ダンジョンに『元』冒険者がいるのは間違っているだろうか 作:チキンうまうま
時雨の辿るルートは大まかに4つ
・生き残ってしまったことに対する罪悪感から発狂、消息不明になった後に死亡確認ルート(正史)
・親友の忘形見を託されて田舎でスローライフ、療養ルート(本編)
・色々あってアルフィアと事実婚状態になって頼れる先達と頼りにならないこともない神と義息子とで田舎暮らしルート(静穏ルート)
・暗黒期終盤にオラリア側として急遽参戦、死闘の末にアルフィアの願いを踏みにじりながら彼女を殺して最終的に精神を病むルート。(アストレア・レコード)
下に行くほどルート派生率が下がる
誰もいない
夜半の迷宮は静かだ。冒険者のいないこの時間は
逆に言えば一度戦闘になってしまえば周囲のモンスターがその音に引き寄せられてくるということ。その危険性を知るがゆえに時雨は
(…音、なし。ならベルはここにいないか…。)
道中で出たモンスターは全て蹴り殺し、ほんの数分で時雨は4階層にたどり着いていた。この時点でベルの姿が見つからず、残された痕跡も回収されていない小さな魔石だけであることに時雨の内心で焦りが生まれてくる。
(アイツが
自分でそう考えておきながら、時雨はあり得ないと頭を振った。ベルはまだ冒険者になって1月もたっていない。そんなステイタスでこの階層に来ることは普通に考えたらできやしないはずだ。
(普通に考えりゃああり得ねえ、あり得ねえはずだが…可能性はある。)
もしも道中奇跡的に強いモンスターに出会わなかったら。その場合はより奥へ奥へと進んでいった可能性はある。
そう結論づけて時雨がもう一度走り出す。途中で不幸にも飛び出してきたモンスターを不可視の速度で蹴り殺し、轢き潰し、ただひたすらに奥へ奥へと進んでいく。
(ベル…)
不安と焦燥の中で、今までにベルと過ごしてきた思い出がよみがえる。
生まれてすぐのベルをメーテリアに託されて。
育児なんてしたことないのにわけのわからないまま
夜泣きに悩まされてノイローゼになりかけて。
(頼む…!)
初めて喋ったときは喜びのあまりに絶叫してお隣さんに怒られた。
歩き始めたときは思わず腰を抜かして。
熱を出したときは不安で一晩中眠れやしなかった。
(頼む、ベル…!!)
遊びに行ったベルがケガして帰って来たときは魔法で治してやった。
秋には畑一面に実った麦を一緒に刈り取った。そのあとの収穫祭で食べ過ぎて、腹がまん丸になっていたのをよく覚えている。
幸いなことに心配していた病気も発症せずにすくすくと大きくなって。
(生きていてくれ…!!)
ようやくここまで育ったんだ。ロクデナシな俺にはびっくりするくらい似ずに、あんなにまっすぐでいい子に育ったんだ。
こんなところで、あの子の命が終わるなんて、そんなことがあってたまるか。
5階層を突破して、6階層へと突っ込んだ。そうしてすぐに、微かにだが聞こえてくる金属の音。ー誰かがこの場所で戦っている!
「ベル、なのか…!?」
ここまで来たらなりふり構っていられない。ただひたすら音の聞こえたほうに、とにかく最短、最速で向かう。コンマ一秒でも早くたどり着けるように、全身を躍動させる。
「ーふっっっ!!」
ようやくその広間に到着した俺が見たのは丁度戦いを終えた瞬間のベルの姿。ーベルが、ウォーシャドウを倒すところ。
「ベル!!」
きっと激戦だったのだろう。灰となって崩れ行くウォーシャドウを前に肩で息をするベルに、急いで駆け寄った。そこでようやく俺に気が付いたのだろう、あちこちに傷を負ったベルが疲れを隠せない目で俺を見た。
「お義父さん…?なんでここに…?」
「それはこっちのセリフだこの馬鹿!」
即座に【白鷺童子】を発動。ベルの傷を癒していく。ベルの体はあちこち傷と泥にまみれていて、ずっと戦っていたことがうかがえる。
「お前どんだけ危ないことしてたかわかってんのか!?ここ6階層だぞ!?無茶苦茶するにもほどがあるだろうが!」
「…うん。」
ようやくベルが生きていたという安堵が芽生えてきて、傷が癒えていくベルの肩を掴んで怒鳴りつけた。だが、返ってくるのは沈んだ生返事だけ。なんて、痛々しいのだろうか。
「……まあ、説教はあとにしようか。」
ベル。できる限りお落ち着いた声音で我が子の名前を呼んで、随分と大きくなったその身体を抱き寄せた。
「お前が生きていてよかった。」
「…っっ!!」
ベルの体が跳ねる。きっとこいつも、あんなことがあっていっぱいいっぱいになりながら必死に戦ったんだろう。今は、その反動とかで頭の中がぐちゃぐちゃになってるはずだ。だから、とりあえずはこいつが落ち着くまで待つとしよう。
そうしてしばらくいると、ようやくベルが小さな声で口を開いた。
「…ごめん、なさい。」
「おう。もうすんなよ。」
最後にわしゃわしゃとその綺麗な白髪を撫でて、俺はゆっくり笑みを浮かべた。
「んで、だ。」
さっきまでベルが戦っていた広間。俺たちはその壁際に並んで寄っ掛かって座っていた。周りのモンスターは俺を恐れてか近寄ることすらできていない。
「なんでこんなことしたんだお前。階層は深い、装備はない、仲間もいない。危ないのわかってただろ?」
「…うん。でも、」
ベルは膝を抱えたまま、ぽしょりとベルは呟いた。
「強くなりたい。」
「悔しかったんだ。あの
「そう思ったら頭の中真っ白になって。気がついたら…」
「迷宮、ってわけかい。」
たっはー、と時雨は両手で顔を覆った。あいも変わらず変なところで行動力のある子だよ…とまで漏らしている。
「…にしても、強くなりたい、か。」
時雨は首を傾げた。
「強さ、ねえ。なあ、ベルよ。お前はどんな強さが欲しい?」
「えっ?」
「強さってのにも種類があってな。」
思いつく限りの強さの種類を指折り数えて時雨は告げた。
「守る強さ、倒す強さ、助ける強さ、倒れない強さ、負けない強さ…殺す強さ。まあ色々あるけどな。お前はどうなりたい?」
「僕が、どうなりたいか…。」
「おうよ。」
まあゆっくり考えるがいいさ。そう言って時雨は伸びをした。そんな時雨に、考え込んでいた様子のベルが口を開く。
「どんな強さ、なのかはわからないけど。」
「おん?」
「僕は、あの人の隣に立ちたい。」
「あの人のいる高みに、辿り着きたい。」
そう言って時雨の顔を見るベルは、今までに見たことないほどに真っ直ぐな目をしていた。現実に
「…そうか。いいと思うぜ、それ。」
時雨はそう言って天を仰いだ。迷宮特有の、わずかに光る壁が彼の視界を埋め尽くす。
「んじゃあ、そうだな、ベル。」
「冒険をしよう、その
無茶かもしれない。だって相手はオラリオの誇る第一級冒険者だ。そんな相手に誇れるような冒険なんて、とんでもない難行なのだから。
「…うん。」
だけど、ベルは決意のこもった眼で頷いた。いい目だ。これは俺の
「ま、そのためには今回みたいなことはやらかさないようにしないとなー?」
カラカラと笑って立ち上がって、それから大きく伸びをした。座っていたせいで固まった背骨からゴキボキと嫌な音がする。
「しないから!もうこんなことしないから!」
「ええー?ほんとにござるかぁ?」
俺の後に続いて立ち上がったベルと並んで迷宮を歩く。帰りの道中、周囲のモンスターが俺たちを襲ってくることはなかった。それをいいことに、二人でたわいもないことに話の花を咲かす。この間までこんなのはいつもしていたことだったのに、今となっては随分と久しぶりに感じられる。
「あ、そうだ、ベル。」
迷宮を抜けて、ヘスティア・ファミリアの
「明日の朝、ヘスティア様とガチ説教するから。覚悟しとけよ」
「えっ」
「たりめーだろ。どんだけ心配したと思ってんだ。」
覚悟しとけよ。そう言って口の端を吊り上げる俺の顔を見てベルは頭を抱えた。