次はあります。
「なに?個人的に稽古つけて欲しいって?」
「はい」
今日の仕込みを終えたタイミングで、恵からそんな提案があった。
真面目くさった顔で、真剣な雰囲気が伝わってくる。
……しかしそれは良いんだが、なんかあったか?
なんというか、焦り、みたいなのが感じられる。
「なんだなんだ、らしくねえな。あまり力に固執するような性質じゃなかったろ?まだ一年なんだ、焦る必要はねえだろ。
ただでさえ既にお前は二級術師、術師として一人前なんだ」
そう言うも、恵の決心は硬いらしい。
俺が頷くまで待つ、みたいな気合いが感じられる。
……まあ、話くらいは聞いてやる事にするか。
「何をそんな焦ってんだ?」
「…………実は」
醤油せんべいを齧りながら問えば、ぼそりぼそりと話始めた。
なんでも、こないだの交流会で悠仁が黒閃をキメてからというもの、あいつの呪力の扱いが格段に良くなったという。
野薔薇の奴も、経験を積んでメキメキと実力を身に付けていっているし、順平も、呪いの世界に入ってきたばかりにしては優秀だ。
そんな中で恵はどうにも自分が今、停滞している事を気にしているようだった。
普通に考えれば恵はかなり優秀な部類なんだが、やはり教師が上澄みの二人で、同級生は例外ばかりの宿儺の器だ。
ふーむ、羅列してみれば、その焦りもわからなくはないが……。
「って言ってもな、俺に指導出来る事なんざ基礎しかねぇぞ?」
恵の術式は『十種影法術』。
禪院家相伝の、影を媒介にした十の式神を操る術式だ。
その汎用性の高さ、活用の幅は、限りなく広い。
式神を調服するという一手間を加味しても、俺の醤油を操る術式とは、天と地の差がある。
「いえ……禪院さんは領域が使えるじゃないですか。
それを、教えて貰う事は出来ませんか?」
「ははぁ、成程な……」
術式の一つの極致とも言える領域展開。
相手を取り込む事が出来れば、必中必殺。
それが出来るに越した事はねぇが……。
俺は恵の顔を見て、上から下までゆっくりと眺める。
真面目が服着て歩いてるような恵だからなぁ……
不思議そうに此方を見返してくる恵に対して、俺は口を開く。
「悟から聞いたんだが……交流会の野球でお前、送りバントしたんだってな?」
「え、あ、はい。そうですね。確実に塁を進めさせようと……」
「なんつーかお前……損な奴だよな」
「……損?」
きょとんとした顔をする恵に、俺は言葉を続ける。
「我が薄いっつーか……大局的な見方ばかりじゃつまんねぇだろ?交流会、別に生死が掛かってる訳でもない遊びで、そこまで勝利に徹しなくてもいいだろうに……」
ガリガリと頭を掻いて、俺の中にある考えを伝える為に言葉を選んでいく。
うーん、めんどくせえな、俺こういうの苦手なんだよなぁ。
「我の薄さってのは領域展開において致命的だ。
領域展開ってのは自分の世界を相手に押し付ける技だ。
そんな薄さじゃあ、まともに機能しないんじゃねぇか?」
「……じゃあ、どうしろってんですか」
むすり、言葉にはしないが明らかに不服そうな雰囲気だ。
うーん、だが、俺の考えもそう間違ってる訳じゃない筈だ。
恵は十分実力はある。
それこそ『十種影法術』の使い手はかつて『六眼』と『無下限』、今の悟と同じような術師と相討ちになったって話だ。
今の悟の最強っぷりを見ると、あまり想像出来ねえが……。
つまりはまぁ、極端な話、恵には悟を殺せるだけのポテンシャルが眠ってる筈なんだ。
だが……確かにその観点でいくと恵はまだまだ……か。
「……んー、そうだなぁ」
腕を組んで考える。
さて、恵の今の状態じゃ、それこそ黒閃キメるくらいしか思い付かんが……あれはなぁ、キメようとしてやると全然キメられねえからなぁ。
もう基礎を突き詰めていくしかないんじゃないか、と考えた所で、ピンと妙案が浮かぶ。
「基礎、成程……そうだな。それなら、禪院の本家、行ってみるか」
「……は?」
考えてみれば簡単な話だ。
『十種影法術』は現在使い手が恵しかいないが、元は禪院家相伝の術式だ。
つまり、禪院家には『十種影法術』の使い手の情報が何かしら残ってる可能性はある。
恵は独学でこれまで術式を磨いてきたが、悟だって術式の活用法は五条家に残された資料から学んだんだ。
ここいらで以前のお手本を参考にするのも悪くない。
「てことで行くか」
「は?」
「……おぇっ」
「サンキュー悟。迎えも頼んでいいか?」
「オッケー任せて。何時くらい?」
「夕飯前かな、恵の様子見るに、飯食った後だと無理そうだ。4時くらいに頼むぜ」
という訳で禪院本家に到着だ。
悟に頼んで『蒼』を使った高速移動に巻き込んで貰い、一気に移動した訳だ。
恵は顔を青く(蒼だけに)してグロッキーだが、移動時間はかなり短縮出来た。
手を振ってその場から去る悟を見送り、俺は目の前の屋敷を眺めた。
「うーん、相変わらず辛気くせえところだなぁ」
内情を知ってるからかもしれんが、なんとも淀んだ空気を感じる。
立派な屋敷の筈なのに、くすんで見えるぜ。
「げほっ……大丈夫なんですか禪院さん?いきなり来て……」
「あん?大丈夫大丈夫。俺だって禪院の人間なんだ。
禪院家の人間が実家に帰省するだけの話で、そう問題なんざ……」
「……醤油くさいと思えば、貴様か」
あ?腹立つ声が聞こえたな。
ふと前を見れば、長髪を後頭部で一つに纏めたおっさんが、此方を睨み付けていた。
「久し振りっすね、扇さん」
「何をしに来た?貴様のような飯炊きが跨いで良い敷居、この家にはないぞ」
……ふぅ、出たよ面倒くせぇ。
「……問題ありそうですね」
禪院家の精鋭『炳』所属の、特別一級術師……禪院扇。
実力はあるんだが、本当に頭のほうがなぁ……。
まぁそれは……禪院家のほとんどに言える事か。
「まぁまぁ、そう邪険にしないでくださいよ。
ほら、此方伏黒恵君。『十種影法術』の使い手なんすよ。
術師の未来の為に、禪院に残った資料かなんか見させて貰えないかと……」
「笑止。
禪院の者でもない人間に、禪院家の相伝の情報を明かせと?
飯炊きのし過ぎで頭まで沸いたか?
貴様らには何も話す事はない、この家に入る事も許さん。
わかったら帰れ、私達は忙しいのだ」
……取りつくしまもないってのはこの事だな。
くるりと踵を返した扇を見て、俺は大きくため息をついた。
背後からは何処か心配そうな恵の視線を感じる。
はぁ、仕方ねえか。
ま、元々こんな事になると思ってたしな。
俺は、ゆるりと両の手をやんわりと合わせる。
そこから指先だけを交差させて……掌印を組んだ。
「ちょっ……!?」
俺が何をしようとしてるのか理解した恵が、慌てた様子で影の中へととぷりと沈んでいった。
お?なんだなんだ、器用な真似するじゃねぇか。
面白いな……さて、それじゃ、面白くない奴を視界から消すとするか。
「領域展開【黒天天ヶ原】」
「なっ」
焦った顔で振り向く扇のアホ面を最後に、全ては黒に包まれていった。
パシャシャシャシャシャシャシャパシャッ
「よし、行くか恵」
「……はい」
俺は、所々が黒く染まった、豪勢な屋敷を進んでいく。
向かうはじいさん、現当主、禪院直毘人の所だ。
背後で、俺についてくる恵からは何か言いたげな雰囲気を感じたが、言葉にされない限り無視を決め込む事にした。
まあ、何が言いたいかはわかるが、禪院家じゃ扇の態度がデフォルトだからな、出会う度にあんな不毛な会話してられねえよ。
そうして、人の気配の消えた禪院家の屋敷を、ゆっくりと進んでいくのだった。
これからの話
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このままストーリー継続
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もっと飯中心にまったり進行
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そもそも過去に何が?