偽五条悟 作:アローラマコーラ
12月25日。それは日本中の恋人たちが最も熱くなる日である。日本各地のデートスポットでは恋人たちが真冬の寒さを吹き飛ばすほどの熱を帯びていた。そして、その熱は千葉県船橋市にもーーー
「ねぇ、金ちゃん。今日クリスマスだよね?」
「そうだな」
星綺羅羅は秤金次に問いかけた。秤からデートの誘いを受けた綺羅羅はその年一番のオシャレをしていた。
ただ秤は綺羅羅の方に視線を落さず、じっと目の前にあるものを見つめていた。綺羅羅はそんなつれない態度に少し寂しさを感じていたが、やることもなかったので秤と同じもの見つめることにした。
二人の視線の先にいるものーーそれは見事な毛並みをした馬である。
もし、これが動物園ならば微笑ましいだろう。クリスマスに動物園デート。悪くない選択だ。ただ見渡すかぎり馬、馬、馬であった。
ここは中山競馬場。周囲の観客達は瞳に熱き炎を宿してパドックを凝視していたが、それは断じてクリスマスラブの熱ではない。
綺羅羅は当初、秤から千葉に行くと聞いていた。クリスマス、デート、千葉、その状況から綺羅羅は某テーマパークをエスコートしてくれるものだと思っていた。だから、早朝より気合を入れて髪のセットをしてきたというのに…
「今日、千葉で1番熱い場所でデートするって言ってたよね?」
「もちろんだ。だからここに来てんだろ」
「……金ちゃんに乙女心を期待した私がバカだった」
綺羅羅は呆れたようにため息をついた。2016年12月25日。それはクリスマスであると同時に、その年を彩った名馬達の祭典、有馬記念の開催日であった
「やっぱり、たまらないな!この空気感は‼︎」
観戦席に移動するさなか、秤はニヤリと白い歯を見せて笑っていた。この場にいる誰もが熱に浮かされている。夢・期待・不安、それらが混ざり合ってできた緊張感が、真冬の寒さで敏感になった肌をヒリヒリと刺激してくる。秤はこの空気がたまらなく好きだった。
綺羅羅はそんな秤の顔を見上げて、仕方なそうにため息をつく。クリスマスのデートに競馬場を選ぶ男なんて一般常識ではかれば最低の部類だ。ただ綺羅羅はギラギラと鋭い眼光を輝かせながらも子供のように笑う秤の横顔がどうしようもないくらいに好きだった。
「まぁ、金ちゃんが喜んでくれるなら良いけど、もし的中したらどうするつもり?」
「そりゃあ、景気良く使いたいとこだけど、そこはガチンコファイトクラブトーナメント(仮)の軍資金にするつもりだ」
秤には夢があった。それは賭博の元締めになることだ。漫画好きの少年が漫画家を目指すように、スポーツに夢中になってる少年がプロを目指すように、彼は愛するギャンブルで成り上がることを夢みていた。
「俺はまだ他人の熱に浮かされているが、やがてはこの熱を支配したい。だが何事も準備は必要だからな。この馬券は人生を変える第一歩だ」
「ふーん、まぁそれが金ちゃんの熱くなることなら私も付き合うよ」
そんな会話をしながら歩いている時だった。二人はこの場所には絶対にいるはずがない人物を目撃した。
「ねぇ、アレ…」
「なんで五条さんがいるんだ…!」
それは現代最強の呪術師であり二人の担任 五条悟であった。呪術高専の教師として呪術に疎かった二人に多くの学びを授けてくれた恩師である。ただ秤と五条悟には一つだけ決定的に噛み合わないことがあった。
入学してお互いに打ち解けてきたある日、秤は五条悟にギャンブルについて熱く語っていた。だが五条の反応は微妙であった。
「ギャンブルかー、僕 興味ないんだよね」
その言葉を聞いたとき秤は反感を覚えた。
この社会でギャンブルをしていない人間はいない。ギャンブルに興味ないというのは敗北と破滅を恐れた臆病者の言い訳であり、それが最強を自負する男の口から出たのは受け入れ難いことだった。
だから反論しようと五条悟の瞳を見たとき秤は理解してしまった。サングラス越しに映る透き通った蒼い瞳。それは保守的とか臆病とかそんな低俗な次元にいる者のする目ではなかった。
「…五条さん、アンタ熱くなるギリギリの勝負をしたことはあるのか?」
「あるよ。まぁ一回くらいだけど、本当にヤバいと思ったのはそれっきりかな」
飄々とした口調でそう語ったが、秤はその態度を見て確信した。五条悟の瞳に宿っているものーーそれは諦観だ。
五条悟にとってこの世の殆どのことは賭け事として成立しない。無論、彼にも予測できないこともある。ただ、その読みを外したところで五条に破滅や敗北をもたらすものは何一つ存在しないのだ。
秤はもし五条悟と同じ力があったらと想像する。それはすごく退屈な人生だ。その気になれば何でもできてしまう。望むものは手を伸ばしただけで掴めてしまう。そんな人生に果たして熱は生まれるのか。
「どうしたの、急に真面目な顔をして…?」
「なぁ、五条さん。俺とサシの勝負をしてくれねぇか?」
秤金次は熱を愛している。この世に熱を愛さない人間はいないと信じている。だからこそ恩師である五条悟には熱を愛する喜びを思い出して欲しかった。だけどーー
「マジかよ…」
「良いね。僕の本気のパンチを喰らっても生きてるなんて、やっぱり見込みあるよ」
結果は惨敗だった。秤は己が用意できる最高の状態で五条悟に挑んだ。だがそれでも五条悟に熱を生じさせることはできなかった。
五条悟はおそらく本音で自分の実力を褒めてくれる。ただ結局のところは格下用の尺度で測られた評価でしかない。秤は彼の領域に足を踏み込めることすらできなかった。
そんなギャンブルと無縁の五条悟がなぜここにいるのか?秤は困惑してして佇んでいた。動揺する秤に綺羅羅は問いかける。
「五条先生って何に賭けたんだろうね?やっぱり五条先生なら勝てる馬負ける馬とか分かるのかな?」
「分からねえ。ただあの人のことだ。もしかしたら仕事かもしれない」
五条悟は仕事熱心だ。というか仕事しかしていない。授業と授業の合間に呪霊討伐の任務に出かけており、休暇の日であっても休むことなく、課外授業にちょうど良さそうな呪霊スポットを探している。それはこの一年を通して分かりきっていた。
「でも馬券買ってるよ」
「呪霊を活性化させるアイテムなのかもしれん」
「そうかなー?なんかいつもの五条先生ぽくない気もするし、ちょっと話しかけてくる!」
「ちょっと…おい!」
正直なところ秤は今、五条悟と接触するのは避けたかった。五条悟は人の都合を無視する悪癖がある。休暇であろうが、任務をねじ込んでくることは珍しくなく、下手に絡まれてレースを観戦できなくなる事態は避けたかった。
秤は不安そうに綺羅羅と五条悟の会話を見つめていた。だが、思いのほか会話はすぐに終わったらしく、綺羅羅は嬉しそうな顔をして戻ってきた。
「やったよ金ちゃん。クリスマスプレゼント貰っちゃった。ほら、金ちゃんの分もあるよ」
そう言って綺羅羅が渡してきたのは馬券であった。
「プレゼントが馬券とか教師として良いのか?しかも人気順じゃねぇか⁉︎」
プレゼントと言いながらも所詮は馬券。外せばただの紙切れである。しかも投票法は一着から三着までを全て正確に当てねばならない三連単のうえ、着順予想はなんの捻りもない人気順である。人気順は有意義な指標である。だが五条悟であるならば、もっとあっと言わせてくれる予想を見せて欲しいと思った。
さらに秤は賭け額を見てさらに困惑した。
「ちょっと待て。張り過ぎじゃねぇか」
「そうなの?でも絶対当たる馬券だって言ってたよ。これ外したら明日から一ヶ月もやしで過ごすらしい」
「一番ダメな賭け方じゃねぇか!」
それは教師というより大人として大丈夫なのかと正気を疑った。綺羅羅は無料で貰った馬券ということもあり気楽そうに笑っていたが、賭博師としては一世一代の大勝負を通り越して、破滅志願者にしか思えなかった。
「それで五条先生はどこに行ったんだ?」
「レース見るつもりだったけど急に仕事が入ったみたい。ボクの分まで楽しんでって言ってたよ」
その言葉を聞いて秤は安堵した。一先ずは観戦を邪魔されることはない。そしてレースが始まった頃には五条悟に出会ったことなど忘れて、観衆と共に声を上げていた。
「いけ!サトノダイヤモンド!」
「逃げ切れ!キタサンブラック!」
レースは白熱した。有馬記念に相応しい名勝負だった。来たばかりのときは綺羅羅は退屈そうな顔をしていたが、周囲の熱に当てられたのか頬の汗に気づかぬほど興奮していた。そして着順はーー
「すごいね!当たっちゃったね。このあと焼肉行こうよ!」
着順はまさかの五条悟の予測通りであった。秤の予測も的中はしたが五条悟の払戻金に比べたら微々たるものだった。
綺羅羅は思わぬ臨時収入に喜んでいたが、秤は言葉を失っていた。ただ綺羅羅の嬉しそうな顔を見て、そこで自分も喜んで良いのだと実感した。
後日、五条悟が教室に入った時、秤と綺羅羅は勢いよく駆け寄った。そして爽やかな笑みを浮かべて言った。
「五条先生、肩でもお揉みましょうか?」
「お菓子あげるー」
「どうしたのキモいんだけど!?」
手作りのお菓子を渡してくる綺羅羅とキラキラと瞳を輝かせて柔らかな笑みを浮かべる秤金次。キャラ崩壊を起こしたような二人の態度に五条悟はドン引きした。
話を聞けば昨日くれた馬券が的中したらしい。もちろん、五条悟はそんなこと知らない。ただ、先日に続いて向けられる身の覚えがない好意に既視感と不穏な違和感を持ち始めていた。