「なん……で……」
宿儺の器、虎杖悠仁は思わずと言った様子で自身の胸を押さえていた。
そうして、今自分の中に両面宿儺がいない事に、今更ながらに気付いたのだろう。
いつからと言えば、それは、当然……私が領域展開した、その瞬間だ。
夢乃空の術式、解放呪法は、私が考えていた以上の性能を見せてくれた。
数年前、追い込まれた死に際、領域展開すら会得した瞬間の夢乃空を乗っ取ったからだろうか?
正直呪霊操術の夏油傑の体を得るまでの繋ぎの暇潰し、としか考えていなかったから、良い意味で期待を裏切られたと言える。
この領域内で、魂はあるべき姿を取り戻す。
肉体から解放され、魂そのままの姿に。
故に、両面宿儺は器から飛び出し、呪胎九相図達、受肉体である彼等は無力な胎児へと逆戻り……ただ蠢く事しか出来ない。
とはいえ、体からの影響がないという訳ではない。
その証明のように宿儺は生前の姿ではなく、虎杖悠仁の姿のまま。
呪胎九相図の彼等も、体の自由は利かなくとも空に与えられた体のままだ。
ただ……その表情を見るに感覚が呪物の頃と近しくなっているのかな?
背中を丸めて蠢くしか出来ない様子は、まるで胎児のよう。
他の受肉体にはなかった反応だ……興味は尽きないが、まぁ今は置いておこう。
「おはよう、宿儺。久し振りだね」
「貴様は……成程、腑に落ちた。これらは貴様の仕業か」
宿儺は一瞬だけ回りを見渡し、納得したように小さく頷いた。
私の事も覚えていているようで結構結構。
じろり、その眼光が私を貫く。
「……で、いつまでだ」
ふむ……流石は呪いの王、その状態が一時的な物だって気付いているか、話が早い。
「そうだね……消えるまで、一時間といったところかな」
今宿儺を形作っているのは仮初めの肉体に過ぎない。
領域から出ても暫くはもつだろうけど……まあそんなところだろうね。
虎杖悠仁の中に捕らわれたままなのは変わらない。
肉体が消えればまた、虎杖悠仁の中に戻されるだろう。
「ほう」
私の言葉に、宿儺は頬を吊り上げた。
「ならばそれまで、久し振りの自由を満喫するとしよう。
さしあたって……」
キンッ
あーあ……まったく。
ビシッ
宿儺の指が向いた、暗黒の空間の向こうの中空に、亀裂が走った。
「言えばちゃんと解いたのに」
「慣らし、という奴だ。領域の一つや二つ切り捨てて、メインと行こう」
その亀裂はみるみるうちに空間全体に広がっていき、やがて空間そのものが崩壊を始めた。
やれやれ、まぁ夢乃空の術式の仕事は終わってるから、焼き切れようと構わないけれど……。
……それはそれとして、宿儺は何をするつもりなのだろうね?
「本命?何か君のお気に召すものでもあったかな?」
「フ……」
宿儺は薄ら笑いを浮かべるだけで、私の問いに答える気はないようだった。
肩を竦める私の横を、宿儺が通っていく。
「……と、そうそう、忘れていたよ」
「……む」
ふと思い出して懐から宿儺へと差し出したのは、小汚ない布。
それに包まれているのは、濃密な呪いの気配……。
にぃいい
「気が利くな」
頬を吊り上げ、邪悪に笑う宿儺は……とても楽しそうだ。
あの布の中には、私達が集めた宿儺の指が入っている。
高専が保管していた指は全部奪取したし……虎杖悠仁が取り込んでいたのは2本、これに13本、合計で15本にもなる。
これだけの数を一気に取り込めば、いかに器として調整した虎杖悠仁といえど、暫くは宿儺の好きに出来ただろう。
「消え際に取り込めば、君が自由を満喫出来る時間も増えるかもよ?」
「ふむ……そうか。考えておこう」
提案はしたけど、まあ、好きにすれば良いさ。
乱雑にそれを受け取った宿儺は、壊れかけの領域の中を、堂々と歩いていく。
「あ、そうだ。その指を集めたのは特級呪霊の子達でね、何か用があるらしいからもし会ったら話を聞いてあげて欲しいんだ」
「容姿は」
「火山とツギハギとタコかな」
「……聞くだけ聞いてやろう」
おや優しい。
すげなく断って切り刻むと思っていたが……。
となると真人はちゃんと自分で弱らせないとダメかな?
「ま、待て!宿儺!お前、何するつもりなんだ!」
そう思案していた所に、虎杖悠仁の必死な声が響いた。
九相図の三番を抱えたままの彼は、冷や汗を垂らしながら、それでも宿儺を睨み付けていた。
宿儺は眉を寄せ、つまらなそうに表情を歪ませた後、良いことを思い付いたとばかりに顔を綻ばせた。
「ふん、決まっているだろう。
小僧、貴様に受肉した時と同じだ」
振り返りながら、邪悪な笑みを浮かべた宿儺は、虎杖悠仁を煽るように、言葉を紡いだ。
「鏖殺だ」
限界まで目を見開いた虎杖悠仁を、宿儺は面白そうに一瞥し、前に向き直った。
こつこつと、音を立てて歩いていく宿儺の後ろ姿を……虎杖悠仁、君はどんな思いで見ている?
宿儺はこの場をあとにすれば、言葉通りこの渋谷で殺戮の限りを尽くすだろう。
君は、きっと、それを許容出来ない。
「ッ……!」
さあ、どうするのかな、宿儺の器、虎杖悠仁。
崩壊していく領域の中で、拳を握り締めた虎杖悠仁が立ち上がったのが見えた。
呪胎九相図は現在役立たず、他に仲間はいない。
相手は呪いの王、既に自分には目もくれていない。
呪力の差は圧倒的、宿儺が指を取り込めば、その差は更に広がっていくだろう。
それでも君は膝を折らず、宿儺に立ち向かえるのかな?
それともここは引くのかな?
もしくは五条悟の救出に向かうのかな?
どうせ私の今やるべき事は殆ど終わっているんだ。
精々、私の息子が何を成すのか……見守らせて貰うとしよう。
崩壊していく闇色の中で、私は自然と笑みを浮かべていた。
……おや……?今、私の影が揺らめいたような……。
これからの話
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このままストーリー継続
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もっと飯中心にまったり進行
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そもそも過去に何が?