ダンジョンに『元』冒険者がいるのは間違っているだろうか 作:チキンうまうま
オラリオはいいぞ。
僕がまだ故郷の村にいた頃、お爺ちゃんとお義父さんはよく口を揃えてそう言っていた。
「オラリオはなあ、強ささえあればなんでも揃う。種族も、年齢も、経歴も、なんもいらねえ。強ささえあれば、金も女も、信じられないくらい美味い飯も、とんでもない名誉も、全部手に入るんだ。」
小さな畑に鍬を振り下ろしながら、義父はそう言った。
「逆に言えば弱い奴はすぐ死ぬ場所でもあるけどな。あそこは世界一華やかで、美しく、全てが集う街ではあるけど、それと同じくらいあらゆるものを奪い尽くす街なんだ。」
僕は息を荒げながら畑仕事をしているのに、その何倍も作業をしている義父は息の一つも荒げていない。畑仕事の最中にこの話題について話す時、義父はいつも平然とした口調で、だけどもどこか寂しそうに話すのだ。
「お義父さんも、昔はオラリオで冒険者だったんだよね。」
「…お前が生まれるより前の話だけどな。それなりにイイところまで行ったが…それっきりだ。」
義父は昔についてあまり話さない。ただ、農村の小さな家には不釣り合いな、二振りの刀だけが、その過去を示す証だった。
「だから、まあ、なんだ。そのだな…。」
うむむ、と眉間に皺を寄せて、義父は口をつぐんだ。どうしたの、なんて聞くと、しばらく唸っていた後にようやく口を開いた。
「これは一度聞いて見なきゃならないと思ってたんだけどな。」
そう言って義父は僕の目を見た。僕と義父は血が繋がっていないらしいけれど、偶然にも全く同じ色の目が僕の方を強く見つめてきた。
「お前は、どうしたい?」
「オラリオに、行きたいか?」
ガタガタの荷馬車が揺れる。初春の肌寒い空気が肌を刺すなか、荷馬車の荷台に座る男は大欠伸をした。
「ふえわあああ…荷馬車にも飽きてきたな。ベルはどうだ?」
「そう?そんなことないけど…。」
「…そういやお前は馬車も初めてか。ならもうちょい良いのに乗ればよかったかな。」
目尻に浮かんだ涙を拭って、男はその黒いボサボサの髪を掻きむしった。それは隣に座る少年─ベルの白いふわふわした髪とは真逆の、歳を感じさせる、黒くてゴワゴワした髪の毛だった。
「でも、そんな良い馬車はうちの村に来ないんじゃない?」
「…それもそうか。世の中うまいこといかんもんだなあ。」
そう言って男は天を仰いだ。そのまま何やらぶつぶつと何やらうめき始める。と、そこで何かを見つけたのかベルが急に荷台から身を乗り出した。
「あ!お義父さんお義父さん!」
「…ん?なんだ?」
「見て、あれ!あれ、オラリオだよね!?」
「どれだ…ってああ。アレか。」
そう言ってベルは、遥か遠くに見えてきた天に向かって聳え立つ塔を指差した。それはまるで山よりも高いんじゃないかと思ってしまうほどに高い。それを見て大はしゃぎするベルに、男は少し目を細めてその白い髪をくしゃくしゃと撫で回した。
「そうだ、アレはオラリオの象徴。【
「オラリオの、象徴…。」
「ついでに言うとダンジョンのちょうど真上にある、『蓋』でもあるらしい。そこんところはよく知らんけど。って聞いてねえし。」
懐かしむようにそう言った男は、ここにきてベルがもはやはしゃぎすぎて自分の話を聞いていないことに気がついた。そのとこに呆れたようにため息を一つつくと、大きな伸びをした。
「それにしてもいよいよオラリオか…。ワクワクするね!」
「そうだな。だが俺はそれよりもワクワクよりもドキドキしている。」
「なんで?久しぶりだから?」
「いや。街に入れるかわからんからだ。」
2人の間を寒々しい風が吹き抜けた。
「なんで!?なんでそうなるの!?」
あの時、祖父が亡くなったばかりの時だ。オラリオに行きたいかと問われたベルは、『行きたい』と答えた。それに対して義父は『じゃあ俺も行こうかな』と言っていたはずなのに!急にそんなことを言い出すなんて!
「いや、そもそも俺、と言うか俺のファミリアは色々あってオラリオから追い出されていてな。だから本来オラリオには入れないんだが…今俺は脱退してるからその辺どうなんだろうなと。」
「追放!?何したのお義父さん!?」
「…色々あったんだよ、色々。ほら、俺たち若かったから。」
「お義父さん!?」
はっはっは、と笑う義父にベルが頭を抱える中、馬車はガタゴトと音を立てて、少しずつオラリオへの道を進んでいった。
「さて、ベル。もう一度確認だ。」
「…うん。」
その次の日。ついにオラリオへと辿り着いた2人は入国審査待ちの行列の中で並んでいた。そこは右を見ても左を見ても人で埋め尽くされており、喧騒が全てを支配していた。
「まずお前はオラリオに入ったらギルドに行ってファミリアを探す。今日中に見つからなかったら渡した金で宿に泊まる。いいな?」
「うん。」
「で、俺はまずオラリオに入れるように問い合わせてみる。」
「…まさかお義父さんがオラリオ出禁になってたなんて…。」
「そんなこともあるさ。…で、入れたなら俺は明日一日中ギルドにいるから、そこで声をかけてくれ。」
「…入れなかったら?」
ジト目で見てくるベルの視線に少し冷や汗を流しながら男は重々しく口を開いた。
「…【ガネーシャ・ファミリア】の連中にお前宛の伝言を託す。『やっぱりダメだったよ』ってな。」
「ええ…。」
「まあそうなったら大人しくあの家に戻るさ。」
そう言って男は肩をすくめた。
そのまま待つこと数十分。いよいよ退屈を持て余してきた時に、ようやくベルと男の番が来た。
「それじゃあ、お義父さん!また後でね!」
「…後で会えたら良いんだけどな。」
担当の男に呼ばれたベルが小走りで向かっていくのを見送って、男はゆったりと歩いて行った。そのまま担当の男の前に立って、荷物と腰に佩いていた2振りの刀を預ける。
「はいどうも。お兄さん、
「ええ。だが、こちとらちょいと訳ありでしてね。そんで呼んでほしい奴がいるんですが、いいですか?」
「へえ?誰を?」
ペラペラといくつかの書類をめくっていた担当官は、その言葉に怪訝な顔をした。彼の経験上、こういった時は相当に面倒な事態になることをよく知っていたのだ。
「おたくの団長…は今もシャクティさんで?」
「…ああ。合ってるよ。」
二つ名でもなしに名前かよ。馴れ馴れしい奴だ、なんて思いながら担当官は内心で舌打ちをした。
「じゃあシャクティさんか…もしくはガネーシャ様をお願いします。伝える内容は、そうですね。」
もはや睨んでいるかのような視線を向けてくる担当官に、薄く微笑みながら男は告げた。
「『
時雨
35歳。元々冒険者をしていた男。現役時代の二つ名は【夜叉】。未婚。
諸事情あって友人の子であるベルを育て上げた。ベルがオラリオに行くのに合わせて、自分もオラリオに帰ることを決めた。そもそもがオラリオ育ちなので、田舎暮らしよりは都会暮らしを好む男なのだ。
ベル
祖父と義父である時雨に田舎の村で育てられた。
時雨が元冒険者であることを聞いて剣を教えてもらうように頼んだのだが、一度も教えてもらったことはないらしい。