僅かな光。少女が逃げ込んだ先は、篝火が辺りを薄く照らしている。その光は、力を振り絞り逃げ出して来た少女を歓迎しているかのかもしれない。
「ふぅ・・・しかし、どうやってあんなやつに勝とうかね」
やられたことはきっちりお返しする、そうしないと気が済まない。特にこの頃あまり良い事がなかったので、鬱憤が溜まっていたところだ。
第二の篝火に別れを告げ、あの大きな体に勝つための方法を考えながら歩いていると、死体の上に小さく光るものを見つけた。
「これは・・・小型の斧か。一応もらっておくぜ」
あいつに使うかもしれないしな、と手にしたのはハンドアクスと呼ばれるもの。小型で扱いやすいその斧は、少女の手にしっかりと馴染んだ。
その後何人かのミイラのような者たちがこちらを襲って来たので、少女はそれを振り切って先に征く。手にした武器で戦わないのは、少女が人を殺めることに抵抗を持っているためであろう。息を切らしながらも、少女は奥へ進んでいた。
一つ階を上がると、少女の目に見覚えのある者がいた。閉ざされていた牢獄に死体を放り投げたあの兜を被る騎士だ。騎士はこちらを見向きもせず、ぐったりと横たわっている。
騎士がいる部屋もまた、鉄格子の扉が行く先を阻んでいた。
「お、あんた!そこにいたのか」
ようやくお目当ての人物を見つけた嬉しさ半分驚かされた怒り半分ーーー助けてもらったのだがーーーを伝えるために、その扉を開けようとするがそれは叶わなかった。いくら押し引きしてもびくともしないのだ。
早々とそこを諦め、他の出入り口を探すがそのようなものは見当たらない。辺りは石壁で囲まれているため、壊すこともできない。
「目の前だってのに・・・悪いけど、待っててくれ。そこへ辿り着く方法を見つけてくるよ」
自分のいた部屋と同じように、天井にしろ鍵にしろ何か脱出する術はあるはずだ。それを探すために、少女はその場を離れ近くの階段を目指した。
目標ができるとこんなにも足が進むのか。恐らく話が通じるであろう、他のミイラたちとは違う格好の騎士と会話するために少女は急いだ。
それが少女の犯した最初の過ちだった。
突如、少女が上っている階段から、巨大な鉄球が転がって来た。急ぎ足で進む少女はそれを見た時には時既に遅し、前へ行くための足は回避を行うことはできなかった。
「そんな・・・馬鹿な・・・!」
迫り来る黒球は、勢いをつけて少女に向かう。さっきのでかぶつに斃されるならまだしも、こんな・・・こんなもので・・・
そんな少女の思いは無惨にも、スピードのある黒球により粉微塵に打ち砕かれたのだった。
黒球に轢かれた少女の体はぴくりともせず、そのまま粉となって消えていく。そう、はじめからそこに少女など存在しなかったかのように・・・。
ーーー
ーー
ー
「・・・あれ?」
本日二度目の起床は、二つ目の篝火のすぐ側であった。ミイラの体に変化はなし。最初にこの篝火へ来た時と違う点は、この先で拾ったハンドアクスの存在だけだ。
「何が何だか、さっぱり・・・私は死んだんじゃないのか?」
ハンドアクスが手にあるということは、少女が体験した出来事が夢幻ではないということ。ならば、間違いなく少女は黒球に轢かれ、そこで斃れてしまったはずなのだが・・・。
何はともあれ、これはチャンスだ。今自分が生きていることに変わりはないのだから、また先へ進んでいこう。
あの騎士へ会うという目標は達成できたのだから、きっと騎士の元へ征く手段も見つかるはずと、プラスに考える少女の顔はここへ来た時に比べ、いくらか明るいものであった。
まるで、幻想郷の異変解決をしているかのように。
つい先刻までいた距離はさほど長くはなく、数分歩けばまたその場所へ戻ることができた。
相変わらず騎士は少しも動かず、ただ何かを待ち望んでいるかのようだ。
一応、変化がないか騎士に語りかけてみるが、それも無駄な試みに終わった。騎士へのコミュニケーションは諦め、自分が果てた場所を見る。
よく見ると、上に不自然なほど黒い球体がある。元々暗がりな場所だったので気付けなかったが、こんな罠に引っかかるとは私も落ちたもんだーーー。少女は自分を恨みながら、どのような条件でその罠が起動するのかを調べる。
結果、その罠は非常に単純なもので、階段を途中まで上ると落ちてくるだけであった。
「こんなもの悪戯妖精の罠レベルじゃないか・・・あっち(幻想郷)で笑われるぜ」
転がって来る黒球を後退しながら避ける。その黒球は、派手な音を立てながら石壁に激突した。
「しめた!」
相当な重量があったのであろう、黒球は石壁にぶつかるだけではなく、その部屋に大きな穴を空けたのだ。
これで騎士に近づけるーーー期待と興奮する気持ちを抑え、少女はその部屋に入った。
「・・・なあ、生きてるか?」
外からは全く動かなかった騎士だが、少女を目の前にしてようやくその兜を動かした。
「・・・君は、亡者ではないのだな」
聞き慣れない単語があったが、取り敢えず話が通じる相手であり一安心する少女。
「よう、助けてくれた礼と驚かされた文句を言いにきたぜ」
腕を組みながらぽつり、と呟く少女の姿はどこか嬉しそうな顔であった。
どうやら騎士は、瀕死の状態にあるらしい。長く険しい旅を続けてきたが、とうとう限界がきてしまった。
騎士の鎧は上等なものであり、それなりの家系、もしくは地位にあるのだと理解できる。
そのような未来のある騎士が旅をしていた理由は、「不死の呪い」と呼ばれるもののせいだ。
ある時、騎士に謎の「輪」が浮かび上がった。少女と同じものであるこの「輪」は、「ダークリング」と言う。
これが浮かび上がれば最期、永遠に死ぬことのない呪いにかかり、死ぬことを繰り返していつしか心のない「亡者」になるのだと騎士は教えてくれた。
少女が黒球に轢かれてまた元通りになったのも、その呪いのせいなのだ。
騎士によれば、この「輪」は使命の印。ダークリングが浮かび上がった者は、不死院ーーーこの地のことであるーーーから古い神の地へ向かい、目覚ましの鐘を鳴らし不死の使命を知る。
これこそが騎士の旅の理由であり、今ここで叶わぬ夢となってしまったーーーそう少女に伝えると、騎士は申し訳なさそうに少女へ問う。
「・・・この使命、受け継いで貰えないだろうか」
話してる最中ですら手足は動かず、正しく最後の願いを断ることなど少女には出来なかった。
「元よりそのつもりでこの世界に来たんだから。ここで退いたら女が廃るぜ」
少女は自信満々に答える。自分の目的の為であるが、決してそれだけではない。
騎士の想いを汲み取り、その無念を必ずや晴らそうと、礼の代わりにその使命を引き継いだのだ。
飄々としたさまに見えるが、少女の内側にある熱いものを感じたのか・・・騎士は、少しだけ笑った。
「よく、聞いてくれた・・・これで希望を持って、死ねるよ・・・」
騎士は決して小さな女性だから、という不安を抱かない。むしろ、この少女に託せて良かったという安堵すら抱いていている。
その理由はわからない。ただ、そう感じさせるだけのなにかがこの少女にはあるのだと、鮮明ではない意識の中思った。
自分が自分でなくなる前に、と騎士は鍵と小さな瓶を手渡した。
鍵はもちろんこの不死院で使うモノだが、もうひとつの瓶に少女は目を奪われた。
「・・・不思議な色だ。引き込まれるように」
これはエスト瓶と呼ばれるもので、飲むと身体の傷を癒してくれる不死の宝だと騎士は言う。
そのような大切な物を貰ってよいのかと少女は考えたが、それ程までに騎士は思い詰めていたのだろう。少女に会わなければ、誰にも看取られることのなく、使命も果たせないまま・・・。
これこそが少女に対する騎士の礼であり、また少女の未来を支えるものになる。そう知っているからこそ、騎士はこれを少女に贈ったのだ。
「じゃあ、もうさよならだ・・・」
死んだ後、心無くした亡者となり君を襲いたくない、と騎士は少女の背を押す。
「・・・ありがとう、あんたがいなければ私はここで朽ち果てていたよ。この使命、必ず果たそう」
そう言い部屋から立ち去る少女の背中は、とても大きく見えた。意識がはっきりしていないからそう見えたのではない。きっとあの少女ならやれる、そう満足して、騎士は動かなくなった。
「結局名前すら、聞けなかったな」
手にしたエスト瓶を握り締め、少女は再び前へ進んで行く。
「あんたの願いは、この霧雨魔理沙が実現させてやる。楽しみにしてな」
その瞳には、確かに炎が宿っていた。
少し、また少しと量を増やして行こうと思います。
+これから予約投稿で6:00に投稿していきます。