「という訳でね?ちょっと甘えがあるのかなって思ってさー」
今回の任務、一年生は特級がいるかもしれない、という領域内にも関わらず、ちゃんと呪力感知してればわかる、特級の接近に気付かないというポカをやらかした事を説明した。
テーブルに両手をぐでーと伸ばした状態で、上半身を預けて突っ伏している。
「ふうん、恵がそうなるのは珍しいね」
棒つきキャンディを舐めながら、悟は呟く。
実際恵は仮にも二級術師。
単独任務すら許されるようになる、呪術師としては一人前と言える階級だ。
「でしょ?流石にペナルティないとさー。玉犬は可哀想だったけど、本人達に怪我はして欲しくないしー…引率向いてないなーボク」
本来なら少し痛い目に合わせたほうが良かった。
空にして見れば、あの特級と自分には片手間で瞬殺出来る程の差があった。
三人が死ぬギリギリに助ける事すら出来たが、野薔薇が拉致されそうになった時は止めてしまったし、悠仁の腕が切り飛ばされると思った時には動いてしまっていた。
命の危機のない修羅場なんて、術師としてやっていく中でどれだけあるか…三人の戒めとしても経験としても、暫く放置がこれからを考えれば一番の正解だった。
実際悟や傑であれば、命の危機になるまでは手を出さなかっただろう。
「いや、そもそも特級仮想怨霊現場に、彼らが派遣されるのがおかしいだろう。たかが五人、生きてるかもわからない非術師の為に」
不愉快さを隠しもせず、傑はチーたらを摘まむ。
「元々空が言われた任務でもないんだろ?まぁた上層部か。狙いは悠仁か?恵の線もあるか」
バリと海苔煎餅を齧り、誠一は呆れたように言う。
このような、任務内容と派遣される術師の階級が合わないというのはこれまでも何度もあった。
誠一や空にも経験があるし、後輩達にもある。
そういう時には悟や傑が遠距離の任務に着いてる事が多いので、間違いなく作為的なものがある。
「多分そうだよ、伊知地クンも複雑な顔してたし」
「伊知地後でマジビンタする?」
「彼も本意ではなかったろうさ、半ビンタくらいで許してあげなよ」
その後で大概理不尽な目にあうのが、高専の後輩で現在補助監督の伊知地だ。
誠一は流石に可哀想に思い、よくうどんを奢っている。
「ビンタはさせるのな…まぁ話戻そうぜ、一年生が弛んでるって話だろ?」
「そうだねぇ、あれボクがいなかったら全滅案件だよ。宿儺の指でブーストしただけの呪霊だったし、生得領域はあっても術式は刻まれてなかったけど……。伏黒クンには荷が重かったかな、先手とったり先に捕捉出切れば別だったろうけどねぇ…」
はぁ、とため息を吐いて、空は目の前のマシュマロを摘まむ。
目を瞑りながらもむもむと咀嚼する様子は、少し疲れが見てとれた。
「……っぷはっ。同年代の呪術関係の友達が出来て、恵もはしゃいじゃってるんじゃない?私は別に少し様子見でもいいと思うけど。ただそれはそれとして上層部が任務弄ってくるってなると…せめて呪力の鍛練は厳しくしてもいーんじゃない?また灰原と空みたいな事になるよ」
ショットグラスに注いだ酒を煽った硝子の言葉に、傑の表情が強張る。
あの頃、特に任務で忙殺されていた所に届いた知らせ。
後輩の二人、個人的に可愛がっていた七海建人と灰原雄。
二人が任務先からボロボロで帰還し、同行していた空が行方不明との知らせ。
星奬体任務の後で色々と考え込んでいた時期だった傑は、その知らせにひどくショックを受けた。
その時の事を思いだし、数本のチーたらを口に放り込むと、半分程残っていたビールを煽った。
「……ちっ」
ガリッ
悟が咥えていた飴を噛み砕く。
その任務は二級術師となった建人と雄、三級で燻り続けていた、態度の悪い頃の空が向かった任務。
二級として判断されていた呪霊だったが、蓋をあけて見れば一級…三人がかりでもとても対応出来なかった。
一番近くにいた悟が即座に向かったが、その時には呪霊の祓われたであろう残穢と大量の出血しかなく、空の姿はなかった。
その時のやるせない気分を、悟は忘れる事が出来そうもなかった。
「あー、硝子チャン、あんま二人苛めちゃダメだよー。ボクが死んだのはボクが弱かったからだし、そもそも、これが仕掛けた事だし」
空は次のマシュマロを口に放り込み、自分の頭を人差し指でコンコンと叩く。
そしてへら、っと笑った空は髪をかきあげ、額の縫い目を露にした。
「三人を本格的に鍛えるのは賛成かなー、ボクや灰原クンみたいな目にはあって欲しくないからね」
ボロボロで帰還した建人と雄だったが、雄のほうは膝から下を喪っており、硝子でも生かす事で精一杯だった。
そこで雄は術師を引退、建人もその後、それらの経験もあって術師から足を洗う事になる。
結局それらの任務も、悟や傑に対する嫌がらせ、そして、とある存在の企みによるもの。
一連の話は、悟と傑にとって非常に不愉快な話だった。
「やれやれ、原因となったそれを未だに頭の中で飼ってる事は理解に苦しむよ。空が生き返ったのは喜ばしい事だけどね。……流石に宿儺の器は放置が難しかった、か。仕方ないね、予定を早めようか」
空を、厳密には空の頭の中に潜む輩を呆れたように見つめ、傑は肩をすくめた。
「人の脳ミソに寄生するとかマジ終わってる、オエーッって感じ。僕の目でもわからないのが更にタチ悪いよね。……んー、恵と野薔薇はいいけど、悠仁はもっと基礎的な所からやろっか。夜蛾センに相談だね」
悟はべ、と舌を出して手の平を外に向けて吐くようなジェスチャーをした後、ピラ、と目隠しを外して空を見る。
悟の六眼で見ても空には特におかしな所はなく、間違いなく空本人であると伝えてくる。
空は額の縫い目を撫でるように、自分の指を這わせた。
「それだけどうにかする手段が見つからねぇんだ、仕方ないさ…悔しいけどな。……じゃあ、予定通り二年と交流始めていく感じでいくぞ。交流戦に備えて、っていう名目で」
誠一はそう言って、焼き立ての醤油煎餅に齧りつく。
鼻をスンスンと鳴らした硝子が手を上げると、その手元には焼きたての醤油煎餅が置かれる事となる。
バリっと小気味の良い音を響かせながら煎餅を齧った硝子は、肩を落として口を開いた。
「そもそもなんで空が今生きてるのかが、医学的には意味不明なんだよ。呪術的にいっても、五条の六眼で見てわかんないんじゃ、どうにもならないでしょ……ん、からか。夏油ー私もビール」
「はいはい」
硝子はボトルが空な事に気付いて、密かに冷蔵庫に向かっていた傑へと声をかけた。
『今まで私が使ってた肉体は、抜けたら死体になってたから、外科的に摘出しても死ぬだけだと思うよ』
少しだけエコーがかった空の声が響く。
その場の皆の視線が、ゆるりと空のほうを向いた。
『乗っ取ったつもりの体に閉じ込められるなんてね……参っちゃうよね』
空は、たはーと笑う。
そしてするりと額の縫い目の糸を抜いていく。
今喋っている者こそ、空の頭、脳ミソに巣食う存在。
その存在曰く、そうやって今まで何人もの人間の身体を乗っ取り生きてきたという、明らかにまともではない、尋常ではない存在。
パカリと開いた空の頭、露になる脳ミソ。
そして、その脳ミソの正面についた、不自然すぎる口…。
その口が開き、空の口と同時に動いて言葉を紡ぐ。
『君達も難儀だね、手段を選ばなければ容易く呪術界を変えられる戦力を持つというのに、正道に固執して。まぁ、その青臭さも嫌いじゃないよ。ただここから、私の置き土産が色々あるから気を付けるといい』
「は?てめえまだなんか仕掛けてやがんのか?やっぱ殺すか?」
「悟、地が出てるよ。空が死なない手段を見つけたら殺そう」
殺気立つ悟と傑。
一方で硝子と誠一は気味悪そうな顔をしていた。
「「キッショ…」」
「何度見てもキショイな」
「うん、キショイ。空が汚れるからさっさと消えて欲しい」
脳ミソについた口が動くという、実に気持ち悪い動きを見た二人の、率直な感想だった。
「頭…スースーする……」
『ああ、ごめんよ空。という訳で警告は終わり。どうせ私はここから出られないし、精々楽しませてくれ』
それだけ脳ミソは言い切ると、かぽりと頭をはめた。
手慣れた手つきで糸を通していく空は、また目の前のマシュマロを口に含んだ。
もむもむと口の中で転がし、これからの事を思う。
「……色々不穏だねぇ。まあ、あとは誠一クンにしっかり生徒達を見て貰う為に、明日から悟クンも傑クンも……僕も任務頑張らないとねぇ…」
空はそうしみじみと言うと、眼を閉じて疲れたようにテーブルに改めて突っ伏した。
空に寄り添うように硝子が隣に座り、ビールを飲みながら、その頭を優しく撫でた。
悟と傑は苛立ちを解消するかのように競いあって煎餅を齧り、誠一もそれをわかってか、黙々と煎餅を焼き続けた。
「さっさと逃げろ!邪魔なんだよ!ぐぅぅ!」
「くそ、灰原…!夢乃先輩!!」
「足やられたそいつ連れて、さっさと、行けぇえっ!」
「っ……!はいっ……!」
血塗れで意識を失い、膝から下もない死に体の灰原雄を、七海建人は背中に背負って走り出す。
その顔を涙で歪め、痛む身体に鞭をうち、夢乃空先輩に背を向けて。
「ぐぁあぁっ!」
ドガシャァアアン!
先輩の悲鳴と共に轟音がしても、建人は信じて走る。
早く助けを、少しでも早く!早く早く!
フッ
瞬間建人の顔を影が覆った。
反射的に見上げてしまった建人は、同時に絶望した。
先程の呪霊が、ピタリと自分の背後につき、手を振り上げている光景。
先輩はどうしたとか、あんなに必死に走ったのにとか、建人の頭に次々に浮かび消えていく。
振り下ろされる手が落ち始めた瞬間、その声は聞こえた。
「あぁあああああ!そいつらに、手を出すなぁああ!!領域、展開っ!!!」
同時に目の前に結界が出現し、呪霊を飲み込み、残された振り下ろされる筈だった腕だけが、建人の真横の地面に転がる。
ちらりと見えた空の姿は、顔から何から血塗れで、ボロボロだった。
一瞬建人の脳裏に過るのは、先輩へと助力をする事。
だが、建人の冷静な部分がそれを即座に却下する。
領域展開が出来たとして、勝てると決まった訳ではない。
何よりも術式は【解放呪法】それが必中になったからとどう必殺に持ち込むのか。
ならば自分がすべき事は…。
「う……」
「灰原……っ……夢乃先輩!ありがうございます!」
建人は再度走り出す。
灰原の生命力を信じて、夢乃先輩を信じて。
がむしゃらに走り続け、ハッと気付けば高専の治療室で寝かされていて。
そこで、灰原の生存と、夢乃先輩が行方不明…恐らく死亡を聞かされ。
「……クソ」
自分の無力さに、死んでしまいたい気分だった。
『って訳でね、宿儺の器の子を七海クンに見て貰いたいんだぁ。すぐではないけど』
「成る程、わかりました。今の案件が終わればそちらに向かいましょう」
『ごめんねー、七海クンも大変なのに』
「……いえ、他でもない、夢乃先輩のお願いですから」
『ありがとう!じゃあまたね!』
「おお、死に際に領域展開まで取得したのか、これは嬉しい誤算だね」
「……ひゅー…………ひゅー……」
「完全に虫の息だ。ふふふ、運がいいなぁ。君の術式も気になってたんだよ。勿論本命は【呪霊操術】の子だけど…ちょっと確かめておきたくてね…よっと」
「っか……ひゅっ…………」
「ボロボロだけど見事に一級呪霊を祓ったね。凄いよ、凄い凄い。いやぁ、どんな事が出来るかな?それにもしかしたらこの子使って【呪霊操術】の子も手に入れられるかも…?ははは、良い拾い物だ」
「…………」
「ん、死んだかな。じゃ、持って帰って加工しようか…楽しみだね」
これからの話
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このままストーリー継続
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もっと飯中心にまったり進行
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そもそも過去に何が?