絶叫   作:真の柿の種(偽)

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ようやくちょろっと叫べた


叫び、すれ違う

 翳った笑みを張り付けて、好戦的に宣うその姿。

 

 ――――貴女と私、戦いましょうか。

 

 歪なその笑みは戦意を尖らせていて、魅力的に思う。誘っているのかとすら思える色香を響慈だけが感じて、飛びつき掛かりそうになる。

 戦場に冴える抜き身の曲調が、胸の血脈を震わせてしかたない。この歌を響慈は、決して嫌いではない。

 戦うための歌であり、敵を斬り裂き塵へと還さんとする気概が籠っている。戦場に在るための意志をこれでもかと示し、吼え叫ぶ慟哭が剣の形を成し、鋭すぎる日本刀のようにゾッとするような妖しい魅力があった。

 この歌は――そうだ、風鳴翼の歌は、剣崎響慈にとってむしろ好ましい。

 戦う者が、戦いの舞台にて奏でる、戦うための旋律。

 嫌えと強制される方が無理だ。

 

「私は翼さんと力を合わせてっ」

「――分かっているわ、そんなこと」

 

 だが、それでも。

 許容できない限度はある。許したくない光景はある。いくら惚れ惚れとする歌声を持っていたからとしても、煮え滾る怒りが沸く行動は看過できない。

 

「だったらどうして……」

「私が貴女と戦いたいからよ」

 

 この女は言った、また、言った。

 立花に暴力の切っ先を向けて、そんな光景を響慈へと見せつけて。

 

「私は貴女を……貴女達が受け入れられない。力を合わせ、貴女達と共に戦う事など、風鳴翼が許せる筈が無い」

 

 立花へ向けられた一本の剣が引き絞られ、それを見た途端に跳び出す決意は終えている。

 だが、まだ、足りない。

 もう既にいっぱいいっぱいかもしれないけれど、人としては不甲斐ないがばっかりな響慈だけれど、最低限の道理は弁えられる。まだ、人の範疇で生きていられるだけの線引きは分かる。

 警告一つに対して反射的に攻勢を繰り出すのは獣の道理だ。剣崎響慈が人であるのなら、立花響と同じ世界に生きているのなら、決定的な瞬間を見咎めてこその人である。

 この世の中では先に手を出した方が悪い。どんな事情があろうとも、こんなものは子供だって知っている世の常だから。

 

「貴女達もアームドギアを構えなさい」

 

 だから、まだ、ダメなのだ。

 例えば、憧れだった人に、命の恩人だった人に、強大な敵愾心と共に物騒な刃を突き付けられても。

 例えば、今まで日常が隣り合わせだった少女へ、人をいとも簡単に殺せる刃物が突き付けられても。

 例えば、目の前にいる自分の友が、そんな状況に晒されて、悲痛な顔をしていたとしても。

 

「それは、常在戦場の意志の体現……貴女達が、何物をも貫き通す無双の一振り、ガングニールのシンフォギアを纏うのであれば」

 

 この拳を風鳴へ向かって迷い無く奮うには、残念だが、些か尚早気味だ。

 

「胸の覚悟を、構えてごらんなさい……!」

「覚悟なんて――……戦う理由に、覚悟なんざいるかよ……」

 

 脚に、痛いくらいの力が籠る。

 

「私、アームドギアなんてわかりません……分かってないのに構えろだなんてっ、それこそ全然わかりません!」

 

 儚い記憶のような旋律が、ゆらり、ふわりと薫って周囲へと響く。

 立花の言葉を聞いて、風鳴は背を向けた。聞こえてくる曲調はゆったりと静かに木魂していき、合わせるような歩調で距離を取っていく。このまま、言葉だけのすれ違いで終わるのか――――まさか、そんな訳が無い。

 闘志が燃え広がって、呼応するように爆発した風鳴の歌が、その熱をさらに上げて。

 

「……覚悟を持たずに、ノコノコと遊び半分で戦場に立つ貴女達が――――奏の」

 

 振り向いた一瞥には、隠す気の無い拒絶の心。

 視線が語るのは、言葉の返答など望んちゃいないという事実。風鳴の心が、彼女へどんな行動をさせるのか、想像するには容易く。

 

「奏の何を受け継いでいるというのッ!!」

「――っ」

「下がれ響!!」

 

 慟哭にも似た一喝を聞いた瞬間、立花の目の前へと躍り出る。

 風鳴のシンフォギアは見るからに近接と得意とする兵装で纏まっている。故に一息に斬りかかってくるのだと判じて前へ出れば、予想に反してその場から上空へと、高く跳び上がった。

 手に持った一刀を投げ――――た、かと思えば刀は変形し、一気に橋など真っ二つに出来てしまえるサイズへと成り代わった。

 剣から青のエネルギーがジェットの如く噴き出し、自由落下へ更に加速を付与させる。柔よく制する、そんな理屈を諸共叩き斬る圧倒的な剛の一刀。

 防御は不明慮。身体能力が向上しているとはいえ、どこまでが限界なのかを自分はまだ知らず、無軌道に無謀に挑めば死は残酷にも距離を近づける。

 そして、回避は可能だ。

 自分だけなら。

 

 ――――守るために、■せ――――

 

「さっきから」

 

 風鳴のブーツが開き、羽翼のように展開された刃からは青いエネルギーが噴出する。この場から去れという意志を込めて、落下する巨大な剣の柄へと向けて跳び蹴りを見舞った。

 蒼の威迫を得て、天を穿つ逆鱗の巨刃が大気を引き裂き迫る。

 その一撃は、斬撃以上に目を見張る圧倒的な質量をして、数秒後の未来には立花と響慈を轢き潰すのだろう。風鳴の苛立ちを込めて、行き場の見つからない癇癪に任せて、ただ八つ当たりのように質量の塊が天から降らせて。

 それを見て、響慈は慄かない。恐れない。下がらない。逃げやしない。圧倒されない。目を逸らさない。

 ただただ、その理不尽は許せない。

 怒りは既に拳を握らせて、彼我の距離を目測で計り、右手に宿った(りき)みを本能のままに解き放つ――――!

 

「ピーピー囀りやがってッ!!」

 

 刃の切先と拳のナックルガードが重なり、閃光が周囲へと一斉に弾けた。

 生み出される衝撃が大気を追いやり、空白の空間が真空へと成り代わる。

 一方的に言われて、ムカっ腹が立たない訳がない。まるで自分が正しいように、事情を深く知らない自分らを悪し様に言われて、表情筋がひくつくかない訳がない。相互理解をハナから頑なに拒むコイツから、ストレス発散の矛先とされる不条理をぶつけられたなら、眉なんて歪むに決まってる。

 何よりも、人を簡単に殺せる力を立花へ向けて、キレない道理がどこにある。

 血が昂り、視界が紅色に爆発して。

 背に在る小さな人影を強く意識すれば、闘志が胸の内で破裂して。

 

 ――――血管へ纏わり、憑いては奔る――――

 

「ァッあ――ガ■ッッァァァァぁぁぁ!!!!!!」

 

 刹那よりも短い時間領域、六徳も虚も通り過ぎた、空の間だけ、その僅かな時間だけ、ドス暗い色が脳内信号を支配した、気がした。

 右腕の血液が沸騰する、そんな灼熱が膂力を爆発させて。

 拳と競り合う巨大な刃に、罅が走って砕け散る。

 

「なっ!?」

「響慈くん!?」

 

 異次元の亀裂が足元に広がっていく。踏み抜いた足が、橋を抉り砕いて水道管を露出させるに留まらず破裂する。たまらず尻餅をつく気配が背後に感じて、安堵のままに腕を振り抜いた。

 放たれる人智を超越した衝撃が、砕け散った破片を飛礫に変えて、散弾の如く風鳴を襲いゆく。

 

「きゃっ!?」

 

 聞き心地の良い声と共に墜落していく風鳴。

 辿り着くまでのルートは、足元がへこんで割れてと状態は良くない、が、走るのに一切も合切も問題は無く。

 追撃――――逆に、その行動へ移らない理由は何処にあるというのか。大義はこちらにある。正当性はこの状況にある。咄嗟の偶然で、そう、偶然にもたまたま奪ってしまったとして、反射防衛の範疇内だ、ああ、そうだ、何処を切り取っても、如何見ても、言わずもがな、至極――至至極真っ当な当然の話のように誰に言われようと言われようとと、批難など受けようが無く立花の目の前だとしても理性の留め具は先の鮮血の支配が噛み砕かれているああでもでも少しすれば滾りはきっと落ち着くだろうからこの二秒が勝負だ一秒で詰め寄りもう一秒で細首を殴り潰してくれるそうだそうしよう敵意を向けられて我慢させられて鬱屈していたのだからこのカタルシスは誰にも止められない凶器を向けたたなら殺せる力を向けたなら殺意だって向けられる覚悟もしているに違いない最初の記念すべき一人目が初物の卒業相手がこうも麗しい歌姫ではああどうしようくそったれが想像しただけで悦が込み上げる甘い感覚が胸に広がってひろがっててててひろがってておれはこんなにもおれれはおれはこんなにも――――――――生きている。

 重心を前へと傾けようとして、風鳴が馬鹿馬鹿しくなるほどに強大な気配を感じても、無視して本能の誘う先へと跳びだそうとすれば。

 

「ったく、派手にやりやがって」

「っ゛――――――――あ゛ッッ?」

 

 肩を、軽い動作で掴まれた。

 身体はミリも動かせない意味の不明な膂力に疑問を抱く。こっちはシンフォギアという超常を身に纏っているのだが。彼はどう見ても生身なのだが。

 

「……本当に人間か……?」

「え、ああ、うえっ!?」

 

 赤いシャツの筋肉が、いつの間にか隣へと着地していた。そう、着地したのだ。

 気のせいか、見間違いか、上空から降りてきたような気がしたがどうか。そも学院とこの場所までの距離もそう離れてはいないが、風鳴翼と交わした瞬間に至るまで、現着してからそこまで時間は経っていない。もしそうなら人間の範疇を越えた速度で走り、人間を越えた跳躍で衝突の余波を避けてここにいるという事か。なんだそりゃ人間か?

 

「こんなにしちまって……何をやってんだかお前たちは」

「……ごめ「黙ってろ」っど、どうしたの……?」

「言わなくていい」

 

 無理矢理言葉を差し込んででも言わせない。

 必要のない謝罪は人を安くさせる。暴力に暴力で応えることに抵抗を持たなかった響慈は別としても、謝るべきが立花ではない事だけは確かな筈だ。

 

「因縁も難癖も勝手に付けてきて、尚且つ先に手を出したのもアイツ。謝らせるべきはどっちだよ」

「……先が思いやられるな」

「そこの女に言え」

 

 嘆息一つを吐き出しながら、風鳴の方へと歩いていく。

 仲良しこよしではやっていけない事は、風鳴も響慈も初対面の時点で互いに感じていただろう。根っからなのかはともかく、現時点では水が合わないのは明白だ。

 

「ひ……――立花、怪我は」

「……うん、大丈夫だよ」

「そうか」

 

 噴水みたく降り頻る水の中、ギアは解除されて制服のまま座り込んだ立花。彼女の大丈夫という言は若干信用には足らない傾向があるが、痛みを堪えるような仕草も無い。身体を冷やして風邪を引くなんて可能性は、早めに帰宅すれば気にかける必要もあるまい。

 心配するべきは肉体面ではなく精神面だが。

 

「すごい勢いで前に飛び込んできてくれてたよね」

「知らん、はやく立てよ」

「……うん、守ってくれてありがとう、響慈くん」

 

 手を差し出して、呆けていた立花を力強く立ち上がらせる。

 立花が重症なのは今に始まった話ではない。それこそ数年前から直る兆しも薄い。リディアンへ進学し、環境が変われば何かしらの変革があればと期待もしたが、立花本人から聞く話でもそのような雰囲気も無い。馬鹿は死ななきゃ治らないなんて言葉もあるくらいだ、日常の中ではあの悪癖は治らないと見ても良いだろう。

 シンフォギアという日常からかけ離れた要素が、何かしら良い影響を及ぼしたならと期待はしてしまう。

 同じくらい、()()()()()()()と言い含めたくもあるが。

 

「……翼さん」

「あんなん八つ当たりだ。俺らが気にすることない」

「……」

 

 なんて言っても聞かないのは知っている。言って聞かせられるなら、そもこの女はこの場にはいないだろう。

 弦十郎の手を借りて立ち上がる風鳴。びしょ濡れの髪が地へと俯く姿を強調し、そんな姿へむけてあ立花は思い立ったように駆け出していく。その横顔は何かを決めた時の顔をして、それでいて、()()()()顔をしていた。

 誰かの力になれると確信した時に決まって見せる、響慈の大嫌いな顔だった。

 

「はぁ……」

 

 意気揚々と、何かしらの決意表明を述べた後だった。

 立花があまりにもあまりな発言をしてすぐに、小気味良い破裂音が、夜空に響く。音の方を見れば、予想通りに風鳴から一発頬にイイのを貰っていた。

 さっきまでの理不尽ならともかく、今度ばかりは見逃そう。その一撃は無神経かつ無理解に対する妥当な一撃だ。

 良い薬になればとは願うが、きっとそう上手くはいかないのだろう。

 

「……どうすりゃ治るんだよ」

 

 自分の衝動は棚上げしておいて、響慈の数少ない友へと憂いを抱く。

 一先ず今日はこれにてお開きだ。引っ叩かれて唖然としている立花を寮へと送り、帰って眠りこけよう。

 

 

 拾い上げる歌声を、手に埋まった欠片が取り込んでいく。

 心臓の鼓動が唸りを上げる。どくどくと巡る赤くて重たい液が、右手から伝う力を――――フォニックゲインを全身へと掻き回し。

 響慈の右腕が、黄色のエネルギーオーラを纏った。

 

『せぇっ、のッッッ!』

 

 白と黄の装甲が象られるのを待たずして、右腕を振り抜き、頭上から墜落する雑音を撃ち砕く。

 曰く、この身に流れる血はフォニックゲインとの親和性が強いのだと、櫻井は言った。

 右手のガングニールの欠片が装者の歌声を掴み取り、受容とそして変換が行われて、部分的なギアの展開を可能としている。展開には使われない余剰エネルギーを血液が運んでいき、全身を満たし、その身をシンフォギアシステムそのものと定義できるほどに、肉体構成を作り変える。

 分かりやすく言うならば、だ。

 

『――おッッラァ!!』

「彼の拳も、血も、命も、シンフォギアということか」

「装甲の有無と、それから、自分で歌っても必要量のフォニックゲインを得られない部分が、翼や響ちゃん達とは埋めがたい相違点ってところかしら」

 

 群れの中心へ飛び込む背中が、一瞬だけ自殺志願に見えても、ノイズなど物ともしない加護が宿っている。

 故にギアを纏った部分だけでなくとも、何てことない喧嘩仕込みの回し蹴りが、人智ではどうしようもない災害を粉微塵にせしめる兵器となるし。

 

『ガラクタばかりが!!』

 

 左の素手だろうと、学生服を着ただけの蹴撃だろうと、目には見えないギアを纏っている事と同義。

 千切るように踵を落とし、引き裂くように足刀を振り抜き、抉り抜くように掌底が貫き、突き立てる指が爪のように轢き掻き、意気揚々とした蹂躙が群へと穴を穿つ。

 

「アームドギアも無しでよく戦いますね」

「持ち前のセンスだけでこれって事だろ? アームドギアなんて持ったらどうなるんだか」

 

 モニター上を眺めながらの会話が、少年の印象を端的に表す。

 縦横無尽に駆け抜け、過ぎ去った後には雑音の塵が舞い、殲滅の証を積み上げる。

 例えば迅雷の絶刀が敵を散らす速度は名実ともに戦略級。風鳴翼には、然るべき兵装、然るべき鍛錬、然るべき素質、然るべき才覚と、戦に関する悉くは一級品そのもの。加えて年数の積み重なりもあるのだ、素人では追従も視野に入らない差が存在していた。

 しかし、風鳴に及ばないとは言えども、素人である筈の響慈の殲滅速度は異常の言葉に尽きる。

 拳を突き出した姿勢のまま重心を前へと傾けて、肩を突き出しタックルへとシームレスに移行する。これで二体。

 腰元に備えた拳を、全身を捻り打ち出す。これで三体。

 振り抜いた際に発する遠心力を用いて、後ろ回し蹴りが正面と側面の敵を同時に削り殺す。これで五体。

 

『弱者しか殺せない人形が雁首揃えてもッ!!!!』

 

 捩じ込まれた拳が、空間ごとノイズの群れに風穴を開ける。

 一挙手が複数の選択肢を作り、選んだ一投足が再び複数の選択肢を作り上げ、全ての挙動が刹那後の次へと繋がっていく。

 天性の衝動にして、ある種最適解を選び続ける戦闘法則。

 

「まるで獣……か」

「響ちゃんと同じく、放っておけない子ねぇ」

 

 ――大型のノイズが、風鳴の背後で手を振り上げた。

 危なげなく、風鳴が蒼色の一閃を振りかぶる寸前に、一条の稲妻が巨大ノイズの頭上へ墜落し。

 ノイズが、内側から断裂音と共に破裂した。

 

『!!』

『――ぁ? ああ……横から奪ったか、悪い』

『…………』

『おい、泣虫弱虫まな板小娘、無視すんなよ』

『…………私は貴方より年上よ、小娘などと言われる筋合いは……』

『泣き虫で貧相なまな板の自覚はしてるってか』

「……人格面にも多少の問題はありそうですね」

「単に悪い子ってだけじゃないのも厄介よね〜」

 

 自らの身を顧みず小さな子供を守る為、見捨てる選択肢を取らずに奔走を尽くす。そんな眩しい善性とて、あの少年は確かに持ち合わせている。

 態度と口の悪さは別としても。

 

「……この問題は、誰かが一概に悪いと言い切れる話でもあるまい」

「正直、見守るしかないのが現状かしら」

 

 とはいえ、突如として命を賭す鉄火場へ放り込まれようと戸惑う事はなく、むしろ嬉々とした様子で戦いに臨む姿勢は普遍的とは言い難い。喧嘩っ早いとはいえ、一般男子高生の指針とは明確にズレている。

 そういった面で、命の危険を顧みず誰かの為に走り出す立花響と、命の危険を許容して戦う為に走り出す剣崎響慈は、超常の側にいる方が合ってはいるのだろう。日常を暮らしていた者だと言うのに、どうしてもその在り方は、二人を決して普通の子供で居させることを許しはしない。

 逃れられない運命の呪いのように、非日常へと向かわせていく。

 

「多少は距離がほぐれる事を期待したが」

 

 立花へ弾丸となって向かうノイズを、響慈の残像が片っ端から蹴り砕き、現れたノイズの群れはそれで最後だった。

 周辺のノイズの殲滅完了を確認すれば、すぐさまギアを解き、ガングニール装者へ一瞥もくれずに帰投する風鳴。

 風鳴への興味を示さず、倒れ込んだ立花へ手を差し伸べる響慈。

 そんな二人の間で、視線を交互させる立花。

 

「……一月経っても噛み合わんか」

 

 多感な時期である少年少女達は、笑い合える相互理解には程遠いようだ。

 

 

 自宅にて、塩胡椒を振りかけただけのパスタを啜っていた時だった。

 

「……もふもふ(もしもし)

『ん? すまない、食事中だったか』

 

 機械を通した男の声が聞こえて、脳裏には人間を卒業した疑惑のある筋肉がむさくるしい赤の婆娑羅髪が浮かんでくる。見目麗しいグラビアアイドルなどならともかく、どうして湯気でも出そうな熱血風味のオッサンを思い出さなくちゃならないのか。

 げんなりとした声色を隠さず、要件を手短に聞いた。

 

「んくっ……食い終わったよ。で、今から何処に向かえばいい」

『話が早いな』

「アンタらからの連絡なんてノイズだけだろ」

 

 プライベートにメッセージを送り合うようないじらしい関係を作りたいわけでもない。事務的であるのはむしろ願ったり叶ったりだが。

 

「どこに出た」

『……少なくとも今は、ノイズの出現報告は無い』

「ならなんで」

『君と響君に説明をしなくてはならない要件があってな、集まってもらえるか?』

 

 窓の外を一瞥して、気分が加速度的に悪くなる。

 太陽はとっくに留守にして、暗がりの天蓋には月が代替として居座って白い光を放っている。現時刻はそういった時間帯だ。

 

「アイツも来るのか」

『ああ、そうだが』

「……高校生を夜に呼び出すのってどうなんだよ」

『それは……そうだな、すまない』

 

 お前が言うな――そんな極みかもしれない。

 今の一言である程度の癇癪は吐き出せた。

 別段彼方も呼び出したくて仕方ないとかではない。下がり切らない溜飲くらいは我慢してやろう。

 

「急いだほうが良いのか?」

『急務という訳では無いが、何か外せない用事があるなら』

「いや、いい。切る」

 

 参加の旨は伝わったと勝手に判断して、響慈はやや一方的に通話を切った。すぐに折り返しの連絡が来ないのを見るに、響慈の扱い方を理解し始めてくれているで助かる。

 外気を調べるために窓を開ければ、暖かい季節になり始めていた、或いはなり切ったのを実感する温度だった。しかし夜はまだ冷えが残る時間帯でもあるのだ。

 今から向かうのはリディアン音楽院の敷地内でもあるのだ。私服で入り込み、万が一にでも警備員やらに声を掛けられた際の都合を鑑みれば、別の学校指定だとしても適しているのは制服だ。面倒だが長袖を羽織るついでに、自分の通う高校の上着と長ズボン、それとシャツを引っ張り出して着替えていく。

 携帯が鳴ったのは、ブレザーに袖を通した丁度その時だった。

 言い忘れた言伝でもあったのだろうと辺りを付けて、表示されている名前も確かめずに通話を繋いだ。

 

「今から出るけどなんだよ」

『えっ、え?』

 

 声が聞こえて速攻だった。即座に後悔した。画面をチラ見でもしていればよかった。

 

「……」

『えっと、響慈だよね?』

「…………どちらさま、で、やがりますか」

『その敬語を使い慣れてないところ、どうしようもないくらい響慈だよ』

「チッ」

 

 今からでもこの通話をブツ切りしてはダメだろうか。もちろんダメだ。絶対にダメだ。もっと面倒になるであろう予測を経験則が叩き出している。

 ()()()()()という数少ない友人その二は、立花響とは別ベクトルではあるが、同じように非常に面倒な女の子なのだ。

 

「はぁ……久しぶり、だな」

『本当に久しぶりだね。こうして声を聞くのも何カ月ぶりかな、私からの連絡は全部無視されてたし』

「……必要な事は返しただろ」

『中学を卒業してから、『引っ越した』の一文だけで済まそうってのはあまりにも薄情じゃない?』

 

 まさか、そんな馬鹿な、流石にあり得ないと通話の状態を維持したまま、通話相手とのメッセージ履歴を調べれば成程こりゃ確かに薄情の一言である。

 響慈の行方や安否を尋ねる連絡が数十件と続き、それに対する返答が本当に誇張抜きで彼女の言う通り『引っ越した』だけだった。コミュニケーション能力が壊滅的というか、自分のずぼらさが一番わかりやすく表れてしまった一例だ。治す気はない。

 

『せめて何処に引っ越したのかくらいは教えて欲しかったんだよ? この前にノイズが出た時も、響からの話だけで済まそうとしてたし』

「お前に教えて、それでどうなるってんだよ」

『どうせ昔からの不養生は治ってないだろうから、やることは決まってるよ』

「…………んで、今日は何の用だ」

 

 返答ではなく話題をずらすことが吉であり、値千金の判断でもあり、この瞬間の最適解。

 沈黙と黙秘の権利は人の行使できる素晴らしい権利だ。これからもどしどし使っていこうと思った。

 

『そうだ、そういえば今は電話しても大丈夫だった?』

「用事がある。目的地に着くまでなら」

 

 靴を履き替えて、玄関の施錠を済ませた瞬間に、その言葉が飛び出した。

 

『響とはどこで待ち合わせてるの?』

「――――なんで、立花が出てくる」

 

 一瞬、ほんの一瞬だが、問い掛けに背筋が確かに震えていた。

 あの馬鹿は小日向へ隠し事をしている事実に悩んでいる。それは今現在も立花を苦悩させている筈で、うっかり喋っちゃったなんて話も無い筈だ。いや、普段のおちゃらけた、日常の延長線の話なら断然あり得るが。

 こと親友の命に関わる話なら、立花は裂かれても口を割らないと断言できる。

 つまりブラフであり、揺れるのは露見に繋がる。頑張って抑えよう。

 

()()()()に呼び出されたから、行くだけだ」

『……ふーん』

「何を疑う。俺は事実しか言ってない」

『嘘を言ってないのは分かるけど…………今度問い質せばいいかな』

 

 絶対遭遇しない、絶対会いに行かない、絶対街で見かけない、そんな情けない三箇条を心に誓いたかった。

 

『それで話を戻すけど、響慈って……そ、の……』

 

 突然に歯切れが悪くなった様子を指摘してはならない。女の子が言い出せずにいたら、自ら言い出してくれるまで待つことが大事とは、当の小日向本人の言だ。

 夜道を進みながら、次の言葉を静かに待つ。

 

『……流れ星って、興味ある?』

 

 本来なら興味など毛ほどもなかった。

 だがその問いに即答は、どうしてかできなかった。

 

「無い――――ぁ、いや、星、は――――」

 

 無双の一振りを掲げ、天へと全力全開の唱を叫び、雑音を自らの歌で消し飛ばす――――魂が完全燃焼する燦然。

 アレが、例えば、戦いの中で煌めく星なのだとすれば。だとすれば、ああ、確かに剣崎響慈は、星に強く興味を惹かれているのだろう。

 天の羽が焼け落ちながら、その激痛を笑い飛ばし、胸の歌を心ゆくまで奏で尽くす。その情景を思い出し、その光景が脳裏で強く響き、その思い出が現実味を剥離させて、その旋律が血をぶくぶくと泡立たせる。

 その星は、常に、いつだって、響慈の心を占めていて。

 

「――――」

『響慈?』

「――――へ? っ、ああ、星は、好きだ、大好きだ」

『! ホントにっ!?』

 

 その答えが間違いだった事を、言ってから悟った。

 

「あっ」

『今度ねっ、響と一緒に流れ星を見に行くの。その時に、響慈も一緒にどうっ?』

「――多分用事がある、から、行けない」

 

 自分にとって、当たり前の正解を述べる。

 

『まだ、日付も言ってないのに……?』

「ああ」

『……響慈はいっつもそう』

 

 冷えた夜風が、頬に触れた。

 頭はすっかり冷えている。いたく冷静な心で、途方もなく正しい選択を自分は選んでいる。

 

「変わるつもりが無いからな、どうしようもないだろ」

『……』

 

 変えなくてはならない部分が悪しとする自分がいて、とても安心する。

 変えなくてはならない部分を好しとする自分がいて、とても嫌悪する。

 変わるつもりがない己を俯瞰して、冷徹に眺めて、無感情に、他人行儀に『別にいいだろ』と諦めている自分すらどうでもよかったりする。

 自分の中の情の動きだって例外なく(無味、無臭、無感、無痛、無音)、ただ一つの愉しみ以外は、うすら寒いおままごと。

 剣崎響慈とは、そんな人間だ。

 

「立花と楽しんでくればいい」

『……うん』

 

 日常の温もりを、暖かいと感じない不感症。

 非日常の中でしか、命の温度を実感できない――言うなれば平和不適合者だから。

 

 

 ノイズの勉強会という世界で一番くだらない座学を終え後、立花から半強制的にその後のブレイクタイムに参加させられてしまった。言うまでもないが心底から嫌々だ。別に夜食に店屋物を頼んでくれるという弦十郎に負けたとか、貧乏パスタだけでは足りなかったとか、そんなのはない。

 

「どうして私達は、ノイズだけでなく、人間同士で争っちゃうんだろう」

「ノイズとはそもそも争いになっていない」

 

 すんなりと出てきた訂正の意見は、ノイズという災害を昔に知ってから即座に得ていた持論だった。

 

「?」

「争い何故起こるのか、これの多くは相互理解の過程で相手を認められない材料を見つけることで始まる」

「……?」

「コイツのこの部分が気に食わない、アイツのあの部分が腹立たしい、自分が他の奴等に勝っていなくては満足できない、そんな価値観が反発する時に初めて争いは生まれる」

 

 立花は何を言っているのか理解できていないが、続きを促す視線を向けてくる。立花だけでなく、珍しく自分から流暢に話し始める響慈を見て、興味深そうに聞く姿勢だった。

 余計な事を言った反省をしつつ、言い辛そうに話を進めた。

 

「……その点ノイズには意志が無い。思考と呼べるほどには行動パターンも豊富なんだろうけど、根底には機械的な指針が徹底して染み付いてる。人を殺すことを徹底する()()なら、昂揚の一つくらいあってもいいのにな」

「ふむ……話は逸れるが……もしノイズに殺人の昂揚があれば、君は感じ取れると?」

「? そりゃ、当たり前だろ。……てか旦那も朝飯前でしょ」

 

 閑話休題を終えて、話しは一区切りついたか。

 

「? ……??」

「……ノイズには心が無いから、争うって表現じゃなくて、対処とか処理って言葉が正しいって話」

「人間同士は?」

「自分とその他との違いが、すれ違う可能性を生み出すって話」

 

 もういいだろうか。周りからは『理性的な部分があるだなんて』みたく、穏やかな珍獣を見るような視線が止まないのだ。これ以上は響慈らしくない話題を語らせないでくれ。

 祈りは、残念ながら通じることも無く。

 

「なら、どうして世界からは争いが無くならないの?」

「……」

「ねえねえ」

「……知るか。櫻井さんみたいなインテリに聞けよ」

「あら、私も勿論、是非とも響慈くんに聞いてみたいわねぇ~」

「くたばれ変態」

 

 吐き捨てるように言われてもニコニコとして、まったく堪える様子が無いのは流石と言ったところ。これが年の功――――よし、話そう、とっとと語ろう。

 

「……違いがあるから人にはすれ違う余地が生まれる。じゃあ違いとは何かって話なら、俺は心と感情だと思う」

「ふむふむ」

「価値観は心から溢れる感情の一掬い。例えば食べ物の好み、自分の好みが誰かと似ていたり、誰かの苦手が自分の好きだったりする」

 

 同じ景色を同じ位置から見ても、感じ入るモノは人それぞれ大小の差があれど確実に違う。

 

「だから違いを生む心が統一されれば――名前も、人種だけじゃなく、趣味嗜好、果てには性別。全部を一つに統一して、個性という隔たりを消し去って、そうして初めて争いの種は根絶される」

「それは、何とも壮大で極端な話だ」

「俺らがそう思える時点で、夢物語の先にある桃源郷なんだろ」

 

 楽園とは、誰しもが入れない。だから聖地としての神秘性を保てる。だから色んな人がありもしない理想を好き勝手に夢想できる。

 争いのない世界を望むのなら、ただ一つの思想に纏まるしかない。

 でも誰もがそれを拒むから、自意識こそが一番に大切だと思う心があるから、世界はこんなものなのだ。

 

「立花の質問に答えるなら、人間が個性を捨てない限り、争いは永遠になくならない」

「……」

「これが俺の持論」

「人類はもしかすれば、分かり合えないように呪われているのかもしれないわね」

 

 要らぬ追加の言葉を投げた櫻井はともかく。

 ここで締めてもいいが、さて。

 

「……」

「……争いが無くならないからといって、幸福とか楽しいことが消えるわけでもないからな」

 

 俯いてしまった顔が、少しばかり上向きになったような。

 

「だから、お前のその悲観は、あまり意味がない、ぞ」

「……うん、そうだね」

「ああ、そうだ」

 

 顔に落ちていた影は消えたと判断して、ようやく一息つける。

 さっきのまま寮へ帰していれば、それはもう例の女がこれでもかと面倒な小言をぶつけようと躍起になる。この予感に違いはないのだ。

 

 

『ノイズが現れた!』

「了解」

 

 出現位置を聞き、通話を切る前に走り出し、すぐに足は止まる。

 今日は、あまりよくない日だった事を思い出した。

 

「立花はどうした」

『響君には今連絡を「ちょっと待った」

 

 食い気味な言葉が弦十郎を一瞬だけ怯ませる。 

 

「アイツは……止めたほうが、いい」

『…………分かっていると思うが、君だけ戦う事は出来ない」

「風鳴はどこだ」

『リディアンだ。現場へ向かわせているが』

「なら、今すぐ歌わせろ」

 

 リディアン付近の風鳴と、駅前付近の響慈と、二人の距離は悪くない位置関係にある。歌が確かに聴こえる距離だと言うことはここ一ヶ月で確認済みだ。

 立花が必要な距離ではない。

 

「ギア纏って走った方が速い。人命救助を優先するなら最適解だと思う」

『しかし……』

「…………無理なら、聞かなかったことにしろ」

 

 特機部二(とっきぶつ)の優先と響慈の優先は違う。大義や使命を鑑みれば、譲歩すべきが誰なのかは間違いなく響慈以外にはいない。ともすれば、人命を何よりも最上位の事項とするのならば、譲歩の猶予すら許されず、響慈の嘆願など笑って流されも仕方がない話だ。

 だからしょうがない。

 せめて響慈が自分で歌えたなら――つまり、響慈の力不足。

 

「一応聞いただけだ」

『翼にはすぐ歌わせる。……響君を向かわせるか否かは、ノイズの推移状況次第だ』

「……悩んでくれるだけありがたい話だわな」

 

 絞り出した感謝を言葉に込めて、全力疾走で現場へと急行する。地下鉄に出現したノイズまでさほどの距離ではなく、走って10分と必要とせず、誰よりも先に相対するのは響慈だろう。

 必死な形相で走る一般人が響慈とすれ違う。逃げてきた方向へ逆走する響慈には興味を示す余裕もなく、脅威から我先に悲鳴を上げて。

 冷え切った視線で見送り、右手の骨の奥がぶるりと疼いた。

 

 ――――防人の旋律を、右手が喰らう――――

 

「……来る前に済ませてやる」

 

 傷跡に黄色の光が灯って、右腕にフォニックゲインの力場が纏わりつき、装甲を形として創り上げる。埒外の力が五体に満ちて、走る速度を人の範囲外まで加速させる。

 空を見上げれば夕方の色が深まりつつあった。ノイズを順当に倒し切ったなら、その頃には夜にでもなってしまっているかもしれない。逆に時間を掛けずに殲滅できれば、立花がこの場へ来る理由も無くなる。

 今日という日に戦う理由がなくなる。日々を暮らす立花が、日常の中で交わした大切な約束を破る必要もなくなるから。

 

 ――――待ち望んだ戦火の中心は、欲求ばかりが積もるだけ――――

 

 地下鉄への階段に、雑音の姿が見えて何も考えずに飛び込んだ。

 

「お前らが邪魔だ……!」

 

 轢き潰す、砕き潰し、殴り潰す。

 素手で行える暴力の限りを尽くす。蹴って、叩いて、穿って、打って、蹂躙は始まる。

 

 ――――情も無い不感症共で、澱みは散れない――――

 

 殺す――とまではいかないだろう。何故ならコイツ等は生命ではない。命が無い。生き物には当然の如く存在している情が無い。心を持たない機械と何ら変わらない。そんな人形を散らしていくのは、求めていた嗜好と合致しない。命をい、命をわれ、赤い絆を吐き出し、瑞々しい紅をぶちまけあう対話の願望は叶わない。

 だが、我慢しよう。

 今回ばかりは愉しんでもいられない。悦に浸れた経験もないが、それでも今日ばかりは成すべきを成す時だ。

 

「情熱の無い殺戮なんざ反吐が出らぁ……! 虫ケラみてぇな頭しかねぇクセして、一丁前に命を奪いやがるッッ――――!!」

 

 殴っても殴っても、蹴っても裂いても、その手には肉の感触がない。血のぬめりも無い。

 いつか満たされるその日を待ちながら、不満の積もる戦いの中で、響慈は仏頂面で拳を振るい続ける。

 

 

『一際大きな熱源が奥に存在している! そいつが親玉だ!』

「こまごまとまどろっこしい……! 目の前から奥まで綺麗さっぱり全部潰しゃ文句ねぇよな!」

 

 敵を踏み台にし、天井を駆け抜けて、壁を飛び跳ねる。障害物は障害とは見做されず、少年の機動力を更に複雑化させるファクターとなり、敵の悉くを翻弄させていく。

 窮屈な空間の須らくを利用して、ノイズの攻撃は掠りもさせないその俊敏性。考えもつかない体勢で、敵の隙間を吹き抜ける反射性。手に触れたモノ片っ端から、目に入るモノを優先して噛み砕く。被弾こそないものの、危なっかしく紙一重のすれ違いを繰り返す。

 獣のようだと評するには充分だ。

 

『見境なく暴れ過ぎだ! 少しくらいは慎重さを持て!!』

「るせぇクソジジイ! 勝手に言ってろ!!」

『……響君は呼んでいない! これで少しは頭が冷えるかッ?』

「!」

 

 それは、なんとも、不安材料は確かに一つ減った。

 だが、だ。

 

「好都合……もっと暴れやすくなったじゃねぇかッッ!!」

 

 1番欲しいモノが手に入らないのだから、せめての慰めを邪魔しないでほしい。

 暗い本能が、鼓動の音と共にこだまする。血よりも濃く、血みたいに粘ついた自分が顔を上げるのを強く感じた。心の内から臓腑の一片から魂が全霊で、滾りの限りを叫びたがっていた。

 されど叫び切るには足りない。状況が、伴う昂揚がどうしても不足して、不満足から生まれる不快感は、本能を使いこなすための理性を獲得し。

 限界は超えず、許容の内側を響慈は余す事なく使い切る。

 慎重とかけ離れた速度は尚も加速し、聞く耳持たずを蹂躙の様子で体現する。

 

「早くッ」

 

 敵の爪を避けずに受け止め砕き千切り。

 

「もっと速くッッ」

 

 砲弾を投げ返し殴り飛ばし踏み潰し。

 

「もっともっとッ疾くッッッ!!」

 

 手爪が裂き踵が首を飛ばし手刀で削ぐ。

 最速で殺す、最短で進む。敵へ真っ直ぐに、全滅へ一直線に。反復を実直に繰り返す事が、現時点で最も冴えた最適解。嵐の如く薙ぎ払う事に全神経を注ぐことが、剣崎響慈の戦い方。

 葡萄を人形にデフォルメしたノイズが見えたとて、特別何かを思う事はない。その形はまだ砕いたことがなかったなと、壮絶を繰り出す最中で思う事はそれだけだ。

 その一体が、響慈の姿を見つけて逃げ出していく。

 

「逃げんなゴラァ!!」

 

 逃げられて、不思議な事に、その姿勢が恐ろしく気に食わない。

 心なんて存在しない人形だ。誰か、悪意を持つ何かの恣意によって動かされているだけの、意思なき殺戮の機械。

 でも、ああ、やはり、響慈はその行動そのものが許したくない。

 戦いから背を向けて逃げるなど。一度始まった戦いからみっともなく逃げ出すお前を。まだ戦う力が残っているのに逃げ出すような貴様を。

 剣崎響慈は許しがたい。

 

 ――――剣閃の翼が、ソラから飛んで来ている――――

 

 何も、何も感じない。何も感じれない。耳へ入る弦十郎の声も、ナビゲーションを全うしてくれる藤尭の声も、近くへやってきた歌の主の正体も、何もかもが感覚器を素通りしていく。

 義憤らしく叫んだところで、元々欠けている正義感など満たされない。義務感を全うする事へ力を注いでも、やる気はどうしても宙ぶらりんの域を出ない。不満が不平が不足が不快が、やるせない悪性情報だけが積み重なっていくのを止められない。中途半端な状況に身を置くフラストレーションは、考えていたよりも深刻に響慈へ影響を及ぼしていたようで。

 注意力の欠如は、誘導されている事実にも気が付かせない。

 

「っ――しゃらくせェッッ!!」

 

 頭部に付けられた球を打ち出してくるが、そんな見え見えの時間稼ぎに誰が付き合うものか。迎撃も回避も無駄な時間を使う、それが何より腹立たしく、弾頭へと怒りに任せて突っ込んでいく。

 走る姿勢のまま頭突けば、視界のゼロ距離で爆炎が破裂した。

 

「邪魔だってんだよ……ッ!」

 

 爆煙を引き裂き目の前に迫るのは、葡萄ノイズではなく、矢継ぎ早に雑多のノイズが邪魔をしてくる。

 咄嗟に引き裂いたその残骸には一瞥もくれない。追い掛けるのは紫の背を一つだけ。

 

『――――!!』

「インフラを気軽に壊しやがってクソが!」

 

 球を天井へ打ち出し、逃走経路を作り出す。

 地上へと昇っていく姿を見て、その上空を見て、夜に飾られた星空が見えて――――一条の蒼色が、流星となってこの地へ向かっている。

 一振りの旋律を強く感じる。風の鳴る歌声が狙いを定めるのは、地上を走る一体。

 もう間も無く、ノイズ殲滅の完了が遂げられる事を悟った。

 

「流れ星……ああ、そう、か」

 

 一閃が天から降り、野原に一文字を刻み込んだ。

 殴って砕くと決めていたノイズが、目の前で塵に返っていく。獲物を横取りされた。これは響慈からすれば意地汚い行為。

 だがこれで敵はいなくなった、と判断していいのだろう。その理解が浮かべば、中途半端な温度に煮えていた心が、常温へと冷まされていく。自分と風鳴だけで状況を終わらせられた事、これは喜んでもいい筈だ。

 何となしに息を吐いて、吐いて、吐いていく。吐く息の深さに驚いて、自分が息をせず戦っていた事にようやく気がつく。それほど雑魚狩りに熱中していたのか、自分は。

 

「ピリついてんな」

「……」

 

 こちらを向かず、どこを見ているかも定かではない。

 されど戦意はハナから尖っている。目線は険しく深まって、彼女がどうしたいかを周囲へ悟らせる。

 

「俺は構わねえけど、どうせまた旦那が出張ってきて水入りになるだけだ」

「…………」

「それでもやる気なら、今度は骨くらい「響慈くん!!」

 

 声が聞こえた意味を理解して、驚愕よりも諦観が勝った。

 立花なら、確かにこの場へやって来てもおかしくはない。弦十郎の言葉が嘘である必要性も無い上、立花響の重症さ加減を思えば妥当ですらある。

 

「――……この、馬鹿女が!」

「いきなりヒドイ!」

「テメェっどうして来た……!」

「どうしてって……響慈くんがギアを纏ったから」

「は?」

 

 かれこれ数年の付き合いになる。立花響がどんな人間性で、どんな行動を取るのかを知っていたから、答えも予測できていた。おおかたニュースで見かけて、弦十郎にでも聞いてやって来たのだろう。

 そんな響慈の甘い予想は、滑稽なほど大きく外れていた。

 それでいてその理由は、決してあってはならない物だった。

 

「響慈くんがギアを纏って心を昂らせると、私の欠片にも、響慈くんの心が伝わってくるんだ」

「…………同じ、ガングニールだからか」

「多分、そうかもしれないね」

 

 質問の意図がズレている。もっと違う答えが聴きたかったというのに、自分は的外れな回答を得て満足しようとして、響慈自身を誤魔化そうと必死で。

 立花の言葉の意味に含有されている事実は、よく噛み砕くのに時間が掛かりそうで、それ以上は何も言えなかった。

 

「翼さん……」

「……」

「っ、私だって――私達にだって、守りたいものがあるんです!」

 

 一月前に風鳴から問われた胸の覚悟。立花の中で、それに対する未だ明確な答えは出ていない。だが立花は真っすぐなまなざしで、切り詰められた風鳴の迫力に負けんとして強く叫んでいた。

 勝手に響慈まで仲間に入れるその物言いに、普段なら一言物申しているだろう。

 普段だったら、なら。

 

「だからッ……!」

 

 夜空の野に、沈黙が降りる。

 立花の精一杯の叫びが伝わってるとは思えない。風鳴の苛立ちが立花に伝わっているとは思わない。

 木枯らしが一つでも舞えば、大剣を構えた風鳴は一息に斬りかかってくる。その気配を響慈はひしと感じ取っている。だというのに立花は呑気に立ち尽くして、ギアも纏わず無防備そのものだ。

 頭がぐらつく衝撃に身を侵されても、響慈は風鳴の一挙手一投足を見逃さずねめつける。

 横合いから吹く風の音がうるさく感じる。沈黙は予想外に長いようで、実際にはそうでもないのだろうかと考える程度の猶予はあった。

 

「――――だから? んでっ、どうすんだよ」

 

 静けさを切り裂いたのは、闖入者の声が一つ。

 

「?」

「ッ……ネフシュタンの、鎧……!?」

 

 険しく鋭い目線に驚愕の声色と、歓迎や歓喜の情とは違った剣呑な雰囲気を響慈は感じ取る。

 白い甲羅のような印象を受けるアレは、風鳴の言及からしてネフシュタンの鎧、だったか。聞き覚えなんかない。感じ入る感覚もない。既視感の欠片も無い、無い、が。

 その鎧を纏う少女の表情は、間違っても味方といった風情ではない。

 味方ではない。仲間ではない。知り合いにもいない。なら、敵――――?

 

「人間、だ」

 

 ノイズとは違うのだ。情も無い温度も無い意志の無い人形とは、決定的に違う。

 剣崎響慈と同じ、赤い血の流れる、ヒト。人間の()らしきモノが、目の前に現れた。

 響慈にはそれだけで充分だった。

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