ダンジョンに『元』冒険者がいるのは間違っているだろうか   作:チキンうまうま

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聖女

 

 やはり俺って天才かもしれん。

 

 20年ぶりくらいに時雨はそう思った。かつて冒険者としてブイブイ言わせていた頃は身近に神時代最高の天才とかいう目の上のタンコブがいたから素直にそう思えなかったが、今の自分はあの女を超えているという自信があった。

 

「ふふっ‥ふっふっふ…」

 

 薄暗い部屋の中で怪しい笑い声が響く。その声の主である時雨は着古した寝巻きを着て、不気味な笑みを浮かべていた。

 

「やべえ…やべえよこれは…過去一の出来ですよこれは…!」

 

 そう呟く彼の目の前にはたった今出来上がったばかりの卵焼き。─だがそれはただの卵焼きではない。それは一眼見ただけでも完璧な仕上がりとわかるほどに綺麗に形を整えられ、美しい黄金色をしていた。

 

「今まで積み上げてきた器用のステイタスがこんな形で役に立つとは…!見てみろよアルフィア…俺は今お前よりも遥か高みに辿り着いたぞ…!」

 

 そう言って時雨の方からグヘヘヘヘ、と品のない笑みが溢れた。と言うかおそらく名を挙げられた本人が聞いていたら容赦なく魔法をぶっ放していただろう。まさか彼女もこんなどうでもいい場面で勝ち誇られるとは思っていなかったはずだ。

 

「白飯、味噌汁、デメテル印の漬物に卵焼き…完璧だ。これ以上に完璧にゴキゲンな朝食は存在しない。…流石はオラリオ。夢にまで見たこの朝食をもう一度食べられるとはな。」

 

 うへへへへへ、と半分涎を垂らしながら時雨は言った。そこには仮にもレベル7にまで上り詰めた第一級冒険者としての威厳はかけらも感じられない。ただひたすらに食欲に思考を支配された獣の姿があった。

 

「ああ、にしても…」

 

 ふっと品のない笑みを浮かべていた時雨がふっと真顔に戻った。

 

「この歳での一人暮らし、か。いまいち慣れないものだな。」

 

 ついうっかり2()()()出来上がった卵焼きを見て時雨は少しだけ寂しそうにそう笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 セト・時雨は無所属(フリー)の冒険者である。つまりは『恩恵(ファルナ)は手に入れているがファミリアには所属していない』状態。掃いて捨てるほどの冒険者がいるこの街では割と珍しい存在である。

 

 何せ恩恵の更新ができない。ファミリアの庇護を得られない。ファミリア同士の繋がりがなく、ドロップアイテムの売買やアイテムの購入で足元を見られやすい。パッと思いつくそれだけで冒険者はかなりのデメリットを被るのだから。

 

 だが、人によってはそんな無所属の状態にそれ以上のメリットを見出すことがある。

 

 それこそが『自由』。

 

 何にも縛られず、好きなタイミングで迷宮(ダンジョン)に潜ることも、迷宮に向かわず一日中飲み明かすことも、金の限りカジノで豪遊することだって許される。無所属であるが故にファミリアに上納金を払うこともなく、固定パーティがないから周りに迷惑をかけることもない。実力さえあれば悠々自適の生活を送ることができるはずなのだ。

 

「要は何が言いたいかって言うとですね。俺はこんなバイトみたいなことしたくないんですよ。」

「そうですか。」

 

 摩天楼(バベル)の一室。ギルドの治療室で時雨は古いロッキングチェアに腰掛けながらそう嘆いた。

 

「しかもさ、ここ給料安いじゃないですか。正直やる気起きないんですよ」

「そうですか。」

「…さっきからテアサナレーさん反応淡白すぎません?」

 

 治療室でうだうだと管を巻いていた時雨は先ほどから話しかけていた相手─ディアンケヒト・ファミリアの団長であるアミッドの反応にため息をついた。基本怪我人で溢れかえっているこの治療室がたまたま暇になったために話しかけていたのだが、妙な壁を感じる。

 

(そうか、これが年下にウザ絡みするおっさんの図か…。)

 

 話しかけてくる歳上を煙たがっていたはずの俺もいつの間にか煙たがられる側に回ったってわけか。その現実に気づいた時雨が口をつぐむことに決めた時だった。

 

「…そもそもですが。」

「え、うん?」

 

 おそらくファミリアで治療をしているのだろう患者のカルテを見ながらアミッドが口を開いた。

 

「なぜ非常勤とはいえ治療室の担当に?」

「そりゃシャクティに言われたからですね。今の俺にはギルドからの信用が足りないんだそうで。」

 

 じゃないとこんな仕事やりませんよ。ため息と共に時雨はそう言った。だが一冒険者としてシャクティ、ひいては『ガネーシャ・ファミリア』からギルドのからの信用を稼げと言われたらそれに従わないわけにはいかない。というか昔の自分の行いが巡り巡って今に帰ってきている感があった。

 

「だからギルドの管理下である程度の依頼(クエスト)とか冒険者の治療とかするようにとのお達しです。ったく、なんのために無所属になったと思ってるんだか。」

「そこだけ聞けば完全にダメな中年冒険者ですね。」

「ダメっていうのやめてくれません?」

「中年はいいんですか?」

 

 そうやって2人が話していると、突然に扉が勢いよく開かれ、治療室のスタッフが息を切らせて飛び込んできた。彼はこの日治療室担当に割り当てられたあるファミリアの治癒師で、何かあったのか額には薄っすら汗をかいている。

 

「すみません、お2人とも…頼みたいことがありまして。」

「どうしましたか?」

 

 読んでいたカルテを伏せながらアミッドが話を聞く体勢に移った。

 

「その、さっき運び込まれてきた患者なんですが…かなりの重傷を負ってまして、」

「重傷?外傷か、それとも毒の(たぐい)?」

「増援が必要ということですか?」

 

 アミッドと時雨が同時に立ち上がった。いくらやる気のない時雨と言えど流石に重傷と聞いて大人しく座っていられるほど無責任なわけではない。

 

「いえ、確かに重傷ではありましたか傷は既に治療し終えました。問題はその後でして。」

「…はっきりしないな。」

「ああ、そういうことですか。」

 

 釈然としない時雨が首を傾げるのと対照的にアミッドは的を得たかのように頷いた。

 

「…どういうことです?」

「要は治療費の問題です。たまにいるんですよ、治してから治療費が高すぎるとごねる人が。」

「ああ、そういうこと…。」

 

 ようやく納得のいった時雨がこめかみを揉んだ。時雨のいたゼウス・ファミリアには専属治療師がいたし、それ以前に時雨は自分で傷を治せる。そのためにこの手のトラブルとは無縁であったのだ。

 

「つまり、俺はそのごねる冒険者をどうにかした方がいいんですね?」

「対象の階位(レベル)は?」

「2です。ですので我々では手に負えなくて…」

「レベル2…中層でなんかあったって感じですかね。」

 

 状況を把握した一行が件の冒険者のいる治療室に辿り着くと、そこは既にひと暴れした痕跡が残っていた。ベッドや椅子といった家具は蹴り飛ばされ、シーツは引きちぎられている。その惨事の中心部で、1人の冒険者が大声をあげていた。

 

「うるっせえこのぼったくり野郎どもが!こんな高額な治療費払えるかよ!」

「…最初に貴方にも貴方の仲間にも金額は伝えたでしょう!?治してからそんなの言うなんて…」

「死にかけてる状態でそんな判断ができるかよ!」

 

 確かにそれはそうだと時雨は思った。

 

「…まあよくある手合いですね。」

「よくあるんですか、これ。」

「特にディアンケヒト・ファミリア(うち)ではよくあります。うちは義腕なんかも扱ってますので。」

「なるほど。」

 

 状況を見てアミッドが考え込む中、時雨は肩を回しながらある提案をした。

 

「で、どうします?とりあえず気絶させて拘束したらいいですかね。」

「できますか?」

「その程度ならまあ…ただその後は任せていいです?」

「…その程度なら。」

 

 アミッドの返答を聞いた時雨は騒動の中心へと無造作に歩をすすめていく。流石にここまですれば相手も気がついたのか、冒険者は敵意のこもった目で時雨を睨みつけた。

 

「…おい、お前も俺に払わせる気かよ。」

「いや金は払えよ。」

 

 色々な破片が飛び散った床を歩き、互いの距離を詰める。相手の手に力が籠るのが見えた。

 

「ふざけんなよ!いくらなんでもこんな金額払えるか!こんな金額払ったら武器のローンも払えな…」

 

 男の叫びが最後まで続くことはなかった。大声で叫んでいた彼は途中で白目を剥くと糸の切れた人形の如く地面に倒れ伏した。

 

「…言いたいことがわかる分殴りにくい…。」

 

 冒険者を不可視の速度で気絶させた時雨は微妙な顔をしながら手を開閉した。性能のいい武器や防具の値段の高さに苦しめられる辛さは時雨とてよく知っている。

 

「…終わりましたか。」

 

 倒れ伏した冒険者を拘束するよう指示しながらアミッドがため息をついた。彼女にとって大変なのは寧ろこれから。ギルドと相手の所属するファミリアに連絡をとり、支払いを渋る相手に支払いの約束をさせなければならない。よりにもよってこんな日に担当が割り当てられた己の不運を恨んでいた。

 

「はあ終わった終わった…戻ってお茶でも飲もう…。」

 

 その一方でやることを終えた時雨はさっさと元いた部屋へと戻っていく。その背中からはやる気のかけらも感じられない。そんな時雨の背中にアミッドの視線が突き刺さる。

 

「…あれが【夜叉】ですか。確かに強い、ですが…。」

 

 聞いていたほど危険な人物には見えない。仮に戦うことになろうとも被害を最小限にするように努めることはできるタイプだ。と言うかアレよりかはフレイヤ・ファミリアの面々や凶狼(ヴァナルガンド)の方がよっぽど厄介だ。少なくないかずの第一級冒険者とも関わりのある彼女の目に時雨はそう映った。

 

「あの人についてもギルドへ報告しなければなりませんし…やることが山積みですね。」

 

 ただでさえ多忙なアミッドの仕事が更に増えた。そのことにドッと疲労が溜まっていくのを感じながらアミッドは大きくため息をついた。

 




時雨 最終更新時ステータス
 力  C 650
 耐久 S 999
 器用 B 780
 敏捷 S 923
 魔力 A 865

 不屈  D
 耐異常 E
 剣士  E
 治療  E
 魔防  H
 金剛  I
 
【スキル】
 紅霞狂騒(アカノウタゲ)
  詳細不明
 反骨亡士(フクツノオウ)
  詳細不明
 剣閃矯捷(レイセン)
  詳細不明
 
【魔法】
 朱曇(アケグモ)
  詳細不明
 
 白鷺童子(ハクロドウジ)
 『霜天、月光、泡沫の君 夢見る君は慈しむ者。万象一切、笑み愛めずる者 謳え』
  回復魔法

 
 先達からのシゴき、もとい教育を受けたために全体的に平均ステイタスが高い。
 受けたダメージを魔法で回復して反撃、という戦術上耐久と魔力のステイタスが上がりがち。
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