ダンジョンに『元』冒険者がいるのは間違っているだろうか 作:チキンうまうま
フィン・ディムナは動揺していた。
事の発端は自身の部下、【
まあ最悪そこはいい。ベートの素行と酒癖の悪さは今に始まったことではないし幸いにして今回はすんでのところで死者も怪我人も出ていない。あとで罰則として謹慎でも言い渡せばいい話だ。
ただ、よりにもよってだ。
「…なんの用だ、【
(なんでよりにもよって彼の連れを馬鹿にしたんだ…!)
公式非公式問わなければその二つ名は10を超え、そしてそのどれもがその男の凶暴性と残虐さを物語る。先代【剣鬼】にしてゼウス・ファミリアの最年少幹部。なんの前触れも無しにこの英雄の都に帰ってきた冒険者。
「…随分と久しぶりだね、【夜叉】」
セト・時雨。千年最強と称された旧二代派閥において最凶と揶揄された怪物がそこにいた。
「御託はいい、用はなんだ。俺は急いでるんだが。」
周囲の好奇の目など知ったことかと言わんばかりに彼は吐き捨てた。─どうやら僕たちの首の皮はまだ繋がっているらしい。
「いや、本当に今回は君の同行者にうちのベートが失礼なことを言ってすまなかった。お詫びをしたいんだけど、取り次いでもらえないかな?」
「……。」
スッと【夜叉】の目が細められた。その視線の先には簀巻きにされた暴言の主、ベートがいる。彼はその方を見てボソリと口を開いた。
「お前が謝ったってしょうがねえだろ。」
「…なんだって?」
「…いや、なんでもねえ。謝るってんなら好きにしろよ。ただそっから先は知らん。あいつとお前らの問題だからな。俺は首を突っ込まんことにする。」
それだけだ、と。そう言い残してさっさと背を向けた。扉に手をかけ、僅かに開いてから何かを思い出したかのようにもう一度こっちを振り返った。
「そうだ、言い忘れるところだった。【
「…なん、ですか?」
バッと全員の視線がアイズに向かう。当の彼女は、時雨の方を真っ直ぐ見つめ返していた。あまりにも真っ直ぐすぎるその視線に耐えかねたのか、彼は少し目を伏せた。
「ありがとよ、俺の
最後の最後にそう言って、彼は扉から出て行った。彼の出ていった後には、本来賑やかであるはずの酒場に静寂しか残らない。
「………えーと。」
その中で最初に再起動を果たしたのは我らが主神、ロキだった。それにファミリアの三首領が続く。
「え、なに?あいつ子供おったん?」
「その情報自体はガネーシャ・ファミリアから伝達があっただろう。」
「ただまあ…思ったより息子が大きかったの。てっきり大きくてもまだ10歳くらいかと思っておったが。」
「ガレス、今そこは重要じゃないよ。問題は今回僕たちがやらかした相手が
僕のその言葉に全員が苦虫を噛み潰したかのような顔になる。少なくともロキとガレス、リヴェリアは他の団員よりも彼を多少なりよく知っている。少なくとも彼は親友を馬鹿にされた、とかいう理由でいくつものファミリアを半壊、相手のほぼ全員を治療院に入院させている。なら相手が息子なら?そんなこと今のロキ・ファミリアでされたら本気で洒落にならない。
「…襲撃とかしてくるかの。」
「あり得なくはない、か。私としては真っ向から斬りかかってくる印象が強いがどう出るか…。」
「最終的に勝てばいいだろう、の精神で手段を選ばないのが彼の怖いところだからね。」
「…いや、それはないで。」
3人で顔を付き合わせる中、ロキの声がそれを遮った。
「というか多分今のあいつそんな怖ないで。あとは知らん、って言うたのも嘘や無かったし。」
そう言ってロキは僅かに眉を顰めながら酒の入ったグラスに手を伸ばした。
「ロキ、なんでそう言える?」
「目や。目ぇ見たら分かる。」
リヴェリアの問いに即答した。その口調は苦々しげではある。
「あの目はアレや。オラリオでもたまに見る、完全に心がへし折れた奴の目や。…今のアイツはもうあの頃のイケイケやった奴やない。
黒龍との戦い。多くの仲間を失い、完全なる敗北を喫したそれが彼の心をへし折ったのだろう。
「仲間も
知らんかったとはいえ、うちらはそいつを馬鹿にしてしもうた。酒杯を呷って、ロキはそう吐き捨てた。
「探すで、あのガキ。流石にこのままやと気分悪いわ。」
主神のその宣言に、眷属全員が首を縦に振った。
(ベルの向かった方向は分かってる。)
トン、トンと屋根を飛び伝いながら一路ベルの走って行った方向へと向かう。その途中、今日の仕事を終えた冒険者で賑わう通りを上から眺めたが、ベルの姿は見つからない。
(どうしたもんかな。ベルを見つけられないままもうメインストリート抜けてバベルに着いちまった。もっと路地裏とか探すべきかな。)
トン、と小さな足音を立てて屋根から飛び降り、
(まあ最悪ここを起点にして街中を全部走り回ればいい、か…?)
再び屋根の上へ飛びあがろうとして、そこでフッとある考えが思い浮かんだ俺は思いっきりつんのめった。そんな俺の様子を見ていたのだろう、周囲から笑いが漏れる。
(待て。
タラリ、と冷や汗が背中を伝う。だがそれを気にする余裕もなく勢いよく
(あり得なくはない!『弱さを馬鹿にされた!強くなりたい!』そう考えたあいつならこの時間に1人でダンジョンに行きかねない!)
そうだ、なんでこの考えに至らなかった!?昔から変なところで行動力のある子だったじゃないか!
(今あいつは装備何持ってた!?いや、防具とかつけてなかったよな!?ポーションは!?持ってる訳ないよな!!)
最悪の事態の想像が頭の中に浮かんでは消えていく。その妄想を振り払うかのように俺は頭を強く振った。
「…行かないと。」
早く。一刻も早くあの子の元へ。その考えに取り憑かれた俺は脚元のレンガを砕き、激しい砂埃を立ててダンジョンの中へと飛び込んで行った。
時雨の親友
お前本当に最強ファミリアに所属していたのかと言いたくなるほど弱く、逃げ足が早く、醜聞に溢れた人物。時雨とは強さも性格も行動も全く合わなかったが一周回ってウマが合い、親友にして恋敵になった。