ダンジョンに『元』冒険者がいるのは間違っているだろうか   作:チキンうまうま

8 / 12

「ねえお義父さん、この本読んで!」
「おん?…まーたこれか。飽きねえの?」
「飽きないよ!ねえ早く!」
「はいはい。まったく、本当にお前はアルゴノゥト好きだねえ。」

 ─時雨の在りし日の記憶




出会い

 

「ほぁあああああああああああああ!!!!」

 

 ベル・クラネルは駆けていた。情けない悲鳴をあげて、必死に脚を前へ前へと動かす。後ろから迫り来る脅威─ミノタウロスから逃げるために。

 

(なんで!?なんでここにミノタウロスが!?)

 

 ベルが今いるのは迷宮(ダンジョン)5階層。数多の階層を持つ迷宮にとって上層も上層と呼んでいい階層であるが、それでも駆け出し中の駆け出しであるベルにとっては分不相応と言うべき深度の階層。ちょっと調子がいいからと言ってのこのことこの階層に来てしまったのが彼の運の尽きだった。

 

『ヴモオオオオオオ!』

「ひえええええっ!?」

 

 追いかけてくるミノタウロスが振り下ろした蹄を全力で回避して地面をゴロゴロと転がる。それから立ち上がってまた逃げようとして、

 

『ブフウウウ………』

「あ、うわっ、あわわわわわ‥…。」

 

 勢いよく臭い鼻息を吐くミノタウロスに腰を抜かした。立ち上がることもできず、地面に尻をつけてずりずりと後ろに後退りする。いやだ、こんなところで死にたくない!

 

『ベルー、今日の(メシ)は肉と魚のどっちがいいー?。』

『ベル君、今日もジャガ丸くん貰ってきたぜ!』

『ベル君、冒険者は冒険しちゃ駄目だよ?』

 

 

 こんな土壇場だと言うのにお義父さんや神様、エイナさんの顔が浮かぶ。血のつながらない僕を今まで育ててくれたお義父さん。見るからに弱そうな僕に恩恵を刻んで、家族(ファミリア)になってくれた神様。オラリオに来て右も左もわからない僕に優しくしてくれたエイナさん。3人の顔が浮かんでは消えていき─

 

(…あれ?これって走馬灯?)

 

 そんなことを思ったのも束の間、目の前でまた蹄を振り上げるミノタウロスを見て壊れた笑みを浮かべた。もう駄目だ、お終いだ。そう思って目を閉じようとした。

 

 ─ミノタウロスの胴体に銀閃が奔ったのは、その時だった。

 

「……え?」

 

 幾重にも刻まれた閃光と同時に降りかかる生暖かくて鉄の臭いのする液体。その感触を感じながら、ベルはミノタウロスがただの肉塊になるのを見届けていた。

 

「あの、」

 

 何が起こったのかがわからないまま呆然とするベルに、鈴のような声がかけられた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そこにいるのは、女神かと間違うかのような絶世の美少女。金色の髪に金の瞳。鎧に刻まれた道化の紋章(エンブレム)。彼女の名前はベルのような駆け出しでも知っている。『アイズ・ヴァレンシュタイン』。英雄の都とも称されるオラリオでも最強の女剣士と呼ばれ、その美貌も相まって【剣姫】の二つ名を与えられた少女。

 

 剣を鞘に収めて手を差し出してきた彼女に対してベルは─

 

「ほわああああああああああああああ!!!???」

 

 全速力で逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮17階層。中層に位置する階層でありながらも、冒険者にとってそこはただの中層とは明らかに違った意味を持つ場所。

 そもそもその形状が異様だ。他の階層が様々な形をしていると言うのに、その階層だけは明らかな直方体をしている。その幅は100M(メドル)、奥行きは200M、さらに高さは20Mほど。

 その左側の壁はまるで誰かが手を加えたかのように真っ平らで、継ぎ目の一つも見当たらない。迷宮においてそれは明らかに異常と見てわかるそれは、実際に異質な形質を持っている。

 

 たった一種類のモンスターしか生み出さない壁。

 

 通常の迷宮の壁が生み出すモンスターの種類は複数にわたるが、この壁は違う。たった一種類、【迷宮の孤王(モンスターレックス)】と呼ばれるモンスターのみを生み出す。

 

「…さあてと。」

 

 その大壁の前で極東風の防具の上から黒い羽織を着た時雨は何かを待つかのように立っていた。時折懐から懐中時計を取り出しては時間を確認している。

 

「そろそろ、かな…。」

 

 そう呟くのと壁に罅が入るのは同時だった。大壁の上から下にかけて奔ったそれは徐々に大きくなっていき、ついには17階層全てを揺らしはじめる。

 時雨の背丈よりも遥かに大きな罅が雷のやつに枝分かれしてはしっていき、そして明らかに一際強い衝撃が壁を襲った。

 壁が爆発する。

 いくつもの瓦礫が周囲に撒き散らされ、轟音を立てる。普通ならそれに何かしらの反応をするだろう。だが、それ以上の存在感を放つ存在が壁の中から現れようとしていた。

 

 それは巨人。

 身長は7Mほどあろうか。灰褐色の体色に、あまりにも大きすぎる体躯を備えたそれが今まさに壁の中から這い出そうとしている。

 

 モンスターと呼ぶにはあまりに大きく、そして強大なこのモンスターの名は【灰の巨人(ゴライアス)】。迷宮の孤王(モンスターレックス)と称される中層最強の存在。

 

 今までに幾度も冒険者を屍に変えてきたその巨人が今再び迷宮へと産み落とされる。生まれたばかりの巨大なその双眸が視界の隅で時雨を捉えた。有象無象ではなく、殺すべき相手として。

 

『───ォォ』

 

 バキバキと音を立てて壁を破壊しながら巨人が脚を踏み出す。まずは第一歩。時雨を見下ろしながらゴライアスが雄叫びを上げようとして。

 

『オオオアアアアアア!!!?????』

 

 ゴライアスの視界が反転する。雄叫びを上げる前に、脚が迷宮を踏み締める前に巨人は天井を見下ろしていた。何があったのかわからない。ただ─視界の淵にゴライアスは獲物(時雨)を見つけた。

 

『───────!!』

 

 吠えようとする。声が出ない。拳を振り上げようとする。動かない。いや、首から下はどこへいった?

 次第に霞んでいく視界の中で、ゴライアスは何かが灰になって消えていくのを見た。それはさっきまで自分の首から下にあったもの。つまり自分の体だった。

 その傍らに立つのは自分の獲物、のはずだったもの。気がつけば刀を抜いていた男が崩れゆくゴライアスの体の横で手持ち無沙汰に立っていた。

 

『───────!!』

 

 ゴライアスは最期に大きく吠えようとした。だが、もはや灰になりつつあるゴライアスではそれは叶わず、声帯を失った彼の喉は迷宮を震わせることはできなかった。ただ時雨を睨みつけ、そして必死に口を開くだけだった。

 そしてそれからすぐにゴライアスは完全に消滅した。

 

 ゴライアス。幾度も冒険者を壊滅させ続けてきた怪物の王は、大地を踏むことすらできずに討伐された。瓦礫に塗れた大壁の前に再び静寂が満ちる。

 

「お、やったぜ皮落ちた。魔石にも傷がないし…これは高く買い取ってもらえそうだな。」

 

 その中で時雨の能天気な声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下層で獲得した魔石とドロップアイテム、それからゴライアスの魔石と皮をギルドで売り払った時雨はホクホクだった。別に大金が目的でもないし日々の生活費と酒代さえ稼げればそれで良いのだが、それはそれとして金が手にはあるのは嬉しいものである。

 

「お、ベールやーい。」

 

 換金を終えた時雨がギルドから帰っていると、見慣れた白髪が彷徨いているのが見えた。一声かけてからてしてしと近づいていく。

 

「あ、お義父さん。」

「よおベル。元気?元気に冒険してるか?」

「うん、今日死にかけちゃったけどね…。」

「まじか!?どこでだ!?何階層!?」

 

 ベルは駆け出しだ。だからできるだけ危険な低い階層に行くように伝えていたのだが。まさかそのレベルですら危険だとでも言うのだろうか。

 

「あ、えっと…5、階層です。」

「……5?」

「えっと、うん。」

 

 そして帰ってきたら答えは5階層。それに時雨はうむ、と考え込み。

 

「何をしとんだお前は!あそこはお前にはまだ早い!」

「うわあああごめんなさい!でもエイナさんにも怒られたから許して!」

「おい待てエイナさんって誰だ!」

 

 目にも止まらぬ速さでベルにヘッドロックをかけた。そのままこめかみを拳でぐりぐり。相当に手加減しつつも痛みは与える匠の技にベルが悲鳴をあげた。

 

「エイナさん!は!ギルドの!アドバイザーです!」

「ああ、なるほど。…ならいいか。いやよくはねえけど。」

 

 悲鳴混じりの答えにひとまずエイナさんとやらが何者なのかが分かったので一度ベルを解放する。ギルドの職員ということは冒険者が適正階層を超えることの危険性について知っているだろうし、ベルにも説教してくれているだろう。なら自分がこれ以上説教するのは蛇足というものだ。

 

「…なあ、ベル。」

「ゴホッゴホッ…どうしたの?」

「冒険者辞めてあの村に帰りたくなったら言えよ?ヘスティア様には俺も頭下げるからさ。」

 

 ベルの隣を歩きながら、ベルの方を見ずに時雨はそういった。

 

「冒険者ってほら、危ないしさ。怖いし。上手くいけばいいけど、ほとんどの奴はうまくいかないし。…その、さ。」

「ねえ、お義父さん。」

 

 目を伏した時雨の顔をベルが覗き込んだ。

 

「僕、強くなる理由ができたんだ。」

「…はい?」

 

 その言葉に呆気を取られた時雨に対して、なおもベルは続けた。

 

「追いつきたい人ができたんだ。その人は今の僕には遠くて眩しくて、でもその人に追いつきたいんだよ。」

「……そうか。」

 

 時雨はベルの頭を撫でようとして─ちょっと迷って辞めた。代わりに背中を軽く叩いた。

 

「それが誰かは知らんが…頑張れよ。だけど、その前に俺ともう一度約束してくれ。『必ず生きて帰ってくる』ってな。」

「……うん!」

 

 夕陽の輝くオラリオの街を2人で連れ立って歩いていく。黒と白の、対照的な髪を真っ赤に染められた2人の姿は次第に雑踏の中に消えていった。

 

「ところでお義父さん、アイズ・ヴァレンシュタインさんって知ってる?」

「…さてはお前隠し事とか下手くそだな?」

 

 

 





時雨の昔の二つ名のうちの一つに『剣鬼』があったりする。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。