ダンジョンに『元』冒険者がいるのは間違っているだろうか   作:チキンうまうま

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「そ、そんな…。」

 

 夕暮れのオラリオ。その街角でベルは1人黄昏ていた。真っ赤な夕焼けが彼を染め、遠くでカアカアと鳴くカラスの声が聞こえてくる。周囲では家路についているのだろうか、行き交う人々が足早に通り抜けていった。

 

「ぜ、全滅だなんて…。」

 

 そんな中、ベルは悲壮そうな雰囲気を醸し出しながらそう呟いた。それもそのはず、そもそもこの日無事にオラリオに入った彼は義父の言う通りに所属するファミリアを探していたのだ。

 『周囲ではいくらでも眷属募集の呼び声もあるし、いけるだろう』などと考えていたのが運の尽き。弱そうだのなんだのと色々と理由をつけられて全てのファミリアで門前払いをくらい、ベルはまだファミリアに入ることができていなかった。

 

「どうしよう…とりあえず宿屋に行こうか…。」

 

 ポケットの中の財布には、義父から事前に渡されていたヴァリスが入っている。オラリオの今の物価がわからんから、と言って予めそれなりの額を渡されているので宿の心配が無いのだけが救いと言えるだろうか。

 …今になって思うが、義父はよくあの寂れた農村で貯金をしていたものである。昔から質素な生活を送っていたとは言え、ベルは義父が一度も金銭に困っているところを見たことがない。もしかしたら義父には昔の貯金がそれなりに残っていたのだろうか。

 

「えっと、今の場所がここだから…あれ?こっち?」

 

 割と色々謎の多い義父のことは一度置いておき、ベルはガサガサとオラリオの地図を取り出した。数え切れないほどの建物の載ったそれは、田舎から出てきたばかりのベルにはあまりにも情報量が多すぎる。今自分がどこにいるのかもわからないまま、終いには地図をひっくり返し始めた始末だ。

 

「今いるのはここだ、ベル。あと地図は上下を返すな。読み方は昔教えただろ?」

 

 そんなベルの横から聞き慣れた声と共に手が伸びてきて、地図のとある一点を指差した。驚いてベルがそちらの方を向くと、そこには明日会うはずだった義父の、時雨の姿があった。

 

「お義父さん!?オラリオに入れたの?」

「ああ。ガネーシャ様…オラリオの治安維持担当の神様に許可を貰えたからな。そんで適当にぶらついてたらお前を見つけたってわけだ。運が良かったよ。」

 

 時雨はそう言って地図へと視線を落とした。そのままブツブツ呟きながら色々考え事をしていたが、しばらくしてベルの方へとその紅石(ルベライト)の瞳を向けた。

 

「…なあ、ベル。今腹減ってるか?」

「ううん、特には減ってないよ。どうしたの?」

「いや、宿に行くよりも先に行きたいところがあってな。地図で言うとこの辺りなんだが…。」

 

 そう言った時雨はベルの視線の下、地図のある一点を指差した。そこは繁華街などからは離れており、パッと見では特に何もなさそうな場所に見える。

 

「いいけど、ここに何があるの?」

「ここか?特に何も無いぞ。」

「無いんだ!?」

「そんな華やかな場所じゃあない。が…。」

 

 ベルに問われた時雨は一度背負った荷物を背負い直した。荷物が揺れるのに合わせて、腰に差した二振りの刀が音を立てる。

 

「俺の、いや、俺たちの思い出の場所ってとこかな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ねえ、お義父さん。」

「‥なんだ?ベル。」

 

 それからおよそ数十分。はるばる歩いてきた2人はある建物の前に並んで立っていた。

 

「ここが、お義父さんの思い出の場所なの?」

「ああ。そのはず、なんだが…まさかこうなっているとは。」

 

 ため息と共に時雨はそう言った。それもそのはず、彼らの前にある建物─教会は、元は美しい建物であっただろうに、崩れかけの、倒れていないのが不思議な状態となっていたのだから。

 

「昔はもっとこう…綺麗な場所だったんだがな。まあ管理もされてなければこうなるか。」

「お義父さんは、ここによく来てたの?」

「ああ。ここにいた奴らの見舞いにな。」

 

 少しだけ目を細めて、懐かしむような口ぶりで言った。いや、実際に懐かしんでいるのだろう。その左手は、まるで当時を思い出すかのように無意識に刀に触れられていた。

 

「ふうん。女の人?」

「…そうだ。とびっきり美人な奴らだったよ。」

「え!?そうなの!?」

「ああ。…この話はここで終いだ。」

 

 珍しく時雨の口から女性の話が出たからか目を丸くするベルの頭を乱暴に撫でて、時雨は無理矢理に話題を終わらせた。少なくとも今は、ベルにこの話はするべきでは無いと。彼はそう考えている。

 

「んじゃ、飯に行くか。肉と魚どっちがいい?オラリオはメレンが近いから海魚も美味いんだぞ?」

「えー、じゃあ、あんまり食べたことないし魚かなあ。」

「よし、じゃあそうす…」

 

 そうするか、と言おうとした時雨の言葉は途中で急に開けられたドアの音に遮られた。なんの前兆もなく立てられたその音に驚いてそちらを向くと、信じられないことに、ボロボロの廃教会から1人の少女が顔を見せていた。

 

「…女の子?」

「いや、違う。あれは─」

「ねえ、君たち。ボクの家の前で何をしているんだい?」

 

 尋ねながらも、その少女は驚いたままの2人の元へと歩いてきた。足を踏み出すたびに、黒いツインテールが揺れる。

 

「それとも─」

 

 てちてちと音を立てて歩いてきた彼女は、2人の前で立ち止まった。2人に比べて随分と小柄な彼女だが、ある存在特有の存在感を発揮している。かつてオラリオに住んでいた時雨はすぐにその気配の正体に気がついた。

 

「ボクのファミリアに入団しにきたのかな?」

 

 そう言って少女は満面の笑みを浮かべた。それはそれは華やかな、太陽のような笑みであった。

 

「え、ファミリアってことは…神様!?」

「やはりか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、どこのファミリアでも追い返されちゃったのかい。それは災難だったねえ。」

「はい…。だから明日もファミリアを探そうと思ってたんですけど…。」

 

 場所は変わって教会の中。先の女神─ヘスティアに誘われて教会に入った2人、と言うかベルは今日あったことを律儀にヘスティアに教えていた。その間チラチラと時雨の方を見ているのだが、時雨は内装に目をやっていてベルの方を向いていない。

 

「そうか…じゃあじゃあ、ボクのファミリアなんてどうかな!?見ての通りぼろっちいけど…今なら眷属第一号だぜ!?」

「えーと…お義父さん、どうしようか?」

「…ん?ああ、そうだな。」

 

 ベルに声をかけられて、ようやく時雨は2人の方を見た。少しだけ考えてから口を開く。

 

「まあ俺はすでに恩恵(ファルナ)を持っているから入団しないわけだし、ベルの好きにしたらいい。」

「え、君は入ってくれないのかい!?」

「ええ。ヘスティア様には申し訳ありませんが、俺は今のこのファミリアには()()()()()()()()ので。…あとは昔のファミリアと、主神への義理がありますから。それはさておくとベル。ヘスティア様はいい神だと思うぞ?」

「そうなの?」

 

 ショックを受けるヘスティアを尻目に、ベルは首を傾げた。いやまあ、今見ている限りでも善人…神?オーラはすごいのだが。

 

「ああ。俺の昔の主神からヘスティア様の名前は聞いたことがあってな。なんでも天界きっての善神だとか。」

「え、誰がそんなこと言ったんだい?」

「…すみません。それに関しては事情があってお答えができないのです。」

「いやいや!事情があるなら仕方ないさ!気にしないでくれよ!」

 

 頭を下げる時雨に、あたふたとするヘスティアの姿をベルは見つめていた。

 

 詳しくはわからないが、義父の思い入れのある建物に住んでいる女神。それも美少女。そして他の神様からも、善い神だとお墨付きをもらえるほどの人格持ち。『袖擦り合うも多生の縁』なんて言うけれど、これは確かに何かの縁を感じてしまう。

 

「あの、神様。」

「うん?なんだい?」

「僕を、このファミリアに入れてくれませんか?」

 

 その言葉にヘスティアが目を丸くして、反対に時雨は目を細めた。

 

「…いいのかい?その、今のボクには他に眷属もいないし、ダンジョンの知識もない。君にできることなんて全然ないんだぜ?」

「はい、それでも。それでも僕は、神様のファミリアに入りたいです。」

 

 薄暗い室内で交わされたその言葉。それがただの少年だったベルの生涯を全く変えてしまうことになる、なんてことは。

 

「…そうかい!なら早速恩恵を刻もう!これで君は今日からボクの眷属第一号だ!よろしく頼むぜ、ベル君!」

「はい!よろしくお願いします、神様!」

 

 今はまだ、世界の誰もが知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(妙な縁があるもんだ。)

 

 恩恵を刻んでいる2人から離れて、時雨は1人教会の窓辺に立っていた。外はすっかり暗くなっていて、星が瞬いている。

 

(おれたちが過ごしたこの教会にジジイから聞いた名前の神がいる、なんてな。)

 

 できすぎた偶然だと思う。だけど同時にそれを嬉しくも思うのだ。自分たちが青春を過ごしたこの場所が、そこで紡がれた縁が時代を超えて次世代に繋がったと言う事実が。

 

(いや、もしかしたら─)

 

 ふと教会のとあるドアへと視線を向けた。その先には、かつて彼女がよくいた部屋がある。

 

「お前が見守ってくれているのか?」

 

 人は死んだら魂は天界に昇る。それを知っていてなお、時雨はそう思わずにはいられなかった。

 

「─メーテリア。」

 

 

 









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