぁ後で食ってみてくれ。なかなか美味いぞ」
張相が頷いたのを見てそこで話を切り上げ、俺は料理をよそった器を持ち、冥冥さんの所へと向かう。
まずはメインだけ。
一緒に食うのは……今回は普通に白米かねぇ。
「おや、香りでもしやと思っていたけれど、わざわざ私の好物を用意してくれたんだね」
冥冥さんの前にゆっくりと置けば、そう言って穏やかに笑みを浮かべた。
そう、何を隠そうこの
という訳で頼み事をするこの機会に、折角だから作ってみた、という流れだ。
「はい、好きだって小耳に挟んだんで。自分なりに作ってみました。
口に合えばいいんですけど……」
「ふふ、私は本場でも食べてるからね、好物だし、少し五月蝿いかもしれないよ?」
「それならそれで、次に活かしますよ。冥冥さんが美味しいって納得出来るまでご馳走し続けます」
「おやおや、それじゃずっと美味しくないって言えば禪院くんのご飯がずっと食べられるって事かな?それは魅力的だ」
「嘘ついても良いですよ。嘘言えないくらい唸らせられるように精進するだけですから」
そう言ってやれば、冥冥さんは更に笑みを深くした。
「まったく、術師より料理人に向いてるよ君は。
さて、冗談はこの辺にしておいて……冷める前にいただこうか」
そして目の前のスープを見下ろして、まずはスプーンを手に取った。
流麗な動作でスープを一掬いし、一口分のスープがすぅっと口に吸い込まれていく。
目を瞑り、口の中で噛み締め、味わう様子を俺は固唾を飲んで見守っていた。
「……うん。良いね」
その言葉に内心ガッツポーズを取りつつ、恭しく頭を下げた。
続いて冥冥さんは箸に持ち変えて、メイン食材であるスペアリブをつまみ上げた。
柔らかく煮込み、臭みと余分な油を取り去ったスペアリブは、箸でほろりとほどけていく。
隣で同じようにスペアリブに箸を伸ばしていた憂憂くんが目を丸くしている中で、冥冥は一口大のそれをパクリと口に放り込んだ。
もぐ、もぐと数回、あのガッツリとした肉を頬張ったにしてはいやに少ない回数の咀嚼。
「……ふっ……」
それをごくりと飲み込んだ冥冥さんは、頬を吊り上げた。
「今まで食べた中で最高の
なんて完璧な煮込み具合なんだろうか……たまらないね。
口にいれてほろりとほどけるのに、肉本来の旨味と食べ応えはまったく損なわれていない……。
まったく、文句の一つも出ないよ、パーフェクトだ」
隣では同様にスペアリブを頬張った憂憂くんも目を輝かせている。
うーん、有難い言葉だ。
健人の時もそうだが、それを好物としてる人に褒められるのは自信がつくぜ。
「そりゃあ良かったです。今日用意してるのは白米だけでしたど、大丈夫ですか?」
「これだけ美味しければその程度気にもならないよ。
まぁもし次の機会があれば……ってところかな。
……うん、野菜もとろっとろだ。美味しいよ」
うんうん、どうやら本当に上手く出来たみたいだ。
喜んで貰えて有難い限りだ。
やっぱ自分の料理を笑顔で食べて貰う瞬間、料理人やってて良かったって思う瞬間だよなぁ。
俺は茶碗に白米を盛りながら、そんな事を考えていた。
さて……今回冥冥さんに頼む事ってのは呪胎九相図三兄弟関係の話だ。
この三人、体が呪いと人間が入り交じったものになってる訳だが、元々特級呪物というだけあり、呪物を見分ける能力に秀でている。
呪物ってのもピンキリで、一般人すら見て嫌な気持ちになるような物もあれば、術師でも見分けられないのに甚大な被害をもたらすような物もありやがる。
張相達に求められたのは、それらの捜索だ。
本来それは対処法の豊富な術師を派遣して、何があっても対応出来るようにするもんだが……元が呪いな三人ならば仮に殺された所では痛手ではないと言ったところか。
まったく虫酸が走るぜ。
「って訳で、冥冥さんには捜索に出る呪胎九相図兄弟を見守り……違った。監視してて貰いたいんですよ」
「成程ね。普通ならこのくらい貰う所だけど……この料理に免じて1割引させて貰おうかな」
ふむふむ……まあこのくらいなら全然問題ねぇな。
差し引きで……おお、俺の料理にはこのくらい出して良いって思ってくれた訳か。
ありがたい限りだな。
「了解です、後で振り込んどきますね」
そこで冥冥は一度口元を拭くと、此方を見据えて、意味深に微笑んだ。
「まぁ……私の専属コックになってくれるなら、ただでやってあげても良いけどね……?」
その蠱惑的な笑みに、流石の俺でもクラッときたぜ。
実際こんな美女に毎日料理が作る生活ってのも、悪くはない。
そうなりゃ術師としては引退になるだろうし、生徒達の面倒を見る事もない。
料理だって、一つ一つをもっと力入れて手の込んだものを作れるようになるだろうし、もっと調理の腕を磨く事も出来るだろう。
だが、まぁ……。
「ははは、ありがとうございます。冗談でもそう言って貰えると嬉しいですよ」
俺は、今のままでいいかな。
冗談めかして返す俺に、冥冥さんは不敵な笑みを浮かべて視線を切った。
「ふふふ……そうかい、ざーんねん。さて、それじゃここいらでお暇する事にしよう。
禪院くん、今日はご馳走さま。美味しかったよ」
「お粗末様でした。またいつでもご馳走しますよ」
「そうかい?それなら依頼が終わったらまたお願いしようかな」
「はい、こっちの詳しい日程は後で送りますね」
「憂憂、スケジュールの調整は頼んだよ」
「お任せください、姉さま」
少しだけ不服そうな姉弟は立ち上がり、ゆったりとした足取りで去っていく。
かといって俺もそこは譲れない。
諦めて貰うほかないが……二人とも
おかわりもして貰った空っぽの食器を片付けながら、血は繋がらずとも姉弟の絆を感じて、俺は自然と微笑んでいた。
兄弟かぁ……血が繋がってるからといって、絆がある訳じゃねぇからなぁ。
禪院で育った俺はそれをよーく知ってる。
兄貴、なぁ……。
……ふぅ、まぁいい、今更考えたってどうしようもない事だ。
さて、そろそろ腹ペコどもも来るし、
たっぷり作ったからな、また今日も奴等の笑顔に癒されるとしよう。
俺は頭を振ってくだらない考えを振り払い、食事の準備に取りかかるのだった。
余談だが。
「うめぇ!なんだろう、茶漬けっぽくてさらさら食えるのに、滅茶苦茶食べ応えあってうんまいっ!おかわり!」
「んむ……お肉ほろほろー……スペアリブなのに全然脂っこくない……」
「……………………(がつがつがつがつ」
「お肉も野菜もスープ吸ってて味わい深くて……本当に美味しいです!」
皆には大変好評だった。
「へへへ!そりゃ良かった!腹一杯食ってけ!」
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。
これからの話
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このままストーリー継続
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もっと飯中心にまったり進行
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そもそも過去に何が?