推しの飯/絶望の未来から転生した戦士 作:Miurand
「私でよければ、してあげようか?」
「ルビー。今日はもう寝るぞ」
「ラジャー!」
若干棒読みになったアクアとルビーはそそくさと自室に行ってしまった。気遣いのできる子供に感謝しつつ、アイはこの機を逃さんとカカロットをジッと見つめている。
「するってのは?キスってやつをか?」
「そーだよ!私は仕事柄キスシーンを撮ることもあるからね。経験豊富だよ?」
「だが、口と口を合わせるのって、なんか汚くねえか?」
「それを言ったら、鶏肉や豚肉だって動物の内臓だよ?私達はそれを食べているんだよ?考えたらキリないよ」
「…………言われてみれば確かに……?」
カカロットはキスという行為に抵抗があったようだが、アイの説得によってなんとか前向きになりそうである。これはしめた。キスに関しては自分の方が上手なのは確実。これでカカロットさんを虜にしてしまえ〜!というアイなりの作戦である。
ちなみに、時間経過と共に自分の抱いている感情は恋だということに気づいたようである。だからこそ、ここまで積極的になっているわけだが……。
「……いや待て。そもそもそのキスってのは、惚れた相手にやるもんなんだろ?」
「そうだよ?それがどうしたの?」
「じゃあやらん」
カカロットはキッパリと断った。こんな美少女を前にして何事だと、言葉には出さないものの、不満を顔に出してカカロットに訴えかける。
「んな顔されてもやらねえものはやらねえ。なんだ?そんなに俺とやりてえってのか?俺のことが好きなのか?」
カカロットに揶揄う意図はない。ただの確認。アイが自分に対して惚れているかどうかの。普通ならば、ここで堂々と肯定する人はいない……とまではいかないものの、少ないだろう。
「うん。そうだよ?」
だが、アイは恥ずかしがらずに正直に打ち明けた。ここまで共に時間を過ごしてきたのだ。少なくとも嫌われていないのは確かなので、押せば行けると思っている。
「…………」
美少女の告白に流石のカカロットも黙り込んでしまった。恥ずかしいのだろうか?国民的アイドルに告白されるとは幸せ者め!と、心の中で揶揄いながら、アイは続ける。
「最初はね、口が悪くて屈強で変な人だなって思ってた。でも、本当は優しいよね?エメの面倒もよく見てくれていたし、私も何度も助けられちゃったし」
「別に親切で助けたわけじゃねえぞ。あの小僧でもあるまいし」
「エメは特別だよ。あの子は特別優しすぎるだけ。普通なら、カカロットさんみたいに親しい間柄の人しか助けないんじゃない?」
いつの間にかカカロットに惚れていた。これがアイの自己認識だった。初めて会ったのは、エメと共に星野家を訪れた時。最初はただの善意でご飯をおそそ分けして、一緒に食べるだけの関係だった。
口は悪いくせに、妙に優しくて、ご飯を食べる時の表情が面白かった。その程度の認識だったが、フリーザ軍が来襲して自身は助けられたし、通り魔らしき人に殺されかけた時も助けてもらっていた。
だが、助けてもらったから、強いからというだけで惚れたわけでもない気がするのだ。恐らく、自分にはないものを持っているからだろう。
過去にカカロットに聞いた。何故そんなに私のご飯を美味しそうに食べるのかと。すると、彼は母の味を思い出すからだと答えた。その返答から察するに、戦闘民族でありながら愛を最初から知っていたことになるのだろう。
また、カカロットはいやらしい目線を一切向けてこない。男の人は胸とかお尻とかをいやらしい目で見るのが普通だ。にも関わらず、カカロットは未だに自分をそういう目で見てこない。
また、彼は一切嘘をつかない。彼の発言は全て本物。あのエメでさえ、人に心配をかけないようにする時を中心に嘘をつくことがあるというのに、彼はそれをしない。こういう人間はとても珍しいと思った。
嘘をつかないから。いやらしい目で見ないから。愛を最初から知っているから。だが、これも惚れた理由とは違う気がする。これらはあくまでカカロットという人間に興味を持ったきっかけに過ぎないだろう。
細かいことはどうでも良かった。今まで接してきて、いつの間にか惚れてしまった。理由なんてそんなものでいい。アイは恋愛に関してはあまり難しく考えない直感型のタイプのようだ。
「だからさ、してみようよ?」
男の人がつい見惚れてしまうような表情を作り出し、身長差を利用して、上目遣いになるようにする。アイドルとしてファンを魅了するだけではなく、今では演技もお手のもの。どうすれば可愛く見えるか知り尽くしていた。
「だからやらねえっての。そもそも別にお前に惚れてねえし」
「うん。知ってる」
「知ってるならわざわざ通らない提案をすんなよ」
ここまで計算通り。そもそも演技程度で落ちるようなら、とっくの昔に落ちていただろう。カカロットは頭を掻きながら溜息を吐いた。
「あっ。でもカカロットさん。私の裸を見たんだから、その埋め合わせくらいはしてほしいな〜」
「あっ?あの時はああしないとお前が死んじまうから仕方ないだろうが。多少悪いとは思っているが、寧ろ今日も生きていることに感謝してほしいくらいだぜ」
「でも私を助けたのは、他でもない自分自身のためだよね?私の感謝がほしいわけじゃないでしょ?」
アイの指摘は図星だった。感謝の言葉など必要ない。ただ、アイに死なれたら困るから。あの飯が食べられなくなるから。だから助けたに過ぎない。
「それってさ、私が死なれたら困るってことでしょ?つまり、カカロットさんは無意識に私のことが好きになっている思うんだ」
「出鱈目なこと言うな、自意識過剰が」
「ん〜。キリがないね。じゃあ言い方変えるけど、私とするのは嫌なの?」
カカロットなら変に誤魔化さずに、嫌ならキッパリと嫌だと答えるだろう。嘘が分かるアイだからこそ、カカロットのように包み隠さない人の言うことは信用できるし、後腐れなく済む。もし失敗してしまっても、現状維持で済むから。
「いや、キスってのは惚れた相手にするものなんだろ?」
「そういう文化の話とかはいいよ。カカロットさんの意思を聞きたいの」
「まあそういうことなら……。別にいいんじゃねえか?」
どうやら、カカロットは惚れた相手にキスするという風習に合わせていたようで、キスすること自体は別に嫌ではないようだ。その返答を聞いてしまえば、もうアイを止める者はいない。
「お、おま……!」
カカロットの大きな身体をしっかり掴み、
いくら異性に対する興味が薄いカカロットと言えども、流石にこれで無反応ということはないだろう。アイは、カカロットに嫌悪の意思がないことを確信して、一気に攻めることにした。
この手のタイプは、こちらから攻め落とさなければ、いつの間にかいなくなってしまうタイプ。なら、自分から落としてしまえばいい。自分の可愛さに自信があるアイだからこそできる行動である。
「えへへ〜。どうだった?初キスの感想は?」
勝ち誇ったような表情をしたアイは、茫然としているカカロットを見上げながら尋ねた。
「……分からねえ」
「そっかそっか〜……。まあ最初はそんなものじゃない?私みたいな超絶可愛い子とキスできるなんて、カカロットさん凄い幸せ者だよ?こんなのファンが知ったら大炎上だろうね!」
アイはミッションを達成してご満悦だった。表情を見れば、喜びを隠そうとしても隠しきれていないのがよく分かる。アクアやルビーが見てたら口から砂糖を吐き出していたかもしれない。いや、むしろ吐血していたかもしれないが……。
「分からないなら、もっとしないとね!」
「あん?いや、もういいっての。取り敢えずどんなもんかはなんとなく分かったからよ。分かんねえってのは、そのキスってやつの感想だよ」
「じゃあその感想がはっきりするまでやらないとね!」
「話通じなさすぎるだろ」
「それにさ、カカロットさんは分かってないよ?女の子をモノにするってことはね、一種のステータスなんだよ?」
「ん?どういうことだ……?」
アイの妙な物言いに、カカロットが興味を持った。
「強い男の人には、可愛い女の子がついてくるものなんだよ。これは多分、生物としての本能なんじゃないかな?エメから前にそんな話を聞いたよ。どうやら生物学者になりたいみたいで、その辺の勉強もしているんだって」
「……何が言いたい」
「エメにも可愛い彼女ができたんだよ?カカロットさんはエメに負けているの」
「…………」
「負けてて悔しくないの?私をモノにすれば……」
「ふんっ。どうでもいい」
「えっ?」
アイは、カカロットの負けず嫌いの精神を利用して自分優位に持っていこうとするも、その作戦は早くも崩れた。
「俺は俺だけの実力でアイツを超えてみせる。そもそも、俺はヤツに戦いで勝ちたいだけだ。他はどうでもいい」
アイはツメが甘かった。カカロットは単なる負けず嫌いではない。戦闘という点に於いては、自分の実力で勝つことに拘っている。逆に言えば、戦闘以外では特に勝つことに拘りはない。例えば、今まで口説いてきた異性の数とか、年収とか。その辺の勝負には興味ないのである。
「だがまあ、いつも飯食わせてもらってるからな。お前がまだやりたいって言うなら、そんくらい付き合ってやる」
「へぇ?言ったね?」
アイは言質を取ったと言わんばかりの勝利の笑みを浮かべると同時に顔を近づけ、こう言った。
「「「お疲れ様でしたー!!」」」
一方でほぼ同時刻。エメ達今ガチメンバーは、番組が無事終了したということで、打ち上げに参加していた。
「思い返すとあっという間だったわ〜」
「うん。色々あったけど、本当に楽しかった」
「あかねがそう言ってくれるなら文句ねえな!!」
「ところで、早速聞いてもいい?」
「最後のキス!どうなるの!?」
「ガチで付き合うの!?」
テンション高めにゆきとメムが問いかける。やはりリアルな恋愛模様は気になるようだ。
「……分からない。番組の流れ的に、あれは受ける流れだったし、仕事もあるのに恋愛なんて……」
「いやいや!芸能人とはいえ、高校生にもなったら彼氏の1人はいても当然っしょ!!」
「そうだよ〜!それに、番組で付き合えばスキャンダルとは無縁だからね〜」
「でも……」
「そうそう。上手い具合に番組を使ってほしいよ」
盛り上がっていたところで、番組のスタッフのうちの1人が混ざってきた。その人は、アイの説得によって映像を提供することを許可した人だった。
「ここからは番組は関与しないから、付き合うも別れるも自由。結婚まで行った人達だって何組もいるし、数ヶ月ほどカップルを名乗るだけの人もいる。この業界、君達の才能を利用するだけ利用して捨てる悪い大人も沢山いるから、ちゃんと自分で考えて決めるんだ」
真面目な話をしながらも、お酒を飲むことは忘れない。とはいえ、まだ打ち上げは始まったばかりなので、酔っ払っていない。
「っていう、悪い大人からのアドバイスだ」
実際、良い大人か悪い大人かで言えば、間違いなく悪い方に属するので、メンバーも苦笑いするしかなかった。
場所は変わって、アクアの自室。丁度いいタイミングで鏑木Pから電話がかかってきたので、応対することに。
『今ガチ、評判が良いよ。孫悟飯*1君を見込んだ君の目に間違いはなかったようだね』
「どうでしょうね。今回は炎上で注目を集めたような部分がありますし……」
『その後のカバーは君の手腕って聞いたよ?だけど、例の映像が上で少し問題になってね』
「その件ですが、出演者は番組公式のSNSにならオフショットをアップしてもいいと契約書にありましたよ。僕はあくまで弟の手伝いをしただけで、エメはしっかり契約通りの仕事しましたよ」
『確かにそうだね。でも君は、今回は一応部外者だからね。一歩間違えれば大問題だったかもよ?でも、彼だったらそこまで抜け目ない行動はできなかっただろうね』
実は、鏑木はあかねのイメージを払拭させる映像の件について、アクアが関与していることは耳にしていたものの、上にその話を持っていくことはしなかった。あくまでエメの手腕ということにしてあるのだ。
『さて、君の言う通り、彼は番組に大きく貢献してくれた。報酬はきちんと払わないとね。来週辺りに寿司でも食いに行かないか?』
「……空けておきます」
この言葉を意味すること……。アイのことについて話すということ。これで自分達の父親に関する情報が少しでも手に入ればいい。そして、特定して殺すことはしないものの、特定さえできれば牽制しやすくなる。2度とあんなことが起こらないように……。
そんなやり取りがあったとは知らず、エメはあかねと飲んでいた。ちなみにお酒ではない。彼らは飲めない年齢なので、律儀に守っている。2人とも基本的に羽目を外すような性格ではない。
「あのさ、エメ君……。これからどうする?」
「これからって……?」
「ほら、あれは放送されたわけだから、一応私達はカップルってことになってるけど……。私達の交際って、仕事?それとも本気のやつ?」
最終回撮影前に、一応エメの意思は聞いている。だが、改めてこの場で聞いてみることにした。よく考えれば、仕事としてカップルを名乗るとは一言も言っていなかったので、気になっていたのだろう。
「……ごめん、分からないよ」
「分からないって……」
「僕はさ、今まで碌に恋愛したことないし、今もあかねさんのことを異性として見ているのかどうか分からないんだ」
「やっぱりそうだったんだ。エメ君が私のことを異性として見ていないのは、なんとなく分かっていたよ」
「……ごめん」
「あ、謝らなくてもいいよ…!!」
異性として見ていないにも関わらず、キスをしてしまったことも含めてエメは謝罪した。そもそもキスはあかねから仕掛けたものであるから、気を使ってもらう必要もないのだが……。
「……だけど、仕事として名乗るっていうのも違う気がするんだ。なんていうか、仕事って割り切ることもできないっていうか……」
エメは歯切れの悪い回答をする。それは自分の気持ちに整理がついていないから。あかねのことを異性として見てないと言ったが、それは異性として見ている確信がないだけで、始めから意識していないのとは訳が違う。
「そっか……。真剣に悩んでくれているんだね」
「当たり前だよ!場合によっては、あかねさんの今後に関わる重大なことなんだから!」
ここで自分のことではなく、まず他人のことを優先する姿勢。しかもそれを善人に見せるための演出でもなく、素で出た発言。あかねはエメのこういう他人想いなところに惹かれたのだろう。無論、それだけではないだろうが。
「じゃあさ、エメ君の気持ちがはっきりするまでは、お試し期間ってことでどうかな?」
「お、お試し……?」
「そう!そもそも私達は番組の中で付き合うことになったから、どちらにしろ暫く彼氏彼女しなきゃいけないし。それならその機会を利用しちゃえばいいよ。もしそれで違うって言うなら、後腐れなく別れられるし」
「い、いいのかな?そんなことしても……」
「問題ないよ。人によっては1週間で別れて、すぐに違う人と付き合う人もいるくらいだし」
「それはそれでどうかと思うけど……」
そんなに恋人を取っ替え引っ替えする度胸はエメにはない。度胸はともかく、やろうと思えばそれができてしまうのは大変恐ろしいことであるが。
「……分かった。本当に申し訳ないけど、今は体験期間ということで……」
「そんなにも畏まらなくても大丈夫だよ。エメ君は難しく考えすぎだよ。それに、もしこの関係が終わっちゃっても、本当の彼氏彼女はゆき達がいるし」
「えっ?そうなの?」
「気づいてない?ゆきとノブくん、こないだ付き合い始めたんだよ?」
番組内で付き合い始めたあかねとエメを盾に、自分達がひっそりとガチで付き合うことで、気兼ねなくデート等を楽しむことができるという寸法だろう。ゆきはとても器用だった。
「……やっぱり強い子だね、鷲見さんは」
「だよね。でもゆきのそんなところも、私は結構好きだよ?」
こうして、エメとあかねの関係は、ビジネスカップルでもなく、ガチカップルでもなく、どちらかと言えば友達以上恋人未満の関係になった。だが、あかねはここで満足するつもりはない。
このお試し期間のうちに、どうにかしてエメを惚れさせねば。そのことで頭がいっぱいだった。
そんなやり取りもあり、今ガチの打ち上げも終わった。MEMちょとエメ以外はタクシーで帰宅するようだ。
「……寂しいな。私、この現場めちゃくちゃ好きだった」
タクシーを見送りながら、名惜しそうに語る。エメもあの現場は好きだった。決して今までの現場が嫌だったわけではないが、単純に楽しかったのだ。彼らとのやり取り一つ一つが。
「分かるよ。定期的にみんなで集まりたいな……」
「だよね〜。エメたんはあかねの彼氏だもんね〜?本当は今すぐにでも会いに行きたいんじゃないの?」
「流石にそこまでは……。そもそも、僕達の関係はまだまだ本当のカップルじゃないしね……」
「まあ、最初はそれでも良いんじゃない?そのうち本気になっちゃうかもしれないしね!」
話しているうちに、まるで彼女の告白を保留しているような気分になり、エメは落ち込んでしまった。その場ですぐに答えを出せなかった自分が情けなくなってしまったのである。
「大丈夫大丈夫!みんながみんな、両想いになってから付き合うわけじゃないからね。片想いの受けから始まる恋ってのがあってもいいと思うよ?」
「そうかな?」
「そうそう!恋愛の答えは一つじゃないから!」
一応は、今世だけで考えれば人生の先輩のMEMちょ。一般人としての先輩の発言には説得力があった。
「それに、アイの演技をしている時は動揺してたしね〜?案外ガチになる時も近いかもね?」
「……それとは関係ないような気がするけど……」
そもそもアイの演技に動揺していたのは、母親としての側面も完全に再現していたからであって、別にアイに対して恋愛感情は抱いていない。
「というか、MEMちょさんってアイさんのこと詳しいよね。今の人ならB小町じゃなくて、女優やタレントのイメージが強いと思うけど」
「あはは……。エメたんは知ってるでしょ?私が今いくつくらいなのか」
MEMちょは死んだ魚のような目をして発言していた。その声に覇気や生気は全くなかった。
「……確かに、僕と初めて会った時は、中学生くらいだったよね……?でも今でも高校生って…………あっ」
ここでエメはある可能性に気づいてしまった。そもそも高校生からは義務教育ではなく、卒業もしくはそれと同等の資格を得ていない限りは、一応年齢に関係なく入学することはできるのだ。
今や大抵の人は高校まで続けて通い、そこから就職か進学に別れる。普通は中学卒業時点で就職等の道を歩むことはない。とはいえ、家庭の事情や諸事情でやむを得ずそうなってしまう場合もある。
「実はここだけの話、私は元々アイドル志望だったんだよ?だけど、お母さんが過労で倒れちゃって……。当時はとにかくお金が必要だったし、弟達は働ける年齢じゃなかったから、高校を休学して働いてたんだ」
エメの推測は概ね当たっていた。共演している中で面倒見のいい性格であることはなんとなく分かっていたが、まさか姉だったとは……。
「弟達も無事進学できて、私にも時間ができたんだけど、気がついたらもう20過ぎててさ……。夢を追える環境が整った時には、夢を追える年齢じゃなくなってたんだ……」
つまり、家族のために夢を諦めたのだ。これには
遂には倒すことができずに死んでしまい、夢を叶えるどころか、夢を追える環境さえ作ることができなかったわけだが……。
夢を捨てることの辛さは分かっているつもりだ。でも自分とは違って、彼女はあくまでも年齢が原因。ならば、なんとかなるはずだ。世界が混乱に陥っているわけではないのだから。
「それでね、行き場を失った情熱で現役JK名乗ってYouTuberやってたら、いつの間にか大きくなって引っ込みがつかなくなって、今に至ったってわけ」
「……そっか。つまり、今でもアイドルを目指せるなら目指したいってこと?」
「それは勿論そうだよ!でも、業界は20歳超えたらババア扱いでしょ?だからもう諦めてるよ」
「……MEMちょさんは、僕が苺プロの役者なのは知ってるよね?」
「うん。でも、今の苺プロってアイドル部門ないんでしょ?」
MEMちょの話には凄く親近感が湧いた。ルビーがようやくアイドルデビューすることができる。MEMちょは夢のアイドルになれる。この一石二鳥とも言える状況を、エメがみすみすと逃すはずもなかった。
「実はここだけの話、苺プロは近日中にアイドル部門を再開する予定なんだよ。そしてメンバーは現在募集中なんだ」
「そうなんだ」
「だからさ、アイドルにならない?」
まさか自分にオファーが降ってくるとは思わず、今まで他人事のように聞いていた。だが、エメがはっきりと指名したことによって、メムは目の色を変えた。
「…………えっ?でも私、25だよ?もうすぐでアラサーだよ?」
「今でも現役JK名乗れるくらいだし、新生B小町は年齢制限を設けていないんだ」
「……これ、マジな話?」
「僕がこんな冗談を言うと思う?」
確かに、エメはこのような冗談を言うような人間ではない。少なくとも、敢えてぬか喜びさせて愉悦を得るような悪趣味な人間ではない。
「……後日、そっちの事務所に伺ってもいいかな?」
新生B小町結成まで、もう秒読みの段階まで来ている……。
「ただいま〜!」
MEMちょの勧誘に成功した。あとは壱護やミヤコが彼女のことを認めれば丸く収まるだろう。機嫌を良くしたエメは若干テンション高めに帰宅するが、いつもより靴が多いことに気づいた。
この大きな靴は、間違いなくカカロットの物。もう遅い時間のはずだが、まだ彼がここにいるとは珍しい。自分の記憶が正しければ、カカロットは早寝早起きタイプだったはずだが……。
「お母さ〜ん。まだカカロットさんいるの?」
玄関を抜け、リビングに通じるドアをゆっくり開けた時……。彼は目撃した。
「んも〜……。がっつきすぎだよぉ……♡」
「それはてめぇだ……!つか、俺の舌は食い物じゃねえぞ!!食われるかと思ったじゃねえか!!」
「あれ?もしかしてツンデレ?ならもっとやってあげないとね♡」
「おい、いい加減にしろ!!俺の舌は飴じゃねえ!!吸おうとするな!!」
……パタン
エメはゆっくり扉を閉めた。カカロットにも気づかれないように、気を最小限まで抑えながら。
「…………どうしよう。邪魔するわけにもいかないし……。取り敢えずシャワーでも浴びて時間稼ぎしよっと……」
特に慌てることもなく、気を使うことにした。タバコの味を知っているなら、タバコを一本吸いたい気分になっていたかもしれない。
ゆっくり時間をかけ、30分以上が経過した時、ゆっくり扉を開けて覗き見るように確認すると、2人はすっかり普段通りに振る舞っていた。
「あれ?エメお帰り〜。いつの間に帰ってきてたんだね?気づかなかったよ」
「実はすぐにシャワーを浴びたかったから、先に入っちゃったんだ」
「なるほど〜。もう結構遅い時間だもんね〜」
……訂正する。2人はいつもの調子ではない。正確に言えば、アイが上機嫌にカカロットの腕を掴んで離さずにいた。彼の性格なら嫌味の一つでも言って突き放しそうなものだが、今回はそれが見られなかった。
「いい加減離れろ。鬱陶しいだろ」
いや、カカロットは平常運転であった。先程キスしているように見えたが、あれは幻覚だったのだろうか?もしくは、アイが一方的に攻め続けていた可能性もあるのか?
「えー?別にいいじゃん。キスできるならこれくらいしてもさ。ねーエメ?」
「えっ?あっ、うん」
最終回であかねとキスしたこともあり、何やら他人事ではない気がした。恐らくカカロットがアイに対して恋愛感情がないように、今のところは自分もあかねに対して恋愛感情らしいものはない。意図せず似たような間柄になっているような気がする。
「というか、キスって……?」
「あー、実は、さっきまで今ガチ見てたんだけど、最終回でエメとあかねちゃんがキスしてたでしょ?それでカカロットさんがキスする意味が分からないって言ってたの」
確かにサイヤ人にそういう文化がなくても不思議ではない。元より戦闘することを生き甲斐としている民族だから、家族の時間を大事にする考えもなくてもおかしくない。
「だからね、私が実践して教えてあげたんだよ〜!偉いでしょ?」
「いやどこが……?」
言葉でキスする意味を教えたならまだ分かるが、実際に行動して偉いというのはよく分からなかった。ただ単にアイがしたかっただけで、恋愛に興味のないカカロットの合意を得る為の餌にしただけな気がしてならない。実際にそのエメの推測は合っているのだが。
というか、それよりも気になることがあった。
「あれ……?僕とあかねさんがキスするところを見たんだよね?お母さん的にはなんとも思わないの?」
「ん〜。私としては、あかねちゃんなら安心して任せられるかなって思ってさ。よくよく考えたら、寂しかったら会いに行けばいいし!」
もし同棲などで独立して、アイ達と離れて生活することになった際も、会いに行けばいいと考えているようだ。しかし、それでは交通費が馬鹿にならないのではないか?そう伝えれば……。
「大丈夫!カカロットさんに頼めばひとっ飛びだよ!」
「俺をタクシー代わりにすんな」
というのは半分冗談で、普通にあかねならエメを任せてもいいのではないかという結論に至ったらしい。しかし、一回家に来てもらってしっかり見極めさせてもらうつもりらしいが……。
「……いや、一回家に来てもらうって……。それだと、お母さんと僕達の関係をバラすことになっちゃわない?」
「そのことなんだけど、あかねちゃんの私の演技の完成度が高すぎるんだよね。あそこまで私に成り切っているなら、多分私に隠し子がいることもお見通しだと思うんだよね〜。だから大丈夫!」
もし広める気なら、エメとの交際拒否を提示すればいいと、あかねに対する保険もしっかり考えているようだ。エメはともかく、あかねはガチで惚れているとアイは読んでいるらしい。そんなことをしなくても、あかねがわざわざそんな秘密を暴露するとは思えないが……。
「だから、近いうちに連れて来てくれると嬉しいな〜。単純にあかねちゃんと会ってみたいし!」
「……分かった。伝えておくよ」
こうして、あかねは星野一家による、彼女試験(仮称)が実施されることになった。無論審査委員長はアイである。
面倒なことにならなければいいが…。エメは内心呟きつつも、アイの恋愛模様にも進展があったらしいことを、素直に祝福していた。
なお、カカロットは自分の舌が食いちぎられるのではないかとヒヤヒヤしたらしい。
エメとあかねは保留期間。カカロットとアイに関しては、アイの策略によってキスまでこぎつけたものの、まだ異性としては意識していない。もう逆レしない限りカカロットの攻略はできないんじゃね?()
また、あかねとエメの関係が進展していけば、碧(トランクス)との再会も時間の問題となるでしょう。重曹ちゃんが何をしたって言うんだ!まだかなちゃんの兄か弟としてトランクスが転生した方がよかったのでは?ということでアクア。責任を取れ(とばっちり)。重曹ちゃんがMEMと同盟を結ぶのはいつになるのでしょうね……。
次回分まではいつものペースで投稿できるかと思います。その先は作者のモチベと予定次第。