推しの飯/絶望の未来から転生した戦士   作:Miurand

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 なんてこった……。信じられないぞ……。アクアも言っていたことだけど、人って簡単に……。



第9話 炎上…

エメが今ガチメンバーで焼肉を楽しんだり、あかねを無自覚タラシの餌食にしたりしている時……。

 

星野家では、エメを除いた一家に加えて、何故かカカロットも呼び出されて夕食を共にしていた。

 

「あーやだやだ!エメは今頃可愛い子達を眺めながら豪勢に焼肉を楽しんでいるんだろうな〜……」

 

少し……いや、かなり不機嫌気味にルビーが呟いた。

 

「いや、ただの付き合いだろ。芸能界ってのはコミュ力も大事だからな。これからアイドルになるならそれくらい覚えとけよ」

 

そもそもエメは特別女の子好きというわけでもない。時間があるなら勉強、演技、修行といった自己研鑽に時間を割くような堅実な人間であることはルビーもよく知っている。

 

「分かっているけどさ、弟がこういう恋愛番組に出ているのは結構複雑なんだよ?」

 

「エメのキャリアアップだと思えばいいだろ?」

 

ルビーはやはり弟が恋愛番組に出ることに抵抗があるのだろう。何話分か見てきて、取り敢えず本能に従順な女性はいないことは分かっているものの、雰囲気に流されて……。なんてことになることを恐れているのだろう。

 

しかも、エメの性格ならば、一夜の過ちだけでも生涯共にする覚悟を決めてしまうかもしれない。エメの性格を把握して、相手はそれを利用してくるかもしれないと考えてしまうと、どうしても思うところはあるようだ。

 

「エメも相手もプロだ。酒を入れるわけでもないんだから大丈夫だろ」

 

「分からないよ!エメは私に似て超絶美形なんだもん!いつ襲われるか分からないよ?」

 

「うちの母と妹、人間の理性舐めすぎじゃね?」

 

アクアは、本人のためを思うなら、今ガチに推薦したことは後悔していないのだが、アイやルビーがこうなるとは予想外だった。そういった意味では、今ガチは自分自身で出るべきだったかもしれないと思いつつも、やはり似たような状況になりそうである。かと言って、アイは父親のことを教えてくれないから、他から聞くしかない。となると、鏑木Pの話を断るわけにはいかない。

 

これ詰みだろ。と思いつつも、よく考えれば、エメもしくは自分が恋愛リアリティショーに出ることを話せば、アイはすんなり話してくれたのではないか?いや、それくらいで話してくれるなら、もっと早い段階で教えてくれただろう。

 

やはり詰みである。

 

「大体、エメやカカロットさんが異常なんだよ!芸能界には可愛い子やカッコいい子は沢山いるし、そういう人見たらアクアもルビーも一度は顔を見るでしょ?」

 

「まあそれはね……」

 

「否定はしない」

 

実際、整った顔立ちをしているのなら、まずは興味が顔にいくだろう。そして次に行くのはスタイル。これは最早人間……というか、生物としての本能に刻まれているものなのかもしれない。

 

「なのにカカロットさんもエメもそういう子に靡く素振り見せないよね!エメは純粋でいい子だからまだ分かるけど、カカロットさんって欲望に忠実なタイプでしょ?やっぱり何か欠如していると思うんだ!」

 

「てめぇ本人の前でよく言えんな」

 

補足しておくと、アイはお酒を飲んでいる。普段は飲まないのだが、子供の成長が早いこと、もうすぐエメに恋人ができるかもしれないということで、つい飲んでしまったのだ。軽く酔っ払って細かいことは考えないようにしようという魂胆だったのだが、逆効果であった。

 

「確かに俺は自分に正直な方だ。うめぇもんは食いてえし、強えやつと戦いてえ。だが女には興味ない。ただそれだけだ」

 

「ほらこれだよこれ!もしかしてサイヤ人ってみんなこんな感じなの?もしかして性別ないの!?」

 

「いや、あるに決まってるだろうが。ナメック星人じゃあるまいし」

 

「男なら少しくらい私やルビーに反応してもよくない?いややっぱりルビーはダメ。それは色々とアウトだから」

 

「なんか忙しそうだな、お前」

 

カカロットもアイとよく絡むようになった当初はいちいちツッコミを入れたりイラついたりしたものの、最近ではスルースキルというものを習得した。一種の煽り耐性というやつである。サイヤ人は煽りに弱い者が多いため、カカロットはかなりレアなタイプになったとも言える。

 

「……ねぇお兄ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「……ママ、絶対苦労しそうだよね」

 

「なんなら絶賛苦労している真っ最中だろう」

 

星野兄妹の間でも、アイが無自覚か否かは置いといて、カカロットに対して恋心、もしくはそれに近いものを抱いていることは共通認識だ。

 

他の得体の知れない男ならいざ知れず、エメと戦士仲間であること、これまで接してきてそこまで悪い人ではないことは分かっているので、くっついても問題ないのではないかと思っている。

 

……とはいえ、カカロットは戦闘民族。今まで数多くの民族を滅ぼしてきたことは知っているはずなのだが……。少なくともいつぞやのストーカー男やそれを差し向けた黒幕よりは絶対にマシと言える。いや、比べるのも烏滸がましいかもしれない。これがアクアとルビーの共通認識である。

 

「でもカカロットさんって、ママに攻略される気配はないようで、実はされかけているよね」

 

「ああ…………」

 

カカロットは今でも異性に対する興味はない。相変わらず戦いと食にしか興味はないが故に、アイに靡く気配は微塵もない。とはいえ、昔からアイの料理に胃袋を鷲掴みされている。

 

食に興味があるというのは嘘ではないのだろうが、ただ食に興味があるなら、世界各地の料理を食べることだってできるはずだ。しかし、好んでアイの作る料理を食べるということは……。

 

 

 

「ただいま〜!」

 

カカロットがお暇して小1時間が経過した頃にエメが帰宅した。

 

「あ、帰ってきた!大丈夫だった?寄り道って名目でホテルで休憩してたりしないよね?」

 

「……?なんでホテルで休憩するの?喫茶店でも十分じゃない?」

 

「いや、行ってないならいーのいーの!」

 

帰りが遅いことを心配していたルビーだったが、特に何もなかったようでひと安心した。とはいえ、言いたいことがある。

 

「でも、日曜は家族みんなでご飯食べようって約束してたじゃん!なのになんで急にあんな連絡したの?」

 

「いや、僕も最初は断ろうとしたんだけど……。その、流れで…?」

 

本当はMEMに全額負担させないために同行したのだが、そこまで説明してしまうと、もしやエメが払わされたのでは?という要らぬ疑惑を呼び寄せる可能性もあったので、そこは伏せておいた。

 

「大体、収録は土日っておかしくない?今ガチって学生生活をテーマにしているんでしょ?」

 

「その辺にしてやれルビー。学業を優先させてくれるだけでも結構いい方だろ。それに一応出演者は学生しかいないんだから、別にやらせってほどではないだろ」

 

ルビーの言葉に反論できずにいた時、アクアが助け船を出してくれた。裏方仕事をしている彼だからこそ、役者視点では分からないこともあるのかもしれない。

 

「……一つ気になるんだが、今ガチはやらせは少ない方なのか?流石に全くないなんてことはないだろうが、その辺は気になる」

 

「やらせはあまりないね。寧ろ台本がなくて苦戦している人もいるくらいだし」

 

台本がないということに意外だという表情をするアクア。やらせが少ないのなら、本当に恋愛する気で出演している人がいるのか?というルビーの問いにもしっかり答えた。

 

「それは人によるかな……」

 

恋をしたいが、番組内ではそこそこに済ませようと考える者。ホストにハマる感覚に近いと言う者。カメラだと仕事モードになる人。自分のことに精一杯でその辺が分からない人。

真剣に考えており、なんなら結婚まで視野に入れている者など、スタイルは色々だ。……何故高校生がホストにハマる感覚を知っているのかは謎である。

 

ちなみに、エメはそもそも恋愛というものがよく分からないため、恋愛を学ぶためにこの番組に参加している。それを考慮するなら、やらせが少なく、真剣に考えている者もいるこの環境と合うかもしれない。

 

「撮影の仕事は基本的に役になりきるために、本人の個性は重視されないけど、この番組は寧ろ本人の個性が重要視されているように思えるね」

 

「…………そうか」

 

エメの感想を最後まで聞いたアクアは少し考え込む。やらせが少ないのは、視聴者にとってはいいことなのは間違いない。だが…………。

 

「……エメ。最近焦っているやつとかいないか?」

 

「焦ってる……?共演者の中に……ってこと?」

 

「ああ」

 

「いないと思うけど……」

 

「ならいい」

 

この時、エメは何故アクアがそんなことを気にするのかよく分かっていなかった。それを理解するときが来なければいいが……。

 

 

 

この後、今ガチはゆきが中心となっていった。ゆきとノブユキ、そこに嫉妬心を見せるケンゴ。ゆき争奪戦というコンテンツは、中高生を中心に人気を獲得していった。

 

また、もう一つのカップリングである飯メム。こちらは相変わらず安定しており、争奪戦になる気配はなかった。この2人がくっつくことは最早明白だと判断されたのか、スリルを求める者は皆ゆきの方に注目するようになった。

 

というか、エメを中心としたやり取りは何故かラブコメっぽい展開になることが多く、カップリングとか関係なく主に女子メンバーを照れさせる事態が数多く発生した。そのため、ネットでは『ラブコメ主人公現実の姿』、『天然タラシ』など散々な言われ様であった。

 

「エメたんはいいの?売れたいならゆき争奪戦に乱入した方がいいんじゃないの?」

 

「いや、僕はいいよ。そもそも僕がこの番組に参加した理由は、恋愛がどういうものなのかを知るためだし」

 

「ふーん?」

 

「MEMちょさんこそいいの?」

 

「私はこのままの状況を維持できればいいよ。私のチャンネルに動線を引くのが目的だし。まあ、エメたんがマジでアプローチしてくるなら話は別だけどね?」

 

実際、エメはMEMちょとのカップリングが有名になっている。とはいえ、この番組は基本的に1組のカップルしか成立しない。そのことを考えるならば、カップルとして成立するのは、ユキゆきかケンゆきだろう。

 

「……でも、やっぱり心配なのは……」

 

バスのカーテンを開け、外でメモを取っているあかねを見ながら、メムは呟いた。

 

 

 

次の撮影日になった。エメはケンゴとメムが共に自撮り写真を撮っている姿を目撃した。

 

「あれ?何してるの?」

 

「番組公式のTwitterとか、TikTok用の動画を撮ってた!」

 

「そういえば、メムって元々はティックトッカーだっけ?」

 

「そそ。でも当時は収益化なんてシステムはなかったから、YouTubeに転身したんだけどね。あ、エメたんも写真お願いできる?」

 

「うん、いいよ!」

 

こちらも写真を撮り終えると、向こうでゆきとノブユキが話しているのが見えた。そこにあかねが現れ、ノブユキと話し始めたのか、2人で歩き出した。

 

「おや?あかね攻めてるね〜」

 

「……」

 

 

『最近焦っているやつとかいないか?』

 

 

今のあかねを見た時、ふとアクアの言葉が頭に過った。今のあかねは焦っているのではないか?というのも、あのような行動を今まで取る素振りは見せなかったからだ。性格的にも、すでにカップリングが形成されているのに、そこに割って入るような人でもないはずだ……。

 

 

 

これは、出演者の中ではあかねしか知らないことだが、あかねの出演時間が短いということで、ララライの社長が激怒していたのだ。あくまであかねが直接叱責されたわけではなく、マネージャーが社長の相手をしていたのだが、偶然にも会話の内容を聞いてしまった。

 

自分のために動いてくれているマネージャーのために。他にやりたい人が沢山いる中で、自分を選んでくれた社長に報いるために、多少無理をしてでも目立つことを選択した。しかし、目立ち方が分からずにスタッフに聞いてみれば……。

 

今期の王道カップリング、ユキゆきを崩すというものだった。指示ではなくあくまでアドバイス。しかし、今のあかねにはそんなことは関係ない。ララライ関係者のために、手段を選んでいる場合ではないと判断したのだ。

 

案の定、あかねの唐突な行動は視聴者のヘイトを買っていた。と言っても、そこまで大したものではなく、あくまで愚痴程度。それでも、反応を見れば応えるものがあった。

 

 

 

「あかね、最近焦ってるよね?」

 

「……そうだね」

 

流石にエメとメムも気づいたようだ。一応本人にもそれとなく聞いてみたが、目立ちたいだけという簡素な答えが返ってくるのみだった。しかし、あれほどまでに献身的な彼女が、自分のためだけに、あのような唐突な行動をするとは思えなかった。

 

だが、ノブユキを取ることに成功しても、失敗しても大した炎上にはならないはずだ。と、エメは気楽に考えていた。

 

……しかし、エメは、悟飯は知らない。地球人にも、確かな悪意が存在するということを、思い知ることになる。

 

 

 

今ガチも折り返しを迎え、気を抜けばあっという間に最終回になる頃。この日は雲に覆われた日だったが、雨ではないため撮影は続行。エメはいつも通り行動すれば、それだけで撮れ高のある映像が撮れてしまう。誰と絡んでもそうなる。つまり、結論から言えば、あかねはエメに絡むべきだった。

 

ところが、エメのカップリングは比較的平和路線で、MEMちょのお馬鹿キャラも相まって、基本的に癒し担当のような位置付けになっていた。そのため、番組の首位を獲得するには、ゆきをどうにかするしかない。焦っていたあかねは、視野が非常に狭くなっていた。もっと色々な人の意見も聞くべきだっただろう。あるいは、焦りに気づいた周りの人がもっとフォローをするべきだったのかもしれない。

 

「ねえケンゴ!確かラブラドールが好きって言ってたよね?あっちにデカいのがあったよ!」

 

「マジ!?」

 

あかねと気さくに話していたケンゴは、ゆきに手を引かれ、取られてしまった。またゆきに出番を取られるのか?またマネージャーが怒られる?自分が出演してしまったが故に、この番組に出れなかった他の子達はどんな反応をするだろうか。

 

マネージャーのためにも、出れなかった他の子達のためにも、自分が前に出なければ。結果を、爪痕を一つでも残さなければ……。

 

焦りに焦り、感情が昂ってしまったあかねは、ゆきに半ば怒鳴り込むような形で話しかけてしまう。別にゆきが嫌いなわけではない。ただ、結果を残せないことによる焦りで感情の制御がおぼつかないだけ。

 

ところが、つい先日にゆきに施してもらったネイル。モデル直々にやってもらっただけあって、綺麗でよく目立つ仕上がりになっていた。だが、装飾部を増やすために、普段よりも爪が長い状態だった。

 

頑張って戦わなければ。結果を残さなければ。期待に応えなければ。

 

やめてよ!

 

「ま、待って!」

 

感情が昂り、思わず腕を振った。別に攻撃するつもりはないし、威嚇するつもりでもなかった。ただ、出てしまっただけ。

 

「そうやって簡単に引っ付いて!やり口に品が……、!!」

 

頑張って頑張って、みんなの期待に応える。そのために番組に爪痕を残す。その覚悟でこの撮影に挑んだつもりだった。

 

だが、まさか、物理的に爪痕を刻むことになろうとは、誰が想像できたであろうか?スタッフや出演者は勿論、あかね本人にもできなかった。

 

「ご、悟飯くん?」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「カット!!」

 

エメの顔には、切り傷が深く刻まれていた。

 

あかねが2人に向かって走り始めたタイミングで、エメは嫌な予感がした。もしかして喧嘩が起きるのではないか?無駄な争い事は避けたい。そう考えたエメは、間に入って仲裁するつもりだった。

 

だが、まさか傷がつく事態になるとは思いもしなかった。無論、これは故意ではなく、焦りによる偶然であることは理解している。というか、敵意や殺意には敏感なエメが、攻撃をする意思があるなら見抜けないはずがない。故に、攻撃する意図がなかったのも理解している。

 

だが、やってしまった本人が事情を考慮してくれているとは思いもしない。というか、知らない人からしてみれば、ケンゴがゆきに取られ、それに怒ったあかねがゆきを攻撃しようとし、結果的にエメの顔を傷つけたようにしか見えない。

 

ち、ちが……。わたし、そんなつもりじゃ……

 

「俳優の顔にあれはちょっと……。確か明日も仕事なんでしょ?」

 

「あっ、僕、傷をすぐに治せる薬を持ってるので大丈夫です!これくらいすぐに治りますから!」

 

実は、顔を売りにしており、アクションシーンの撮影が多いエメは、カカロットから貰い受けた携帯型の回復薬を所持している。メディカルマシンと同じ成分でできた薬のため、軽い切り傷程度なら数秒で治る。

 

「あ、あかね…!あかね!」

 

ゆきはそう声をかけるが、返事はない。恐らく罪悪感に支配されているのだろう。いくら無事だと伝えても、あかねは聞く耳を持たない。否、聞く余裕がなかった。

 

「あかね!!」

 

状況に進展がないものと思われていた中で、ゆきが動き出した。ゆきが抱きつき、必死に呼びかけてようやく気がついた。

 

あかねに悪意がないことはこちらは分かっている。そのことを親身になって説明し、あかねも悪気があったわけではないことを自白。最後にお互いに抱き合い、泣き合ったことによって、和解した。無論、この行動にも打算はあった。あかねは自分に怒り、腕を振り上げた。そこだけ見れば、自分に対して攻撃しようとしたように見える。だからこそ、自分とあかねがその場で和解し、それをみんなに見せる必要があると判断した。

 

「黒川さん。僕も気にしてないよ。大体、突然僕が割って入っちゃったせいでこんなことになったんだから」

 

エメは、自分が間に入らなければ、このような事態にはならなかったと考えているようだ。確かに、エメが割って入らなければ、深い傷はつかなかっただろうが、ゆきの顔に浅い傷ができる可能性はあった。

 

「で、でも、結構傷が……」

 

「大丈夫大丈夫。見てて?ここに傷があるでしょ?」

 

そう言うと、エメはポケットから取り出した携帯回復薬を頬に塗る。数秒経って拭き取れば……。

 

「ほら!この通り!擦り傷一つない綺麗な肌の出来上がり!だから大丈夫だよ!」

 

メインカメラの撮影は止まっているが、他のカメラは動いている。そのことを利用して、エメはこの事態をどうにかネタに昇華できないかと思案し、結果として、この回復薬の異常な効果を利用し、軽いマジックショーでもやればいいという結論に辿りついた。

 

大方予想通り、エメの頬が既に治っているのを見た関係者達は、皆呆然としていた。これなら炎上することはないだろう。エメはそう確信していた。

 

あかねがゆきと和解し、エメの傷は一瞬で元通り。これで事態は解決した。

 

 

 

 

 

ただし、それは当事者達にとっての話。彼は詰めが甘かった。というより、人間の悪意、探究心、欲望、正義感というものを舐めていたのかもしれない。

 

 

『はっ?傷害罪で捕まればいいのに』

 

『こんなの氷山の一角。あかねはカメラ回ってないところでもっと性格悪いことやってるに決まってる』

 

『は?黒川あかねウザ』

 

『空気のくせに、ゆきに手をあげようとした挙句に悟飯君の頬を傷つけるとか……』

 

これらは、あかねに対して投稿された誹謗中傷。しかし、この程度の数で収まるはずがない。この百、千、万倍……。恐らく、数えるのも気が遠くなるほど投稿されているだろう。

 

だが、エメが気を利かせてネタに昇華したのでは?なんなら、ゆきとの和解シーンもあったのではないか?

 

出演者も、スタッフも確かにその光景を目撃したし、カメラにも記録がある。

 

しかし、スタッフ陣はそれらの素材を一切使わず、エメの頬に傷がついたところで区切ったのだ。その方が話題性に溢れ、面白く、稼げると判断したからだろう。悪質にも思える編集だが、実際にあかねがエメの頬を傷つけたという事実に変わりはないのだ。

 

残酷なことだが、嘘はついていない。だからこそ、余計にタチが悪かった。

 

 

 

あかねはすぐに謝罪文を投稿した。しかし、それは悪手だった。謝罪文を投稿したということは、自分の非を認めるということ。そう解釈したユーザー達は、これまでよりも更に容赦のない罵詈雑言を、ネットというフィルターを使ってあかねに浴びせる。しかも、この炎上の更にタチの悪いところは、傷つけた相手がエメだったということ。

 

以前も説明したが、エメの知名度はそこそこに留まっているものの、根強いファンは存在する。言い換えれば、信者とでも言うべき存在か。それらは、エメが傷つけられたことを確認し、あかねに集中砲火。過激な文がいくつも投稿された。

 

それだけならまだいいのだが、素性の特定に奮起になる者。終いには、殺害予告をする者まで現れるほどになる。流石にそこまでした者は誰かに通報されたのか、投稿は削除された。

 

ここままいけば、精神的な害だけでなく、肉体的にも害が及ぶ恐れがある。

 

なに……これ?

 

エメは、ネットがとんでもないことになっているとMEMから聞き、すぐに調べた。すると、あかねに対する罵詈雑言が散見された。しかも自分が傷ついたせいであることも読み取れた。

 

もしや、自分が間に入らなければこのような事態にはならなかったのでは?もしかして、この炎上は自分のせいなのか……?

 

自分のせいで、1人の人生が崩壊するのではないか………?

 

「そ、それだけはダメだ……!!なんとかしないと……!!」

 

自分に何かできることはないのか?頭をフル回転させ、たどり着いた結論。

 

それは、自分が悪人になることだった。

 

確かに、芸能関係の仕事は楽しい。色々と学べることもある。だが、自分の将来の夢は学者だ。元より両立は厳しいのではないかと考えていたところだ。キツく感じてきたら、元々やめるつもりだった。そろそろ潮時か……。

 

そう自分に言い聞かせ、タイピングをする。

 

エメの作戦はこうだ。自分があかねを焦らせ、あかねに攻撃するように仕向けた。自分が目立つためにあかねを悪人として仕立てあげようとした。

 

この趣旨を自身のアカウントに投稿し、今あかねに向かっているヘイトを一気に自分の方へ引き寄せようとした。だが……。

 

(……もし、それでアクアやルビーの名前に傷がついたら…………)

 

既にアクアとは兄弟であることは明かしている。ここで自分が悪人になれば、大なり小なりアクアにも被害が及ぶことは間違いない。

 

(それに、壱護さんやミヤコさん、他のみんなにも迷惑が…………)

 

「やめとけエメ。お前がそれをやっても、下手したら逆に火に油を注ぐだけだ」

 

「アクア……?それは一体……?」

 

「お前はファンからどういう扱いを受けているか分かってないだろ?お前は公私共に人格者であるという認識が既に広まっている。そんなお前がここで黒川あかねを擁護するようなコメントをしてみろ。お前の評判が落ちるどころか、むしろ上がる可能性すらあるぞ。黒川あかねの評価を犠牲にしてな」

 

エメのことをよく知るファンならば、自分が悪人を演じようとしても、きっとあかねを庇うための嘘であるとすぐに見破られる。アクアはそう言っているのだ。

 

そんなことをすれば、今の炎上状態ならば、むしろエメが脅されてあかねに言わされているのではないか?なんて呟く人が出て、それに賛同する声も出てくる可能性がある。

 

「エメも今回のことでネットに呟くのはやめろ。今呟いても、お前の場合は変に深読みされて事態を悪化させかねない」

 

ちなみに、エメも炎上したことがないわけではない。だが、肝心なのはその炎上内容だった。

 

ただスーパーの特売日に買い物をしていただけ。たったそれだけだ。孫悟飯という役者にもアンチは存在し、どうしても叩きたいが、叩くための材料が見つからないから、仕方なくこじ付けをした。無論、世論に論破される形でこの炎上は収束した。

 

以来、エメはしょーもないことでしか炎上しない人間、最早聖人の域に達している人格者としての見方が広まっていたのだ。

 

「そんな……。じゃあ、一体どうすれば………」

 

「まあ、今すぐできることと言えば、黒川あかねと定期的に連絡を取って、フォローするくらいだな……」

 

「確かに何もしないよりはマシかもしれないけど、それだと意味がないよ!これじゃあ、いつか黒川さんの家に行く人が出るかもしれないんだよ!それこそ、あの時みたいに!!」

 

エメは敢えて遠回しに表現したつもりだった。だが、アクアにとっても、あの時の出来事は脳裏に刻まれている。2度とあんな事態を起こしてたまるかと。だからこそ、アイやルビーの過保護姿勢に理解を示していたのだ。

 

今となっては、エメ自身がそのような事態に陥る心配はない。だが…………。

 

「…………今すぐに効果が出るものはないが、時間をかければ、原因の元を断つことができるはずだ」

 

「……本当?」

 

「これでも、俺は裏方の知識もあるからな。まずはエメの契約書を見せてくれ」

 

解決の糸口が見つかるならばと、エメは素直にアクアに貸し出した。だが、それを見たところで何になるのだろうか?取り敢えず今はアクアに頼るしかないだろう。

 

「…………やりようはありそうだな」

 

その言葉に、エメはひと安心する。これで時間はかかるが、炎上を抑えることができるはずだ。

 

「ところでエメ。番組内で写真や動画を撮りまくっているやつはいないか?」

 

「えっ?多分MEMちょさんなら沢山記録してると思うけど……。それをどうするの?」

 

「簡単な話だよ。番組側は黒川あかねを悪人として仕立てあげることによって、視聴率を稼ぎたい。だが、お前達はあかねが悪人ではないことを証明したい。なら、お前達でお前達の今ガチを作ればいいんだ」

 

「……へっ?」

 

こうして、水面下で炎上消火作戦が遂行されることになる。

 




 一応補足しておくと、メムはまだエメのことを異性としては見ておらず、あくまで弟と接するような感覚です。エメはエメでまだガチになった相手もいないので、取り敢えず現状維持な状態。

 また、炎上を事前に防ぐことはできませんでした。そもそもエメの性格的に炎上することがほぼない上に、苺プロの管理体制がしっかりしているので、燃えようがなかった。そういう経緯もあって、エメはさほど器用な動きはできませんでした……。しかも、今回の炎上は原因の一端にエメの頬が傷ついたこともあるので、本人は間違いなく責任を感じる模様。

 なお、エメ本人が万が一炎上しても、さほどメンタルダメージはない。むしろアイやルビーがブチ切れてしまうので、エメ的にはそっちの方が心配になる。
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