いつか食べてみたいですね。
「よう、来たぞ」
「お、いらっしゃい」
「げ」
さっきまで満面の笑みで試作のケーキを頬張っていた悟の表情が、ひどく歪んだ。
いやぁ……わかりやすくて何度見ても面白いな。
「今日は頼むぞ、家族水入らず、楽しませてくれ」
そう言ってあんちゃん、禪院……じゃなかった、伏黒甚爾はニヤリと笑った。
「お、なんだ五条の坊っちゃん。美味そうなモン食ってんじゃねぇか」
「……やらねぇぞ」
まだ半分程残ったケーキをあんちゃんの視線から庇うように背に隠す悟に、思わず笑ってしまう。
「いらねぇよ。けど美味そうなのは確かだな……おい、土産に持っていくからそれも包んでくれよ」
「了解。……てことで悟、悪いけどお前の分はそれで終わりな」
「ハァ!? まだまだあるから遠慮しないで食えっつったの誠一じゃん! ひどくない!?」
「つってもな、あんちゃん四人家族だし……材料もねえし……」
「こんな類人猿にケーキなんて勿体無いって! どうせ味なんかわかんないでしょ!」
ひでえ言い種だなおい。
「おいおい、誠一よぉ、あんまり苛めてやるなよ」
流石に言い過ぎだろうと諌めようとしたが、その言葉は先にあんちゃんに遮られた。
「可哀想だろ? 油断したガキが、その類人猿に救われたからってスネて意地はってんだからよ。やさしぃく見守ってやるのが大人ってもんだろ」
嫌味ったらしく見下して、ニヤニヤと笑みを浮かべて。
そんなあんちゃんに、悟の額に青筋が浮かんだ。
おーおー……滅茶苦茶怒ってらぁ。
だが、悟はその怒りを表には出さない。
いや、出せない、が正しいだろうか。
悟が今こうしていられるのは、正直あんちゃんの存在、正しくはその呪具の存在が大きかったからだ。
おまけに渋谷に蔓延る呪霊、改造人間の殆どを屠ったのはあんちゃんだ。
見方によっては、悟の油断の尻拭いをしたとも取れる。
そんな立場では、流石の最強も肩身が狭い。
まぁ、あんちゃんへの報酬は悟のポケットマネーから出して貰ったから、貸し借りという観点ではなしだが……こればかりはプライドの問題だからなぁ。
そもそも過去の出会いからして殺し殺されの関係だった二人だ。
おまけに禪院家の落ちこぼれ、何も持たず汚点として産まれたあんちゃんと、五条家の待ち望んだ神童、全てを持って産まれた悟とじゃあ、立ち位置が違いすぎる。
そっから仲を改善することなくここまできたんだから、まぁ……会話出来るだけマシだろうな。
「はいはい、あんちゃんもあんま煽んなって」
「む……」
「悟も、甘味なんざ後でいくらでも作ってやるから、それ食ったら任務行ってこい。材料買ってきてくれたら、深夜だろうとなんか作ってやるよ」
「ちぇっ……わかったよ、約束だからな!」
命拾いしたな! と最後に悪態をついて、悟はホールケーキの残り半分を食べる作業に戻っていった。
あんちゃんに背を向けて、バクバクと頬張る。
そんな悟の背中をあんちゃんは後頭部をかきながら見つめて、フンと小さく鼻を鳴らしてから踵を返した。
「そんじゃ、今日は頼むわ、誠一」
背を向けてヒラヒラと手を振るあんちゃんに、頷きを返した。
「ああ、任せろ。最高に美味いすき焼きご馳走してやるよ。和室で家族四人で待っててくれ」
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「お待たせしました」
和室に用意したのはコンロと空の鍋。
そして、具材達だ。
今回のすき焼きは関西風……空の鍋で肉を焼いてから作り始める奴、って言えば伝わるだろうか。
まずはそれで薄切りのお肉を適度な焼き加減で美味しく食べて貰い、そこから野菜類を投入していって煮込んでいくようになる。
テーブルについているのはあんちゃんの家族、あんちゃんの隣に座る奥方さんと、対面に娘の津美紀ちゃん、そして恵だ。
伏黒一家家族水入らず……和室には穏やかな空気が流れていた。
あの、あんちゃんが滅茶苦茶穏やかな顔をしてその空気に溶け込んでるのが正直目を疑うんだが……それを表に出した瞬間どうなるかわかったもんじゃない。
幸せそうなのは間違いなく良い事なんだが、今までの印象から剥離し過ぎなんだよなぁ……。
「今日はご馳走になりますね~」
「あんちゃんが日頃お世話になってます。今日は是非堪能しててってくださいね」
「おいおい、てめえは俺の保護者かなんかか?」
ニコニコとあんちゃんの隣で笑う奥方さんは、正直なんの変哲もない一般人。
そこまで関わりがある訳じゃないが、あんちゃんが拘る理由はよくわからないな……。
ま、あんちゃんにしかわからん何かがあるんだろうな。
さて、待たせてもあれだしさっさと始めるとするか。
熱した鍋に牛脂をしいて……と。
ジュー……
取り出したるは今回のメイン、高級和牛薄切り。
ふんふん……良いサシが入ってる。
こりゃあ焼きすぎないほうが美味く食べれそうだ。
「それじゃ、焼いていきますねー」
ジュワワワ……
手早く手早く……砂糖を振りかけ、醤油を絡めて……ちょい焼き色つけるくらいで……っと。
うん、良い感じだ。
焼き色がついた赤色のまだら模様のお肉を、鍋からさっと取り出した。
「はい、どうぞ。まずは好きなだけ、お肉をお楽しみください」
そう言って、次のお肉を用意していく。
まだまだ沢山あるからな……ちなみにこれも悟のポケットマネーだ。
「わぁ……ありがとうございます。いただきまーす」
目をキラキラと輝かせた津美紀ちゃんが、受け取ったお肉を溶いた卵に潜らせる。
そして、目を瞑りながら口を大きく開き、お肉をパクリと頬張った。
「ん!」
もぐ、と咀嚼した瞬間その目は開き、その口角がつりあがっていく。
「ん~!」
頬に手をあてて目を細め、美味しそうに味わっている様子だった。
うんうん……焼き加減は問題なさそうだ。
「おいし~! 甚爾君、このお肉とっても美味しいね!」
ニコニコと笑う奥方につられてか、あんちゃんの口角もあがる。
「ああ……美味いな」
奥方や津美紀ちゃんとあんちゃんの笑顔の理由は違うんだろうなぁ、と焼きあがったお肉を配りながら思う。
いやぁ本当に……人っての変わるもんだなぁ……としみじみと感じるぜ……。
恵は静かにその光景を眺めてて……ん、恵も笑ってるな。
良い雰囲気を醸し出す伏黒一家のその空気を壊さないように、俺は肉を焼き続ける事に専念するのだった。
……さて、美味しい美味しいとお肉をパクパクと楽しんで貰ったが、そろそろすき焼きの本番といこうか。
十分にお肉の旨味が鍋に満ちたことだろう……こりゃあ美味いすき焼きになるぞ。
「それではそろそろお野菜のほうの調理に移ります」
まずはまだまだお肉。
そこにネギを加えて焼き付けて……醤油、みりん、酒を投入っと。
ジュワー……
そったら具材の投入だ。
白菜、えのき、春菊、白瀧、焼き豆腐……と。
……うん、砂糖は要らなそうだ。
もう少し醤油多めで……今は味が濃いが、野菜から出る水で丁度良くなるなこれは。
ちょっと煮詰まったら白菜か水を足すとしよう。
最後にまたお肉を投入して……と。
うーん、お肉の旨味を吸った具材達……こりゃあ美味いぞ。
「さぁ、火が通りました、好きなように召し上がってください。関西風すき焼きです。まだまだありますから、好きなだけどうぞ」
ぐつぐつと音をたて、てかてかと光る鍋を覗き込み、奥方と津美紀ちゃんは嬉しそうに微笑んでいた。
「いい匂い……」
「美味しそー!」
歓声を上げる女性陣を後目に、あんちゃんが口を開く。
「……白米あるか?」
「勿論ありますよ」
この匂いだもんな……欲しくなるよな、白米。
当然おひつにたっぷり用意してある。
パカリと開いたおひつから立ち上る湯気に、あんちゃんはニヤリと笑った。
「誠一さん、すみません俺も……」
「あっ、じゃあ私も!」
「私もお願いします」
「はーい、少々お待ちを」
追随する伏黒一家に返事を返して、手早く茶碗に白米を盛り付けていく。
……こりゃあ白米進むぞ……おひつのご飯、なくなるかもな。
鍋から取り出した白菜とネギ、卵に潜らせてご飯にワンバウンド。
頬張った野菜は味が染みつつも、シャキシャキとした歯応えを残した完璧な状態にしている。
更には高級和牛の旨味すら吸ったこのすき焼きは、絶品という言葉ですら足りないだろう。
「「美味しい……」」
「「美味い……」」
それはほぼ同時に呟いた伏黒一家の様子を見ればよくわかる。
目を細め、心底美味しそうに食べ進める彼等彼女等は、幸せそうだ。
是非とも、心行くまで楽しんで欲しいな。
具材を追加し味を整えながら、そんな彼等の様子を微笑んで見つめていた。
これからの話
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このままストーリー継続
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もっと飯中心にまったり進行
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そもそも過去に何が?