アルヴヘイム・オンライン……通称《ALO》。
一説によると、つい一年かそこら前まで全国を震撼させていた、一人の男が命を懸けて作り出した狂気のVRMMO、《ソードアート・オンライン》に迫るほどの出来だという。その《ALO》は、基本的に剣と魔法の織り成すファンタジーな世界が舞台だ。プレイヤーはシルフやサラマンダーなどといった、九種の妖精になりきり冒険をし、最終的に世界樹を目指す。そこまで見れば、ごくありふれたVRMMOなのだろうが、《ALO》にはそれらと一線を画す特徴がある。
《ALO》の特徴……それは『フライトシステム』である。
プレイヤーには、それぞれ妖精の羽が備わっており、それを使ってリアルでは体験できない『飛行』というものを味わうことができる。《ALO》のプレイヤーの大部分は、このシステムに惹かれた。また、一度飛ぶという体験をしたプレイヤーは、その感動を忘れることが出来ず、ゲーム内で日夜飛び続ける。だが、以前はその飛行には滞空制限があった。飛行を望むプレイヤーたちは、その制限を疎ましく思っていたことであろう。もっと長く、遠く、自由に飛びたいと……願っていたはずである。
しかしその疎ましいシステム的な縛りは、新たな運営体に移管されたことで排除されることになった。
以前《ALO》を運営していたレクトプログレスは、親会社である総合電子機器メーカー《レクト》のフルダイブ技術研究部門の主任研究員であった須郷伸之が画策していた、非人道的な実験の露見により解散したらしい。
社会的にはソードアート・オンライン……《SAO》に続き、さまざまな問題や世論が飛び交う大事件が起こったわけだが……まぁ、それはそれとして、新たな運営体に移管され生まれ変わった新生《ALO》には、滞空制限というものは存在しない。つまり飛びたい放題だ。
しかも、同時期に《SAO》の舞台であった浮遊城アインクラッドが実装された。浮遊城アインクラッドは層状のつくりになっており、一層から百層まで続く。まだすべての層が解放されているわけではないが、アップデートの度に下層から開放されつつある状況だ。新生《ALO》は、今までにないほどの密度を兼ね備えているといってもいい。
妖精となったプレイヤー達は、既存のマップ・ダンジョンに加えて、《SAO》に閉じ込められてしまったものたちが、二年を過ごした巨城アインクラッドの攻略を、己の力と妖精の証である羽を駆使して、日々目指している――。
「――ていうらしい《ALO》なんだけど、長田お前確かそういうの詳しかったよな?」
どん、とオレ――鳴戸鈴汰は軽く目の前の机に腕を置く。すると、オレの正面に座るひょろりと痩せた眼鏡の男子生徒――長田慎一が、なんとも言えない微妙な(如いて言えば困った)表情を作った。
「え……あ、うん。知ってるよ。というか、今プレイしてるし……」
「おお、だったらなおのこと都合がいいや!」
ここはオレが通う中学校の空き教室。今ちょうど昼休み時間で、学校中がかなり賑わっている。そんな中、三年生の教室は他と比べると三割くらい静かだ。高校受験を控えているんだから無理もない。実際オレも三年生の受験生。推薦進学組のいないクラスで、それ以外の普通に受験に臨む友人たちと勉学に励まないといけない。いけないのだが……。
「オレもさ、《ALO》やりたいんだけど、色々教えてくれないか? ネット情報よりリアル情報のほうが収集つけやすそうだからさ」
おい、受験生。なに勉強サボってゲームやりたいなんて話をしてんダヨ。
仕方ない。だって勉強つまらないもん。
「ええっ、……鳴戸君受験組じゃん」
驚きつつも若干非難めいた視線を長田は送ってきた。ちなみにこいつは推薦進学組だ。本来は学校に来なくてもいい立場なのだが、オレが分からないところを教えてほしいと言うと、こうして学校に出向いてくれる。今回もそのパターンだ。……暇なだけなのかもしれんが。ちなみに、教室ではなく空き教室で会っているのは、クラスの奴らが推薦進学組を敵対視しているというか……そんな感じだからだ。皮肉気な視線を受けるのはあまりいいものではないだろうということで、空き教室を使うことになった。
「うーん、そうなんだけどさ。この間ちらっと《ALO》の広告見てさ。『あー、やってみてー』と思ったのが運のつきで……」
だんだんと言葉に力がなくなる。自分でも悪いと思っている証拠だ。
『受験』というものは、人生でも大きな分岐点の一つだと思う。大学受験よりも切羽詰ってないのだろうが、高校受験だって立派な受験だ。失敗という言葉もある。おー怖……。
「ん……まあ、気持ちはわかるけどさ」
長田が苦笑いを浮かべる。否定しないのは、こいつもオレと似たようなタイプだからであろう。つまりは『勉強よりは面白いゲームをやってみたい』という……。
「あんま長時間やろうとは思ってないぞ? 休憩したいときに一時間とか、そのくらいの予定だし……」
「うーん……」
オレの言葉に、長田は決めかねるように唸る。
「……まあ、スキル制・PS(プレイヤースキル)重視だから、レベル制よりは向いてるとは思うけど……」
「な、そう思うだろ? 頼むよ!」
パシンとオレは両手を合わせて正面に座る長田を拝んだ。長田はしばらくオレに困ったような視線を投げかけていたが、やがて観念したように、ふうとため息をついた。
「……実際僕も勉強に疲れたときとか、よく入ってたからね。偉そうなこと言えないか。……分かった、《ALO》について教えてあげるよ」
「マジで!? うはっ、サンキュー長田!」
オレはそう言われてガッツポーズをとる。長田も口元に少し笑みを浮かべた。
「ただし、勉強出来ないのを、僕を言い訳に使わないでよ?」
「大丈夫だって。んなことはしねーから」
「ならいいけど。……で、なにについて知りたいの?」
そういう長田に、オレは兼ねてから持っていた疑問を長田に投げかけ始めた。
「んー。意外と難しそうだな……」
学校での受験勉強用の補習が終了した夕方。オレは昼に先に帰った長田から聞いた話を反芻しながら、ぼそっとつぶやいた。
「特にフライトシステムを使った攻撃とか、聞いた限りじゃ厳しい感じだな」
夕暮れに染まりつつある空を軽く見上げながら、オレはキリキリとオンボロ自転車(愛車)を漕ぐ。
「ま、それはやってみないと分からんわな。地上戦だと、割と他のVRMMOで慣れてるからある程度はいけるんだろうけど。……でも、あれには魔法はなかったなー」
頭を駆け抜けるのは、今日の長文で出た英単語……ではなく、長田から聞いた《ALO》の話だ。……ALOって、一応英単語じゃない? いや、あんま意味ないか。
「……ともかく、今日やってみよ! 選択できないみたいだけど、いいアバターが出来るといいなー」
勉強のことなんてそっちのけで、オレは意気揚々と《ALO》のことについて考えを深めていった。
『ようこそ、アルヴヘイム・オンラインの世界へ』
家に帰ると真っ先に部屋に行き、オレはさっさと先日親にねだってねだり倒した上に買ってもらったアミュスフィアと呼ばれるハードに手を付けた。……が、さすがに制服のままやるわけにもいかなかったので、着替えてからになったが。
長ったらしい視覚やら聴覚やら重力感覚やらのセットアップが終了したと思うと、暗闇の中にすとんと立たされた。そうすると、そのような女性のウェルカムメッセージが鳴り響き、目の前にアカウント作成映像が映し出された。
「さーって、と」
オレはポンポンと音声指示に従って情報を打ち込んでいく。IDなどは基本的に今までのVRMMOで使ってきたものと同じものを使用するつもりなので、慣れた手つきで打ち込む。次に出てきた課金方法は、出来るだけアナログ――出来るだけ自身で現金支払いをするタイプ――に近いものを選ぶ。こうした方が、個人的に安心できるからだ。
次に、キャラクター名の入力を要求された。
「……ま、今までと一緒でよかろう」
そうつぶやいて、オレはさささと入力。ネームの欄には『リィンナール』の文字。『鳴』戸『鈴』汰をもじって自分で作ったものだ。我ながらカワイイ名前になったものだと、最初はちょっと後悔したが、もう慣れた。慣れるとどうってことない。
「……次からはキャラの特徴ね」
まずは性別。最近のVRMMOは、性別を変更できないものが多い。この《ALO》のその例にもれず、性別は生身の体に依存するらしい。アミュスフィアが身体情報を読み取って、目の前の画面に男を示す『MALE』の文字を表示した。オレは確認を示すボタンを押す。
次に出てきたのは……。
「……来たよ、種族選択」
九つの種族の絵が目前にふわりと浮かぶ。
「うん、いざ目の前にすると悩むなぁ」
オレは少しうーんと唸る。
「……個人的には、バランスタイプで黒っぽいスプリガンがいいんだけど、魔法は残念らしいからな。前で戦いたいからウンディーネはないし、なんだかんだでレプラコーンとかプーカとかはないし……」
しばらく悩んだ末、結局始める前から選ぼうと思っていた闇妖精インプを選んだ。理由は大型武器が装備できるらしいことと、単に青紫色が気に入ったからである。アタッカー寄りのステータスもありがたい。
「前のVRMMOだと大ぶりな片手剣を使ってたからなー。やっぱそれかな。……で、もし出来るのならば――」
と、そこで人工音声の『幸運を祈ります』という声に送られて、オレは光の渦の中に吸い込まれた。床の感覚が消え、緩やかな落下感覚を覚える。光一色だった景色が、徐々に異世界の姿を映しだし始めた。
「確か、最初は各種族のホームタウンから始まるんだよな。インプは洞窟の中……だっけ?」
長田から聞いていた通り、やがてオレはごつごつとした岩壁を持つ広い空間の中に現れた。そしてそのまま、始まりの場所なのであろう『BEGINNERS』と書かれた看板を掲げる店舗に吸い込まれていく。
コメントを頂いたため、ALOの情報を修正しました。