推しの飯/絶望の未来から転生した戦士 作:Miurand
時は少し遡り、第一話撮影時点。エメはつい先程、MEMちょに自分の本名を言い当てられた。それだけならまだいいが、どうやらドラゴンボールによる記憶消去の対象者には選ばれなかったようで、エメの力を知っている可能性が高い。
「あっ、大丈夫大丈夫…!流石にあの時のことはバラしたりしないからさ。というか、正直に話したところで信じてもらえないとは思うけどね……」
というのも、事が収まった時には、その場に一緒にいたはずの母もすっかり記憶から抜け落ちたようで、周りにもその日の出来事を話しても、夢や電波を疑われた。
だから、自分が見たものは夢だったのではないか?そう錯覚してしまい、遂にはそれを受け入れようとした時のことだった。本当に、偶然だった。
『こ、この子って……』
フリーザ討伐の数年後、エメが初主演したドラマ、『孤独の戦士』が放映された。エメは孫悟飯という役者名で出演していたものの、メムにはすぐに分かった。この主演の子が、自分を助けてくれた星野緑だと。
ただ似ているだけかもしれないと思ったが、迫力あるアクションシーンの殆どが実写という情報を耳にし、確信した。自分が見てきたものは夢ではなく、現実だったと。
「あはは……。そうしてもらえるとこっちとしてもありがたいよ……」
「でもまさかこんなところで再会するとは思わなかったよ。まあエメたんも高校生だもんね〜?そういうお年頃か〜」
「……あれ?ちょっと待って?」
メムが周りにバラす心配がないことが確定し、安堵するも、エメに新たな疑問が浮かぶ。自分が5,6歳の頃にメムは中学生くらいだったと記憶している。ならば当時最低12〜13歳になるだろう。そこから10年近く経っているということは、メムはもうお酒が飲める歳のはずでは?
……ところが、エメは芸能活動を通してある程度の常識も身に入っている。女性に年齢を尋ねることは基本NGだし、そもそもMEMちょは高校生YouTuberというキャラを売りにしている。下手にそこに言及しない方がいいと判断し、エメは聞かないことにした。
「ん?どうしたの?」
しかし、質問する前に一言言ってしまったため、メムの興味を引いてしまう。なんでもないと言うと、メムは遠慮しなくていいと言う。ならば聞いてしまおう。
「……確か、僕達が会ったのは10年前だよね?その時ってMEMちょさんは確か……」
「あーあー、何も聞こえな〜い!私はピチピチのJKだよ〜?」
あからさまに誤魔化された。どうやら触れてはいけない話題だったらしい。MEMちょなりの事情もあるのだろうと納得し、その話はなかったことにした。
なお、そのシーンも採用されており、MEMちょのリスナー、通称MEMバーからは『お?早速バレたかJK(笑)』などのコメントが多数寄せられたとか寄せられてないとか……。無論メムのYouTubeチャンネルの動画のコメント欄のことである。その辺はリスナーも弁えているのだ。
撮影は順調に進んでいる。台本はないため、基本的に余程のことがなければNGにはならない。とはいえ、普通の撮影現場とは違うので、いつもの実力を発揮できない者もいるようだ。
エメと同じく役者の黒川あかねなんかは、台本のない撮影現場は初めてなのだろう。こまめにスタッフに質問し、その都度メモを取っている。
「ほんとにこういう番組って台本ないんだね。どんな話していいか全然分からない」
「そうだね。僕も台本はないって説明は事前に受けていたけど、まさか全くないとはね……」
不意に話しかけてきたのは、モデル業をしている、エメと同い年の鷲見ゆき。多少は台本があるのかと思いきや、本当に台本なしで撮影を進めていく様は珍しいらしい。実際、エメも多くの仕事を熟してきたが、台本がない番組はこの今ガチが初めてだった。
「私臆病でガシガシ前に行けないし、トーク上手くないし、きっと埋もれるんだろうなぁ……」
「じゃあ、なんで鷲見さんはこの仕事を引き受けたの?」
「ウチの事務所の看板の人が、仕事を断らない主義で、全部取ってっちゃうから、年中暇なの。だから足掻きたくて……。そんなときに、鏑木さんが……」
「なるほど……」
「渡りに船って感じで…。恋愛も初めてだから不安で……」
少なくとも、ここにいる人たちは基本的に恋愛経験が豊富な人はいないだろう。いや、1人くらいはいるかもしれないが、学生らしさを売りにしているこの番組の性質を考えれば、経験が浅い人を持ってくるのは想像に容易い。
実際、エメなんかは初めてどころか、恋愛がどういうものなのかもよく分からない状態だ。そしてどういうものなのか興味があった。だからこそ、この番組を引き受けたわけだが。
「ねえ、悟飯君は恋愛興味ないの?」
「……あるにはあるけど、僕はそもそも恋愛っていうものがよく分からなくて……」
「それ言うなら、私だってよく分からないよ。初めての恋愛になるし」
「いや、そうじゃないんだ」
エメの要領得ない返答に、ゆきは思わず首を傾げてしまう。
「自分で言うのもなんだけど、僕は普通とは掛け離れた生活をしてきちゃったから、そういうのには疎いんだ」
「ふーん?それって、芸能活動をしている私達と比べても……ってこと?」
「うん。多分そうなると思う」
実際、芸能活動をしている人の中に、エメのように戦闘を経験したことのある人はいないと断言できるほどだろう。今世はまだマシな方だが、前世は勉強すらできず、敵を1人も倒せず、弟子に託すことしかできなかった。
また、住んでいた場所か場所であるため、恋愛に関する知識も碌につかなかった。仮に親に教えられたとしても、両親共に普通とは掛け離れた形で出会い、結ばれたので参考にはならないだろう。
「そっか……。なら、一緒に勉強しないとだね」
「……そうだね」
「あっ、そうだ!知ってる?前シーズンに結ばれたカップルは、最後にキスしたらしいよ?」
エメも一応予習はしているため、そのことは知っている。いつも通りなら、ただ告白して、返事をして終わる。大抵最後に映されるカップリングが結ばれるのがオーソドックスだ。だが、前シーズンはキスをしたらしい。
「私、君にならキスできると思う」
エメの耳元でボソッと呟くように、ゆきは言った。
「なっ……」
唐突な告白に、エメは固まってしまう。
「だ、ダメだよ!そんなことを気軽に言っちゃ!そういうのは、ちゃんと好きな人に言わなきゃ!!」
少し顔を赤くしながらも、ゆきにそう説教した。エメはからかいの意味を込めて言われたのかと思ったが……。
「そう?なら問題ないね」
「えっ……?」
ということは、自分に対して好意があるということになるのか?まだ短時間しか経ってないというのに?いくらなんでも早すぎる。
だが、もし彼女が本当に自分に惚れているのだとするなら……。
「後ろ。カメラあるから、そっちに目を向けちゃダメだよ?」
しかし、ゆきはカメラの範囲内であることは把握済みのようだ。つまり、撮れ高のある映像を作るために、敢えてあのような状況を作り出したらしい。
「じゃあ、またね!」
ゆきは可愛らしく手を振り、その場を去った。
「……臆病って絶対嘘でしょ。やっぱり芸能活動している子は強いなぁ」
誰にも聞こえない声量で、エメは呟いた。最初は大人しい印象を受けたら、ひょっとすると、この番組の主役は彼女になるかもしれない。エメの直感はそう言っているようだった。
その日、第一話分の撮影は終了した。初回ということで、戸惑う部分はあったものの、なんとか大したミスは起こすことなく終了した。
まず、メッセージアプリでメンバー全員がいるグループを作った。これは仕事に関係なく、プライベートなものになる。
また、MEMとは個人的に連絡先を交換した。特に、MEMとの再会という話題性に富んだものを編集側に提供できたため、エメの出だしは順調と言えるだろう。
ただ一つ気になるのは、自分のことをチラチラと見てくる存在。
結論から言えば、その正体は同じく役者の黒川あかね。彼女は劇団ララライに所属しており、主に劇で活躍する若手エースのようだ。
彼女が出演する舞台を動画で見て思ったのは、『明らかに自分よりも役作りが上手い』ということ。
キャラの特徴をしっかり掴んでいるし、単純に演技力が高い。というか、まるでそのキャラになりきっているかのようだ。役者としては彼女の方が上だと、エメは白旗をあげてしまった。とはいえ、エメは勝つことを目的に芸能界にいるわけではない。
話を戻すが、あかねは悟飯と話をしたかったのだろうが、台本のない現場に余裕がなかったのか、今回はそこまでコンタクトはなかった。
「うーん…。あれは僕と話したがってたような雰囲気を感じるなぁ……。次は僕から声をかけてみようかな」
そう考えながら、その日は帰宅するも…。
「……あっ。サインもらうの忘れてた…」
MEMとの再会があまりにも衝撃的だったため、すっかり忘れてしまったが、まあ次回もらえればいいかと、エメは気楽に考えていた。
撮影当日の夜。ルビーが真剣な顔をしてエメに話があると言う。余程重要な話なのかと、エメは気を引き締めて待ち構えるも……。
「仮にも私は姉なわけで、私が嫌いなタイプと弟が付き合うのは嫌なわけ!」
唐突な話に、エメはしばらく固まる。いきなり何を言っているのかと。少しして今ガチの話をしていることに気づいたが、ルビーが勝手に付き合うべき女子を決めるとのこと。
「いや勝手に決めるなよ」
アクアがそうツッコむが、お構いなしにルビーは話を進める。3人の中で最もエメに相応しい相手は……。
「私のイチオシはゆきぽん!多分この子が一番純粋でいい子だよ!」
……らしいが、よりにもよって1番カメラ映りのいいゆきだった。いや、カメラ映りがいいからこそなのかもしれない。これにあっさり騙されるルビーの方が純粋と言えよう。
「……実を言うと、その子は結構狡猾で立ち回りが上手いよ?モデルさんなだけあって、カメラの位置を完全に把握している」
「えっ?うそー!?」
「お前はしばらく恋愛するなよ。人を見る目なさそうだし」
「なにおう!?」
アクアの忠告に抗議するルビー。そこからはいつの間にかアクアとルビーの兄妹プチ喧嘩に変わってしまう。喧嘩と言っても、ルビーがアクアに対して一方的に異議を申し立てるだけだが…。
「……」
突然アイが会話に割って入ってくる。
「ねえエメ?エメは私と付き合うんだよね?」
「「はっ……?」」
突拍子もない発言に、プチ喧嘩中のアクアとルビーもこちらに向き直す。エメも何を言ってるのか訳が分からなかった。
「忘れたとは言わせないよ?小さい頃はよく『お母さんのお嫁さんになる』って言ってたよね?」
「いやいや言ってない!僕そんなこと絶対に言ったことないよ!?」
なんなら本当の意味で幼かった前世の時ですら、その発言をしたことがない。
「やだやだ〜!!エメに恋人ができるなんて〜!エメはいつまで経っても私の子供なの〜!!」
肉体年齢的にはアイの方が歳上。そのはずなのに、この場においては最年少に見えてしまうほどの駄々のこねっぷり。余程親バカで子煩悩なようだ。マザコンならぬ
「いやいや、誰と付き合ってもいつまでもお母さんの子供だよ……?」
「だって付き合ったらまず
「いきなり何言ってるのママっ!?」
ついにおかしくなったのか、アイは唐突に地上波NG級の発言をしてしまう。
「そうすれば子供ができるから、結婚して、新しい家を買って……」
「何故付き合ったら子供ができる前提なんだ……」
「……ごめん。
「ママのせいで純粋なエメが穢れちゃう!?お兄ちゃん、なんとかして!」
「すごい無茶振りだな!?」
この日、星野家は久方ぶりに騒がしくなった。暴走気味だったアイを愛情パワーでなんとか鎮め、アイは我に返った。
「あはは……。ごめんね〜?分かってはいるんだけど、子供の成長が早すぎて、正直脳がバグってて……」
「毎日一緒にいるのにか…?」
「毎日一緒にいるからこそだよ〜!アクアもお父さんになれば分かるよ!」
「…………それはどうだろうな」
「まあお兄ちゃんはただでさえマザコンでシスコンだからね。子供ができたらヤバそうだよね〜」
「人を犯罪者みたいに言うなよ」
「お兄ちゃんは絶対、ウチの娘はお前にはやらん!って言う!これは予想じゃなくて予言だよ!当たったら何か頂戴!」
「そもそも、恋人ができるかどうかも分からないのにそんな話をするなよ」
いつの間にか平和になった。これでひと段落と言いたいところだが、エメにとってはそうはいかない。
「ねえ、ところで
「わーん!ママのせいでエメが穢れちゃった〜!!」
「私のせいなの!?」
「……エメ。後で教えてやるから、その発言は極力控えろよ。いいな?」
「あっ、うん……」
アクアの謎の圧力に押され、後で教えてもらえるということもあり、エメはそのことについて追求することはなくなった。
翌日。エメは昨夜、また一つ勉強した。思春期中学生の輪に入ってたというのに、よくエメは何も知らずに生きていけたものだ。こんな偶然があるとは、いやはや恐ろしいものだ。
「ま、まさかそんな意味があるなんて……。現場では絶対言わないようにしよう……」
ちなみに精神ダメージを受けたのはエメだけではない。アクアもまた、『俺は弟に何こんな真剣に教えてんだ』と、自問自答していたという。しかしそこは、自分は産婦人科医の雨宮吾郎だと言い聞かせ、あくまで医師としてエメに教育を施していた。
ちなみに、本来ならこういった教育は学校や家庭……特に親が教えるべきなのだが、アイは15歳で妊娠しているのでお察し。学校では一応習ったものの、単語自体は教わってないので知らなかった、ということになる。
「でも、付き合ったらそういうことをする可能性があるんだ……。し、知らなかった……」
エメは異性と付き合うという意味を真の意味では理解していなかった。やるとしてもキス程度だと認識していた。今ならば、何故アイやルビーが一時期猛反対していたのかが分かる。
エメはまた一つ賢くなった。
「ど、どうしよう……。もし付き合うとなったら、僕はあの3人の中から一生添い遂げる人を見つけなきゃいけない……ってことだよね?」
そして、エメはエメで重く考え過ぎていた。いくらなんでも極端が過ぎる。後日、その曲解もアクアによって解かれることになることを先に記しておく。
次の撮影日が訪れた。撮影が始まる前に、メムの手が空いていることを見計らって、前回忘れてしまったミッションを遂行することにした。
「あれ?どうしたのエメたん?」
「あの〜、できればでいいんだけど、サインがほしいなぁって……。ダメかな?」
唐突なお願いなのは承知の上。ダメ元で頼んでみることにした。
「えっ?エメたんって私のファンだったの!?もー!そうならそうと早く言ってくれれば良かったのに〜!」
サインを欲していることが分かった瞬間、MEMは嬉しそうな態度を隠すことなく、意気揚々とサインを書き上げた。あまりの速さに流石のエメも見逃しそうになるほどだ。
「いや、実は僕の友達が大ファンなんだ。だから、どうせ共演するならサインもらってほしいって頼まれちゃって」
それとなく肯定すればいいものを、エメは馬鹿正直だった。
自分の共演者にファンがいると知って自己肯定感がアップしていたところ、実はその友人でしたオチ。メムのテンションが下がったのが目に見えてしまった。
「えっ?えっ?ど、どうしたの?僕、何かした?」
どこぞの無双系主人公のような発言をするエメ。しかも本当に無自覚。何故MEMちょが落ち込んでいるのか、マジで分からないのである。
「悟飯君……。今のはちょっと……」
「せめて先に言ってあげるべきだったと思うぞ……」
「俺は正直なやつ好きよ?」
ゆき、ケンゴ、ノブユキの順に反応する。ゆきはケンゴは比較的ありふれた反応だが、ノブユキは何事も前向きに捉える性格なのか、はたまたフォローのつもりなのかは分からないが、エメを評価していた。
「で、でも!そのお友達がファンであることには変わりないもんね!はいこれ!」
「あ、ありがとうございます……」
周りの様子から、自分に非があるらしいことは分かった。とはいえ、何故落ち込んだのかが分からなかった。そのため、エメは1番近くにいたあかねに聞くことにした。
「それは多分、有名人の悟飯さんがファンだと思っていたからではないでしょうか?ほら、悟飯さんだって有名人が自分のファンだったら、特別嬉しく感じません?」
「…………」
エメはしばらく考え込む。有名人と言えば誰だろうか?
まず、知名度で思いつくのは有馬かな。しかし彼女とは師弟関係にあるし、それ以前に友人関係にある。そのため、ファンだからと言って特に何も感じないだろう。
次にフリル。出会う前から有名人であることは知っていたものの、今では気の知れた友人。ファンだと公言されても、特別嬉しい感情は湧かないかも知れない。
アイとアクアに至っては家族。むしろ彼らなら、自分を応援する姿が容易に想像できてしまう。
エメの周りに有名人が多すぎるのが原因だろうが、エメはその辺の感覚も鈍かった。
「……ごめん、ピンとこないや」
「えっ……」
「あー、でも、有馬さんに演技を褒められると嬉しいかも。有馬さんって演技の指導となるといつも厳しくなるんだけど、そんな厳しい人から評価されると嬉しくならない?」
「そ、それは私も思います!」
同じ役者として、厳しい人からの評価はやはり嬉しく感じるもののようだ。
「そういえば、悟飯さんってあの有馬かなちゃんの弟子……でしたもんね」
「うん。よく知ってるね?」
「実は私、共演したことがありまして……」
「へーっ!初めて聞いたなぁ……」
「それで私、実は悟飯さんがこの番組に出ることが分かってから、ずっと聞きたかったんですけど……」
そこまで言うと、あかねは少し躊躇するような様子が見受けられたが、エメが遠慮する必要はないと言うと、あかねは覚悟を決めたのか、思い切ってぶちまけた。
「単刀直入に聞きます…!悟飯さんは……いえ、エメラルドさんは、有馬かなちゃんと付き合ってるんですか!?」
いつもは物静かだったあかねが、急にはっきりと、教室中に響く声でそう問う。前回では見られなかったあかねの意外な一面に皆が驚くも、エメは……。
「あはははっ!!!黒川さんは面白いことを聞いてくるね?」
思わず笑ってしまった。あかねは真剣に聞いているのに、という意味合いを込めて頬を膨らませて睨む。
「よく考えてみてよ。もし有馬さんと付き合ってるのにこの番組に出たら、『あんた、私という彼女がありながら浮気ですか?へぇ〜?随分とナメられたものね?もうあんたとは絶交よ!』って言われて怒られちゃうよ」
本当にそう言うかどうかは置いといて、激怒することは間違いないだろう。なんなら、いくら聖人キャラとして扱われているエメでも、流石に大炎上は免れることはできない。
「そ、それもそうですね……。よく考えれば当然のことでした……。でも、悟飯さんのモノマネ、なんというか、解像度が高いですね?」
「まあ、それは有馬さんとは決して短くない時を一緒に過ごしてきたからね」
ちなみにこの撮影前のやり取りは、スタッフの独断で勝手に撮られており、おまけとして放映された。
さらに日が経ち、メンバーの特徴も把握してきた頃、ゆきが突然番組をやめるかもしれないと言い出す。
結論から言えば、ゆきはやめるつもりはない。ならば嘘なのか?それも少し違う。厳密には誇張をしているようだ。学校で妙な噂が立っているのも本当だし、寝不足でたまに撮影が嫌なこともある。それを話せば、あかねがまた律儀にメモを取っている。
ちなみに、今期の今ガチの現状をざっくり言えば、カップリングは二手に別れていた。
鷲見ゆきと熊野ノブユキのユキゆき。この番組の中心はゆきになりつつあり、よく絡みのあるノブユキとのカップリングがよく取り上げられるようになった。そこに嫉妬心を抱くケンゴという、三角関係の構図が出来上がりつつあった。
一方で、もう一つはエメとMEMちょの飯メム。こちらは特に少しもギスる雰囲気はなく、とても平和路線である。元より昔から面識がある幼馴染属性が強いようだし、何よりエメとメムは裏でも絡むことが多い。視聴者だけでなく、共演者やスタッフもこの2人は結ばれる可能性があると睨んでいる。
また、あかねも出番こそそこまで多くないものの、たまに有馬かなに関する話題でエメと盛り上がっている場面が取り上げられることがあり、エメが有馬かなの弟子であることは知っている人は多いものの、あかねは実は有馬かなのファンなのではないか?と勘繰る人もいた。ちなみにその意見を代弁するかのようにエメが質問したところ、あかねは否定した。
だが、この関係は恋愛関係とは少し違う。出番がないよりはいいのかもしれないが、この番組の趣旨から少し外れてしまっていた。
撮られ慣れている、ゆきにメム。
裏表ないが、味のあるエメにノブユキ。
そして、この番組に合わず、どうしても出番が減ってしまう、あかねとケンゴ。
このような感じで見事に別れていた。ケンゴはまだノブユキに嫉妬心を抱くキャラとして、一定の存在感は保っていたし、あかねも一応はエメとの絡みもある。
ケンゴの事務所は特に問題なかったが、あかねの所属する劇団ララライはよく言えば熱意のある……悪く言えば、とても厳しい事務所のようだった。全く出番がないわけではないが、明らかに主役ではなく脇役。そのことに憤慨してあかねのマネージャーに火の粉が降りかかっていた。
このことに罪悪感とプレッシャーを感じ、あかねは焦り始めることになる…。しかし、それはもう少し先のお話。
「ハッちゃん!あがったら飯食いに行こうぜ!」
高めのテンションでエメを誘うノブユキ。ちなみにハッちゃんという名前は、『ゴハン』のハから来ている。悟空が聞けば懐かしみそうな渾名だが、これは偶然である。
「いや、今日は家族と食べる約束しているから……」
エメとしても、できるなら参加したいところだが、今日は家族全員でご飯を食べる約束をしている。ただでさえ最近はアイが荒れ気味なので、余計にふけるわけにはいかないのだ。
「えー!行こうよ!」
「メっさんが焼肉奢ってくれるって〜」
「あー!言ってた言ってた!」
ノブユキの冗談にゆきも乗っかり始める。しかしメムは当然ながらそんなことを言った覚えはない。そう反論すれば……。
「俺知ってるよ〜?最近登録者数増えてウハウハなんでしょ?事務所の取り分も5:5なんでしょ?」
痛い所を突かれた、とでも言わんばかりの苦笑いをする。これは奢る流れになってしまっている。
「ま、マジですか!?うち8:2……。羨ましいなぁ……」
「えっ?」
流石の比率にエメも困惑する。8があかねにせよ、事務所にせよ大分偏った比率である。
「み、みんな……!流石に全員分はメムさんにも悪いよ!いくら稼いでいると言っても、出費はバカにならないだろうし……」
「エメた〜ん……」
エメの優しさに胃が癒されるメム。実際、エメも前世の頃ほどとまではいかないものの、大喰らいであることには変わりないため、その分の食費を負担してもらうことには流石に抵抗あるのだ。
「じゃあここは民主主義に則って多数決で決めようぜ!なら恨みっ子なしでしょメッさん?」
「絶対私達負けるじゃん!」
結果、4対2でノブユキ側の勝利となった。あかねはギリギリまで迷っていたが、取り分の話で大なり小なりの嫉妬があったのだろう。奢り賛成派に手を挙げた。
「オラァ!!特上盛り合わせ追加じゃい!!思う存分食えやガキ共ッ!!」
半分ヤケクソ、半分怒りを込めて半ば叫ぶ形で言っていた。多分会計時に自分の財布を見て後悔の渦に飲み込まれるだろうし、それは本人も分かっている。しかしそんなことは考えたくないので、もうヤケである。ヤケクソになりすぎて現役JKのキャラも崩れてしまっている。
ちなみに、何気にエメもこちらに来てしまっているが、流石にMEMちょ1人に負担させるのも申し訳ないので、自分も払おうと考えての行動である。家族には連絡済みだが、この後ルビーやアイにはなんと言われるだろうか……。そんなことを考えていると、自分のお皿にちょうどいい加減で焼き上がった肉が置かれる。
自分が置いた覚えはないので、向かいを見ると、あかねがトングを手放さずにずっと焼いていた。しかも全員分焼いているのである。
「はい悟飯さん。赤身焼けましたよ」
「いやいや黒川さん、さっきからずっと焼き続けてるでしょ?自分の分は自分で焼くからさ、食べようよ?」
「いえ!私は精進の身でして、こういう場ではトングを手放さずつもりなので!」
と、あかねは一向に献身の姿勢を崩さない。
「昔はよく焦がして怒られていましたが、今では上手に焼けるようになったんです」
そう言わずに、と口を挟もうとしたものの、MEMのバズり講座が自然と始まって、それをメモに取り始めた。真面目で努力家なのは間違いないし、献身的な性格なのだろう。
とはいえ、いつまで経っても焼き続けていては、せっかくの焼肉なのに食べれないではないか。だが、言ってもやめることはなさそう。ならば……。
「黒川さん、口開けて」
「へっ?」
突拍子もない頼まれごとをして、口を開けて固まったあかねに隙ができる。それを見逃すはずもなく、エメは箸で挟んだ肉をあかねの口の中に運んだ。
「黒川さんは勉強熱心だね。でも、ちゃんと食べないと回る頭も回らないよ?」
エメの唐突な行動に、あかねだけでなく周りも呆気を取られている。何故か静まり返った状況にエメはハテナマークを浮かべざるを得なかった。
「え、エメたん……」
「ハッちゃんってもしかしてラブコメ世界から出てきたん?」
「カメラ前でやればバズり間違いなしだったのに〜」
「というか、それ間接キスじゃ……」
純粋に驚いている者、ネタに昇華しようとしている者、やるタイミングを指摘する者、小声で別の心配をする者。
反応はそれぞれ違った。唯一反応のないあかねはというと、顔を赤くして固まっていた。何が起こっているのか分かっているはずなのに分かっていない状況のようである。
「あ、あれ?僕、何かまずいことしたかな?ちゃんと焼けていたと思うんだけど……」
「そこじゃないよエメたん!!?」
「ハッちゃんマジでラブコメ適正あるでしょ」
しかもエメの発言は演技ではなく完全なる素。皆それが分かっているからこその驚き様に、エメの困惑。芸能界に長年いながらここまで純粋なのは珍しいというレベルではない。
「あっ…………」
しかし、エメはやっと気づいた。自分が何をしてしまったのかと。
「ご、ごめんね……?ちょっと行儀が悪かったかな……?」
「いや、その……寧ろありがとうございますというか……」
「えっ?」
「じ、自分で!自分で食べますから勘弁してください!!」
「あはは……。やっぱり気にしてた?なんかごめんね……?」
「いえ寧ろこっちがすみませんでした!」
「なんで僕が謝られてるの?」
エメの無垢で純粋な性格に加え、アイから受け継いだ暴力的な容姿の組み合わせ。そこから繰り出される無自覚ムーブは、ある意味では全宇宙からかき集めた元気玉よりも威力があるらしい。ソースは不明。
少し補足。MEMはまだエメのことを異性としては見ておらず、あくまで弟的な感じで見ております。同い年なら多分撃沈してた。
あかねも順調にエメの歳上特攻にやられているように見えますが、まだそこまで効果は出ていない模様。二人ともこれからが楽しみである(黒い笑み)