広大な地。激闘の後、巨大な鳥に連れて来られたこの場所は、寂しくもあり安らぎもある異質な空間だった。
だが悪くない。むしろ好みな場所だと魔理沙は笑い、目に映った篝火を灯した。しばらくはここを拠点にしようか、と腰を下ろしたところで不意に話しかけられた。
「よう、あんた」
急に話しかけられたので素早く身を翻したが、当の本人は石に腰掛けたまま動く気配はなかった。
「いや悪いね、ビビらせるつもりはなかったんだが」
空の青色が身に纏ったチェインメイルに反射し、綺麗な色を作り上げている。どことなく気怠さを感じるその男は、静かな口調で語りかけて来た。
「どうせあれだろう?不死の使命がどうとか・・・」
その言葉に魔理沙は目を光らせる。てっきりあの騎士の家系にのみ伝わる使命かと思っていたが、意外にも共闘できる仲間がいるのかもしれない。
少し歓喜しながら応えようと口を開いたが、次の言葉でその期待も泡となって消えていった。
「馬鹿馬鹿しい・・・不死院でじっとしていればいいものを」
魔理沙は落胆しながらも、あの騎士を馬鹿にされたようで僅かに眉をひそめる。
名前すら知らぬ者であったが、使命を全うしようとしたその死に様は高貴なものであったため、それを否定するようなことは聞きたくなかったのだ。
その男は、自らを心の折れた者だと説明した。その者は、数多くの不死が不死院よりこの地ーーー祭祀場に降り、使命を果たせず亡者へと成り果てていったのだと言う。
そのような不死を何人も見てしまい、自分の征くべき道がわからなくなったーーー。
いずれお前もこうなる、だからこんなことは無駄なのさ。魔理沙を見るその視線は、哀しいほどに冷たいものだった。
「結局、何を言いたいんだ」
長く暗い話にうんざりしたような表情の魔理沙は、要点を出さない男に切り出した。目線の先は篝火に向いたまま、やれやれと首を左右に振る。
「ま、こうならんように頑張りなってことよ」
たいていの不死は上か下に向かうぜ、と行き先を教える男。不安を煽るような発言をしておきながら、素直じゃないものだーーー。一応、と自分を納得させて礼を言う魔理沙。
充分休み、いざ男が示した道へ参らん、というタイミングで男からストップがかかる。
「なんだよ、人がやる気出したってのに」
少しよろけながら聞き返す。今度はどんなマイナスイメージを与えてくれるのか無表情で待機する。
「お前、いつまでもその姿でいるのか?」
何を言っているのか。最初に頭に浮かんできたのはこの言葉だったが、直ぐにそれが何を意味しているかが理解できた。
「この体を元に戻せるのか?!」
不死院で見てきた亡者たちがこのミイラのような姿だったため、これが不死の標準的な姿形と勘違いしていた。
もちろん本来の彼女の姿はいかにも魔法使いらしい格好の少女で、幻想郷にいた頃はそれが当たり前だった。
「お前、人間性ってのを知らないのか?」
これだ、と男は何かを取り出す。それは魔理沙がデーモンから拾ったものと同じもの。
あ、それは。彼女も急いでポケットからそれを取り出す。少女が持ち合わせているこれは、相変わらずゆらゆらと小刻みに震えている。
それを砕け、と男は言う。砕いて、自分のものにするんだ。
つい数分前に出会ったばかりの男を信用してもいいのか。一瞬葛藤が魔理沙を襲うが、それでも価値はある。もしかしたら肉体を取り戻せるかもしれないし、駄目ならそれはそれでーーー。
覚悟を決めた魔理沙は、高らかに腕を上げ人間性を砕く。砕かれた人間性は、黒い煙に近い姿になり彼女の体へ入り込んだ。
一体、どうなるのか。唾を飲みじっと待ち構えるが、一向に変化はない。
騙されたのか。乙女の純粋な気持ちを裏切りやがって。
不満を男にぶつけようと近寄ったが、逆に男が呆れた顔でこちらを見る。
「篝火にあたれ」
先程の黒い煙がどう関係するのかはわからないが、やってみるしかない。篝火に近付き、そっと手を伸ばす。
「お前の身体を思い出せ」
身体・・・。
簡単なことだ、自分のことは自分がよく知っている。ダークリングが浮かぶ前まで、魔法を使うこと以外は普通の少女だったのだ。何か特別なわけでもない。
目を閉じ、強く鮮明に身体を思い出す魔理沙。身体自体は風呂に浸かる時などによく見ていたが、頭の上から足の先まで自分をイメージするのはこれが初めてだ。
しばらく経ってから、彼女は口を開いた。
「・・・いつまでこうしていればいいんだ?」
長く念じているが、その先の指示はない。集中が足りないのだろうか、果たしてそうではなかった。
「いや、手を見てみろよ」
手?閉じていた目を開けると、そこには白く細い彼女の肉体があった。
腕だけではない、足も元に戻っている。祭祀場にある水辺で顔も確認し、軽く跳ねながらそれを喜んだ。
「やっぱりこの身体が一番だぜ!」
不自由なところを感じず、自由に動けることを確認して魔理沙は礼を言う。
その勢いのまま次の目的地へ走り出す彼女を、後ろから見守る男。
どこまで持つのか期待せずに待とうと見送った後、手に持つ人間性を見つめる。
いつからこんな風になったんだかなーーー。新しく来る不死を見る度に考えさせられる。
今回の不死は、どこまで行けるか。薄く笑いながら、青い空を見上げた。
「しかしこうも多いもんなのかね」
祭祀場にある階段を上へ進み、魔理沙は城下不死街に出た。その名の通り、あちらこちらに不死が佇んでいる。
不死院にもあった白い霧を抜け、何が潜んでいるのか警戒しながら進む。
建物の中を抜けると、ちょっとした橋に辿り着いた。その奥に何人かの不死が見えるが、まだこちらには気づいていないようだ。
「面倒だから無視できる奴は放っておきたいぜ」
ゆっくりと足を運ぶ魔理沙は、空を切り裂く風の音を聞いた。
何事かと上を見ると、赤に身を染めた巨大な竜が迫ってくる。その間数メートル、という距離で竜の足踏みを逃れた魔理沙。
こいつも敵かーーー。魔理沙はハンドアクスを構えるが、竜はただ羽休みをしただけなのかそのまま飛び去っていった。
「なんなんだ・・・」
竜を目線で追う。しかし、今の竜の着地で不死がこちらに気づいてしまった。
高地からはクロスボウ、低所からは折れた直剣。役割分担をしている不死たちを見据えながら、面倒そうに魔理沙は応戦した。