そんで渋谷事変はもう、ぱっぱと飛ばしていきたいと思ってます。
今回で一先ずご飯はおしまい、ですかねぇ。
湯気が立ち上る土鍋をお盆に乗せて、ベッドに座る患者へと差し出した。
病衣を身に付けた少年、京都校の究極メカ丸こと与幸吉は、不思議そうな顔で俺のほうを見上げていた。
「腹減ってるだろ?遠慮せずに食え」
「しかし……」
気まずそうに呟く幸吉に、俺は努めて笑顔を見せる。
「何考えてるのかは大体わかるけどな、取り敢えず食っとけ。
これからどうなるのか何の保証も出来ねぇけど、腹が減ってちゃ何も出来ねぇだろ」
「…………はい」
幸吉は粥の入った土鍋と俺の顔を何度も見比べて……俺が視線をまったく外さないことに根負けしたようだった。
蚊の鳴くような声を漏らし、ペコリと頭を下げた。
「よしよし、しっかり食っとけ」
幸吉はレンゲを手に取り、土鍋の蓋に手を掛けた。
パコ
小気味良い音をたてて開かれた蓋から、白い湯気が溢れ出した。
白い米に所々黄色の卵が絡んだたまご粥。
消化に良い。
それを暫しじっと見つめた幸吉は、やや間を開けてかられんげで粥を掬いとった。
「……いただきます」
ふー、ふーと息を吹き掛けて冷まし、掬った半分程を口に放り込む。
「はふっ、ほふっほふっ……」
口から白い湯気を立ち上らせながら、熱そうに頬張り、息を吐き出す幸吉。
咀嚼し、飲み込み、れんげに残った粥も口に放り込み……。
「……んまい……」
じわ、とその目尻に涙が滲んだ。
「ま、お前のした事は簡単に許される事じゃねえ。
俺らの中でも意見が割れてる……上層部からすりゃ秘匿死刑にしたくて仕方ないだろうし、死刑じゃなければ四肢を切り落として、二度と裏切らないように縛り設けて飼い殺しだろう」
ピクリ、と肩が震えた。
恐る恐ると言った様子で見上げてくる幸吉に、俺は笑みを返す。
「けどま……なんとかなるさ。あれだけ必死に助けようとした直哉に免じて……お前の力になると約束してやる。
ま、さっきも言ったが保証は出来ないけどな!」
俺を見上げる幸吉の瞳が潤みポロリと雫が流れた。
その感情の全てを推し量ることは出来ないが、肩の力が抜けてガクリと落ちるのを見て、張りつめていた雰囲気が、多少和らいだように感じた。
自分のした事の後悔、負けた悔しさ、直哉に迷惑をかけてしまった責任感、致命傷寸前の傷を負った恐怖……。
色んな感情が渦巻いていたんだろう。
「っ……はぐっ……!」
涙を溢しながら、幸吉は粥を頬張り続けた。
話を聞けばこうやって物を一人で食う事自体が難しい程の、キツイ天与呪縛持ちだったみたいだからな……。
その過去は、思いは、察しきれるもんじゃない。
まぁ、まだこいつは子供だ……青春真っ盛りのな。
過ちも犯すだろう……。
俺達は寛大な心で、こいつを保護することに決めたんだ。
決めたからには……本心はどうあれ、力になってやるとするさ。
そう思って俺は踵を返した。
俺らの中で真っ先に死刑に賛成してた事は……まぁ、本人には秘密にしといてやろう。
美味そうに頬張ってる粥の味がしなくなるだろうしな!
「硝子ちゃん、ホンマにありがとな。暫くウチからパパ秘蔵の酒贈らせて貰うわ」
「いーよいーよ。怪我人助けるのが、私の仕事だからねー。
でもそこまで言うなら遠慮なく貰っておこうかな」
「嬉しそうだね硝子……立派な言動と裏腹に、かなりニヤけてるよ。
……ところで直哉、そのまま硝子を禪院家に取り込もう、なんて考えてないよね?」
「せえへんて。まぁ、ほんの少しは頭には過ったけどな、特級二人に五条家敵に回してまで悪どい事する気はないで。
酒贈るのはホンマに僕の感謝の気持ちや。
……他んとこじゃ、間違いなく助からんかったやろうしな」
「色んな意味でねー。私じゃなくても命は助かったかもしれないけど、呪術師の息のかかったとこだったら、ろくな事にならなかっただろうね。
……ま、その辺も含めて良い判断だったんじゃない?
今のとこ目につく後遺症はなし。ついでに天与呪縛がなくなった影響も調べとく?」
「頼んますわ。助かります」
さて、今日は粥だ。
幸吉用に卵粥を作った訳だが、折角だからといくつか作ってみた。
最近忙しくて疲れてるだろうこいつらの胃に消化の良い粥は相応しいし、幸吉用の薄味のとは違って、しっかり味付けしてあるから物足りないなんて事もない筈だ。
生徒達はまだ帰らんが、悟と空は帰ってきていて、それぞれ食堂で粥を頬張っていた。
「んで、取り敢えずは保護観察ってとこ?」
幸吉と同じ卵粥、よりは多少塩味を足した粥を頬張り、悟が呟く。
何時ものニヤけ面で、顔をしかめ続けている傑へとレンゲを向けた。
「……そうだね。私としてはせめて拘束しておいた方が良いと思うんだが……」
「大丈夫でしょ。そもそも裏切った理由も可愛らしいもんじゃん。若いうちの多少の過ちくらい、広い心で許してあげなよ?」
海鮮餡掛けのお粥を止めどなく口に放り込んでいた傑のレンゲが、かちゃりと音を立てて土鍋の縁に置かれる。
エビカニ貝がふんだんに使われたお粥は、さっぱりしているのに濃厚な旨味を出せた。
「悟。その判断は甘過ぎる。
結果的に犠牲者は誰も出なかったけど、高専に呪詛師と特級呪霊が侵入するだなんて前代未聞だ。
生徒達が全滅していても、なんらおかしくはなかった。
……彼は若いが、その可能性を思い付けない程幼くはない。
手放しで許せるような事じゃない」
傑はそう言うと顔をしかめたまま、エビの乗ったレンゲいっぱいに掬った粥をバクンと頬張った。
熱さをあまり感じていないように咀嚼する傑は、やはりまだ納得仕切れていないようだった。
そんな傑の様子に悟は肩を竦めて、俺に視線を向けてきた。
同じように、幸吉を許さないと最初に判断した俺の意見も聞きたいらしい。
……っつってもなぁ。
俺も本心じゃ飼い殺しすべきだと思ってるんだがな。
「……まぁ、傑の考えもわかるが、多数決で決まったんだ。仕方ないだろ」
「誠一……君は納得してるのかい?」
「いんや、個人的には別に。
皆との多数決で決まったって事と、直哉の顔を立てる以上の理由はねぇよ」
「うわー、ハッキリ言うねえ。誠一って結構そういうところドライだよねぇ」
俺が言い切ると、硝子はそう言って呆れたように苦笑いを浮かべた。
パクリと頬張ったそれは、鶏白湯もどきのお粥。
全体に白く滲み出した鶏の旨味に頬を吊り上げていた。
「でもま、わかんないね。呪詛師に特級呪霊……そんなのに頼るなんてねぇ。
良いように使われてポイがオチだし、俺……僕達と敵対するリスク背負ってまでやることかなぁ?」
ガチャン
呆れ気味に呟かれた悟の言葉。
それをレンゲを土鍋の縁に強めに叩き付けた音が遮った。
皆の視線がその音に集う。
「……ボクはあの子の気持ちが痛い程にわかるよ」
目を瞑ったまま、空はボソリと呟いた。
強く、実感の伴った言葉だった。
「自分が心の底から渇望する事が、生まれつきの、自分ではどうする事も出来ない事象で決して叶わない……。
それがどれだけ苦しいか」
ジロリ。
薄く開かれた瞳が、悟を、硝子を、傑を……そして俺を睨み付けた。
「お前達のような『恵まれた』存在には、わからないだろうな」
まるで学生時代に戻ったかのような、冷たい言葉と視線に、悟と傑の体が硬直した。
生まれついての縛り、天与呪縛。
空の望みはそれのせいで正しく果たされる事はない。
それを知る俺達は、その言葉に何も返せない。
『才能に恵まれた』側である悟、硝子、傑は勿論、『環境に恵まれた』俺にも、空のその思いを推し量る事は出来ない。
隣に座る硝子ですら、空の雰囲気の変わりように戸惑い、手を右往左往させている。
暫しの沈黙が食堂内で流れた。
「……ごめん。ちょっとカッとなっちゃった。
任務直後で疲れてるみたい。頭、冷やしてくる」
息を吐いた空の雰囲気は、重く、鋭いままだった。
そのまま食べかけのお粥を残し、空は席を立つ。
表情に浮かぶのは自分への呆れか。
ほぼ八つ当たりな自分の態度に、空は肩を落としていた。
そんな空の食堂を出る直前の背中に、悟と傑は声をかける。
小さく、手短に。
「……悪い、空」
「すまないね、空」
言葉遣いは違えど、深い謝意の込められた言葉に、空は僅かに微笑み、小さく頷いた。
ピシャッ
そしてそのまま、何も言わずに食堂を後にするのだった。
『……ふむ。成程ね』
次回から渋谷事変予定
これからの話
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このままストーリー継続
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もっと飯中心にまったり進行
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そもそも過去に何が?