アミュスフィアを取り上げられてしまったオレは、全然気乗りはしなかったが、とりあえず勉強に集中することにした。家にいると雑念……というか、割とマジで勝手にアミュスフィアを取り戻そうとしかねないので、在学中数えるほどしか入ったことのない図書室に、集中ゼミが終わると篭ることにした。《ALO》やりたさに、何度も勉強を投げ出しかけたが、それでも勉強を続けたことは自分で自分を絶賛してやりたい。よくやった、オレ。
そんなこんなで数週間が過ぎ、高校入試を無事に終わらせることが出来たオレは、第一志望校合格という通知を受けとり、同時に念願のアミュスフィアも取り戻した。
「ようやっと……ようやっとログインできるぞっ」
体全体で喜びを表そうとするオレの前にいるのは、どう反応していいのかわからずに困惑している長田であった。
「え、えっと……お、おめでとう鳴戸君」
「帰ったらすぐにでもログインしてやるぞー。長田準備はいいか!?」
実は今日、オレたちは卒業式を迎えていた。三年生全体が学校に集まるのは、実はこれで最後である。面倒くさいだの行きたくないだの、みんなして日々文句をたれていたこの学校での生活も、今日で最後なのだ。改めて考えると、長いようで短い三年間であり、そこそこ楽しかったかなぁ……と思える学校生活であった。……ついぞ恋愛とか甘酸っぱい青春とは無縁だったがな。
そんなセンチメンタルな感情を抱いていたのも、卒業式が終わり、本当にクラスが解散になるまでのことである。すべて終わって後は帰るだけ、というタイミングになってオレは先のように《ALO》にログインできることへの歓喜の言葉を吐いたのである。なんとも業が深いネットゲーマーというか。……まあ、ぶっちゃけ部活に参加していなくて、特に見送ってくれる後輩がいないような帰宅部エースのオレは、卒業式を迎えてさえこんなもんであった。
「……そういえば、桐ヶ谷もいるんだよな? あいつも誘うこと出来ないかな、この後?」
『部活』という単語で思い出した人物を、オレは頭数に入れられるかどうかを思案する。個人的には、後衛よりのスキル振りをしている長田からスキルの振り方を聞くよりも、聞く限りシルフ随一の剣士(長田談)だという桐ヶ谷からスキル振りを聞きたいと言う思いがあった。後衛が又聞きして知っている前衛の振り方よりは、日頃使っている分の使い勝手まで聞けるであろう本職前衛のほうが得られる情報が多いだろう。
「んー直葉ちゃんなら、さっき同じく剣道部っぽい集団と一緒に剣道場のほうへ行ったのを見たけど……」
「……さすがの情報網だな。お前大部分オレやほかの野郎連中とずっと一緒にいたってのに」
長田の桐ヶ谷に対するぶれない姿勢にオレは苦笑いを浮かべる。
長田はこんな感じだけども、当の桐ヶ谷の方がまったくの脈なしっぽいからなぁ。
傍から見ると完全に空回りしている長田の想いに、心の中で合掌をするオレであった。
「……で、どうする? お前の話通りなら、桐ケ谷のやつは剣道場にいるんだろうけど……。無関係のやつがお邪魔するのもなぁ」
オレは腕を組みながら難しい顔をする。恐らく剣道部員が集まっているということなので、部員同士で学校の思い出か何かを懐かしんでいると思われる。その中にはもちろん部員にしかわからない内容も多分に含んでいるであろう。そんな中、部外者であるオレたちが訪問するというのは……。
「まぁ、確かにそうかもしれないけど。僕は行ってみるつもりだよ?」
「……時々お前の性格が分からなくなるわ」
もはや数歩先行して待っている長田の姿に、オレはやれやれと肩をすぼめつつもその後に続いた。
「……おい、ここにきてビビるんかい」
二階建ての大きな体育館の一階、その片隅に位置する剣道場。その扉の前で長田は立ち止まり、すごすごとオレの後ろの方へ下がる。扉を挟んだ向こう側の道場からは楽しげな談笑が聞こえ、その中には桐ケ谷っぽい声が混じっていることから、彼女が扉の向こう側にいることは明白なのだが……。
「な、なんかどう声をかければいいのか分かんなくて」
「そりゃぁ……オレだってわかんねーぞ?」
長田が困ったように口を開いたのに対し、オレも扉の前で途方にくれながら立ち尽くす。当然のように、前を歩いていた長田がなにかアクションを起こすのだろうと踏んでいたオレは、このシチュエーションについてはなにも対策を練っていない。確かに、こんな内輪で盛り上がっていそうな集団に、何と声をかけて入り込めばいいのか見当もつかない。
「と、とりあえずちょっとだけ開けて中を確認するか」
「う、うん」
そう言ってオレたちは一度頷きあうと、古臭い木製の引き戸の扉を、音をたてないようにするすると開ける。この引き戸、前述のとおり古臭いので、ちょっと動かすだけでもゴトゴトとかなり音を立てるので、この作業は難航した。なんとか数センチほどの隙間を作ることには成功したが、これ以上はちょっと勇気が必要だった。
「…………長田、あとやる?」
「僕無理」
「じゃ、これで我慢」
即答してきた長田に完全同意し、仕方なくオレたちは上下に分かれて数センチの隙間の先をのぞく。別にやましいことをしようとしているわけではないのだが、傍から見たら完全に怪しい二人組である。
「意外と剣道部って多かったんだな……」
「直葉ちゃん、一番右奥だね」
「……お前と言うやつはほんと……、いやまぁ別にいいけど」
「……お前ら、なにやってるんだ?」
『!?』
と、不意にのぞきを図っているオレたちの後ろから呆れ気味な声がかかった。その声にバッとオレは扉から離れ後ろを振り返ったが、運動神経のよろしくない長田は急に声をかけられたことでバランスを崩し、扉の方へ倒れ掛かった。ガタンッと音を立てた扉に、道場からの声が途絶える。
「いったぁ……」
「なにやってるんだ、長田」
頭を打ったのか、情けない声を上げる長田に声をかけたのは、オレらの珍行動にあきれた声を発した来訪者であった。
「こ、こんちわっす石谷先生……」
長田のことはとりあえず置いておき、来訪者の確認をしたオレは歯切れ悪くあいさつをした。
「おう鳴戸。お前もなにやってるんだ?」
オレのあいさつにそう返してきた来訪者……剣道部顧問の石谷先生に、オレは「い、いやぁ……」と頬を掻いた。
「えっと……、そう! な、なんか、ちょっと剣道場に寄ってみたくなっちゃいまして。でも、剣道部の方々がたのしそーにしてたんで、入るには入れず?」
「……なんで最後が疑問形なんだ?」
「え、まぁ……なんとなく」
「一体どうしたんですか?」
と、そこで道場の方から声が上がりガラリと引き戸が開けられた。開けたのはなんと桐ケ谷で、彼女は顧問の前にいるオレたちの姿を見ると目を丸くした。