ダンジョンに『元』冒険者がいるのは間違っているだろうか   作:チキンうまうま

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再起

 

 焔か、或いは雷か。それが【勇者(フィン)】が【夜叉(時雨)】に感じた第一印象だった。

 

「僕の知る限りの話にはなるよ。」

 

 ギルド本部からロキ・ファミリアの本拠地(ホーム)に戻ったフィンは、会議室に集まった幹部達の前でそう口火を切った。

 

「【夜叉】の時雨。【ゼウス・ファミリア】の元冒険者。この15年における活動は一切不明。何せ彼は7年前のあの決戦の時にすら、姿を見せなかったくらいだ。もし彼までが参戦していれば…」

「オラリオはもはやなくなっておっただろうな。何せ奴は【静寂】や【暴食】とは違い、身体(からだ)に一切のハンデが無かったはずじゃ。」

 

 言いにくそうなフィンの後を続けたのはガレスであった。ファミリア随一の安定感を持つその男の発言に、若手たちの頭に困惑が浮かぶ。

 

「えっと、あたしはその時オラリオにいなかったからよくわからないんだけどさ。」

 

 むむむ、と首を捻りながらアマゾネスの少女幹部─ティオナが手をあげて尋ねた。

 

「その人、なんの怪我も病気をしてなかったってこと?じゃあ、その黒龍戦にも参加してないの?」

 

 黒龍、という超弩級のワードに幹部の幾人かが反応した。だがそれを無視して、フィンは小さく首を横に振った。

 

「いや、違う。彼は黒龍戦にも参加しているよ。…ただ、向こうで何があったかは知らないけどね。僕が知っているのは二大派閥の敗北をオラリオに告げた冒険者のうちの1人には彼もいたと言うことくらいさ。」

 

 何せ当時、誰もが二大派閥の勝利を信じてやまなかった中で、ボロ雑巾のようになって帰ってきた時雨はそれまでの覇気など欠片も感じられない虚な目をしていたのだから。1000年史上最強の軍勢も、世界に二つとないほどに鍛えられた装備も。その全てを失って帰ってきた幽鬼の如き英雄たちの姿をフィンは未だに覚えている。

 

「…黒龍と戦って生き残った、だと?」

「言っておくけど、あの戦いに生き残るだけなら両派閥に生存者はそれなりに数はいたよ。ただ、黒龍の一撃を受けて生き残れたのは彼だけだろうけどね。…そしてそれこそが【夜叉】を【夜叉】たらしめた所以とも言える。」

 

 狼人(ウェアウルフ)のベートが信じられないとでも言わんばかりに眉間に深い皺を刻む中、フィンは頷いた。だが、ベートが驚くのも無理はない。もしもその事実が本当だとするのならば、時雨の生還は下界史上屈指の大偉業になりうる。

 

「有り得ねえだろ、それ。そんな奴がいてたまるか。」

「そう思うのも無理はないけどね。おそらくこれは真実だよ。」

 

 フィンは時雨の戦うところを直接見たことはない。当時は特別面識があったわけでもないし、シャクティのように親しかったわけでもない。だが、それでも都市中をまことしやかに流れていた噂や、その実績からある程度の真実くらいは導き出していた。

 

「【夜叉】の持つ魔法とスキル、それから積み上げたステイタス。それらが全て発揮された時には…もはや『不死身』と言っても過言じゃない。僕はそう聞いている。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン36階層、【白宮殿】。闘技場、と呼ばれるそこは普通の第一級冒険者ですら近づくことはない超危険地帯。その中で絶え間なく産み落とされるモンスターの超大群を相手に、時雨は1人刀を振るい続けていた。

 

 スパルトイをその手に持つ武器ごと両断し、リザードマンエリートを唐竹割りにする。形を保てなくなった人骨がその場に崩れ落ち、切断されたところから赤い血が噴水のように噴き出した。時雨はそれにほんの僅かの興味を示すこともなく灰になりつうある死体を蹴り飛ばすと、次の標的へと狙いを定めて刀を振り抜き─

 

「っっ!!」

 

 少しだけ唇を噛んで顔を顰めた。だが、それも仕方ないといえよう。今刀を振り抜いた時雨の肩は15年ぶりの高負荷に耐えることができず、脱臼を起こしかけていた。自分の全力を身体が忘れていることの証左である。今の時雨の身体は例えるならば貧弱な騎手と暴れ馬。普通ならば騎手は馬を御せずに死んでしまうだろう。

 

 だが、時雨は生憎と『普通』ではなかった。

 

 時雨が脱臼をしそうになったその途端、背後にいた【白鷺童子】が動いた。彼女は即座に時雨の患部に手を当てると、一瞬の白光を放つ。そしてほんの1秒にも満たないその時間で、時雨の怪我と痛みは完治していた。回復を確認すると、すぐさま治ったばかりの肩で刀を振るい、モンスターを殲滅していく。

 

 それこそが【白鷺童子】の能力─『超速回復』。時雨の負った外傷であれば傷ついたそばから治すことを可能にするほどの規格外の回復力を持つ回復魔法。この魔法の効力により、現役当時の時雨は例え骨が砕けようと、背骨が折れようと、腕が吹き飛ばされようとも─例え臓腑(はらわた)を引き裂かれ、全身を焼かれようとも生き残ることができたのである。

 

 そして今、時雨は負傷前提で全力を出し、怪我をした瞬間から治していくと言う荒療治にも程があるやり方をもって鈍った身体を叩き直していた。現に効果は如実に現れており、次第にその動きには余裕が生まれていき、怪我をすることも格段に少なくなってきていた。

 

「ああ、クッソ!こんなキツかったか、ここ!?」

 

 息を荒げ、汗を滝のように流しながら時雨は叫ぶ。叫びながらも、眼前の敵を仕留めることは忘れない。強化種で溢れかえっていたここを再起の場所として選んだのはやはり間違いだっただろうか、と反省しながら刀を振るう。

 

「まあでも─」

 

 

『いや、無理っす。いいっすかザルドさん。俺まだレベル5なんすよ。いくら俺がスーパー天才ウルトラスーパー無敵な新進気鋭の冒険者って言っても、闘技場(コロシアム)は普通に死ねる─』

『関係ない。ほら行け、死線を越えて来い。』

『ちょ、やめ、やめろ掴むな俺を投げるな──うわああああああああああ!!』

『俺たちに並ぶんだろう?ならその程度の試練は乗り越えて見せろ。』

『ふざけんなこのバカ舌野郎ーーー!!!!』

 

 

 

「あの頃に比べりゃまだマシってところか!?」

 

 まだ未熟も未熟だった頃。同じファミリアの先達に笑いながらこの地獄に放り込まれたあの日に比べれば、この程度きっと屁でもない。と言うかあの日が異常だった。半分泣きながら戦っていたところを安全なところから笑って眺めていたあのおっさんは絶対に許さないと決めている。

 

「てか次あの世であったら絶対殴るからなあのおっさん!」

 

 今更思い出したシゴキに対する怒りを胸に、時雨はより一層全身のギアを上げた。そのせいで最初は強化種で溢れていた闘技場も、今やほとんどが産み落とされたばかりの通常種のみとなっている。

 

 誰も寄りつかない場所で、誰にも知られることなく異常な強さを獲得していた怪物たちは─その日1人の鬼によって完全に駆逐されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…。」

「どうしたんだい、ベル君。」

 

 同時刻、オラリオにある【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)にて。数日前と違って補修工事が(時雨の金で)入り、見違えるほどに綺麗になった教会のある一室でベルは机に向かったまま小さく唸っていた。そんな彼の背中に、ソファに座っていたヘスティアが声をかける。

 

「ダンジョンの教本でわからないことがあったのかい?」

「まあそれもあるんですけど…お義父さんは無事かなって思いまして。」

「ああ、なるほどねえ。」

 

 ため息と共にベルの口から飛び出したその言葉に、ヘスティアも首肯した。何せ親子2人でダンジョンに行ったかと思えば、ベルだけが帰ってきたのである。いや、厳密には【ヘスティア・ファミリア】に所属しているのはベルだけなので問題はないのだが、1人で帰ってきたベルに突然『お義父さんはダンジョンの下に潜ってくるそうです』などと聞かされた時は流石に驚いたものだ。

 

「でも時雨君は元冒険者で、かなり強いんだろう?なら自分の限界もわかっているだろうし問題はないんじゃないかい?」

「どうなんでしょう?僕もそのあたりあまり知らないんですよね。」

 

 ベルは冒険者としての義父について何も知らない。せいぜいが刀を使っていたことと、傷を治す魔法が使えることくらいである。幼い頃はベルも外で怪我をしてはその度に治してもらったものだった。

 

「そうなのか…。まあきっと大丈夫さ!時雨君は必ず無事に帰ってくる!」

「そうですね。ええ、きっとそうです!…それよりも。」

 

 うん?と可愛らしく小首を傾げたヘスティアに、ベルは言った。

 

「お義父さん、本当にこの教会に住まないつもりなんですかね?」

 

 

 





【白鷺童子】
 単体回復魔法。術者である時雨はもちろん、他人も回復することができる。ただし時雨なら1秒で治る傷は他人の場合10秒以上かかる上に毒は解毒に時間がかかり、呪詛の類は解呪不可。幼少期のベルも散々お世話になった魔法。
 痛みを抑えたり気を失わなくなる効果もある。高熱に苦しむ相手に使えば、若干気分が良くなるとのこと。
 時雨は四肢を潰され、臓腑を切り裂かれ、全身を焼かれ潰されても死なず、それどころか意識が存在していたため、動けないままで仲間が死んでいくのを見届けた。




2023/10/13
内容の修正を行いました。ご指摘ありがとうございます。


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