推しの飯/絶望の未来から転生した戦士 作:Miurand
前回、あかねとエメの初デートだったが、刃物を持った不審者が出現した。幸い、エメによって助けられたものの、初デートは散々なものとなってしまった。かなにリアタイ投稿は避けるべきだと言われた直後にこれなので、2人は気をつけようと心に誓った。
また、それとは別にアイやルビーがあかねに会ってみたいと声をあげて、すぐにではないものの、あかねが星野家に来ることになった。
「今日は珍しく仕事がないけど、ちゃんと稽古しないと……」
今ガチで成功して以来、あかねは人気女優への道を順調に歩んでいた。今ガチのようなアドリブが求められる場面は苦手ではあるものの、そこは自分の中のアイを駆使してやり過ごし、いつもの演技ではその才能を発揮。
元より礼儀正しい性格であることから、彼女を好む関係者も多く、色々なところであかねの顔が見られるようになった。
そんなあかねは、今日は学校からスタジオまで直行する予定だが、先日のこともあって可能な限り単独での行動はしないようにしている。だが、流石に毎日のように送迎するのも限界があった。
「一時期炎上したせいで私の学校も特定されている気がするからなぁ……。ちょっと怖いかも……」
初デートの日にあかねが襲われたのは、確かにリアタイ投稿したのも原因の一端にあるが、その投稿を追っていたストーカーを焚き付けたのは別人であり、その者のアクションがなければ犯人もただ嫉妬心を募らせるだけだっただろう。
そもそも、大勢いる中で犯行に及ぶ者はなかなかいない。とはいえ、あんなことがあれば怖がるのも無理はない。
「こんな時にエメ君がいてくれたらなぁ……。なんて、エメ君も学校や仕事で忙しいからそれはないよね」
そんな淡い期待を自分で振り払いながら校門を通過すると、何やら騒がしかった。
「あの、確か悟飯君って陽東高校でしたよね?何故ここに?」
「やっぱり彼女に会いに!?」
「いや、その〜……」
「え、エメ君!?」
何故かエメがいた。学校が終わって直行してきたのか、陽東高校の派手な制服姿だった。
「あっ、あかねさん!」
「どうしたの?学校は?仕事はないの?」
「今日は久しぶりのオフだよ」
「いや、いくら休みだからと言って、ここまで来るのは大変なんじゃ……」
「この前、あんなことがあったから、1人にさせるのは不安だったから……」
あの事件の後、周りに人が大勢いたということもあり、大々的に報道されてしまった。それに併せて模倣犯が出てこないとも限らないので、ほとぼりが冷めるまでは放っておくわけにはいかないのだ。
「黒川さんの彼氏心配性だ〜……!」
「こんなイケメンに心配されるなんて……」
あかねの通っている高校は非常に偏差値が高く、優秀な学生が集まる高校として名を馳せている。それでも、ルッキズムの象徴とも言えるエメを前にすると、世間一般のJKと大差ない反応になってしまうようだ。
「あかねさんはこれから帰るの?それとも仕事?そこまで送るよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな……?」
こうして、放課後デートが始まった。
「そうそう。この前言ってた件についてだけど、今週の土曜はどうかな?そこなら一応空いているんだけど……」
「土曜日かぁ……。ちょっと確認してみるよ」
アイやルビーがどうしても会いたいと言うので、その希望に応える形でエメは家に来れないかとあかねに打診。すると、思いの外早く予定が定まったようだが、まだアイとルビーの予定がある。
ルビーはまだ忙しくないので恐らく大丈夫だが、問題はアイだ。超マルチタレントの彼女は毎日忙しいが、合間を縫って家族との時間を作っている。そんな彼女が都合よく予定を合わせられるのか……。
『おっけー!今週の土曜なら空いてるよ!』
どうやら予定が奇跡的に噛み合ったようだ。
「うん。お母さんもその日は大丈夫みたい」
「分かった。あともう一ついいかな?うちの弟……碧がどうしてもエメ君のお家に行きたいらしくて……」
「えっ……?碧君が……?」
「め、迷惑かな?」
「いや、それに関しては大丈夫……かな?」
ただし、その日は星野家が全員揃っている予定だ。しかもあかねに自分の本当の母親も紹介する予定になっている。これはあかねが高度な分析力で既にアイとエメの関係を見破っている可能性が高いから紹介するだけだ。つまり、恐らくそれに勘づいていないであろう碧にも知られるのはできれば避けたかった。
「……いや、大丈夫だよ。問題ない」
だが、エメは何かを思い出したようで、碧も家に来ることは無問題だとした。あかねから聞いた話によれば、碧は恐らく自分のファン。良識あるファンならば、もしあかねと大切な話をしたいとなれば、別の場所に待機するなりの対応を取るだろう。何せしっかり者のあかねが評価するほどの弟なのだから、それだけ人間としてできていることは間違いないだろう。
「それにしても、まさか放課後デートすることになるなんてね♪」
あかねは意図せず放課後デートになったことを喜んでいるようだった。しかし残念と言うべきか、今日は既に稽古の予定も入っているため、急にデートに変更することはできないのである。この時ばかりは、自分が芸能人であることを悔いた。
とはいえ、芸能人でなければエメと出会うことも恐らくなかったのだが。
「えっ?これってデートになるの?」
「え?逆にならないの?」
「こ、これもデートなのかぁ……」
アクアに施しを受けているとはいえ、エメは恋愛関連に関してはまだまだひよっこである。
話をしながらあかねをスタジオまで送り届けた。これにて今日のところはエメの役割は終わりと言ってもいいだろう。流石にこの中に入ってまで危害を加えようとする者はいないだろう。
「わざわざありがとね」
「じゃ、帰りはお迎えがくるみたいだけど、一応気をつけてね?」
「うん!」
あかねは嬉しそうに手を振ってエメを見送った。エメと共に過ごせることに淡い期待をしていたら、本当に現れたのだから、あかねにとってこれほど嬉しい誤算はないだろう。
あかねと共に行動する中で警戒も怠らなかったが、その間で怪しい気配は微塵も感じなかった。やはりあのようなことは頻繁に起こるものでもないようだ。
そして、本日は帰宅前に事務所に寄ることになっている。先にも述べたように、仕事があるわけではない。
「あら、黒川さんを送っていたって聞いたけど、早かったわね」
社長である壱護は外で仕事があるのか、今日はミヤコが出迎えてくれた。
「あなたが頼んでいたもの、届いているわよ」
「やっときたんですね!どんな感じに仕上がっているかなぁ」
実は、ルビーが正式にアイドルとなった時点で、エメは社長にある頼み事をしていた。
エメが求めていたものは、"服"。それも一般で販売されていないようなものだ。ルビー達新生B小町の衣装も現在作っているところで、所謂オーダーメイド。エメのコネでは服を作れる人がいないため、社長に頼ったというわけである。
では、エメが求めていた服とは何か?まさか女装してアイドルか?そんなことは間違ってもエメはしない。エメは単純にオーダーメイドできるところを紹介してほしかっただけなのだ。
「ところで、それオーダーメイドって話だけど、そんな服見たことないわよ?もしかして自分で考えたの?」
「いえ、憧れの人が着ていた服だったんですけど、"今"はどうやっても手に入らないので……」
「もう生産が終わったとかかしら……?でも確かにその系統の服は供給が少なそうだものね……」
「じゃ、早速試着してみますね!」
「あらあら、エメがそんなに興奮しているのは初めて見るわね」
それもそうだ。前世からの憧れだった人達が愛用していたあの服を、もう一度着ることができるのだから。
「じゃーん!どうでしょう?」
更衣室で早速着替えたエメは、すぐさま出てきてミヤコに披露した。上下紫色の道着に、ベルト代わりとなる、腰に巻きつく赤色の紐、更には独特な見た目をした橙色の靴という衣装。
一言で言えば、かつてピッコロが着用していた魔族道着に非常に酷似したもの……というか、悟飯が幼少期に着ていたものだ。
「……変な服のはずなんだけど、エメが着ると妙に似合ってるわね……。なんでかしら……?」
「まあこの服は着慣れていますから。この感じ懐かしいな〜」
「あらあら、はしゃいじゃって……」
珍しく騒がしいエメを見て、ミヤコはつい微笑ましくなってしまう。幼少期から大人と比較してもしっかりしており、戦いに身を投じていたあのエメが、こうして年相応に喜ぶ姿を見るのは新鮮であると同時に、今の彼が本当に人生を謳歌しているようにも見えて嬉しくなってしまったのだ。
「もう一つの方はまだなんですか?あっちも着てみたいんだけどなぁ……」
「オーダーメイドだとそんなすぐに届かないのよ。しかもたった1着のために設計して作ってるんだから。大手メーカーみたいに大量生産するのとは訳が違うのよ」
「ははは……。そうですよね……」
無論、もう一つの服は、かつて悟飯が大きくなってから愛用していた、山吹色の道着だ。悟空のように強くなれるようにという願いも込めて着ていたものになる。前世では飯という文字を採用していたが、今回は飯という文字は勿論のこと、もう一種類別の文字を載せたものを用意している。
今回届いたのも、魔族道着一種類のみではあるが、1着だけではなく、3着セットで注文を出しているのだ。これからは修行するときに愛用するつもりである。
「そういえば、ルビー達は?」
「あの3人なら今日は外で稽古しているはずよ」
「分かりました。じゃあ僕も混ざってきます!」
そう言うと、エメは飛び出すように事務所を後にした。
「あらあら……。本当にあの服に思い入れがあるようね……」
年相応に喜ぶエメを見て、彼もまたちゃんと少年であることを認識した。幼少期から色々としっかりし過ぎていたので、逆に安心したまである。
だが、ミヤコは知らない。エメがそのように、年相応にはしゃぐ姿は、家族であるアイ達にも見せたことがないことに。
「よし、取り敢えず休憩だ」
「お兄ちゃん鬼畜だよぉ……」
「アクたん、私の年齢分かってる……?」
「公称18歳だろ?俺達とそんな大差ないだろ?」
アクアは少々悪意を含んだ笑みをメムに向けながら答えた。
「真面目な話をするなら、アイドルやるならこれくらいはできてもらわなきゃ困る。本当はこの後セットリスト通しでやりたかったが、いきなり飛ばして体調崩されても困るからな。初めは加減する」
「こ、これでも加減してるのね……」
かなは日頃から運動をしているからいいものの、ルビーやメムにとってはかなりキツい内容だったらしい。今の体力ではとてもではないがセットリストなど熟すことができない。
「あっ、みんな休憩中?疲れてるだろうから、冷たい飲み物持ってきたよ!」
ルビー達3人の様子を見に行くついでに飲み物も買ってきたらしい。キンキンに冷えているスポーツドリンクをご丁寧に3本用意していた。しかも1本2Lのやつである。
「ありがとー!!」
「エメたんがオアシスのようだぁ……」
最早エメが袋なしで計6kgもの重さの物を片手で持っていることには誰もツッコむことはなくなった。
3人は受け取るとすぐに飲み物に食いついた。それだけ汗を掻いていれば飲み物を欲するのは仕方ない。
「ぷはーっ!!生き返ったぁ!!ありがとうエメ!……っていうかその服……」
「ああ、これ?やっと届いたんだよ!!」
「前に言ってたやつか」
ルビーとアクアだけは知っている。エメが今着ている服は、エメの前世の師匠がくれたものであることを。しかしこの世界には一般流通していないためオーダーメイドする必要があったのだ。
「コスプレっぽいのにコスプレ感ないの流石だね。流石私の弟なだけある!」
「いや、マジで違和感ないな」
家族2人は普通にエメの服装を褒めている。しかしメムとかなはエメの服装に釘付けであった。その視線に違和感を感じたエメは……。
「……?どうしたの?なんか変な物でもついてる?」
当然ながら聞いた。しかし2人の様子がどこかおかしかった。
「いや、その〜……なんで言えばいいのか……」
「なんだよ、はっきり言えよ」
「いや、その……」
メムは少々照れるように、かなは気まずそうにしながら濁す。煮え切らない態度に不審感を募らせるアクア。エメの服がそんなに変なのかと、ルビーは改めて観察する。するとあることに気づいたのである。
「あーっ!!エメ!!その服は外で着ちゃダメっ!!」
「えっ!?これ修行用の服なのに!?」
唐突に禁止されてエメはツッコんでしまった。せっかく用意した道着なのに、家の中でしか使えないというのか?何のためにオーダーメイドしたのか分からなくなってしまう。
「露出が多すぎるの!!はっきり言って今のエメはえっちなの!!えっちすぎるの!!」
「何言ってるの!!?」
唐突にそんなことを叫び出したルビーを見ながら、アクアは呆れた顔をする。何を馬鹿なことを言っているんだと思いながら改めてエメを見ると……。言わんとしていることが分かった。
「……なるほど。確かにあまり人に見せるべきではないかもな……」
「そんなに!?裸でもないのになんで!!?」
純粋だからこそ出る当然の意見に、有馬が溜息を吐きながら答えた。
「そもそもその服袖なしじゃない。それに胸元が見えて鎖骨もはっきり見えるし、脇も丸見え。そして何より普段の服装では決して見ることができない細マッチョな体型……。うん。これはダメだわ」
有馬鑑定によると、どうやらエメの服装はアウトらしい。女の中の雌を刺激するから大変よろしくないとのことである。
「有馬さんまで!?MEMちょさんはそんなこと思ってないよね!!?」
頼みの綱であるMEMにバトンを投げるも、少々顔を赤らめながらこう言った。
「……ごめん。正直に言うと……。うん……」
「」
4対1で見事にエメの敗北である。
「むぅ……。なんで分かってくれないのさ……。この服カッコいいのに……」
珍しく頬を膨らませてるエメ。その様子はまるで不満アピールをしている子どものようだった。
大人の男性としての魅力をこれでもかというほど撒き散らしておきながら、子どもっぽい仕草をするエメにはギャップを感じる。
「…………」パシャパシャパシャ
メムは無言でスマホを取り出して写真を撮り始めた。しかも連写である。
「め、MEMちょさん?」
「えっちなエメたんを投稿すればバズること間違いなし!!」
「やめろっ!!」
「アイテ!!?」
万バズの予感がしたMEMちょはすかさず写真を投稿しようとするが、どこから取り出したのか、ハリセンを持ったかなに叩かれて事なきを得た。
「MEMちょ!!この写真をネットに晒したら、世のメスというメス共がエメを狩りに来るでしょうがッ!!」
「うちの弟がえっちすぎる件……」
とか言いながらルビーも写真を一枚撮っていた。
「えっ?な、なに?急に写真なんか撮ったりして?」
「これ投稿したら私の個人アカウントのフォロワーも増えるかな?」
「やめろって言ってるでしょうがっ!!」
同じく数字に目が眩んだルビーがかなに叩かれる始末。エメの登場によって休憩時間がカオスな物となってしまった。今のエメはまるで台風の目である。
「……やっぱりエメはアイ似だな……。羨ましい……」
アクアはしみじみと思う。エメは容姿だけでなく、中身もアイに似ていると。これだから強くても弟に対しては過保護になってしまうのである。
その日の夜。結局アイにもえっち判定を受けてしょんぼりするエメ。だが、最後の希望がまだある。魔族道着姿で自撮りをして、写真を送った。
「あれ?エメ君からだ。写真……?」
メッセージを開けば、そこには魔族道着を着たエメの写真が……。
「……ど、どうして急にこんな写真を!?」
やはりあかね基準でもダメだったらしい。だが、ルビーやMEMちょのように素直に言うことができるはずもなく。かと言って数字ジャンキーに見せかけてカモフラージュするわけにもいかない。というか、投稿したら世の女性がエメの新しい魅力に気づいてしまう。まだ仮の彼女という立場だが、他の女性には見せたくない気持ちが芽生えた。
しかし保存は忘れなかった。ちゃっかりした娘である。
『ご馳走様。似合っててカッコいいと思うよ!』
「そうだよね!?普通はそうなるよね!?」
ようやく自分と同じ意見を持つ同志が現れ、エメは満足した。かつての師匠のファッションセンスが認められたような気がして嬉しかったのだ。
「……ところで、このご馳走様ってどういう意味だろう……?僕あかねさんに何か奢ったっけ?」
『あっ!今のは誤字だから!気にしないで!!』
疑問に思った直後にそんなメッセージが届く。誤字なら仕方ないと、エメの中ではこの件は解決した。
「んふふ〜♪」
エメの写真が届いてから、明らかに上機嫌になっているあかねに、碧は得体の知れぬ不審感を抱いていた。
母は何かと察しているようだが、碧もまた鈍感寄りであるため、察しも悪かった。故に何をそんな嬉しそうにしているのか気になっているのである。
「……姉さん、機嫌良さそうだね。何かいいことあったの?」
「へっ!?まあ、うん」
スマホの画面を見て何かに集中していたらしい。声をかけられると驚いたような素振りを見せた。
「え、エメ君から写真が届いたんだけど、その画像がエ……カッコよくて」
「あらあら、すっかり惚れ込んでいるわね〜」
基本的に素直な性格のあかねは、余程恥ずかしいことや隠したいことでもない限りは家族に色々な話を打ち明けている。だからこれが言い訳や嘘とは捉えられることはない。
「……そんなにカッコいいの?」
「碧も見たい?エメ君のファンだもんね?」
「いや、ファンってわけじゃないけど……」
単純に前の師匠と面影を重ねているだけに過ぎない。彼とは少しばかり性格が違うようにも感じだが、どうしても重ねて見てしまうのである。きっと彼の芸名が師匠のものと全く同じだからだろう。
「ほらこれ。なんか新しい衣装なのかな?私は見たことないけど」
「…………えっ?」
碧は脳に稲妻が走る感覚がした。この服に見覚えがある。かつてトランクスだった頃、人造人間17号と18号を倒す鍵を見つけるべく、タイムマシンで過去の世界に赴いた時、その世界の悟飯とピッコロが似たような服を着ていたのだ。
だが、彼も数える程度しかその服を見ていないため、山吹色の道着のように鮮明な記憶としては残っていない。だが、妙な既視感を感じる。
「……まさか、本当に……?」
「……?どうしたの?」
「あっ、いや、なんでもないよ。ただ、あまりにもスタイルがいいなと思って……」
「そうだよね!エメ君って細いのかと思ってたけど、意外とガッシリした身体してるよね!!」
「た、確かに……」
もし彼が山吹色の道着を着ていたならば、確信に至っていただろう。だが、この服装でも悟飯である可能性が濃厚になった。もし本当にトランクスの師匠なのだとしたら、どれほどこの奇跡を望んだことだろうか。
しかし……。
(俺は、悟飯さんと会う資格なんてあるのか?)
前世、やっと17号と18号を倒した。それも停止装置を使って。彼は自分の才能に期待して託したに違いないのに。そして無様にも正体不明の化け物に殺害されこの世界に来てしまった。
……そんな自分などに幸せになれる権利などあるのか。碧は常日頃考えていた。今でさえ過ぎた幸福だと思っているほどなのだ。これ以上の幸運など……。
「…‥辛そうな顔」
「えっ?」
やってしまった。家族の前では極力顔に出さないようにしていた。それは沢山の幸福を与えてくれる家族に対して失礼だと思ったから。
だが、一瞬でも顔に出れば、察しのいい茜は見逃すはずもない。
「どうしたの?何か悩み事?」
「……いや、大丈夫。あの人に会えれば、きっと解決すると思うから……」
「そっか。だからあんなに会いたがってたんだ……」
あかねはそれ以上深掘りすることはなかった。
「なら、尚更会わないとだね」
その言葉は、いつもより心強く感じた。
時は進み土曜日。この日は黒川姉弟が来ることになっている日だが、エメはその前にひと仕事あった。仕事と言うと少し誤解を招くが、単刀直入に言えば、もう1セットの服が届いたのである。それを事務所で受け取ってすぐに着替えた。
「この感じ懐かしいなぁ……」
青色のアンダーウェアに、山吹色の道着。左胸と背中部分には、『星』という文字が刻まれている仕様になっている。無論、これだけでなく、『飯』となっている物も取り揃えている。
「その服も憧れの人の物ってやつか?」
「はい!ひとまずこれで大丈夫です!我儘聞いてもらってすみません……」
「いやいや、お前の母親の我儘に比べたら可愛いもんだから気にすんな」
特に今回のオーダーメイドは壱護やミヤコが作ったコネを利用したものだ。新生B小町の衣装に便乗する形で頼んだのだが、滅多に我儘どころか頼み事すらしないエメに頼られたことが嬉しかったのか、2人とも張り切ってコネをフルに使ったというわけである。
「しっかし、初めて着るはずなのに妙に着慣れているな?今までそんな服着たことあるのか?」
常に一緒にいるわけではないが、かなりの頻度で会っているはず。だが、エメがこのような道着を着用するところを見たことがない。それを疑問に思った壱護が尋ねる。
「はい。思い入れのある服だったんですけど、もうどうやっても手に入らなくて……」
「まあ、気に入ってるなら何よりだ。つか、今日は家で用事があるんだろ?早く戻らなきゃまずいんじゃねえか?」
「あっ、確かに……。本当にありがとうございました!」
簡素にお礼を述べて、そのままエメは全力疾走で帰宅。人の目に捉えられることもなく、ドアの前まで辿り着いた。
「エメお帰り〜。それが前によく着ていた服?似合うね!この前みたく露出も激しくないから、これなら堂々と外を出歩けるね!」
「いや、人を変態みたいに言わないでよ……」
アイとしては、過激な服装をして変な女の人に捕まることを恐れているのか、やたらと魔族衣装を着て外に出したがらないのだ。エメとしては山吹色の道着と同じくらい気に入っているのだが、アイ達が見ている前でその服装で外出することは困難になっている。
無論、ルビーやアクアが似たような服装をすれば、当然ながら止める。特にルビーに対しては。
「うん。これならお姉ちゃんセンサーに引っかからないからセーフ!」
「問題ないが、そのままあかね達と会うつもりか?」
「あっ、ダメかな?もう着替える時間もないからいいかなって思ったんだけど……」
「まあ芸能界のお偉いさんと会うわけでもないから大丈夫でしょ。アクアとルビーなんてお揃いの服だもんね」
それはアイが子供に同じ服をさせたがるからである。とはいえ、ルビーもアクアも兄妹と同じ格好をすることに抵抗はないのだが。エメは最近よく道着でいることが増えたため、同志が1人減ったようで少し寂しい思いをしてるとかしていないとか……。
ちなみに2人が着ているのは「twins」という文字の入った服である。最早星野家の中ではお馴染みの服と化している。
そんな話をしていれば、インターホンが鳴った。
「ありゃ?もう来ちゃったの?」
「もうって、約束の時間まであと10分とかだよ?」
「もうそんな時間?」
前回の初デートの際には相当早く来ていたと思われるあかねだが、今回はこちらの準備の都合を考慮したのか、そこまで早く来ることはなかった。
「じゃあ、私行ってくるね〜♪」
出迎える際はアイが行くという話で纏まっていた。世間的にもアイと三つ子は書類上の姉妹、姉弟として認知されている。そのため、同じ家で暮らしていても問題ないだろうという判断だった。
アイはエントランスまで出迎えに行き、アクアとルビー、エメに
「いや待って?なんで先輩がしれっとここにいるの?」
「あかねがエメの家族に挨拶しに来るって言うから、監視しにきたのよ。べ、別にアクアの家に興味があるとかじゃないからね!」
「なんであげてるの!?うちの家庭環境分かってる!?」
何故か自然にかなが家の中にいたことに思わずツッコむルビーだが、アクアがここで一言。
「エメの力を知ってるくらいだから、今更だろ」
「いや、確かにそうだけど……。なんか先輩がウチに侵食しているみたいでやだ……」
「うっさい。この前エメの写真を投稿しようとしたあんたじゃセ○ムとして信用できないのよ!!だから最後の砦として私がここにいるのよ!!」
無論写真とは、エメの魔族道着の姿のことである。女性陣からは大変えっちでエッチコンロ点火でエチチチチチチだったそうです。
仮にもエメのお姉ちゃんを名乗り、エメを守ることに徹する立場ならば、そんな写真を世に知らしめるなんて愚行はしないはずなのである。
つまり、ルビーはエメのお姉ちゃんとしては未熟者。敗北者じゃけぇ!!これが有馬かなが出した結論である。
「えー?なんで?何度も言ってるけどあかねちゃんなら大丈夫でしょ?」
「テレビでしか見たことないのによく言えるわねあんた。断言するわ。あいつも歴とした雌よ。エメの魅力を知ったが最後、きっと既成事実を作るに違いないわ!!」
「なんで俺の周りには人間の理性をみくびってる奴しかいないんだ?」
人間に理性というものが存在することをご存知ないのか?アクアはつい有馬に対して問いかけたくなってしまった。
「つか、その理論で言ったら、有馬もエメを前にしたら襲いたくなるってことになるんだが?」
ルビーやアイはまだ血縁関係があるからそういう目で見ないのは分かる。だが、有馬はあくまで血縁上は他人だ。なら、有馬だってそういう目で見るようになってもおかしくないのではないか?有馬の理性皆無論からすれば、それが通説となり得るのだ。
「いや、私は小さい時からずっとエメと接してきたせいで、異性として見るのはなんか解釈違いというか、弟か兄か、そんな感じ?」
「……なるほど。つまり慣れたわけか」
幼少期から常にエメと接し、心の距離も近かったことが逆に功を成したのである。エメのその魅力や容姿が、特別優れているものではなく、当たり前のものとして認識するようになってしまったのだ。
つまり、同じクラスにかなりイケメンで性格のいい子が有馬に告白したところで、彼女は特に特徴のない凡人が告白してきたようにしか認識できない。
単刀直入に言えば、エメのせいで有馬の理想の男性像が無茶苦茶高くなっている。エメレベルの人間でようやく"普通"となるのだ。それ故に、エメが相手でもそこまで異性として特別に惹かれるということはないのだ。
ちなみにここでは戦闘力を考慮しないものとする。
「エメを勝手に先輩の弟にしないで!エメは私の可愛くてかっこいい弟なんだから!!」
「このエセブラコンが!!弟のあられもない姿を拡散しようとする姉がどこにいるのよ!!あんたじゃエメの姉は努められないわ。今日から私がエメの姉になってあげるから感謝しなさい」
「エメは渡さない!!私の大事な家族なの〜!!このニセブラコン!!」
何故か不毛な争いが始まった。アクアは呆れるように2人が軽く喧嘩する様を見る。
「……もういっそのことB小町の3人でエメの姉を名乗ればよくないか?」
「いいねそれ!」
「まあ悪くはないけど、お姉ちゃん1号は私よ」
「なんで!?普通ここは実の姉である私が1号でしょ!?」
「いい加減にしろよお前ら」
最早この2人は放っておこう。時間が解決してくれることを祈って、2人はいなかったものとしてエメとの会話に切り替えた。
「ところで、あかねの弟も来るって言ってたが、お前のファンなのか?」
「あかねさんの話によれば、僕が出演しているドラマや番組はほぼ見ているらしいよ。本人は否定しているみたいだけど」
「ガッツリファンじゃねえか……」
互いにエメの姉を譲らないB小町の2人に、エメの大ファン……というか、強火オタクの可能性の高い碧という存在。この両者が化学反応を起こさなければいいが……。アクアは既に頭を抱えている。
「ヤッホー!連れてきたよ〜!」
エントランスから戻ってきたアイが扉を開けて、家に茜と碧を招きいれた。
「初めまして、ルビーさん、アクアさん。黒川茜と申します」
「皆さん、初めまして。こちらの茜の弟の、碧って言います。この度は……」
アクアとルビーとはあくまでも初対面であるため、丁寧かつ簡潔に自己紹介をする茜。
碧も同じように挨拶しようとするが、その言葉は途中で途切れた。エメを視界に捉えた瞬間、すっかり固まってしまったのだ。
確かに、エメの今の服は、山吹色の道着を着用しているため、珍しいのは間違いないが、それにしても不自然である。
「あれ?碧?どうしたの?」
「まさか本人を前にして脳がオーバーヒートしたとかじゃないでしょうね?」
適当にものを言った有馬だが、案外これが的を射ていたりする。
膝から崩れ落ち、両手で顔を押さえるような仕草をした直後、嗚咽が聞こえるようになった。
「えっ?ど、どうしたの!?」
流石に突然泣き出すとは思ってもおらず、アイはあたふたとしてしまう。それはアイだけではなく、この場にいた全員が同じだった。
誰も彼を虐めていないし、泣いて喜ばせるようなこともした覚えがない。だがただ1人、あかねだけは状況を理解しているのか、冷静だった。
「エメ君。この子をなんとかしてあげて」
「えっ!?でも、僕じゃ何もできないんじゃ……?」
「そんなことない。多分、これはエメ君にしかできないことだと思う」
あかねは、弟の悩みにエメと関係があることは分かっている。だから、エメに託すことにした。実際、碧もエメに会えば解決すると思うと発言していた。
「わ、分かった……。碧君、ちょっとにこっちおいで」
まだ状況が飲み込めていないエメだが、あかねの言うことを信頼し、自分が対応することにした。流石にこれだけの人数の前で泣き続ける姿を晒すのも可哀想だと思い、別室に移動することになった。
「……なんか、弟がすみません……。いつもはあんな子じゃないんですけど……」
「あ、いや!いいよ!気にしないで!!突然泣きたくなることってあるもんね!それじゃ、私達はリビングに行こっか!せっかくだからかなちゃんにも話しちゃおっかな」
「えっ?何をですか?」
アイがかなの名前を呼んだことで、あかねは初めてかながこの家にいることを認識した。いくらエメの師匠とはいえ、何故彼女がここにいるのか疑問に思うところがあるが、今は気にしないことにする。
「私の"子ども達"と親しい子なら、そのうち私との関係に気づいちゃうだろうし、何よりかなちゃんとあかねちゃんならそう易々と言いふらさないだろうからね」
「……??」
有馬は一体何のことかと首を傾げるが、あかねは大体察していたのか、特に不思議がる素振りは見せなかった。
「ほ、本当に言っちゃうの?」
「あかねはともかく、有馬にもか……?」
「うん。もう覚悟は決めてるから」
2人は事前に暴露することを知っていたとはいえ、やはり不安になってきたようだ。だが、アイの決意は揺るがない。
「まあ、立ち話もなんだから、飲み物でも飲みながらゆっくり話そ?」
こうして、エメによる碧のケアと、アイによる星野家の家族構成の暴露が同時並行で行われることとなる。
実は星野緑としては、一度も道着を着たことがなかったことが判明。トランクスがエメ=悟飯であることを確定させるためには、この服装がないと実質不可能でしょう。直接会話すれば手っ取り早いですが、トランクスが遠慮気味になっているのでそれも叶わず。
ドラゴンボールにハマってそこそこの期間が経っていますが、魔族衣装って普通にえっちなのでは……?とふと思ったので、閑話休題としてあの話を導入しました。かなとルビーは心配するような目線でしたが、MEMは……。ちなみにあかねは保存したエメの画像を何度も見ることになるそうです。使用目的は不明。ご馳走様と発言していたので、食べるんじゃないですかね()