「…………おいおい……冗談だろ」
俺の額から、冷や汗が垂れた。
自分の感覚、それを信じるなら……。
「っ……!補助監督総員!持ち場から離れろ!
兎に角、ひたすら渋谷から離れるんだ!
呪術師は、可能な限り一般人を連れて渋谷から逃げろ!」
「は、はい!」
俺は声を張り上げた。
側にいた補助監督が携帯を取り出して、電話をかけ始めたのを後目に、俺も棘とパンダに指示する為に通信を繋げた。
「聞いてるか棘!パンダ!悪いが多少無理してでも、一般人の避難を頼むぞ!」
『しゃ、しゃけ!』
『わかった!』
俺と同じ遊撃に配置されていた二人は、俺の焦りようと……帳の消えた渋谷に充満し始めている気配に気付いているのだろう。
二つ返事で是と返し、即座に動き始めたようだ。
そうしている間にも感じる気配はドンドンと強くなっていく。
強くなって……何故か真っ直ぐこっちに向かってきているようだった。
破壊音と悲鳴……間違いなく近付いてくるそれに、現実逃避気味にただそこに突っ立っている事しか出来なかった。
「さぁて……そろそろか……」
やがて、その場には俺一人しかいない状況となって……目の前のビルに突如として亀裂が走った。
ピシッ
ドズゥウウウウン……
轟音と共に崩れ去るビル、もうもうと立ち込める砂煙。
そして感じる、直接肌を刺すような圧力。
かつて悠仁ごしに感じてていた指二本分の時とは比べようもない、圧倒的な力……。
おいおい……完全に主導権取られてんなこれ……。
マジで、中で何がどうなって―――。
「ケヒッ」
その笑い声が聞こえた瞬間、俺は本能的に全身を呪力で固めた。
もうそりゃガッチガチに、それこそ悟の赫が直撃しても死にはしないくらいに。
―――キンッ
トサッ
俺の全身に無数の切り傷が走り、左腕がぼとりと落ちた。
「ぐぅうう!?」
いってぇえええ!?
くっそ、想定が甘かったか!?
いや、呪力防御が間に合わなかったか……!
全身に斬撃が走って、防御の薄い部分を切り裂かれちまった……!
痛みに膝をついて、そのまま落ちた左腕を掴み取る。
そしてそのまま、切断面に押し付けた。
ぐちゅり
「いぎっ……!」
鋭い痛みに意識が一瞬飛ぶが、ここで気絶したら絶対に死んじまう!
反転を全力で回せ!治せると自分を信じろ!
全身いてぇが、まずは腕をくっつけないと話にならん!
歯を喰い縛り、痛みに耐え、どうにか治癒している状態で……目の前の土煙が晴れ、下手人の姿が露になる。
その見慣れた顔と全身に浮かぶ紋様を見て、血の混じった冷や汗がたらりと頬を流れた。
「ケヒヒ……なんだ、耐えたか?
思っていたよりやるではないか?」
悠仁……その姿をした両面宿儺が此方を見下していた。
何が起きたのかわからんが、兎に角宿儺が自由になっちまったのは……確かみてぇだな。
「……はぁ……はぁっ……なんだ悠仁……。
はぁ……見ない間に、はぁっ……随分イメチェンしたな!」
左腕が僅かにピクリと反応したのを見て、軽口をたたきながらすくりと立ち上がった。
反転は回しながら……それでも激痛は治まらないし、出血も止まりきってない。
一瞬感じる立ち眩みを歯を喰い縛って耐えて、震える手で懐に手を伸ばした。
「ケヒヒッ!」
強がりなのはわかってるのか、宿儺はニヤニヤと笑うだけで、見下す視線はそのままだ。
俺は即座に手にした器の蓋を取り、中から醤油をぶちまけた。
それは俺の体に吸い込まれるように消えていき、反転術式を全力で回し、枯渇し始めていた俺の呪力へと変わっていく。
枯れた体に呪力が染みるな……あ、これあの呪詛師を変えた奴だったか……半分くらい使っちまったが……まぁ、いいか。
【重面春太、半身消失】
「ふぅー……はぁ……やれやれ、呪いの王が、こんな飯炊きに何のご用で?」
ニヤニヤと面白そうに此方を観察し続けている様子の宿儺へと、息を整え、虚勢を張りながら問い掛ける。
明らかに真っ直ぐ俺を狙って来てたみたいだし、なにか用があるのかと思ったんだが……。
「ケヒヒヒ……俺を処刑する等と嘯く下郎を始末しに来た……」
……俺の自業自得かよ。
いやまぁ、そりゃそうか、自分を殺すって言った奴を放っておく訳ねぇか。
……いや、王とかいう癖にみみっちいとかは思ってないぜ?
「……そう言われても俺の発言はあくまでも、処刑人としての発言だから、戦って勝てるとかいう訳じゃないだが……」
悟なら勝てるかもしれねぇけど、と内心でぼやき、苦笑いを浮かべた。
そんな言い訳染みた俺の態度に、宿儺は笑みをより深くし、口角をあげた。
「そうだな、そう思っていた。
俺に不敬を働いた輩を処し、本命中の本命に向かうつもりだったが……ケヒヒヒヒヒ!
なかなかどうして、術式も反転の精度も悪くない。
ここは一つ、俺の貴重な時間を費やし、味見といこうか?
光栄に思うといい、呪術師、禪院誠一」
「……はぁ……身に余る光栄過ぎて、嫌になっちまうな」
グッ
……うし、とりあえず左腕は治ったか。
調子を確かめるように拳を閉じて、開いて……いけるな。
さて、自然体で構える宿儺の力は圧倒的だ。
ぶっちゃけ、勝ちの目はまったく見えねえ。
援軍は望めねえ……てか俺から離れろって言ったしな。
渋谷の中にいる皆も戦闘中みたいだし……こりゃぁ、マジで年貢の納め時かもな。
……ん?傑のバイタルが安定し始めてる……?
こりゃあ……ワンチャンあ―――。
「宿儺様」
その時、音もなく、宿儺の背後に着物を着た白い女がかしずいた。
宿儺に敬意を示す姿勢、見覚えのない顔……いや、直哉が一当たりしたとかいう白髪の女か……?
まぁ、そこはどうでも良いか……てか最悪だなおい。
なんでそっちに先に援軍が来るかね?
「裏梅か!久しいな!」
宿儺はその女のほうに振り返り……表情は見えないが何処と無く弾んだ声色でそいつの名を呼んだ。
白髪の女は裏梅、っつーのか……聞き覚えはねぇな。
知られてる呪詛師ではない……って事か。
「その肉体は?」
「仮初めの物だ。時間が経てば消えてなくなる。
だが、上手く行けばそう間も無く自由を手に出来るだろう」
仮初め……?
ああ、だからこいつから醤油の気配を感じず、悠仁のバイタルは戦闘中になってんのか。
いや、どうなってんだ?ならなんでこいつは悠仁の姿のままでここに……。
あーもう!何が起きてんだよ!
「それは何よりの吉報でございます。
今私に出来る事はございますでしょうか?なんなりとお申し付けください」
「そうだな、今お前にして貰う事は特に何も……ん?」
親しげに言葉を交わす、明らかな主従関係にある二人。
その会話の途中、宿儺の言葉が途切れ、俺のほうを向いた。
じとりと値踏みするような目が俺を見つめてきて……。
「……そうだな、ここは一つ、余興と行こう。
禪院誠一、貴様に一つ……チャンスをやる」
宿儺はニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべて、人差し指を俺に向けてきた。
……なんだなんだ、何をさせる気なんだ……?
「貴様には今から、裏梅とやって貰おう」
同時に指し示された裏梅は跪いたまま、ちらりと此方に視線を向けた。
その視線から感じる、俺への興味が微塵もない絶対零度の瞳に、背筋に寒気が走る。
強さも……相当だな。
まぁ宿儺よりかは幾分マシだろうが……。
はぁ……自分が手を下すまでもねえって事か……。
けどまぁ、やってやろうじゃねぇか。
少なくとも今、この場でこうやって宿儺の時間を使わせるのは悪くない。
さっきの言葉を信じるなら、宿儺は今時間制限つきだ。
仮にそれがフェイクでも、今渋谷で手が空いてて反転が使える俺が対処する現状は、悪くないだろう。
ならば、まずは力量を見極めて、勝てないまでも時間稼ぎを狙うか……。
そうこうしている間に、援軍の可能性も―――。
そうやってどうにか生き残る道と宿儺の対処、双方を考えていたが……次の宿儺の言葉に、俺は思考停止せざるをえなかった。
「料理でな」
「は?」
何寝惚けた事ぬかしてんだこの四ツ目野郎。
これからの話
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このままストーリー継続
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もっと飯中心にまったり進行
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そもそも過去に何が?