偽五条悟 作:アローラマコーラ
なにもかも懐かしく感じる。目に見える光景全てがデジャブのように見える。
ただ一つだけ違う点がある。それはこの世界には呪いが存在しているということだ。
「…あれ?」
「どうした急に?」
「いや、なんだか肩が軽くなってな。肩こりがひどかったのに」
競馬場を歩いていた男二人組はそんな会話をしていた。確かめるように腕を回す男の肩には先程まで呪霊が取り憑いていたことなど知らずに。
(これで45匹目か。予想はしてたけどやはり多いな)
その日、北条は競馬場にいる呪霊を見つけ次第、祓いまくっていた。これは五条悟としての慈善活動ーーというわけではない。
北条は前世の知識より有馬記念の結末を知っていた。ただ、それは呪いの存在しない世界での結末だ。運命に絶対はない。
未来予知であろうが、目に見える不確定要素を塗りつぶす努力を怠れば足元を救われることになろう。とくに今回みたいな僅差で歴史が変わる出来事では。
(五条悟のコスプレをしてるけど、今日は誰かに会うことはないでしょうね)
北条がここを訪れた目的はただのお金稼ぎだ。職業 五条悟である北条にとって収入は未来の知識を利用することのみだ。だからこそ、この準備は慎重に行なっていた。
それから北条は競馬場にいた全ての呪霊の駆除を終えると、仕上げにかかることにした。呪霊の侵入を拒絶、および競馬場に出入りする術師を感知する結界を張ることにした。
ちなみに北条は自らの呪力の性質上、ハロウィンではあえて新田に帳を張らせた。その理由は彼の呪力の性質が結界にも影響されてしまうことにあった。
北条の結界術は呪力と同様に他者が視認することができない。それは高専の窓が不審な帳を目撃して通報するリスクがない反面、五条悟を騙る者として言い訳のできない証拠となる。
ただ今回はメリットの方が機能したようで北条は二人の術師が結界の中に侵入したのを感知した。その術師は結界の存在に気付くことなく歩いている。
北条はさっそくその二人を遠目から確認した。ただ、彼らを見た北条の心境は複雑だった。
(秤と綺羅羅か。会えたのは嬉しいけど、五条悟と絡む描写が少ないから演技しにくいんだよね…)
原作では高専の三年生として登場する2名。だが五条悟と関わっている描写が殆どないため対応が難しいと感じた。
ただ今の北条は五条悟である。彼の信念からしても原作キャラを前にして逃走などありえない。そもそも、こんな事態を想定して準備してきたのだ。
(足りない知識は探りをいれながら会話するべき。それでも情報が足らなければ有利な会話ができるように誘導するべし。ボクは五条悟だ。誰が何を言おうが五条悟なんだ)
北条は自分にそう言い聞かせると、気付かれるように二人に接近することにした。最初に声をかけてきたのは綺羅羅だった。秤は警戒しているように遠目で見ており近づくことはなかった。
「やっほー!五条先生も競馬しに来たの?」
「いいや仕事だよ。競馬場も学校や病院ほどじゃないけど、負のオーラが溜まりやすいスポットだからね。来年の繁忙期に備えて湧き潰ししてたの。忙しすぎるのも問題だからね」
そう言うと綺羅羅は周囲を見渡した。確かに競馬場には多くの非術師がいたが、呪霊に取り憑かれている者は誰一人おらず、また潜んでいる呪霊の気配も感知できなかった。
「確かに。ぜんぜんいないね」
「でしょ。あとはこういう大金の絡むイベントには呪詛師が来るだろうから、ソイツらが悪さしないように見回りしてたんだよ」
ただ綺羅羅は悪戯な笑みを浮かべて尋ねてきた。
「ふーん、でもさっき馬券買ってたよね。やっぱりギャンブルとか好きだったの?」
「見られちゃったか。まぁ、これは単なる暇つぶしだよ。思ったより早く呪霊を始末できて暇になったから、記念がてら通帳にある貯金すべて賭けてみたんだ」
「流石に嘘でしょ」
疑いの目を向ける綺羅羅に北条はスマホを取り出すと、その画面を見せつけた。画面には0を口に出して数えたくなるほどの金額が表示されていた。
「これ外したら明日から来月の給与日まで一日二食のもやし生活になるんだよね」
「ダメじゃん。先生ってバカなの?」
「そこはどストレートに詰るんだね」
綺羅羅はダメ男を見下すような冷たい視線を向けていた。そんな綺羅羅の態度も楽しんでいるかのように北条は笑みを浮かべながら話を続けた。
「そういえば今日ってクリスマスだよね。先生らしくプレゼントを用意してきたんだ」
「え、本当に!」
「本当だよ。はい、これあげる」
渡されたのはさっき買ったと思われる馬券であった。北条の投票はネットで済ませており、さきほど券売機で買っていた馬券は二人に渡すためであった。
ただ綺羅羅は微妙な顔をして馬券を見つめていた。そして呆れたように呟いた。
「これなら現金の方が嬉しかったな」
「こらこらプレゼントの根幹を揺るがすようなことを言わないの。それにこれ絶対に当たる馬券だから。五条サンタさんを信じなさーい」
「えぇ…」
五条悟の予想ならば当たる気もしなくはないが、いつもの胡散臭さと軽薄さがそれ以上に不信感を煽った。
「ちなみにサンタさんのトナカイってどのくらいの速さで移動しているか知ってる?」
「知らないけど?」
「説にもよるけど時速560万キロで移動してるらしいよ。まぁ実在するなら競走馬として走らせてみたいけど。着順はもちろん二着トナカイ一着五条サンタさんで決まりだね」
「音速以上の相手でも勝つ自信あるんだ」
「もちろん、ボク最強だから」
北条はドヤ顔してそう言った時だった。北条は真面目な顔をして背後を振り返った。
「どうしたの?」
「招かざるお客さんが来たみたい」
それを聞いて綺羅羅は眉を顰めた。五条悟ならば実践経験を積ませるために面倒ごとを押し付けることなど珍しくはない。ただ今は腐ってもデート中だ。せっかくのクリスマスが台無しになるのを恐れた。綺羅羅は不安そうに尋ねた。
「私たちに任せたりしないよね?」
「まさか。若人の青春の邪魔をするなんて野暮な真似はしないさ。ちゃちゃっと片付けてくるから君たちは楽しんできなよ」
北条は穏やかな口調でそう言うと立ち去った。とは言うものの、今日はこれ以上の接触はリスクが大きいと判断した。
この案件を生徒に任せて大事になってしまった場合、競馬の予想は外れ、本当にモヤシ生活を送る可能性がある。それにーー
(さっきから、注意深くこちらを見つめる秤の視線、もしかして怪しまれているのか。だとすれば無闇に接触はできないな。万が一バレて戦闘になった場合、秤を殺さずに無力化させるのは不可能だ。彼と話すのはまた今度にしておこう)
それから間も無くして、人気のない建物裏には二人の術師が対面していた。そこには視覚妨害と不可侵の結界が張られていた。
「こんなことで死ぬなんて…」
そう言う呪詛師の口からは血が溢れ出ていた。一方の北条は余裕の笑みを浮かべて見下ろして告げた。
「勝ちたい気持ちは否定しないけど呪術を使おうとするのはダメでしょ。スポーツ大会にガトリング砲持ち込むようなものだよ」
「お前さえいなければワシら呪詛師はもっと自由になれたというのに!」
「ボクがいなければ自由にか」
呪詛師は忌々しそうにそう言ったが、目の前にいるのは五条悟ではない。 五条悟が存在したからこそ自由を満喫している呪詛師である。そんな自身に恨み言を言う呪詛師が滑稽に思えた。
「何がおかしい」
「さぁね。ただ場所が場所だから君は骨すら残さないよ」
北条はそう言うと呪詛師の額に人差し指を置いた。
「術式反転 赫」
その術式を発動した時、赤色の光が放たれることも斥力も生じることはなかった。ただ呪詛師の身体は瞬く間におし潰され、この世の全てから拒絶されるように肉片一つ残ることなく消滅した。
結界の撤去をしていた時だった。建物の向こう側から歓声が波となって通り抜けた。スマホを確認すると着順は史実通りだった。これで暫くはお金の心配をすることはない。
もうすぐ今年も終わり、着々と原作が近づいている。この流れで行くと乙骨も虎杖も原作通り高専に入学するだろう。だが油断はできない。
己という異物が活動する以上、ここは並行世界の歴史であり、望む未来を作る努力をしなければならない。
(気になるな。五条悟と宿儺、どっちが勝つのか。ただ…)
ただ北条の知る未来は多くの死と悲劇で溢れている。主人公がひたすらにルート選択を間違え続けた先にあるバットエンドともいえる展開だ。
北条の望む未来。その対価は多数の原作キャラの死亡、日本社会の崩壊、大量の民間人の死である。それを予定調和だと割り切るのか。それとも救える者を救いながら望む未来を目指すのか選択は着実に迫っていた。
(特級呪霊カルテットと羂索を始末するとしても、宿儺の移植は必須。ならば伏黒一人を生贄にしてなるべく最小限の犠牲に抑えるように調整するべきか…)
一億合体呪霊を見たい偽夏油傑
宿儺vs五条を見たい偽五条悟
全力の戦いをしたい五条悟
死ぬまで人間を蹂躙したい両面宿儺
平和な日本社会で蠢く思惑と悪意。人々は最強の呪術師を五条悟と呼ぶ。だが本当の王座はまだ空席なのかもしれない。