絶叫   作:真の柿の種(偽)

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 はよ叫べよ


雑音と不協和音へ叫ぶ

「とりあえず……脱いでもらいましょっか♡」

「なっ、なんでー!?」

「おい俺で守るな」

 

 響慈の背へと隠れた立花へ、少年はぽつりとつぶやいた。

 身の危険を感じるセリフなのは分かるが、熱い視線は明らかに立花へ向けられているのであって、であるのならば勝手に我が身を守りたまえ。

 

「もちろんそっちの男の子もね」

「……」

 

 色香を込めたつもりなのかもしれない流し目に、思わず視線を顰めてしまう。不審者を見る目つきがとめどないのは、実際に不審者と何ら変わらない言動だからか。

 

「こんな綺麗なお姉さんに剥かれるんだから、年頃としては嬉しいものでしょう?」

「顔はともかく変な髪型してるけどな」

「響慈くんはそういうの間に合ってますので……!」

「何でお前が答える」

 

 自己紹介もそこそこに脱げとは、他人との距離感という概念を知らない系なのかもしれない。やたらと偉そうな肩書きを持っている研究者でもあるらしいし、一般的な人類とは価値観の乖離が激しいタイプなのだろう。生まれた時代が早すぎたのか、はたまた遅すぎたのかの二択なのだ。可哀想に。

 

「何なら彼の方が私としては興味津々だったり♡」

「なるほど、それ以上は近寄んなよ変態」

「響慈くんはそういうの全然興味津々じゃありませんから!!」

「だからどうしてお前が?」

 

 早く地上に戻りたい。とにかく迅速に、面倒事の気配からは遠ざかりたい。

 その発端となる出来事まで、記憶は遡っていく。

 

 

「実はっ、翼さんに助けてもらうのはっ、響慈くん共々これで二回目何ですっ!!」

 

 胡乱な顔をするアイドルだが、ピンと来ていないのは、まあ分かる。彼女からすれば、これまで助けてきた者達の内の、多くに紛れる二人でしかないのだろう。

 それはそれとして――――ワタクシ剣崎響慈は、相当な面倒臭がりである。

 それも面倒のラインは他観では計りづらく、己の線引きによって決めている、取り立ててうんと面倒なタイプだとは自覚している。加えて、たとえ面倒でもそうしたいと、しなければならないと、ほんのひとつまみ程度でも心に思ってしまえば、その些細な心残りを全力で排そうとする難儀な性格でもあった。

 

「………………おい立花、もう行くぞ」

「うん。……あの子、よかったね」

「ああそうだ、お前が守ったんだ」

 

 このせいで他者と揉め事になることもしばしば。孤立する事だって、複合的な理由でもあれど、性格が影響している場面が多いのは否めない。

 ストリートのど真ん中で喧嘩を勃発させるなども、あまり珍しい事ではない。そんな自分は、そこそこ、いやそれなりに、国に仕える公僕の人種が苦手だ。

 一番苦手なのは藍色の方々。幸い、起こるコトの多くは正当防衛が認められる形で収まるので、響慈がやり過ぎなければほどほどに口頭注意で終わらせてくれる。

 顔見知りを超えて、お茶をしばき合う仲も少なくはない。

 

「響慈くんのおかげだよ」

「チッ……お互い頑張った、それでいいだろ」

「そっか、そうだね、そうしとこっか」

 

 でもそれは、ご近所の交番レベルの話であり。

 一般市民へと守秘義務を強要できる権限を持った方々などとは話が違う。

 自称も他称も認めざるを得ない不良少年は、お巡りさんレベルがカンストしていそうな連中を目にすれば、疾くその場から立ち去りたくなるのが人情なのだ。

 あれだけ騒いでいた血潮は、今は静まり返って。代頭する響慈の面倒センサーは、早くこの領域から逃げ出せとメチャクチャに言っているのだ。

 

「走るぞ立花、さっきの歌は歌えるか」

「え? う、うん、多分また歌えるけど……どうして?」

「あの親子を見ろ」

 

 響と共に救出した子供は、母親と無事に再会して仲睦まじく、涙ぐましい一幕を繰り広げていた筈なのだか。水を差すスーツの女が、一枚の紙を差し出して親子はきょとんとしてしまっている。

 スーツの女の言葉に耳を傾ければ、些か知能指数の不足がちな立花でも理解に早かったようで。

 

「あ、ありゃー……でも逃げるのはどうだろう」

「そりゃ俺達は神に誓って疚しい事なんてしていないけど……これ以上遅くなったら小日向もうるさいぞ」

「……私、歌うね」

「ああ、お前の歌を聞かせてくれ」

 

 決まれば早い。立花と響慈は手頃な高所へ飛び移るため、場所の目星を付けるべく、せっせと働く皆様方へと背を向けた。

 しかしどうした、目に映るのは工業地帯――よりも手前にずらりと並ぶ、黒服サングラスな方々。

 

「えっ」

「チッ」

 

 中心には風鳴翼が気の毒そうに、それ以上に複雑極まる顔色で、こう言いやがった。

 

「……貴方達をこのまま帰す訳にはいきません」

「なんでですかっ!?」

「今日は捕まる日だったのかー」

「朝の占いみたいに!?」

 

 物々しい気配に立花はたたらを踏み、響慈は慣れ切った態度で遠い目だった。

 

「特異災害対策機動部二課まで、同行していただきます」

 

 ――――ここだけの話、不肖、ワタクシ剣崎響慈は喧嘩慣れしている。小学生の頃には十は上の中学生をブン殴り、中学の半ばには10人以上を纏めて相手取り、高校に上がってすぐに十日間連続でチンピラを蹴り飛ばし。

 何でもアリが喧嘩の常だ。素手の相手の方が少ないし、ちゃんと生命を危機に陥らせようと刃物だって持ち出されたりもあった。鉛玉はまだ未経験だが、下手をすれば懐から抜かれていたような状況にも覚えはある。

 そんな自分は、修羅場に慣れている自負があった。自負は、あったのだが。

 

「すみませんねお二人とも、身柄を拘束させていただきます」

「へ?」

「っ!?!?」

 

 柔和な人好きをする黒スーツの男が、苦笑いで目の前に立っていた。それも気配を消して。その上気が付く間もなく手錠のおまけつきで。

 

「ぇ、ええー!? てっ、手錠だよ響慈くん!! 響慈くんはともかく私は初めての鉄の感触だぁ!?」

「嫌味かコノヤロウ。……こんなゴツイのは俺も初めてだよ」

 

 風の音を響かせる片翼が唐突に現れ、剣の歌が雑音を引き裂いて暫く。

 不思議な体験をした二人の少年少女は、三十六計も塞がれて成す術も無く、泣く泣くしずしずと、黒塗りの車で拉致されるのだった。

 

 

「危ないから掴まってください」

「うわわわぁぁ!?」

「っ、おい」

 

 転びかける立花の襟を掴んで、強引に直立させる。

 強く引っ張り過ぎてシャツのボタンが開いたような気がしたが、驚くほどにどうでもよかった。

 

「えっ、あっ、ちょちょっと響慈くん! 無理矢理過ぎ!」

「ありがとうって言え」

「だって……ぬ、脱げそうだったし」

「ドンマイ」

「気にするよ!!」

 

 プンスカと怒ってます、そんな感情を全身で表したいのだろうが、生憎手すりから手を離せば二度目の転倒の危機だ。その怒りは封じ込めてもらおう。

 

「お前の学校ってかなりアレだな」

「アレって何さ……。私も知らなかったけど……す、すごいですね!」

 

 響慈以外へと振られた話題には、誰一人も応じずにエレベーターの下降音が木霊する。

 

「あ、あはは……」

「有無を言わさず連れてきておいて、愛想も無いとか最悪だな」

「!? 響慈くん、ちょっと……」

「……愛想など不要よ」

「ああん?」

 

 他人事のような言い草に、カチンと来てしまった。

 

「巻き込まれたのはこっちだ。その上にこれときた」

 

 重たい枷を歌女へ向けて、これ見よがしにチラつかせる。

 悪い事は愚か、むしろ善行を積んですらいたというのに囚われの身となったのには納得がいくまい。冤罪を示すこれ以上ない証をぶら下げては、どうにも良い気分になれないのは道理だ。

 

「機嫌なんざいくらでも悪くできらぁ」

「……不躾な人」

「俺だけなら分からいでか。でもこの馬鹿にまでこんなアクセサリーをプレゼントされれば誰だって頭に――」

「響慈くん! いい加減にしないと……!」

 

 温厚が人の形をしたような立花が、珍しく――――ああ、いや、いつものように響慈をねめつけて窘めてくる。

 

「……しないと?」

「未来に言いつけるからね」

「んなっ…………チッ」

「そうそう、それでいいの。そうやって色んな人に喧嘩腰だから友達も少ないんだよ?」

 

 おまけに遠慮も配慮も無い苦言も付いてくる。長い付き合いでもある小日向にだってもっと柔らかな対応だというのに、同じくらいに長い付き合いである筈の響慈にはどうしてこんなにもぞんざいなのか、コレがよく分からない。

 

「いらねえこと言うな馬鹿」

「人の事を馬鹿だ馬鹿だのって、響慈くんだって学校の成績悪いのに」

「立花よりはマシだろ」

「同じくらいでしょ。……ってぇ、また名前呼びから戻ってる! 響で良いって言ってるのにー!」

「あーうっせえうっせえ、いい加減に聞き飽きた」

 

 こちとら思春期バリバリな男子高生な訳で、女子をおいそれと呼び捨てになんて出来る訳がないだろう。先の逃走劇時は焦燥に急かされたが故、文字数の短い方をつい呼んでしまっただけである。

 積極的に呼ぼうなどと、彼女いない歴=年齢な剣崎響慈には土台無理な話だ。

 

「お二人は仲がよろしいのですね」

「はあ? どこがだよ」

「響慈くん、年上だよ」

「…………どこが、で、やがりますか」

「日本語がとっちらかってるよ」

 

 ああ言えばこう言う。どうして逐一モノを申す際は、小日向と似たような雰囲気を纏うのだこやつは。

 

「うざい」

「はいはい、聞き飽きましたー」

「本当に仲が良い。見ているだけでよく分かります」

「えへへー、だってさ響慈くん!」

「……チッ」

 

 嬉しそうな顔を眺めるのは癪に触る。舌打ち一つをお供に、響慈は外のカラフルな壁画を眺めるしかないのであった。

 

 

 そうしてやってきた、特異災害対策機動部とやら。

 一歩踏み出した瞬間に弾ける少量の火薬の香り。同時に噴き出すカラフルなカラーテープ。風鳴翼の言とは打って変わり、クラッカーと愛想に満ちて、受け入れ態勢は万全だったのには流石に驚いた。

 ともあれ検査の数々を終えて、少年はこうして料理の数々を喰らっているのだった。

 

「いい食いっぷりだ。こうも食い散らかしてくれるなら、こちらも用意した甲斐があったものだ」

 

 フライドチキンを指に三本挟み、空いた右手はエビフライを口へ運ぶ。席を立たずに済むよう山盛りの唐揚げは皿ご確保して、ローストビーフを噛み切る。

 極貧苦学生の勘が叫んでいる、食い意地の張りどころはここと見た。

 

「ん、食い盛りはこんなもんだろ……こんなものです」

「ああ、若者はかくあるべしだな」

 

 かなり()()()足の運びをした、赤色の婆娑羅髪が喜ばしそうに話しかけてきた。

 量も質も揃ったパーティ飯だ、節約が性根に染み付いた響慈からすれば、普段食べられる事はないご馳走に他ならない。これらが響慈と立花をもてなす為にここにあるのなら、食い尽くす以外の選択肢など。

 七面鳥を右手に、たこ焼きを左手に。散発的に渡される会話には、おざなりに返していく。

 

「無理して敬語を使う必要も無いのよ〜?」

「近寄んな変態。……ところでそれ本当?」

「メッ、響慈くん! 目上の人だよっ!」

 

 やたらフレンドリーに距離感を詰めてこようとする櫻井女史。それが男女間によるモノではなく、研究対象としての観点だというのは先の検査での反応でよく分かる。笑顔で「()()()()いいかしら☆」なんて言われて、ドキリと胸が(危機感で)高鳴れば、なるべくお近づきにはなりたくない。

 慣れない敬語は疲れるというのに、好きあらば響慈を真人間へ矯正してこようとするこの面倒な友人は、逐一口を挟んでくる。

 もはや返答のいとまも使えない。兎にも角にも、響慈は目の前の飯をたいらげなければならない使命感に急かされているのだ。

 

「君達へ格式ばった態度は求めん。好きなようにしてくれれば良い」

「はい! よろしくお願いします!!」

「旦那、俺達はもう帰って良いのか?」

「旦那……とは、俺の事か」

 

 検査も終わり、互いの紹介もほどほどに終えている。この場へ滞在する理由など、そうそう有りそうにはない。

 響慈は例外として、立花に関しては帰宅が早ければ早いほど良い。

 

「……そうだな、今日は色々疲れただろう。帰ってゆっくりと休むと良い」

「だそうだ立花、先に帰れ」

「なんで私だけ!?」

「小日向」

 

 その名を端的に出せば、騒がしいが象徴の少女はピシリと硬直した。

 

「俺は折角だし飯を食って帰る」

「そっかぁ……うん、分かった」

「それと、言うなよ」

「……それも、分かってるよ」

 

 巻き込むなと、言外に釘を打つ。抱え込みたがり気質の立花ならその必要も無いだろうが、念のためにだ。罪悪感すらも抱え込むだろうがそれはそれ。死活問題に発展しかねないなら、仕方のないこと。

 鞄を肩にかけて、足は出口の方へと向いた背中へ声を掛ける。

 

「俺の鞄からCD持ってけよ」

「…………あっ、忘れてた」

 

 筆記用具も入っていない鞄を立花が覗き込めば、声を返してくる。

 

「三つあるけど、どれを持って行けばいいの?」

「限定を一つだけ」

「うっそ!? ホントに限定版を買ってくれてたの!!?」

「……次からは自分で買え」

 

 こうした趣味の費用に関しては、貧乏が板に付いた生活の中で、どうにかこうにかやりくりして捻出している。その限定版一枚で、明日の晩御飯がどれだけのグレードへと昇華なされるのか。

 本当に、次は無い。

 

「ありがとう! 明日、お金返すねっ!」

「いらねえよ、んな面倒なこと……」

 

 立花が職員に連れられて帰ろうと、響慈の食べる手は止まらない。大食いの素質は十二分だというのに、満足に食べて来られなかったフラストレーションが、ここぞとばかりに発散されていく。

 今日は夜まで走り尽くしたからか、空腹を満たすこの感覚が心地よい。

 

「君が翼のファンとはな」

「それも通常版と限定版の二つとは、熱心な方なんですね」

 

 かなり()()()足運びをした大人二名が、意外そうな顔を隠さず話しかけてくる。

 買う理由なんて、大したことはない惰性の延長だ。

 

「流行に乗ってるだけなんだけど」

「やんちゃボウズが聴くには、翼の曲はややイメージとはズレるだろう?」

「ボウズ…………まあ、そうか」

 

 煌びやか、高嶺の花、眩しさの象徴が風鳴翼に抱かれるアイドル像だ。

 確かに喧嘩上等の不良少年が好んで聴くようなジャンルではないだろう。

 

「ほうほう、ウチのアイドルは非行系男子のハートもガッチリつかんでいる、と」

「札付きで悪かったな」

「……」

 

 風鳴翼すら、無言で『音楽なぞ聴くのか』といった風な視線をぶつけてくるが、悉くは無視。まともに取り合っても仕方ない。

 似合わない自覚なんて、実のところ以前から持ち得ているのだから。

 

 

「あれ、響慈くんだ」

 

 悲しみを纏い、再び重枷を手に嵌めてきた立花を迎える。

 

「また手錠(ワッパ)掛けられてきたのか」

「わっぱ、ってなに?」

「あー……馬鹿は知らなくていい単語」

「また馬鹿って言った!」

 

 ギャーギャーと叫びながら手錠を外してもらう立花。それを無視しながら、女の職員から貰ったあったかいものを啜る。

 集められた理由は、昨日のメディカルチェックの結果を知るためだ。

 

「そういえば! 未来からの連絡無視してたでしょ!」

「……立花が説明したんだろ」

「でも響慈くんから連絡してあげないと。……未来、響慈くんの事、すっごく心配してたよ」

「無駄で無意味だって言っとけ」

「自分で言いなよ。未来ってば最近会えてないから「んなことより」

 

 もう一度言うが、集められたのは昨日の検査結果を知るためだ。

 だから小日向の話題など、今はどうでもいいのだ。

 

「始めろよ櫻井さん」

「それでは、先日のメディカルチェックの結果発表~」

 

 年甲斐の無いはしゃいだテンションだ、これで本当に響慈より年上とは呆れてモノが言えな――――体の向きはそのままに首だけが此方を向いた、めがこわいごめんなさい。

 畏怖の視線へ一転させる響慈を尻目に、壁のディスプレイは二人の身体データを表示する。

 始まる説明会は、主に立花と響慈へ向けられたものだ。

 概要を纏めれば。

 あの力を用いた負荷は、多少を除いて異常は見られないこと。

 聖遺物と呼ばれる過去の遺産、その欠片から作り上げたプロテクター――――即ち、シンフォギア。立花と響慈の力はそれであること。

 聖遺物は特定振幅の波動――歌によって起動できるということ。

 

「だからとて! どんな歌っ、誰の歌にも聖遺物を起動させる力が備わっている訳ではない!」

 

 耐え切れないように風鳴が声を上げて、しばし、沈黙が室内を満たす。

 気に入らない。認め難い。受け入れられない。表情から響慈に読み取れたのは、そんなところか。

 立花は二年前に意識も朦朧としていたが、より強くその目にその光景を焼き付けた響慈には、彼女の内の蟠りがどういったモノなのか、何となく察しはつく。

 もっとも、お人好しが極まった立花なのはともかく、響慈からすれば知らないし、知ったことではないが。

 

「……聖遺物を起動させ、シンフォギアを纏う歌を歌える僅かな人間を、我々は適合者と呼んでいる」

 

 やるせない笑いを横に置いて、弦十郎は身振りを付けながら二人へ説明を補足してくれる。

 空気を一度張り直す思いもあったのだろう、大袈裟に、おちゃらけるように説明してくれた。

 

「それが翼であり、君たち二人であるのだ!」

「もっとも、響慈くんに関しては響ちゃんや翼とは違って真っ当な適合者とも言い難いのだけどね」

 

 そりゃ、まあ――――だろうなとは。

 適合者とされる者は、例外なく歌を歌えるらしい。なら自分は些かズレている。響慈には、立花のように歌など浮かんでこなかった。シンフォギアと呼ばれる外装も纏えはするが、それだって片腕だけに留まって、それ以外は生身。

 コメントを付け加えるならば、どこか半端。さらに辛辣にするなら、なり損ない。

 だとしても、どうでもよかった。

 

「結論以外はいらねえよ。どうせ聞いても理解できないし」

「自分の事なのに気にならないの? ストイックな子ね〜」

「戦う力があるって事実だけで俺は充分」

 

 欲しかったものだから、こまごまとした理屈に興味はない。

 

「? ?? え、えっと、つまり…………響慈くん、分かる……?」

「歌が力になる、お前はこれだけ覚えてりゃいい」

「なるほど!」

 

 頭がパンクしかけていた立花へ、一言に纏めて理解させる。立花は地頭が良い、というよりは物事の根幹を抑えるのが不得意ではない。大事な一点だけを伝えておけば、勝手に十点を理解しようとするだろう。

 閑話休題――――そして、肝心の要点。

 

「で? その聖遺物はどこにあるんだ」

「私たち、そんな物は持ってなかったと思うんですけど」

 

 その問いを皮切りに、モニターは二名分のレントゲンに切り替わる。

 昨日に始まった二人の運命。その発端となる答えは、二人の傷痕にあった。

 

「君たちは、これが何なのかを知っているはずだ」

「二年前の傷だろ」

 

 人体には含まれそうにない、鋭利で硬質的な影が肉体と重なっている。

 立花は胸の中心に。響慈は右手の甲に。

 

「私たちも、あのライブ会場にいたんです」

「瓦礫かなんかの破片だって俺は聞いたけど」

 

 立花は制服越しに自らの胸を、響慈は右手を、互いにfの形をした傷痕を眺めた。

 人体に影響は無い。少なくとも立花と響慈はそう聞かされて、実際に何ら影響は無く、日々を緩やかに過ごせていた。

 のだが。

 

「響ちゃんは心臓付近に、響慈くんは右手の甲の骨に、それぞれ細かく食い込んで、手術でも摘出不可能な無数の欠片。……調査の結果、この影はかつて奏ちゃんが纏っていた第三号聖遺物、ガングニールの砕けた破片だという事が判明しました」

「がん、ぐにーる」

 

 ガングニール、北の方にそんな槍を使う神様だかがいたような。

 

「……奏ちゃんの、置き土産ね」

 

 なんてことのない日常が一変した切っ掛けは、憧憬の対象から齎された。

 この力は超常のものだから、知ってしまえば普通の暮らしには戻れない。平和を過ごし、平穏を受けて、平時を暮らす、そのふとした時に必ず違和感として、この右手は存在感を発する。もう二度と、無知な一般人としてはいられない。

 もしかすれば嘆くべきか。ともすれば恨むべきか。生死の境を意識させる力を受け賜わるのは、忌まれることなのかもしれない。でも、だからこそ。

 渇望を満たす欲。生死を秤にかける闘争。それには必須となる明確な力。

 

「天羽奏から、貰った力だったのか」

 

 響慈にとってはある種、天啓のようなモノだった。

 

「ガングニール」

 

 口にすれば、するりと腑に落ちる感覚が小気味良かった。口ずさんだのその並びが、言いようも無いほど当て嵌まる。欠けていたピースを偶然道端で拾い上げたような、不思議な納得感がある。

 ガングニール。

 ガングニール。その名がこの力。

 ガングニール。かつて天羽奏が纏った力を、他でもない天羽奏に救われた二人が奮うことになるのは、逃れられないような因果を感じる。

 感慨に耽る響慈などおいて――風鳴が倒れ込むような、不安になる足取りで部屋を出ていく。

 

「……ガングニール」

 

 そのような些事など気に留めず、力の名を誦じた。

 心も我もここに在らず、惚けて呼び続けるその様は、恋焦がれたような。

 

「天羽奏の、ガングニール」

 

 弦十郎が何かを頼み込んでいただろうか。立花はいつの間にか退室していたような。どうしようもないほど、何一つとて意識を縫い留めずに素通りしていく。

 ノイズの出現を告げる警報が鳴るまで、その傷を愛おしそうに眺め続けていた。

 

 

「出現位置特定! 座標出ます!!」

 

 けたたましい警報でようやく自分を取り戻し、司令室へ駆け込めば――――丁度良いタイミングだった。

 

「リディアンより距離二百!」

「近いな」

 

 正面モニターに映されるノイズの分布座標。

 気後れはしない。むしろ、今の響慈の心は昂ってすらいて。

 

「迎え討ちます……!」

 

 響慈の顔も見ることなく、歌女が横を通り過ぎていく。

 その背を追うべく、駆け出す立花を捕まえる。

 

「響慈くんっ?」

「……お前、行くのか?」

 

 何を、無駄な問答をしているのか自分は。

 

「寮に帰っても、ここにいる連中は強制しないだろ。お前は……お前が命を晒す必要なんかない」

 

 晒したがる本当の馬鹿など、一人だけでいい。

 しかし言葉一つだけが容易に届くなら、そもそも立花は走り出していない。

 

「私の力が、誰かの助けになれるんだ!」

「……」

 

 聞くまでも無い。聞く必要すら無い。聞いても意味が無い。

 立花響の持った行動指針は、必ずやその方向へ走りださせることを知っているだろうに。

 

「シンフォギアの力が無いと、ノイズと戦う事も出来ないんだよ! だったら……!」

 

 己の存在に対する秤がオカシイコイツなら、迷ったりすることも無い。

 身の危険を押し通せてしまえるだけの、勇気を持ってしまっているのだから。

 

「だったら行くよ! 私!」

 

 早々に、置いていくのは諦める決意をした。

 

「……そういうところが、本気でムカつくんだよお前は」

「えっ? 今そんなこと言われても!?」

「いいよ、気にしなくて。どうせ理解できないだろ」

 

 吐きそうな嫌悪感を隠すことなく、二人は現場へと走った。

 そうだ、気にする必要は無い。響慈の制止があろうと無かろうと、立花は己の限りを尽くしてしまう。胸糞悪い話だが、走り続けられるだけの我慢強さもあるし、顧みない無頓着さも同様に腹立たしい。

 だから自分は決めたんじゃないか、二年前に。

 

 

 ――――風に乗せられた旋律の波紋を、右手が捕らえて咀嚼する――――

 

「風鳴が歌った」

「へ?」

 

 隣を走る立花のとぼけた声が聞こえる。

 それを押し退ける音を、内側の管が叫んでいる。

 

 ――――心臓がどくんとくんと、熱を上げてじゅくりじゅぐりと――――

 

 初めて右手へギアを纏った瞬間と酷似した熱が、全身を駆け巡り火照らせている。

 

 ――――胸が切なく脈が激しく、焦がれるような衝動が止まらない――――

 

 これが示すのは。

 

「私には聞こえないけど、分かるの?」

「分かるどころか、多分もう、ギアも纏える」

 

 言った傍から黄色のエネルギーが右手を取り巻き、装甲が象られ、握り締めた拳はギアに包まれた。

 一度目よりも最適化が済んでいたからか、無理矢理に力を詰め込まれる苦痛は無く、まるで体の一部のような自然さでギアは顕現した。

 

「歌――えっと、フォニックゲインだっけか。かなり離れても拾えるな」

「もしかして、私が歌わなくても……」

「装者ならなんでもいいらしい」

 

 同じ欠片だからこそ共鳴し、同じタイミングでギアを纏った。だから切っ掛けはガングニールでなくてはならなかったのは分かる。だからこそ響慈がギアを纏うには、毎回の如く立花の歌声が必要なのだと思い込んでいたが。

 実際には必要分のフォニックゲインを取り込めれば、その色が黄色だろうと青色だろうとなんだっていいらしい。我ながら節操がないというかなんというか。

 ただ、戦闘の前提をただ一人へ依存しなくても良いのは、響慈からすれば好都合ではある。

 

「お前も早くギアを纏えよ。足も速くなるだろ、あれ」

「……」

「立花?」

「…………ぇっ、え?」

 

 走りながら想いに耽る立花。

 その様子は、間違っても戦場へ向かう態度では無くて。

 心を置いてきぼりにしたまま戦えば、無残に死んでいく無情をこの血は知っていたから。

 

「不調なら帰れ」

「し、心配しなくても大丈夫っ!」

「心配じゃねえ、邪魔なんだよ帰れ」

「……響慈くんだけで行かせられないよ」

 

 だから立花が必要だとでも思っているのだろうか。

 戦いの渦中に立花響という少女が不可欠とでも、本気で考えているのか。

 生を曝け出し死と見つめ合う。そんな場へ向かいたがる剣崎響慈に、立花響というただの少女が本当に必要だとでも言いたいのか。

 

「風鳴がいるだろ」

 

 だから孤立はしないし戦う術も得られる、そのくらいの戦術眼は備えている。

 好かれる印象も無い上に、曰くの付けられたガングニール。中々どうして複雑な関係から始まるだろうが、戦場を共にすれば交友などは勝手に温まるだろう。

 

「っ…………――――喪失までのカウントダウン(Balwisyall Nescell gungnir tron)――――」

 

 ――――急かされるような胸の切なさが、加速して膨張して体積を増して――――

 

 光のヴェールを駆け抜けて、立花は全身へとギアを纏う。

 

「私、戦うよ」

 

 決意表明のつもりなのだろう。元より自分では無理矢理に止めることは出来ない。こうして言葉を尖らせて拒絶するくらいでしか、立花を止める指向性は持たせられない。

 響慈の言葉では、立花を制止できるだけの力を持たないから。

 

「私も、隣で戦うから」

 

 隣り合わせのまま、人智を越えた速度で駆け抜ける。

 向かい風が耳を叩きながらも、響慈はその言葉を、不機嫌そうに聞いていた。

 

 

 踏み込み一つ。振り抜き一つ。拳の握り一つ。腰の捻り一つ。重心の偏りを一つ。

 全ての動きが帰結する結末を、右手首より先へ集約させて開放させる。技術など知らず、術理など学ばず、得たのは野ざらしのそこいらで殴り合った経験のみ。土にまみれ、血反吐を拭い、砂利をかみ砕く泥臭い喧嘩殺法しか響慈は持っていない。

 なんとなく適当によく分からないけど偶然にもなんとなしにそれとなく、()()()()()()()()()()()()()を実行し続けた結晶を後押しするシンフォギアの力。

 

「ぶん殴るッッッ!!」

 

 普遍的な拳は音速を超えて、サンショウウオのような丸いノイズの足元が爆ぜる。

 

「うおおぉぉ!!」

 

 浮き上がる巨大なノイズを、すかさず上からその場へ圧し戻す立花の蹴撃。

 

「翼さんっ!!」

「……っ!!」

 

 戦う者でなくても狙う以外の選択肢はないほどの隙を、よもや風鳴が見逃すことも無く、落ちていく響と入れ替わるように空へと跳び上がる青色のシンフォギア。

 

「ハァァッッ!!!!」

 

 大剣が空に閃き、蒼色の一閃が真っ二つにノイズを別つ。

 爆ぜるノイズを背に、奏でられる歌らしく、風鳴は一振りの剣のように砥がれた佇まいで地へと降り立った。

 

「翼さーん!」

「……」

 

 青のギアを纏った存在は、灰燼を見つめて、人懐っこく近寄る立花へは背を向けて。

 

「私たち、今は足手まといかもしれないけれど」

「俺を勝手に含めんな」

「一生懸命頑張ります!!」

 

 誰かのためになれる。憧れの存在の役に立てる。そんな立花は嬉しそうで、そんな様子を見た響慈がますます不機嫌を加速させても意に介さない。

 嫌味を差し込むことすら無粋だ。それくらい、キラキラとした喜色の感情で溢れているのを感じていた。

 

「だからっ、私たちと一緒に戦ってください!!」

「………、――――そうね」

 

 そして、一見能天気にも取れる様子が気に障るのは、響慈だけでは無かった。

 

「私と貴女、戦いましょうか」

「え?」

 

 突きつけられる剣の鋩が、立花へ向けられる。

 

「……おい」

 

 拒絶だろう。戦友であり親友の力を継ぐ者がぽっと出の馬の骨だったなら、複雑怪奇な感情など抱いて当たり前で、その心情は他者が容易く推し量れるものではない。重さも深さも、いとも簡単に理解出来てはならない彼女だけの傷だ。

 だから立花をよく思わないのは、しかたない。だから響慈をよく思えないのも、しかたない。だから二人へ敵外の心を抱くのも、しょうがない。巻き込まれたとはいえども、彼女の事情へ足を踏み入れたのはコッチなのだ。配慮などするつもりは湧かないが、理解くらいならしてやろう。

 

「おい」

 

 だから、立花へ向けられる敵意を見て。

 だから、立花へ向けられる凶器を見て。

 だから、立花へ向けられる存在を見て。

 

「……剣崎響慈、貴方も戦いましょう」

「お前」

 

 だから、それを見て、響慈は――――――――

 

「なにしてんの」

 

 ――――――――しかいがまっくろになりそうだった。

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