ダンジョンに『元』冒険者がいるのは間違っているだろうか   作:チキンうまうま

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豊穣の女主人

 

 迷宮(ダンジョン)18階層、【リヴィラの街】。そこにある酒場で幾人もの男たちがうず高く硬貨(コイン)の積まれた卓を囲んでいた。

 

「フラッシュ!」

「残念だったなボールス、フルハウスだ。」

 

 その中の2人、時雨とボールスと呼ばれた眼帯の男がポーカーに興じている。周りの男たちが勝負の行く末を見守るなか、2人は同時に手札を見せ合った。綺麗に勝敗のついた結果に周りからヤジが飛ぶ。

 

「ああああ!くっそ!」

「ふははははははこの賭けも俺の勝ちだなぁ!約束通りこのチップは貰っていくぜ!」

 

 喚きながら机に頭を打ちつけるボールスに高笑いしながら勝ち誇る時雨。そこには勝者と敗者の縮図があった。

 

「だああ!賭けは賭けだ、持ってけ畜生!次は負けねえぞ!」

「気持ちがいいなぁ負け犬の戯言はよぉ!んでもう一戦、と言いたいところだが…生憎今日はここまでだ。」

 

 胸元から取り出した時計を見た時雨はガタリと音を立てて席を立った。回収したチップを巾着に入れて、酒場の連中に背を向けた。

 

「あん?もう帰んのかよ。」

「今晩は予定があってな。早めに帰らなきゃ駄目なんだよ。」

「なんだ?女か?」

「馬鹿言え。義息子(むすこ)だ。」

 

 下卑た笑いを浮かべて尋ねてくる野郎連中に時雨は笑いながら答えた。その答えにその場にいた全員が驚愕を浮かべている。

 

「お前…ガキいたのかよ。知らなかったぞ」

「あの女っ気なかったお前に子供なあ。」

「外でこさえたガキか?」

「ははっ。まあ俺にも色々あったんだよ。」 

 

 次々に飛んでくる質問を適当に返して歩き出す。とりあえずの目的はギルドからの依頼の品である毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の体液集めだ。

 

「またなお前ら。またカモにしてやるからそれまで死ぬんじゃねえぞ。」

「ふざけろ。次はお前から巻き上げてやる。」

 

 ゲラゲラと笑う連中に背中越しに片手をあげて、時雨は下層へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいーっすベル。来たぜー。」

「あ、来た。」

 

 その日の夜、『ヘスティア・ファミリア』の現本拠地(ホーム)である旧教会。無事にギルドからの依頼を終えた時雨はベルと食事に行くべく馴染みあるこの教会を訪れていた。

 

「今日の冒険はどうだった?危ない目にはあってないか?」

「うん、そこは大丈夫。でも1回コボルドに囲まれちゃった。」

「マジか。よく切り抜けたな。怪我はしなかったか?」

 

 ベルの武器と防具は時雨の買い与えた『ヘファイストス・ファミリア』の新人が作ったもの。レベル1の冒険者に相応しい、言い方を変えれば決して性能が良いとは言えないものである。

 

「怪我はしなかったよ。ちょっと危なかったけど。」

「マジか!やるなあお前!」

 

 ちょっと誇らしげなベルの背中をバシバシと叩く。ちょっと強すぎたのかベルが咽せた。

 

「おふっ…それにステイタスも伸びたんだよ!」

「おお…ま、恩恵(ファルナ)貰い立てだし伸びやすいわな。何にせよ強くなってるのはいいこった。」

 

 笑いながら2人で並んで教会を出る。オラリオはすっかり夜に染められていた。

 

「あれ?てかヘスティア様は?」

「誘ったんだけどバイトの打ち上げがあるんだって。」

「そうか。なら適当な店にでも入るか。何か食いたいものでもあるか?」

「あ、それなら今日行きたい店があって…『豊穣の女主人』っていう店なんだけど。」

 

 豊穣の女主人、と時雨は繰り返した。聞いたこと無い名前だ。ただ何かが妙に引っかかる。

 

「豊穣の女主人…知らねえ店だな。どこにあるんだ?」

「メインストリートにあるお店だよ。今日そこの店員さんに行くっていったから行かないと。」

「ならそこにするか。美味い店だといいな。」

 

 ぺちゃくちゃとくっちゃべりながら夜のメインストリートを歩く。そこら中から音楽が聞こえてきたり、迷宮から帰ってきた冒険者たちが酒場で騒いでいる。

 

「…こういうの見るといかにも冒険者の街って感じだよね。」

「そうだな。世界は広いがこの賑わいは間違いなくこの街だけのものだ。」

「オラリオって凄いよね…あ、ここここ。」

 

 メインストリートに面したある店の前でベルが足を止めた。チラリと窓から中を覗いてみると、店内ではドワーフの料理人と猫人(キャットピープル)人間(ヒューマン)、珍しいことにエルフの給仕が働いている。

 

「女の人、しかいない…。」

 

 見事なまでに女性しかいない空間にベルが尻込みするのを見てため息をついた時雨は臆することなく扉を開けた。

 

「気にすんなそんなこと。すいませーん、2名なんですけど席空いてますかー?」

「躊躇いがない!?ちょっと待って心の準備が…。」

「はーい、あれ?ベルさん?」

 

 ベルを引きずるようにして店に入ると、鈍色の髪の少女が2人を出迎えた。

 

(知り合いか。流石我が子。隅に置けねえな。)

「…はい。やってきました。」

「待ってましたよ!2名様入りまーす!」

 

 鈍色の髪の店員に案内されてカウンター席に着く。そして着いたところでドワーフの女将がん?とこちらを覗いて怪訝な顔をした。

 

「あんた…時雨かい?」

「はい?まあ自分は時雨ですが…どちらさんで?」

 

 突然に名を当てられて首を捻る。これでも人の顔と名前は忘れにくい性質(タチ)なのだが、目の前の女将には思い当たる節がない。現役時代に知られていたとかそんな落ちだろうか。 

 

「あん?まさかあたしのこと忘れたのかい?ミアだよ。『フレイヤ・ファミリア』のミア・グランドさ。」

「ミア・グランド…ミア姐さん!?嘘だろ!?あんたが!?」

 

 その名前を聞いて時雨は叫んだ。あまりに驚きすぎて椅子を蹴飛ばして立ち上がったほどだ。急な大声に周りの目を集めるが、そんなの気にしたことではない。あまりの驚きように時雨はワナワナと震え始めた。

 

「ミア姐さん、あんた…。」

「なんだい?それにしても久しぶりだね。こっちに帰ってきてたのなら顔の一つくらい出しな…」

「えらい肥えたな!?」

 

 

 

 

 後にその時の様子を目撃者である猫人(キャットピープル)の店員はこう語る。

 

 ─いや、あれやっべーにゃ。絶対あの男死んだとおもったニャ。

 

 ─なんでって?そりゃミア母ちゃんの一撃まともに頭にくらったからニャ。

 

 ─あれはやばいニャ。ミア母ちゃんがぶん殴ったフライパンがこう…直角に曲がるぐらいの威力だったニャ。

 

 ─凄い音だったニャ。硬い金属と金属がぶつかったみたいな音だったニャ。絶対あの男死んだと思ったニャ。

 

 ─ミャーもさすがにガネーシャ・ファミリア呼ぼうかと思ったニャ。でもなんかあいつピンピンしてたのニャ。

 

 ─マジでなんなんニャあいつ

 

 

 

 

 

「っっっっっっでええええ!?なんすんスかぁ!?」

「何もクソもないよ時雨!それが久しぶりに会った相手に言う言葉か!?」

「あ、はいサーセン!自分が間違ってたっス!」

 

 未だにぐわんぐわんとフライパンの音が響く店内でミアが叱り、時雨がぺこぺこと頭を下げる。なおベルは今起きた凶行に顔を真っ青にしていた。

 

「なんか力関係が透けて見えますね…。」

 

 なお鈍色の髪の店員、シルは特に動じることなく笑みを浮かべている。酒場の店員やべえ。ベルは心にそう刻んだ。

 

「ミア母さんは昔冒険者だったんですよ。」

「あ、お義父さんも昔冒険者だったって…」

「あ、それで今のを耐えられたんですね!それでもミア母さんのフライパンを耐えられるなんて…すごいですね。」

 

 あれ人間の耐えていい威力なんだろうか。ひん曲がったフライパンを素手で元に戻すミアを見たベルは素直にそう思った。

 

「…すまん、ベル。お前の力を借りたい。」

「…どうしたの。」

 

 ようやく説教から解放された時雨がフラフラとした足取りで席についた。ポケットから財布を取り出して中身を確認し始める。

 

「いいか、ベル。食え。とにかく食え。吐く寸前まで食って飲め。」

「はい?」

「今の俺のやらかしのせいでな。とにかく金を落とすまでここを帰れなくなった。」

「ええ…。」

 

 ベルは若干顔色を青くした。ベルは育ち盛りではあるが見た目の通り決して大食漢ではない。

 

「心配するな。この人が作るなら味は保証する。間違いなく俺が作る飯より美味い。」

「そういう問題じゃないんだけど…。」

「仕方ないんだよ…昔の面影マジでないんだもんあの人…昔はこう、細面の美人だったのにさあ…。」

 

 今アレだよ?と言った時雨は秒でミアに睨まれた。それから逃れるべく即座にメニューを開き、どうにか顔を隠す。

 

「さ、さーて!何を食べようかなー?」

「時雨は『今日のおすすめデラックスセット』だよ。」

「あ、はい。じゃあそれでおなしゃす…値段は?」

「時価だよ。」

「ご無体な!?」

「冗談だよ。ちゃんとメニューに書いてあるから見ておきな。」

 

 初めて見る義父のこんな姿に驚きながらもベルも注文を済ませた。それからすぐに料理が出てきて、2人で酒の入ったグラスを打ち鳴らす。

 

「さて色々あったが…1日お疲れ、ベル。」

「うん、お義父さんもお疲れ様。…頭、大丈夫?」

「この程度なら大丈夫だ。すぐに治る。」

 

 なんとも無い顔でグラスを傾ける時雨は嘘をついているようには見えない。改めて義父はヤバい存在なので無いかと今更ながら思い始めた。

 

「まあ俺のことはいい。食え食え。食って力つけろ。」

「うん。…美味しい。」

「だっろー?この人マジで料理美味いのよ。」

 

 2人して酒と料理に舌鼓を打つ。時雨が保証するだけあって料理はまさに絶品だった。その分値も張るが。

 

「にしてもこの街でお前と飯食える日が来るなんてなあ…俺は感激だぜ。あ、すみません醸造酒(エール)もう一杯。」

「はーいすぐお持ちしますねー。」

「…お義父さん、飲み過ぎじゃない?」

「いいんだよ、今日くらいは。」

 

 シルから受け取ったエールの入ったジョッキを一気に傾ける。なみなみと満たされていたグラスはあっという間に空になった。

 

「あー美味い…ベルは飲まないのか?」

「じゃあちょっとだけ貰おうかな。」

「ん。じゃ…すみませーん、エール2つー!」

 

 またしてもシルからエールを受け取り、2人でジョッキを打ち鳴らす。

 

「「乾杯」」

 

 2人で同時に口をつけるのを見て、いつのまにかベルの隣に座っていたシルが首を傾げた。

 

「お2人は親子なんですか?」

「そうだよー。」

 

 酒が入ったからか時雨の口調がずいぶん軽い。

 

「ああ、道理で目の色が同じだと…あれ?時雨さんは元冒険者なんですよね?ベルさんは?」

「僕は冒険者になったばっかりで…オラリオにも最近来たばっかりなんです。」

「そうなんですね…。オラリオの外、かあ…。」

 

 シルはじっとベルを見つめた。歳の近い美少女のまなざしにベルはタジタジになってしまう。

 

「ベルさん、良かったらベルさんの故郷のお話聞かせてくれませんか?」

「僕の故郷って…何もない田舎の村ですよ?」

「それでもいいんです。私、ここに来るいろんな人のお話を聞くのが好きなんです。ここには、世界中からいろんな人が集まりますから。」

「…それ、ちょっと分かります。」

 

 ベルが頷いた。故郷を出てから、ベルの毎日は新しい発見と刺激に満ちている。きっとこの少女も酒場と迷宮の違いこそあれど同じなのだろう。そう思ってベルは口を開いた。

 

「えっと、僕の故郷は…」

 

 『豊穣の女主人』の扉が開いで大勢の冒険者が入ってきたのはその時だった。

 

「ミア母ちゃーん、きたでー!」

 





「流石に痛かったですはい。」─某元最強ファミリアの幹部
「ミア母さんの一撃を受けて無事とは…只者ではないですね。」─某元正義の眷属

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