シャンフロ小噺 作:渚です
貴方といる時、自分は自分でいられた。
貴方といる時、現実を見らずにいられた。
私が、幸せだと思えた時はいつだって貴方が隣にいた。
◆
――思えば。俺は奴ことディプスロのことをあまり知ろうとはしなかったなとふと思った。……いやまぁあの変態の事を知ったとしてもなと言う気持ちはあるのだがやはり近いうちにリアルで会うことになるのだからゲームの中での奴では無く、あー…彬茅紗音について知っておこうと思ったわけなんだが……
「なんて聞けばいいかわかんねぇ……!」
俺の指はチャットの内容を書いては消して書いては消してを繰り返していた。奴がセクハラした時の返しなら無数に浮かぶのに、ただの世間話となると何を聞いたらいいか分からなくなってしまう。……いやまぁそのそもそもの常識としてネット上の知り合いにあれこれ詮索するのはマナー違反だし、相手がディプスロだとしても奴には奴のプライバシーがある訳で……
「…………だあああ!!フラストレーション!!!」
「……はぁ、なにやってんの?兄ちゃん」
「あぁ……瑠美か。今日の夕飯はなんだっけ?」
「魚。この前釣ったのがまだ残ってるってさ。――で?何うだうだ悩んでたの?」
「瑠美には関係ねぇよ」
悩んでる間に、妹の瑠美が飯が出来た事を伝えに来ていたようで、俺の悶々としていた所もバッチリ見られていたようだ。中々恥ずかしい所を見られたが、俺のピザクロックで培った話題変更の技で何とか追求を避けなければ
「――そういえば、お前はもう飯食ったのか?」
「食べた。母さんはまだ食べてて父さんは会社の飲み会。――で?」
「……で?」
「話そらそうとしてたけど、無駄だから。兄ちゃんは何でそんなに悩んでたの?クソゲーマーの兄ちゃんがクソゲー以外で悩んでんの初めて見たんですけど」
……こいつ、変なところで鋭いな。
「ちなみに、どこから見てた?」
「「なんて聞けばいいかわかんねぇ…!」のとこから」
「ほぼ最初からじゃねぇか!」
ほぼ最初からじゃねぇか!これじゃ誤魔化せそうもないわけだ。……いや、いやいやいや不味いぞ。妹の歳を考えればこういう話題は大好物だ。絶対に変な勘違いをして来るに違いない。ここはどうにかそれっぽい理由を――――
「女でしょ」
「ハハッ、妹よそんなはずはなかろう」
初手で答えを言い当てて来たが大丈夫だこの俺のポーカーフェイスを持ってすれば
「嘘。目が泳ぎまくってる」
俺だって完璧に真顔を維持できる訳じゃねぇんだよちくしょう――――!!
妹の追求から逃れられぬまま、個人情報に関すること以外は話してしまった。
話を全て聞いた瑠美は
「――兄ちゃん」
「な、なんだよ」
「考えすぎ。もっと気楽に聞けばいいじゃん」
「い、いやでも妹よ。ネットというのはだなリアルの事に関して聞こうとするのはマナー違反というか――」
「それ、建前でしょ。怖気付いてるって言うだけでそんな長々と喋る必要無いよ」
「……怖気、付いてる?誰が?俺がか?」
呆れたように、腰に手を当て話す瑠美の言葉に俺は引っかかった。
怖気付いてる…?俺が?誰に?――ディプスロに?
「はっ――」
言われてみれば、確かにそうだ。怖気付いてた。いや、遠慮していたとも言っていい。ネットのマナー云々と理由付けしてたが心の奥底では奴を知ろうとすることを恐れていたのかもしれない。理由は分からない。
奴との思い出にろくなものなんてないが、奴自身について何も知ろうとしてなかった。
「……とりあえず、こんなもんでいいか」
◇
――かくして、日は巡り二人はぎこちなくともネット上で交流を続け、当日を迎えることとなる。
◆
否定したかった彬茅紗音のまま、私はサンラク君に会うことになる。
気分は最低だ。それでも今日が来てしまったからには乗り切るしかない。
柄じゃない。いつもの自分じゃない。だけど、もうすぐ死ぬと分かって。ディープスローターと名乗っていた私の仮面が剥がれて、彬茅紗音という何よりも切り捨てたかったソレが、恐怖という感情からまた繋がろうとしていた。
会いたい。会いたくない。会いたい。会いたくない。
私は彼の前で、上手く笑えるだろうか。
次書くとしたら楽百です