偽五条悟 作:アローラマコーラ
2018年10月31日の2年前の渋谷
東京メトロ渋谷駅B5F副都心線ホームにて
一人の青年が佇んでいた。
その青年は月の光を映したような銀髪をしており目元を日除用の黒い布地で自作した目隠しで覆っていた。
さらに、その下の瞳には水色のカラーコンタクトを付けており服装は上下ともに柄のない真っ黒なハイネックのジャージに、背丈をより高く見せるために厚底のブーツを履いていた。
青年は目隠しを外すと周囲を見渡した。周囲にはコスプレをした若者たちが多く行き交っている。
その者達は普段の欲求を解放せんとするばかりに興奮しており、ナンパをするもの、成り行きで写真を撮る者、缶ビールを片手に騒ぐ者たちが多くいた。そして目の合ったコスプレをした女性に軽くアイコンタクトをするとその女性は側にいた友達を連れて駆け寄ってきた。
「お兄さんカッコいいですね。一緒に写真撮りませんか?」
「いいよ。写真くらいなら何枚でも撮ってあげる」
青年は二人のコスプレをした女性とカメラに収まるように身を寄せ合うと五条悟が三輪とツーショットを撮った際にしたポーズをした。
「ありがとうございます!」
「どういたしましてー」
「ところでお兄さんイケメンですね。モデルとかやっているんですか?よければ名前を教えてください!」
「いやー、モデルとかはやってないかな。ただのパンピーさ。だけど名前は教えてあげる。僕は五条悟。最強の呪術師さ」
そう言うと女性はきょとんとした後、今日がハロウィンであることを思い出したのか腰に差していた模造刀を抜いて決めポーズをして言った。
「オレの名は鬼殺隊の剣士、竈門炭治郎。こっちは妹の禰豆子だ」
「うー、うー!」
「炭治郎に禰豆子ね。今日という日に出会えた事を嬉しく思うよ。それじゃあ縁があったらまた会おう」
青年はそう言うと爽やかな笑みを浮かべて立ち去って言った。残された女性達は残念そうにしながら彼の背中を見送った。
「残念、華麗に振られちゃったねー。ワンチャン、ワンナイトラブできたら良いなって思ったのに」
「超ヤル気じゃん。というかあの人、近くで見て気付いたけど、あの銀髪マジもんの地毛だったよ」
「マジで!?銀髪にイケメンとか、超リアルのアニメキャラじゃん。やっぱりもっと攻めとけば良かったかな」
「ところでゴジョウサトルって何のキャラなんだろう?」
「ググっても出てこないしマイナー作品なのかな?」
女性達がそんな会話をしているとは露知らず青年は堂々とした佇まいで人混みの中を歩いていた。
(今日で20回目の写真撮影。流石は五条悟パワーだ。この日のために念入りにコスプレをしてきたが他者から見てもなかなかに好評で嬉しいな!)
青年の名は北条聡。彼は異世界の前世の知識を持つ転生者であり、呪術廻戦に登場する最強の呪術師、五条悟の大ファンであった。
(どういう理由か知らないけど呪術廻戦の世界に転生して20年、ボクは今日という日のために生まれてきたに違いない!)
ファンならば一度は渇望する聖地巡礼。さらに、推しキャラのコスプレをして縁の地を巡るとなれば胸も高鳴るものだろう。
(とはいえ流石に偽夏油や真人のコスプレをしている人はいないか。いたら写真をお願いしたかったけど、この世界に呪術廻戦の漫画は存在しないから仕方がないよね…)
この世界に呪術廻戦という作品は存在しない。故にこの世界だからできることをしても、その面白さを共有できる者は誰もいなかった。
(まぁ、死んでなお、憧れの光景を生で見られる機会を与えたのだから必要以上に望むのは欲深いことなのだろう)
北条が今世を生きる第一目標は今よりも2年と約二ヶ月後に繰り広げられる伏黒宿儺vs五条悟の対決を生で観戦することであった。
北条は二人の戦いの結末を知らなかった。五条悟が出力200%の『虚式茈』を放った回を信号下で立ち読みしていたところを、ながら運転していたトラックに突っ込まれて死んだのである。
ただ前世にも今世にも知らぬが仏という言葉がある。北条は知らない。五条悟の最期の言葉が「はじめての自爆です」ということなど…
そんなとき北条のもとに一人の女性が駆け寄って来た。
「あの、もしかして五条さんですか⁉︎」
「うん、そうだけど君はーー」
「私は高専の補助監督新田明っス!」
その女性は屈託のない笑みで笑うのはプリンのような生え際が黒い金髪が特徴だった。北条は平然を装っていたが内心では感動していた。
(この人は呪いがテーマであるゆえに憂鬱漂う作風に光さす温かく朗らかな木漏れ日!高専の補助監督新田明その人だ‼︎)
「急なお願いを失礼と存じながら五条さんにお願いあるっス!実はここから徒歩5分のところにあるビルで呪霊の存在が確認されたのですが、現在、その対応ができる呪術師が見つからない状況でして…」
「なるほど。その対処がお願いというわけね。ちなみに何級の呪霊なの?」
「最低でも一級だそうっス」
北条は余裕の笑みを浮かべながらも内心では天を仰ぎたくなった。
(ボクは五条悟だ。最強の呪術師だ。だから祓えるけど、祓えるけど…)
「…なるほど。討伐できるうえで非呪術師にバレないように極力最小限の戦闘ができる呪術師を探していたわけか…そりゃあ簡単に見つからないな。補助監督も大変だね」
「労りの言葉感謝するっス…」
そんな中で五条悟を偶然にも見かけたのである。
地獄に仏、闇世の灯、懸命に縋りたくなる気持ちも分からなくないが、目の前にいるのは偽物の五条悟である。
北条は少し申し訳なく思いながらも五条悟の名を騙る者として恥じない仕事をする事を決意した。
「良いよ。せっかくのハロウィンを邪魔されるのは良くないからね。現場に急ごうか」
「ありがとうございます!案内しますからこっちに着いてきてください!」
それから30秒後、新田明に案内されながら北条は現場に向かった。
道中、時間が惜しかったので学生時代に五条がやっていた天内持ちをして新田明を運んでいたのだが、新田はさっきまでの表情を一変させて終始真顔で解せぬと言わんばかりであった。
「さてと、ここが現場の廃ビルか。確かに一級相当の呪霊の気配がビンビンするね」
「あの五条さん、急いでくれたのはすごくありがたいのですが、女性の方にはさっきの持ち方はやめておいた方がいいと思うっス」
「…急いでたから不可抗力ということで。まぁ、呪霊はきちんと祓うからさ。帳を下すのよろしくね」
「了解っス!では、こっほん!」
新田は咳払いをしたのち、呪力を滾らせて印を結ぶと帳の詠唱を始めた。
「闇より出でーーーあのジッと見られると緊張するっス」
新田はガン見する北条の視線が気になったのか照れくさそうに笑った。
「ごめんごめん、補助監督の人が帳を下すのあんま見たことなかったからついね。まぁ、横目で見ておくから、どーぞ、お気になさらず」
「了解っす!では気を取り直して『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」
流石は高専の補助監督というべきか。新田の結界術は非の打ち所がない完璧なものであり、漆黒の長方形の結界が廃ビルを包み込んだ。
「五条さん、どうっすか!」
「うん、バッチグー完璧だね」
「そんな五条さんに褒められるなんて光栄です」
北条は親指を立てて新井の結界術を褒めた。
ただその内心では新田の数百倍感動していた
(くぅーかっけぇな。新田ちゃんの仕事モードの横顔!流石にボクの残穢と結界術を見せるわけにはいかないから頼んだけど、これを見られるとはまさに僥倖、感謝の極みだね!)
ただ北条はすぐに気持ちを切り替えることにした。
新田は高専の補助監督として然るべき仕事をした。
ならば、その仕事に五条悟として相応の応えを示さなければならない。
「それじゃあ、さくっと終わらせてくるから待っててねー」
北条は五条悟のように軽薄に笑いながらも、その決心を胸に結界の中に突き進んだ。
物語では暫し偽物は本物よりも劣った存在として扱われる。もしくは迫る強さを持っていても決して本物を超えることのできない贋作として扱われることだろう。
ただ現実はしばし異なる。
芸術作品であろうが、兵器であろうが、機械製品であろうが、本物であろうとする偽物の熱量は凄まじく、その完成度は素人の目を欺くどころか専門家の慧眼をもってしても見破れぬことなど珍しいことではない。
そして北条聡はまごうことなく五条悟の偽物である。だが、その熱意は容姿と演技力だけで止まることはなかった。
「なるほど。この呪力、相当な呪霊だと思っていたけど、人の言語を喋るあたり一級の枠組みに収まるのも怪しいものだね」
「誰ダ、オ前ハ?呪術師カ?」
ターゲットの呪霊は廃ビルの7階に鎮座していた。その姿は濃密な呪力を帯びた鎧武者であり、重く低い声で語りかけてきた。
「ボクは五条悟。最強の呪術師さ」
「五条悟。オ前ガ五条悟カ。マサカイキナリ会エルトハ思ワナカッタ」
鎧武者の呪霊は立ち上がると、少し興奮した口調で言った。
「五条悟、オレト取引ヲシナイカ。モシ応ジルノナラ、コノ街ノ人間ニ一切ノ危害ヲクワエルコトナク立チ去ルコトヲ約束スル」
「いや、その必要はないよ。“アンタら”はここで殺す。人々の平穏のため、新田ちゃんの働きのため、五条悟の名にかけてね」
北条はそう言うと右隣の壁に手を翳す。そして術式を付与した呪力弾を撃ち放った。
その瞬間、壁は型取り器でくり抜かれたように穴が空き、壁裏に隠れていた術師が現れた。
ただ、その術師の胴体には巨大な風穴が開いており、何も言葉を発することなく倒れて血の海に沈んだ。
「ナゼ主人ノ場所ガワカッタ!」
「ボクの目は特別製でね。呪力とか術式とか見え過ぎちゃうんだよね」
北条はそう言って目隠しをずらして、カラコンの水色の瞳を見せつけた。ただ物事を見通すのに本物の六眼である必要はない。潜伏していた呪詛師の居場所を特定したのは呪力感知以前に何でもない工夫と推理である。
(普通に考えてこんなところに一級呪霊が湧くわけないんだよなぁ。東京校のお膝元でこのタイミングを狙って出てきたのなら人為的な原因を考える。その上で呪力で嗅覚、聴覚を限界まで強化していれば、幾ら気配を消していようが息遣いや鼓動の音で居場所を簡単に特定できるというのに)
ただ目の前の呪霊は式神ではなく、殺害した術師が隷属させていた呪霊であるらしい。呪霊は呪力を乱暴に滾らせて叫んだ。
「フハハハハハ、ヨクヤッテクレタ五条悟。コレデ我ハ再ビ自由ヲ手ニ入レタ。ソノ褒美ニ我ガ剣技デ楽ニ殺シテヤル!」
鎧武者は刀を振り翳しながら北条めがけて突進してきた。
そして瞬くことも許さない間に横に一閃、刀を振り払ったとき北条はいなかった。
「よぉ、久しぶり!」
背後から聞こえた声。鎧武者は刀を振り払いながら振り向いたのだが、その刀は北条の首に触れた瞬間になんの手応えもなくへし折れたのである。
「刀、折れちゃったけど大丈夫?言っておくけど弁償はしないよ?」
余裕の笑みを浮かべる北条。一方の鎧武者の呪霊は動揺を隠しきれずにいた。目にも止まらぬ高速移動、巨大な岩石を豆腐のように両断できる刀がシャー芯よりも容易くへし折れたこと。そのどれもが驚愕に値することだが、問題はそれ以前であった。
「ナンダ、ナンダトイウノダ。オ前ハ!サッキカラマッタク呪力ヲ使ッテナイデハナイカ!ナノニ、ナゼ我ヲコウモ手玉ニ取レルノダ!」
「あ、そっちに驚くのね。答えは簡単、使ってないんじゃなくて見えないんだよ」
自信満々にそう言いながらも北条は内心で己の力を恥じていた。
(本当は呪力も術式も五条悟と同じであって欲しかったけど、生まれもったものはどうしようもないんだよね…)
北条の呪力は異質である。かつて江戸時代に最強の名を轟かせた術師、鹿紫雲一の呪力は電気と同じ性質を有していたという。北条は自らの呪力はそれと同類だと推察していた。
北条の呪力は透明である。北条自身はそれを認知できるが、それ以外の他者にはまったく視認することも認知することもできない性質をもっていた。そして、その特異な呪力は呪力の流れ、呪力の起こり、呪力の量で勝敗が決まる術師の戦闘において悍ましいほどのアドバンテージを有していた。
「無下限術式 蒼(物理)!」
北条は鎧武者の呪霊を殴打した。それはただの牽制に見える軽いパンチである。だが、その瞬間、鎧武者の呪霊の身体は破裂するように砕け散った。
「馬鹿ナ。コノ我ガ一撃デ…⁉︎」
「見えないって怖いよね。自分がどんな呪力量で攻撃されたのか、どんな術式を使われたのか一切理解できずにやられちゃうんだから…」
爆散した呪霊の身体は塵となって消えていく。
北条は滅びてゆく呪霊を静かに見つめていた。
そして呪霊の消滅を見届けたところで自身の感覚を集中させた。
(ひとまずターゲットの討伐は達成した。だが五条悟を騙るものとして任務は完璧に遂行しなければならない…)
故に最大限の呪力感知能力で索敵を行なったが残党の気配は感じられなかった。北条は安堵のため息を吐き、任務の達成を確信した。
北条は廃ビルから出ると、外で待機していた新田に駆け寄った。
「おっまたー!呪霊を祓い終わったよ!」
「ありがとうございます!流石は五条さんっス!」
「どういたしまして。ちなみにこの事件を引き起こした呪詛師の死体があるから後処理よろしくね」
「え、死体っすか…」
新田は少し青ざめた顔をした。北条は気の毒に思い、乾いた笑みを浮かべながら続けた。
「ちょっとグロい事になってるけど大丈夫?手伝おうか?」
「…いえ、五条さんにそこまで迷惑をかけるわけにはいかないですから、なんとか頑張るっス!」
その後、北条は後処理を新田に任せて立ち去ることにした。
渋谷のハロウィンは何事もなかったように盛り上がっており、北条はコスプレをした群衆の流れに逆らうように一人突き進んでいた。
(ふぅ、バレるかと思ってハラハラした。でも五条悟のモノマネをするのも悪くないね。スリルがあってかなり楽しかった)
北条は五条悟のコスプレを今日だけで終わらせるつもりでいた。だけど、偶然巻き込まれたトラブルによってコスプレ以上の快楽を知ってしまったのである。
そして三日後、都内の某区の居酒屋にて
「五条、今日は破産するまで飲んでやるから覚悟しなさい!」
北条は早々に五条悟としての技量を試されることになる。
北条聡
声と演技力は完璧だが容姿はよく見たらかなり違う。髪は白髪ではなくて銀髪だし、背は少し低いし、顔もカッコいいと可愛いが両立した中性的な美形をしている。だけど、目隠しをしているし、この世界ではかなり上澄の方の実力があるのでバレないだろうと本人は思っている。
新田明
はじめて五条悟と仕事をしたが想像以上に見た目が若くて内心驚いていた。後日、補助監督の先輩である伊地知との雑談でこの日のことを話すも、五条悟にアリバイがあることを知り混乱したが、最終的には五条悟だからという理由で満場一致で納得することになった。